青春満喫神話

五月雨ムユ

第1話 クリスマスについての諸々。

 クリスマス。

 毎年12月の25日に行われるソレは、全国のリア充諸君にとっては、きっとこの上なく最高でグレイトなイベントなのだろう。

 クリスチャンでもなければ、クリスマスやら生誕祭やら復活祭やらの意味すら理解していない連中が、これまた何も理解していない脳内すっからかんなイルミネーションでバカみたいに飾り付けられた街を練り歩く。


 そんな風に、やれプレゼントだ、やれクリスマスツリーだとか理由をつけてデートに出かけるような阿呆に、ならばと俺は問いたい。

 イベントに理由付けして騒ぎたいのであれば、町内会のゴミ拾い大会にでも参加しろ、と。

 そっちの方がいくらかみんなの為になるだろ、と。

 クリスマスの経済効果がなんだ。そんなものより、まわりの人間の不快指数の方が圧倒的に高いに決まっている。

 なればこそ、カップルで町内一斉大掃除大会にでも参加して、まき散らされた犬の糞を2人仲良く拾いでもすればいいのだ。そうすれば、きっと絆とやらも深まることだろうさ。

 そうすれば、俺も文句は少ししか言わずに済む。

 町が綺麗になるのだ。そんなもの、カップルに対して、引き続き殺意が湧いて健康に悪い以外は、至っていいことじゃないか。


 ともあれ、ゴミ拾い大会の話は置いておくとして、クリスマスの話に戻ろう。

 そもそもの話、なぜ人はクリスマスにはしゃぎたがるのだろうか?

 いや、失敬。勢い余って憎むべきカップル連中のことを“人は”などと形容してしまった。

 これではまるで、あいつらに基本的人権があるみたいじゃないか。誤解を招きかねない表現を使ってしまうとは、まったく、俺としたことが。以後は、仮に三葉虫とでも称しておこう。


 で、話を戻そう。

 ではなぜ、三葉虫たちはクリスマスに大はしゃぎをするのか?

 それはきっと、時期的なものではないかと俺は思う。

 12月25日というのは、よほどの異常気象でない限り冬であり、したがってそれ相応に寒い。あまつさえ雪が降ったりもする。

 そう、そもそも三葉虫たちが欲しているのは“イベント”であり、何かはしゃぐための、ないしは行脚ートのための口実を求めているに過ぎない。

 だから、この雪という要素自体がもうすでにカッ……失礼。三葉虫たちが行動を起こす起爆剤となってしまっているのだ。

 起爆剤ならば起爆剤らしく、そのまま骨も残さずに消し飛べばいいと思うが、それはそうと、そこにさらにクリスマスなる口触りのよいネーミングが重なり、お金に目がくらんだ商人たちに手によってクリスマスがあたかも大イベントであるかのように祭り上げられる。

 その結果が今の惨状である。

 異論は認めない。

 

 だからこそ、俺は提言したい。

 クリスマス廃止、ないしはクリスマスおよび前日(イヴ)の外出全面禁止という対抗措置を。

 そうすれば世界はほんの少しだけ、俺達人間に優しくなるのではないだろうか。

 三葉虫たちの暴挙を止められるのではないだろうか?

 青春などという神の名のもとに異端審問を行う輩を、盛大に破門してやることができるのではないか?

 現代にはびこる無言の抑圧に対して、反撃の狼煙をあげることができるのではないか?

 なればこそ、今まさに抑圧に苦しんでいる同志諸君、共に戦おうではないか。

 クリスマスという聖日を、抑圧からの解放の記念日として再設定してやろうではないか!


