第2話 織姫について ~とある日の妄想~
突然だが、うちのクラスには織姫がいる。
いや、何を言っているかサッパリだとは思うし、俺だってそんなことを真顔で、しかも唐突に言われたら戸惑う自信があるからそれはまあ仕方ない。
けど、本当にそうなのだ。
ウソ偽りじゃなく、季節外れのエイプリールフルの冗談でもなく、読んで字のごとくの織姫が、うちのクラスの窓際1番後ろのラノベ席に陣取っているのだ。
“読んで字のごとく”なんて言うと「織姫って名前の人?」だの「雰囲気がってことでしょ? あー、わかるわかる。そういう子いるよね」なんて言われかねないが、どれも違う。そんな生易しいものじゃあない。
名前だの雰囲気だの、そんなレベルではなく、彼女はおそらく正真正銘の織姫なのだ。
来ている服は学校指定の制服ではなく、ふわりとした桃色で薄手のショールのようなもの(調べたら
ここまで例を挙げれば「名前が(以下略)」やら「雰囲k(以下略)」などと言う人はもういるまい。
それでもって1つ情報を付け加えておくならば、彼女のそれは決してコスプレなどではないということだ。
羽織っているショールはいつも不思議とふわふわと彼女の周りに浮いているし、布を織る手つきも素人のそれではない。
まあ、彼女の家が布を織ることを家業としていて、それでいて彼女自身には魔法やら手品やらの心得がある、という可能性だってゼロじゃない。
けど、それはもうニアイコール織姫なんじゃないか……?
そして、極めつけは誰しもがそんな彼女の奇行に“無関心”だということだ。
“気づいてない”わけでもなく、無視を決め込んでいるわけでもない。例えるならば、クラスの中でさほど関わりのない奴が、ある日髪型を変えてきたくらいの関心度の低さなのだ。
「あー、へー、変えたんだ……」と思いこそすれ、別にそれを話題にしたりしないし(それはある種のいじめになりかねない)、ましてや本人に言ったりはしない。
それがそのまま彼女にも当てはまる。
「あー、へー、帛(はく)の衣(きぬ)ねー」だとか「あ、布織ってる」くらいのリアクションで、感想で済まされてしまう。
しかもクラスメイトの何がしが髪を切ってきた場合と違い、彼女のそれは一時の行動ではないので、その「へー」さえも最近は薄れてしまっている。
それもこうして俺が長々と彼女について語って、問題提起しようとしてる理由の1つなのだが……。
“気づいてない”わけでもなく、皆が単に無関心。
最初のころは、それこそいじめなんて可能性も疑ってみたものの、別段そんな様子も見られず。
彼女は──あまり指示代名詞ばかりで話を進めても面白くないので、この辺りで遅まきながら名前を出してしまおう。
彼女の名前は
ともあれ、星降には十分友達と言える人たちや、(多分)親友と呼べる関係の人もいるのだ。
「はたから見るとそう見えるだけで、実際は壮絶ないじめが……」なんてパターンもなくはないだろうが、残念ながら女子の人間関への俺の理解はそこら辺が限界なので、余計な可能性は看過が得ないようにしておく。
少し話が脇道に逸れたが、ざっくりまとめると、星降は別にいじめられているわけではなさそうだ。
ならば、なぜ?
その疑問が、最近俺の頭の中を支配し続けている。
星降は(衣装が変なことを除けば)普通に可愛いし、そういう意味でも心惹かれるものはなくはないが、それが理由ではない。
なぜ彼女のことをみんなは“普通”にスルーするのだろうか?
そしてもう1つ。実のところこれが最大の理由だったりするのだが……。
本日の日付は7月6日。
そう。明日は七夕なのだ。
彼女は一体、どうなるのだろうか。
*
「なあ、お前らは星降についてどう思う?」
「なんだ、突然。どうした?」
そんな風に、苦し紛れの質問を俺が隣の席の男子に投げかけたのは、7月6日の、つまりは七夕前日の5限と6限の間の休み時間だった。
ちなみに彼女はというと、いつも通りいつものごとく、自分の席で友達と談笑しながら布を織っていた。誰かツッコめよ。案外ツッコミ待ちの高度なギャグかもしれないぞ……?
いや、まあそれはないか。さすがに飛躍しすぎだ。
忘れろと自分に言い聞かせ、ふうと軽く息を整える。
「なんでっていうか……いや、別に深い意味はないけどさ」
「もしかして、お前あいつに惚れたとか? 見惚れちゃった??」
まあ、ある種見惚れてはいる。逆になんでみんなそんな普通でいられるんだよ。
「そういうわけじゃ……」
「恋に落ちゃった感じ? 恋しちゃった感じ?」
「恋しちゃってねぇよ。そうじゃなくて……」
……“そうじゃなくて”なんなんだろうか……?
