第11話 憶病な僕とS同盟
ヤンチャなお兄さん方に囲まれた僕は、最悪の想定、カツアゲや集団暴行を恐れ、何とか彼女だけでも、出来れば僕も見逃してはもらえないかと土下座に意識をシフトしかけていた。
だが、それよりも早くお兄さん方の一人が動く。懐に手を忍ばせたのを見て、ナイフか、まさか、拳銃かと身構えたが、取り出されたのは一台のスマートフォンだった。彼はゆっくりとスマートフォンを机に置き、パネルを操作する。コール音が一、二度鳴り、相手が出た。
「もしもし」
少しハスキーな女性の声だ。ジャズとか似合いそうな。
「姐さん。発見しました。今一緒に通話を聞いてます」
電話を取り出したお兄さんが、スピーカー設定のスマートフォンに話しかける。
「ありがとう。すまなかった江田君。それに皆も。こんな夜中に無茶を言って」
「いえ、姐さんの頼みですから。それに、今回の真吾の件にも絡んでくるんでしょう? じゃあ、俺達にも関係ある話ですんで」
「そう言って貰えると助かる」
さて、と電話口の女性は少し為を作った。今まではお兄さんに向けて、そして、これからはおそらく、僕達に向けてだ。
「初めまして。私は千鳥という者だ。そちらにいるのは、溝口君と、芦原さん、で、良いのかな?」
どうして名前を? 姿も見えない千鳥と名乗る女性に恐怖を覚える。なんというか、ちょっとエッチなサイトをネットで彷徨っていたら突然画面が切り替わって、未払いの登録料金があるあなたの氏名を特定しましたと表記されて、一週間以内に金を支払わなければ法的措置も辞さないと脅されたときのような恐怖だ。ちなみにその件に関しては警察庁相談窓口に相談し、相手にしないようにと指示を受けた。一度でも連絡を取ってしまうと、しつこく不当な請求をされるとのこと。実際にそれ以降サイトにアクセスせず無視していたら、一週間を過ぎても裁判所から通知が届く事もなかったし、画面が切り変わる事もなかった。詐欺に遭わない一番の方法はこちらから関わらないことなのだと知った。
相手が関わってくる気満々の時は、どうしたら良いんだろうか。
「怯える必要はない。私は、君達にお礼を言いたいだけなんだ。今日の、いや、正しくは昨日の夜、駅でリンチされていた鵜木真吾を助けてくれたのは、君達だろう? 私たちは、彼の仲間、関係者だ」
「そういうことで怯えてるんじゃない、んですけど」
スピーカーに向かって強く言おうとして、まわりをその関係者達に囲まれている事を思い出して声が小さくなってしまう。
「どうして、僕たちのことを知ってるんですか? あの場所にいたんですか?」
「いいや。私も、そしてその場にいる仲間達も、その場にはいなかった。近くにはいたと思うがね」
「じゃあ、どうして…それに、場所や名前まで」
警察庁相談窓口では、こちらから伝えない限り住所などの個人情報は割り出されないと言っていたのに。
「警察に貸しのある知り合いがいてね。それで君たちの名前を知った。居場所はもっと簡単だ。ロンドンほどじゃないが、東京も至るところに監視カメラが設置されている。監視カメラのほとんどは、ネット上のサーバーに画像を保存している。それを閲覧し、君たちの姿を追跡したってわけさ。後は、近くにいた江田君たちに協力をお願いし、君達とコンタクトを取ったんだ」
「僕達に、一体何の用があるんですか」
「さっきも言ったが、礼を言いたかった。本当に。あの場の映像を見たが、鵜木君はかなり危険な状態だった。君達が助けに入らなければ、もしかしたら彼は死んでいたかもしれない。ありがとう。仲間の危機を救ってくれて」
ただ、と千鳥は続けた。やはり、礼だけで終わらせる気はないようだ。
「どうして、何故、という疑問が私から離れない。どうして突然駅にいた人間が彼に襲い掛かったのか。彼の知り合いは、あの場にいなかった。画像から読み取れる範囲で顔識別を行ったが、私たちが把握している彼の家族や友人知人はいなかった。人間が見ず知らずの人間を攻撃する事例は、無差別的犯行か戦争くらいだ。両方とも常人には敷居が高い。前者は倫理や常識などのリミッターによる精神面で、後者は自分の立場面で。暴力とは無縁そうな、平和の中で過ごしてきた一般人が突如凶行に走るなど異常すぎる。同時に、もう一つの疑問が残る。誰も彼もが彼に襲いかかっている中、例外的に君たちは彼を助けようとした。何故だ? あの状況は、外部から見れば明らかに異常であったとしても、彼に暴力を振るう、というのが当たり前となってしまった空間だ。私にはそう見えた。その中で、君たちはそれに反する行動を取った。どうしてその行動を取れたのかも気になるし、私が気になったのはこれだ」
スピーカーの向こう側で、何か音がする。パソコンのキーボードの打音みたいだ。しばらくして、音声が流れてくる。荒い息切れの合間を縫って聞こえてきたのは会話だ。それも、僕と芦原の声。
『来て、くれたんですね』
『何なんだよあれは。何で、あんな事になったんだよ。君は、こうなる事が分かってたのか。そんな危険な場所に、僕を呼んだのか』
『申し訳ありません』
『違う、違うんだ。謝ってほしいんじゃない。むしろ助けて貰って感謝してる。でも、何が何だか分からないこの状況を、説明してほしいんだ。このままじゃおかしくなりそうなんだ』