 *


 ……と、要約するとざっとそんなようなことを、俺は後輩の九条くれはに向かって熱く語っていた。

 明後日から冬休みだというよく冷えた日の朝の、通学路でのことである。


「……と、俺はそう思うのだが、くれは。どう思う?」

「いや、どう思うと言われても。クリスマスに親でも殺されたんスか、としか」


 相変わらずの無表情でそう答える我が後輩。

 九条くれは。彼女は俺の1つ下、高校1年生の女子である。

 元々無表情で、いかにも人と関わりたくないと訴えかけているようなジトっとした目に、お世辞にもサラサラなどとは言えない前髪。それに俺より少し大きい身長に、肩まで伸ばした髪。さらには闇に溶けようとしているかの如く、タイツやマフラーまで真っ黒で統一された彼女は、やや薄気味が悪いとすら言えるだろう。

 三葉虫共の弁を借りれば「ネクラ」な雰囲気を醸し出す彼女だが、しかし、ひょんなことから関わりを持つようになった俺に言わせれば、こんなにも話していて楽しい友達はいない。

 関りを持つようになって約1年経つが、俺はいつしか彼女のことを「くれは」などと気安く名前で呼び捨てるようになっていた。とはいえ、別にそれ自体に何か深い意味があるかと言われれば、俺はそれには自信を持って、首を横にねじ切れる寸前まで振ることができる。

 まあともかく、である。俺はこの日、そんな彼女と偶然にも学校の最寄り駅で鉢合わせ、白い息を吐いて歩きながら、こうして駄弁ることになったのだった。


「しかしくれはよ、じゃあお前はクリスマスについてどう思うんだ?」

「私っスか? 私は……別になんとも」

「いや、なんともってことはないだろ。ほら、滅べとか燃えろとか消え失せろとか……なんかしら少しくらいはあるんじゃないか?」

「これまた意見の偏りがすごいっスね。とても公正に意見を聞いてやろうって人の聞き方じゃないっスね」


 変わらず無表情のくれはだが、しかし、その声のトーンから、くれはが苦笑しているということがすぐにわかった。

 別に彼女は無表情なだけで、感情がないわけでも、おしゃべりを楽しむセンスがないわけでもない。そもそもおしゃべりが嫌いだったら、こんな風に四六時中くだらないことを話している俺みたいな先輩と並んで歩いたりしないだろう。良くも悪くも、くれははそういうところで変に気を遣うような後輩じゃない。

 少し話が逸れたが、くれははその感情が表情に出づらいだけなのだ。

 知り合った当初こそ感情が読めず、それこそすれ違いもあったが、しかし、長く話しているうちにだんだんと彼女の気持ちが読めるようになり、今では他の人となんら変わらずに接することができている。

 ボッチ野郎の俺に、彼女の他に、日常的に共におしゃべりを楽しむ友人がいるのかという問題はさておき、そんなわけで、俺は彼女が意外とSだということも知っている。

 さっきも言ったように、くれはは良くも悪くも、先輩だからとか、そういう変なところで遠慮したりするような後輩ではない。

 だが、それは舌触りのいい言葉で説明すれば“フレンドリーな後輩”だが、良薬口に苦し的に言えば“失礼な後輩”でもあるわけで。

 出会った当初こそ、いやいや、俺の勝手な勘違いかしらと何度も首を傾げたりしてみたが、今隣で嬉々として「私は先輩ほど脳内お花畑じゃないんっスよ」とか言ってるのを見せられてしまうと、彼女にSッ気がないというのには無理があると確信させられてしまう。

 なんて、そんなことをぼんやりと考えながら、とりあえず「そうかい」とだけ返事を返す。


「でも……そーっスねぇ。私自身、そこまでクリスマス自体について、特に思うところはないですけど、でも、先輩の言うところの三葉虫云々については確かに、って感じっスかね」