質問しておいてなんだが、確かにそう言われると返しに困る。
みんなには普通のいちクラスメイトの女子にしか見えてないんだし、何の前触れもなくどう思うかなんて聞いたら、それこそ恋かと勘違いするのもわかる気がする。
所詮は苦し紛れの質問……質問動機の段階で手詰まりになってしまった。
「……どうしてだろうな?」
「いや、知らねぇよ。お前から質問してきたんだろうが」
「ごもっとも……我ながらよくわからなくなってしまったよ……」
とりあえずありがとうと(謎の)お礼だけ言って、再び自分の席に向かう。
ちょうどそのタイミングで先生が来て6時間目が始まった。
「……んー」
横目で星降のことを見てみる。
彼女は相変わらずの異様な空気に包まれながら、それでも授業は真面目に聞いているようだった。
なんていうか、これはもう俺が星降について考えすぎているからかもしれないが、そういう妙に普通な箇所が逆に違和感だ。
なに普通にJKしてるんだよ。もっとこう……何かあるだろ。
改めて考えてみると、七夕伝説というのも結構不思議な話だ。
ある日、ある男が(のちの彦星である)川沿いを歩いていると、何人かの女たちが水浴びをしているのが見えて、織姫の羽衣を取ってしまい……みたいなスタートだったと記憶しているが……いや、昔話にマジレスしてみたり、現代風のツッコミを入れるなんてそんな使い古されたこと、したくはないが……それでもあえて言いたい。
自分の着替えを盗むようなやつに惚れるか、普通?
例えばだ。俺のようなしがない男子高校生を例にとって考えてみよう。
もし俺が体育の時間、体育館でバレーなりバスケなりをしているときに、ふと開いたドアからプール棟が見えたとする。
そこで俺が「よし」と謎の決意を固め、プール棟に侵入し、女子の着替えを持って出てきたらどうだろう?
いや、どうだろうもクソもなく立派な犯罪なわけだが……
ともかく、そんなことをしたとして、そんな俺を見て頬を赤らめる女子なんてものは存在するのだろうか?
「きゃ、あの人、私の着替えを……(ポッ)」みたいな変人が、果たしているのか……多分でもきっとでもなく、絶対いないに違いない。というかいるなら教えてくれ。今すぐ盗みに行くから。
少し話は逸れるが、どうして女子がプールをしているという事実はこうも男子の胸をかき乱すのだろうか?
別に目の前で泳いでるでもなく、隣のプール棟の中で、全くもって男子の目の届かないところにいるはずなのに、それに対して憧れに近い感情を抱いてしまうのはなぜなのだろうか?
水泳道具を持ってプール棟へ入っていき、髪を濡らして出てくる様を見るだけで、なぜ男は胸をドキドキさせるのだろう? ドキがムネムネだ。
……いや、これ以上は各方面から怒られそうなのでやめておこう。
話を戻すが、そんなそもそも話として軽く崩壊している七夕伝説の織姫が、はて現代にいるものだろうか、と、俺はそう言いたい。
彼女は、星降星雨は本当に織姫なのだろうか?