エレベーター内での会話だった。音声はそこで止まり、再び千鳥の声がスピーカーから流れる。
「これを聞く限り、どうも芦原さん。君はこの事件の真相を知っているようじゃないか。私たちが知りたい『どうして』『何故』を解決してくれそうじゃないか。是非とも教えてもらえないか。どうして鵜木君があんな目に遭わなければならなかったのか」
お願いしているような話しぶりだが、口調と、まわりを囲むお兄さん方からは有無を言わせぬ強い意思が感じられた。適当な話で煙に巻く事も出来そうにない。しかし、煙に巻く用の適当な話よりも荒唐無稽な真実を、果たして彼女達が信じてくれるのかどうか。
「わかりました」
芦原が応えた。警察の時はあまり話そうとしなかったのに、今回は自分から口火を切った。こちらとしては、内容をきちんと話せるのは彼女しかいないから、彼女の口から話してもらう方が良いに決まっている。ただでさえ話すのは苦手なのに、警察の事情聴取よりも話し辛そうな面々と空気の中、聞きかじったばかりの話を納得してもらえるよう理路整然と話せる自信がない。僕でさえそうなのに、彼女が目の前のお兄さん方を前に堂々と話が出来るのか不安だった。失礼な話だが、彼女も僕と同じで人前が苦手なのではないかと思い込んでいたのだ。だが、その不安は杞憂に終わり、心配する方が失礼だというのがわかった。
「ただ、お願いがあります」
「何かな?」
「少し長くなりますので、その前に飲み物を取りに行かせてください」
「S同盟?」
「そう。それが私たちの集まりの名称だ。渋谷の頭文字プラス、同じ目的の為に同じ行動をとる意味の同盟を組み合わせただけの名前さ。シンプルだろ?」
千鳥の説明によれば、S同盟は別に悪さをする不良グループではなく、その逆で、渋谷周辺の清掃などボランティア活動をメインに行うグループとの事だ。何らかのイベントがある度に、渋谷は羽目を外した人たちによってお祭り騒ぎになり、お祭り騒ぎが終わった後にはゴミと騒動の問題が残る。その事自体は僕もテレビなどで知っていた。その事で、渋谷でのイベントを中止にしようという動きが出ていることも。
「そこで、同盟の創始者、というほど大した奴じゃないが、私の知人がボランティアで掃除を始めた。イベントは楽しみたい。遊んだら片付けるのが当たり前、騒ぐだけ騒いで後始末をしない人間と思われたくないし、渋谷にいる人間がそんなのばかりだとも思われたくない。と言ってね」
大した奴じゃないとか辛らつな言葉を使うが、随分と楽しげに話す千鳥の声からは、その知人に対する慈愛、優しさ、のようなものが伺えた。
「たった一人でも続けていると効果は出てくるもんで、ぽつぽつと賛同者が集まりだした。それが同盟の始まり。そのうち色んな専門分野の人間も集まってきて、仲間内で誰かが悩みを打ち明け、それを別の誰かが相談に乗ったりして、そんな誰かが困ったら仲間の誰かが手助けする習慣みたいなものが広まって、以降は相互扶助のような活動もぽつぽつ生まれ始めた。今回の私の頼みを、江田君達が聞いてくれたような」
「これくらい、安いもんです。俺らが姐さんに受けた恩に比べれば」
「あー、ともかく、私たちはそういう活動をしている人間の集まりだ」
謙遜したように江田が言った。他の面々も頷いている。一体、どんな恩があるのだろうかと気になったが、尋ねる前に千鳥は話を戻してしまった。江田の話に、少し割り込むような話の持って行き方だった。ちょっと焦ったような口調から、自分の事を、それも功績を言われることに照れを感じてしまう人なのかもしれない。そう思うと、勝手にクールな年上だと思っている千鳥が、ちょっと可愛い人なんじゃないかという認識になった。
「だから、今後こういった事件に巻き込まれないよう、もしくは撒き込まれたときの対処方法を皆で共有したいんだ。そこで、君達が知っている事を教えて欲しい。それが、こんな夜中に無理に押しかけた理由だ」
情報を早く拡散して、注意喚起を呼び掛けるのが目的だったわけだ。理由も納得出来る。けれど…。僕は芦原の方を見た。相変わらず髪の毛に隠れて、その表情は伺いしれない。
「私の知っている情報をお伝えするのに何の躊躇もありません。私としても、ぜひ話させて頂ければと思います」
スピーカーに向かって彼女は言った。
「では」
「ただし、千鳥さんや皆さんが、私の説明に納得していただけるかどうかはわかりません」
「どういう意味? 何か、喋る内容に規制でもかかっているの? 自分の権限では話せない機密情報でもあるのかな?」
「そうじゃないんです。私は、私の知っている事全てを自分の責任で話せます。その内容について、皆さんが信じられないかもしれない、という意味です。それだけ、普通の人からすれば荒唐無稽と思われる内容なんです」
随分と慎重だな。確かに先に芦原の話を聞いた僕も、まだ信じられないという気持ちはある。それほどの内容だった。でも、僕に話す時は、ここまで信じられないかもしれない、という前置きをおかなかった気がする。
「教えてほしい」
少し間を開けて、千鳥が言った。
「何があったのか、私は知りたい。出来るなら、二度と鵜木君のような被害者を出さないようにしたい。そのために出来る事をしたいんだ」
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