「三葉虫……? 急になんの話だ?」

「先輩が言ったんっスよ、三葉虫って。自分で言っといて忘れないでくださいよ」

「ああ、そうだっけ」


 いかんせんお前より人生を駆け抜けるスピードが速いもんでな。細かいことは気にしてらんねぇんだよ。

 そんなことを考えつつ、言ったら絶対にまた何か言われるので、すぐさま該当箇所の脳細胞を焼き払って、何事もなかったかのように彼女を見やる。


「カップル連中のことだろ? で、あいつらがなんだって?」

「んー、なんて言うんスかね……」

「どうした、お前にしては珍しく歯切れが悪いな」

「お前にしてはって、私のこと、なんだと思ってるんスか」

「んにゃ」


 思わず変な声が出てしまった。

 “なんだと思っているか”と聞かれてしまうと、はてさてなんなんだろうと考えてしまう。

 はて、一体なんなんだろう。そして今更ながら、そして明らかに原因は自分なのだが、それにしてもなんなんだこの状況は。朝っぱらから一体何をしてるんだ俺は……。

 虚無に向かって暴走し始めた思考に目を白黒させながら、とりあえず「で、どう思ってるって?」と言って話を強引に戻す。


「上手く言葉にできないんスけど……一言で言えば“謎”って感じっスかね」


 上手く言葉にできてるじゃねぇか。一言にまとめられてりゃ、十分すぎるくらいキレイにまとまってるよ。

 と、そんな風にくれはの国語力を評価しておいてなんだが、残念ながらコンパクトにまとまりすぎていて、何を言いたいのかさっぱりだったので、「つまり?」とその先の説明を促す。

 てっきり「私の話、聞いてましたか?」と蔑んだ目で罵ってくるかと思ったが、くれはは「私には、あの人たちのことが理解できないんっスよ」と、素直に言葉を続けた。


「理解できない?」

「そうっス。彼氏彼女とか、恋人とかつがいとか、そういうの、よくわからなくないっスか?」

「うーん……」

 

 そう言われても、残念ながらカップル連中の殺害計画を立てたことはあっても、恋のフラグが立ったことなど皆無の俺では、どうとも答えようがない。

 俺が恋したこととか、ましてや恋人がいたことがあるように見えるのか? 友達すらロクにいないんだぞ??

 とはいえ、そんな宣言はいくら何でも虚しすぎるので、

「まあ、そうだな」と無難に頷いてくれはの様子を探る。


「なんだか、まるで自分の価値が下がったかのように感じないっスか? こう、周りがカプッルだらけの場所に行ったりすると」

「なんだ、お前にしては偉く劣等感を強調するじゃないか」


 ちなみに俺は、そもそもクリスマスやらそういうイベントの日に、わざわざカップルだらけの場所に足を踏み入れて傷つくなんて馬鹿な真似はしたことがないので、残念ながらその劣等感とやらには賛成しかねる。というか想像はできても実感が湧かない。クリスマスは家で1人コタツでぬくぬくしながら、1日中ゲームをして過ごすに限る。

 そもそも、だ。カップル連中に対して劣等感なんて抱いた時点で、それはほとんど自ら敗北を受け入れる行為に他ならないのだから、実感が湧こうが湧くまいが賛成なんて絶対にするものか。