*
翌日、7月7日。七夕当日。
その放課後。
俺はとあることを思いつき、それを実行に移していた。
「確か、この辺りに……ああ、あったあった」
西校舎と本館の間の中庭、そのど真ん中にお目当てのものはあった。
ずばり七夕といえば、と言った感じの巨大な笹。
学校側の謎の気遣いにより、生徒が年中行事を楽しめるようにと設置されたそれには、本気かどうかはわからないが沢山の色とりどりな短冊がかかっていた。
みんなそれぞれ「お金が欲しい」だとか「成績を上げろ」だの、織姫と彦星をなんだと思っているんだという内容を書いていたが、まあ仕方がないだろう。
高校生にもなって、そんなところに将来の夢を書いてみたり、そんな誰かに見られるリスクしかないようなことはするまい。
叶ってくれたら嬉しく、かつ誰かに見られてもスルーされるくらいの願い……となると、やっぱりその辺が相場なのだろう。
お金が欲しい、彼氏彼女が欲しい、成績を上げたい、何々が欲しい……等々。
最後の願いはどっちかというとサンタさんにでも願うべきで、少々お門違いなんじゃないかとも思うが、まあいい。
ともかく、別に俺はそんな風にみんなの願いにケチをつけに来たわけじゃない。
この沢山の短冊の中に、ひょっとしたら星降の短冊があるんじゃないかと、そしてそれは何か問題解決のヒントになるんじゃないかとそう思ったからだ。
「とはいえ……多いな」
てっきりもう少し短冊の数は少ないと思っていたんだが……まさか高校生にもなって、ここまでみんな書くとは。
いや、まあ中庭なんていう目立つ場所だったから、みんなノリで書いただけだろうけど。
さてさて、この中から彼女が書いたであろう(書いていないという可能性はこの際無視だ。考え始めたらキリがない)短冊を見つけなくては。
勝手な俺の予想だが、普段からあそこまで織姫織姫している彼女のことだ。
きっと短冊には「晴れますように」とか、「彦星に会えますように」だの、それらしいことが書いてあるに違いない。
もっとも、子供じゃないが、短冊に晴れますようにだの織姫と彦星が無事に会えますようにだのは、七夕に書く内容としては常套句なので、この大量の短冊の中にも一定数そういうものはあるだろう。
ただ、彼女が書いているであろう物は一味違う。
なにせ彼女自身が織姫なのだ。そんな「会えますように」なんていう願いではなく、もっと一人称的な、私が会いたいといった内容が前面に出ているはずだ。
それを探そう。
「しかし……1年に1回しか会えない、しかも雨が降ったらそれすらパーになるってのは、いささか厳しすぎるよなぁ……」
カラフルな短冊を1つ1つ見ながらそう呟いた、その時だった。
「そうだよねぇ。いくらなんでも条件として厳しすぎるよねぇ?」
そんな予想外の合いの手が俺の背後から聞こえてきたことに対して、少なからず驚いて思わず手の動きを止める。
はて、どうしたものか……まあ、考えても仕方ないか。
ふうと息を吐いて、できるだけ平常心を装って振り返る。
そこにいたのは予想通り星降星雨だった。
「どうした、星降? こんなところで会うなんて偶然だな」
「うんうん、そうだね。すごい偶然だよねー」
「……あ、ああ。なんでそんなにニヤニヤしてるんだ……?」
「んー? べっつにー? 私の方こそ、君がこんなところで何をしてるのかなーって」
「あー……」
答えにくい。
いや、というか答えられねぇ。
まさか「お前の書いた短冊を探してる」なんて言うわけにもいくまい。そんなことしたら速攻でストーカー判定を受けてしまう。
「えーっと、だな……」
「もしかして、私の短冊探してた?」
「なぜそれを! ……じゃなくて……え??」
「えー、そんな驚かなくてもいいじゃないの」
「で、でも……なんでそれを……」
「なんでって……いや、君がいつも私の方見てたからさ。もしかしてと思って」
バレテタノカ。
……いや、バレテタノカじゃなくて……
「“もしかして”って……?」
「もしかして、君は私の正体に気付いてるのかなって」
「……織姫だって事か?」
「うん」
そんなにあっさり頷かれるとそれはそれで悲しいものがあるけど……
「はぁ……」
「え、どうしたの? 大丈夫?」
「……ああ、大丈夫大丈夫。単に少し気が抜けただけだから。ガッカリというか、拍子抜けというか……」
「え、なんかごめんね……」
「別に謝らなくても……ただ、1つ確認していいか?」
「いいよ。なに?」
「お前は、織姫なのか……?」
まあ、最初から本人に聞けばよかったってことは、言わないお約束で。
「うん、そうだよ。見ての通り、私は織姫だよ」
こういう時、俺はどういう顔をすればいいんだろうか……。
自分の仮説が正しかったのは嬉しいし、正直納得はした。
けど……。
いや、これ以上は言うまい。
「……まあいいや。それで? お前が織姫だっていうのは……体は理解を拒んでるけど、一応理解した。それで、お前はどうするんだ?」
「ん? どうするってどういうこと?」
