第60話 「どういう関係なのかな」「クラスメイトです」「ただのお友達です!」

 家に戻ると、出かけるときにはなかった車が2台、ガレージに停まっていた。

 僕たちが外をうろついている間に、父さんと母さんは帰ってきていたらしい。


 横目でそっと百代と繭墨を見る。

 この二人について説明は避けて通れないだろう。


 といっても、僕は直前まで二人が来ることを知らなかった。すべて姉さんの手引きによるものだ。その辺の説明は丸投げでいいとは思う。


 ただ、二人とどういう関係なのかは、根掘り葉掘り聞かれるだろう。

 特に母さんはノリノリで突っ込んできそうだ。

 父さんはどんな反応だろう。基本的に放任の人だけど、僕が一人暮らしを始めるとき、女性を泣かせるようなことはするなと厳しく注意されたことは、強く印象に残っている。


 にもかかわらず。

 理由はどうあれ、息子は実家に女子二人を連れ帰っているわけで。

 ただのクラスメイトだから、が通用するかどうかは微妙なところだ。


 いまだかつてこんな不安な気持ちで実家のドアを開けたことがあっただろうか。

 僕はドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた。


「ただいま……」


 奥まで届かなければいいなという後ろ向きな帰宅のあいさつを、しかし母さんはしっかり聞き取ったらしく、スリッパのパタパタという足音が近づいてくる。


「はいお帰り! そっちの二人が、例のオトモダチね?」


 と母さんにうながされ、後ろに控えていた二人が恐る恐る前に出る。


「百代曜子です、ほ、本日はオマネキにアズカリましてコウエイのイタリ……」


「繭墨乙姫です。なんのご連絡もなしにお伺いしてしまい、ご迷惑をおかけします。本日はよろしくお願いします」


 二者対照的なあいさつに母さんはからからと笑う。


「百代さんに、繭墨さんね。話は千都世から聞いているから、気にしないでいいのよ。楽にしてくつろいでいってね」


「は、はい、よろしくお願いします」とまだぎこちない百代。


「こちら、つまらないものですが……」と菓子折りを差し出す繭墨。なんて用意のいいやつだろう。


「あらまあ、言ったそばから気を遣ってもらっちゃって。ご丁寧にどうもありがとう。さあ、上がって上がって。もう晩御飯の用意はできているから」


「お、オジャマします……」


「失礼します」


 二人は靴を脱いで家に上がる。

 百代はブリキのロボットのごとくぎこちない動作で。

 繭墨はいつもどおりよどみのない所作で。


 母さんが奥に引っ込むと、百代がぽつりと言った。


「何あのお土産。ヒメの抜け駆け……」


「連名ということにしておけばよかったかしら」


「ほ、施しは受けないから」


「そう」


「っていうかいつの間に用意してたの?」


「途中のコンビニよ。田舎だとお土産物を置いているところも多いから」


「ああ、買ったの下着だけじゃなかったんだ」


「ちょっ……!」


 と繭墨は咎めるような目で百代を見て、それから、ちらりと僕の方をうかがう。

 僕は何も聞いていないふりをして先に進んだ。


 そうか、繭墨はまたコンビニで下着を買ったのか、余計な出費をさせているなぁ。

 でもその話から察するに、繭墨は宿泊の準備をしてなかったわけで、不意打ちのような形で連れてこられたんだろうな、となんとなく状況がイメージできた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 長方形のテーブルに全員がそろったところで、同時に食べ始める。普段からそうしているわけではないが、今日だけは別だ。多少のぎこちなさも、料理を口に入れるとすぐに和らいでいく。


 今日の夕食はカレーだった。大人数用の超定番メニューであり、誰でもミスなく無難に作れる半面、ワンランク上の味を求めると、追加の香辛料やら材料の下ごしらえやらで難易度が上がる。初心者向けにして上級者向けの料理だ。


 そして、上級者たる姉さんの手によるカレーは、初めて口にする二人を大いに驚かせた。


 百代は「超おいしい、こんなおいしいカレー初めて食べたよ、なんかよくわからないけど深みのある味わいっていうか、あと、肉すっごいやわらかいし――」と興奮気味に語りながらスプーンを口に運んでいた。


 繭墨は一口食べて目を丸くした。続いて、ルーだけ、肉だけ、ご飯とルー、という風に分別して口に入れ、ゆっくりと咀嚼する。何か分析をしているかのような様子で、ときどき小さくうなずいたり、眉をひそめて難しい顔をしたりと表情を変化させていた。たぶん僕と話をするときよりも表情豊かだった。カレーに負けた。


 やがて食事の時間がひと段落すると、父さんが口を開いた。

 食事中に一番ぎこちなかったのは実は父さんだ。


「ええと……、繭墨さんと百代さん、だったね。君たちは、その、鏡一朗とは、どういう関係なのかな」


「クラスメイトです」


 と繭墨がパーフェクトな笑顔で即答する。

 事実を語っていないことが明らかであっても、それ以上の質問は無意味と思わされる、完璧にして鉄壁の笑顔だ。


「そ、そうか……? では、百代さんの方も?」


「は、はい、そうですお父しゃん」噛んだ。「あたしたちはキョウ……一朗君じゃなくて、千都世さんに会いに来たというか、その、前に会ったときに意気投合して、また会いたいねという話になったもので、今回も千都世さんからおさそ……、おさそいただ……、誘ってもらったので、キョウ君とはあまり関係ないというか、ただのお友達です!」


 百代は逆にぎこちなさの極み。

 何かを誤魔化していることがバレバレだけど、追及するのは可哀想だからというお情けによってどうにか逃げ延びるタイプの、隙だらけの答弁だ。


 どちらの返答に対しても、父さんはあいまいにうなずくことしかできなかった。

 ちらりと僕に向けられた視線が、「あとで説明してもらうぞ」と語っていた。


 その後、姉さんが切り分けたメロンを持ってきて質疑応答の場を押し流すと、うやむやのうちに夕食はお開きになった。


 女性陣はキッチンでしばらくおしゃべりに興じ、父さんはリビングに籠り、僕は自分の部屋に退避した。臆病者と言わば言え。あのままキッチンに残って雑談のネタにされるくらいなら、逃げた方がマシだ。



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