 そこまで考え、さあ、くれはにどのようにこの素晴らしい意見を伝えてやろうかと彼女の方を向くと、先に彼女が口を開いた。


「何言ってるんスか。先輩ならよくご存じなはずっスよね? 私が劣等感の塊だってこと」

「それは……」


 確かに、くれはが周囲に対して抱えている劣等感……というか、引け目みたいなものは、彼女が今もこうして若干猫背になって歩いていることからもわかる。

 それはきっと、背が人より大きいとか、胸を隠したいとか、そういう一部分的なものではなく、くれはの本質的なことに関わる行為なのだろう。

 なんと答えたものか、ぼんやりと打ち上げられた鯨のように空を見上げていると、くれはが、


「クリスマスに1人って、やっぱり寂しいもんじゃないっスか?」

「どうした、急にしゅんとして……。……もしかして誘ってるのか?」

「いや、それはないっス」


 おうふ。

 いつになく真剣な表情できっぱりと断られてしまった。

 そんな真面目な顔で言わなくてもいいじゃん。別に期待して言ったわけでもないけど、地味に傷つくわ。


「単なる冴えない喪女もじょの呟きっスよ。先輩はいいねだけして、スルーしてくださいっス」

「あいにくと、リアルでタイムラインを流し見できるほど、俺は人間として完成されちゃあいないんでな」

「確かに、センパイってだめだめっスもんね」

「そこだけピックアップするなよ!」

「ふふふ」


 先輩をいじるのが楽しくて、だから私は今こうしてここにいるんですと、そんなことが彼女の笑顔にははっきりと書かれていた。

 ま、君が楽しいならそれでいいケドさ……。


「まあでも、そうっスね。もしクリスマス当日、あまりの孤独に耐えられなくなったら、その時は先輩を誘ってあげてもいいっスよ?」

「OK、わかった。家で全裸待機してるわ」

「極端っスねぇ……」


 あからさまに、それこそ俺でなくともわかるくらいに引いてみせるくれは。


「家で云々は冗談として、わかったよ。可愛い後輩の頼みだ。誘われてやるよ」

「『家で』云々が冗談ってことは、まさか外で全裸待機っスか?!」

「違ェよ。なんでそこだけを切り取ったんだよ。ったく……」

「そうカリカリしないでくださいっス。じゃあ、もしかしたらお誘いするので、よろしくっス」

「ああ、そうかい」


 へいへいと、雑にくれはの言葉をあしらい、はあとため息をつく。

 くれはが「もしかしたら」と言うのであれば、それは本当に万一くらいの確率なんだろうし、いくら何でも三葉虫連中に劣等感を抱いている彼女が、わざわざ俺を誘うような真似はしないだろう。不思議とそういう確信に近いものがあったので、別段ドキドキなんてせず、いつものバカ話の一環として捉えられた。

 まったく、やれやれだ。

 これが、九条くれはという人間をしっかりと理解してあげられている俺だったらよかったようなものの、他の脳内空っぽなモテない残念系男子だったら、心臓破裂ものだったぞ。

 訓練された俺でよかったな、ホント。

 と、そんなことを考えつつ、引き続きくれはの先輩弄りに付き合っていると、しばらくして学校の校門が見えてきた。


「あーあー、お前とバカ話をしてたら学校着いちまったよ」

「えー、不満っスか?」

「不満はないけど、生産性の欠片もない時間だったなって。まあ、楽しかったからいいんだけどさ」


 話の合う後輩と、良くも悪くもバカ話に花が咲き乱れるというのは、冷静になってしまうと、俺の青春ってなんなんだろうという虚無にも似た感情は湧き出てくるが、その場にいる限りは結構楽しかったりするし。別にそれはそれと言う気がする。

 心なしか不安げに俺の顔を覗き込むくれはに、俺は、


「ま、お前といるのも悪くないかな、くらいには思ってるよ」

「お、センパイ。なかなか嬉しいこと言ってくれるっスね」


 水を得た河童のように(彼女にしては)楽しそうに笑い、「ツンデレっスねー」などとほざくくれは。


「じゃあ、私はこっちなので。さようならっス、先輩。またどこかで」

「ああ、またどこかで」


 まるで旅先で仲良くなった人との別れ方みたいだな、なんて考えながら、下駄箱で別れる。

 と、俺がいつものように一人寂しく自分の教室に向かおうとすると、何を思ったか、後ろからくれはが駆け寄ってきた。


「あ、先輩。1つ言い忘れてました」

「なんだ?」

「クリスマス当日の予定、考えておいてくださいね!」


 俺でなくともわかるくらいの笑顔で、そして顔を赤く染めてそう言うと、くれは一目散に走り去っていった。


「……え」


 後に残されたのは、少し遅れてその言葉の意味を理解した心臓バクバクの哀れな男子高校生が1匹。


「……っ」


 やれやれ。どうやら前言撤回をしなくてはいけないらしい。


「……これで俺も、三葉虫の仲間入り、か」


 まあ、三葉虫は三葉虫で悪くはないかな。ふと、そんなことを考えた。



 ちなみに、クリスマス当日にくれはが風邪に倒れたおかげで、この話はうやむやになってしまうのだが、それはまた別のお話。

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