「ほら、今日は7月7日、七夕じゃん」
「うん、そうだね」
「……いや、うんそうだねじゃなくて、七夕と言えばほら、天の川を渡って織姫と彦星が1年に1回会える、って話がメインじゃんか? だから、お前はどうするのかなぁと」
「ああ、そういうことね」
まさか天に昇っていくわけではあるまいし、かといって近所の川を渡られても困る。
……とはいえ、星降が織姫っていう時点で色々ぶっ飛びすぎなので、正直何が起きても別段驚かないけど。
「それで、どうするんだ?」
「ん? 別にどうもしないよ? 普通に家に帰って、普通に宿題して普通に寝るけど?」
「その格好で普通を強調されてもな……え、いいのか? 彦星に会わなくて」
「天気予報」
「ん?」
「天気予報、見てみて」
とりあえず言われるがまま、スマホで今日の天気予報を確認する。
ひょっとして、今日は夜土砂降り、とか……
「……いや、快晴って書いてあるぞ? これなら何ら問題ないんじゃないのか?」
「あー、違う違う。見てほしかったのは今日の天気予報じゃなくて、去年一昨年、さらに3年間4年前の天気予報」
「そうなのか?」
彼女が何を意図しているかはともかく、とりあえず過去5年分の七夕の天気をチェックしてみる。
「……あ、全部雨だ」
「そうなの。つまりはそういうこと」
「いや、ごめん。何が“そういうこと”なのか全然なんだけど……」
「えー? これ以上言わないとダメ―? あんまし話したくないんだけどなぁ……」
「そこを何とか。今のままはかなりモヤモヤするからさ……」
「うーん……」
少しの間星降は唸り、そしてわかったよと頷いた。
「君はさ、1年に1回しか会えないっていう七夕伝説のこと、どう思う?」
「うーん……ありきたりな感想でいいなら、酷いというか、長すぎるというか……とにかく、そこまでしなくてもって思うぞ」
「じゃあ、雨が降るとそれすらできなくなる、って話はどう思う?」
「それは……追い打ちというか、トドメというか、1年に1回もどうかと思うのに、それすら天気次第で叶わなくなるってのはかわいそうな話だよな」
「うん、そうだよね」
「それで、何が言いたいんだ?」
「“1年に1回しか会えず”しかも“それすら天気次第で叶わなくなる”って、それはもう織姫と彦星は付き合ってるっていうのかな?」
「それは……」
「いくら相手を想い合っていても、さっき見てもらった天気予報の通り、5年や10年会えないなんてこともザラで、そんな遠距離が果たして崩れないと思う?」
そんなの、どう考えても不可能だ。
しかも時代が時代。今のようにスマホで手軽に連絡、なんて訳にもいくまい。
「……まさか」
「うん、そうだよ。織姫だって乙女なんだから、そりゃあ沢山の恋愛を経験するのよ?」
「予想外すぎてリアクションに困るな……まさか織姫と彦星の別れ話に遭遇することになるとは……」
「調べてもらえばわかると思うけど、ここ最近は5年どころか、8年くらい七夕は雨続きなのよ。だからもう、ね?」
それでも彼女は決して寂しそうではなく、むしろ何か枷がなくなったかのような解放感に満ちた笑顔を浮かべていた。
やれやれ。乙女心というのはわからん。
「じゃあ、そういうことだから。君の疑問は解決した?」
「大部分が謎のままだけど……まあ、多分これは聞いても仕方のない質問なんだろうから、ああ。とりあえずは満足だ。ありがとな」
「ううん、いいよ。私のことに興味を持ってくれたのは君くらいだったしね」
「それが1番の謎だけど、織姫ならなんでもありってか?」
「そうだね」
「そうなのかよ」
ふふっといたずらっぽく笑う星降。
「じゃあ、私行くね」
「あ、ちょっと待ってくれ。最後に1つだけ、教えてほしいことがある」
「ん? なに?」
首をかしげる彼女に、俺は短冊の山を指さす。
「お前の短冊って、結局どれなんだ?」
もうこの際それが判明したところでどうこうなるわけじゃないが、なんとなく気になった。
「1番下にある1つだけ色が違うやつだよ~!」
「ああ、そうか。サンキュ」
言われた通り、しゃがんでみると確かにそこに1つだけ色違いな短冊があった。
さて、彦星絡みじゃないとなると、果たして何が書いてあることやら……
「……あいつなァ……」
短冊には一言、「彼氏が欲しい」と書かれていた。
ツッコミをいれようと反射的に視線を上げると、もうそこには彼女はいなかった。
「やれやれ……どこまでも以上で普通だな……」
滅茶苦茶じゃねぇかと呟いて、俺はふと積みあがった無地の短冊に目をやる。
せっかくだ。俺も何か書いていこう。
「さて、と」
はてさて、今年の織姫と彦星様は俺のくだらない願いを叶えてくれるだろうか?
あとはこのまま天気が持つことを祈るのみだ。
うっすらと暗くなった空に、1番星が鈍く光っていた。
青春満喫神話 五月雨ムユ @SamidareMuyu
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