月の話


 月は綺麗なんかじゃない。だけど夜の中を眺めてると、苦しくなる。

 吼えることさえできずにいる僕から、他の狼は何も言わずに去っていった。どこかへ、行った。

『僕もひとつ、聞くよ。月は好き?』

 そんな意味をこめて唸ると、彼女はひとしきり笑い声を上げた。

「……おかしいな。俺も同じことを考えてたところだ。好きだぜ。撃ち殺したくなる」

 ぎらぎらと笑ったままの笑顔を僕に向けた。

『僕は嫌いだ。喰べたくなる』

 僕はそう訴えた。月はきっと、脆い心臓みたいで。

 きっと酷く、幸せそうだったから。

 僕は赤頭巾になりたかった。

 だから喰った。腹の中には、悲鳴だけが残った。血液がやたら苦かった。猟師が来て、僕の心臓と腹を撃った。僕は死んだ。『赤頭巾』も死んだ。

 最後に、彼女が被っていた頭巾を吐き出した。彼女によく似ていた。僕はその中に、彼女を探した。彼女はどこにも見つからなかった。

 もうずっと昔の、おとぎ話だ。

 何千回、何万回、繰り返し月は欠けていく。その形を見ると、いつだって酷く飢えるんだ。微かな空想の中でさえ、満ち足りた月には届かなくて。

 僕はいつの間にか、赤頭巾を探すのをやめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る