第27話 伯鳴高校生徒会慕情
僕たちは国沢先生に会うために職員室へ向かった。
生徒会の顧問を務める国沢先生ならば、副会長の
たとえば、あまり大っぴらには言いにくい特殊な家庭事情があった場合、それをほかの生徒に知られることなく、さりげなく手助けをするためには、先生の協力が必要不可欠だからだ。
繭墨が先に職員室に入り、僕はそのあとに続く。
国沢先生は自分のデスクでノートパソコンを操作していたが、生徒の来訪に気づいてこちらを向いて、それが僕たちだとわかると、わずかに頬をひきつらせた。繭墨をそんなに警戒しているのだろうか。
「すいません国沢先生、お時間を少しよろしいでしょうか」
「ああ、どうした?」
「生徒会のことです。単刀直入にお聞きしますが……、先生は、副会長がたびたび会を欠席する理由について、先生は何かご存知でしょうか」
先生はノートパソコンを閉じると、チェアを回転させて繭墨と正対した。
「知っているよ」
「それでも放置するのはなぜですか?」
「生徒総会の手前は忙しくなるからな。繭墨もやっぱり、自分のところにしわ寄せが来るのは嫌か?」
その問いかけは少し
今回の一件は、サボタージュをしている副会長に全面的に非がある。たとえどんな事情があっても、説明しなければ相手には伝わらない。相手に迷惑をかける以上、説明することは最低限の誠意だろう。
先生の問いかけは、副会長の責任を棚上げにしたものだ。一方的すぎると思う。
僕の反感をよそに、繭墨は口を開いた。
「それはもちろん、嫌だと思います」
繭墨は言葉を探すような間を取る。
「でも、それ以上に……、会長ひとりが頑張っていて、わたしたちはそれをただ
「そうか。これはほかの生徒には内密にしてほしいことなんだが……」
国沢先生はうなずくと、事情の説明を始めた。
そう長くはないし、ありきたりな話だった。
副会長の母親が入院中で、彼女が代わりに家事をやっているということ。特に幼稚園児の弟を迎えに行くための時間的制約があり、放課後はまったく余裕がない、とのことだった。
「こういう話を聞いて、繭墨はどうするんだ?」
国沢先生がそう尋ねると、繭墨はすぐに答えた。
「会長と副会長に、生徒総会の準備について、この事情を考えに入れた進行を提案しようと思っています」
「そうだな、それがいい。まず言葉ありきだ」
「では失礼します……、あ、先生、ちょっとまた生徒会室の鍵をお借りします。忘れ物をしてしまって……」
「お前にもそういうことがあるんだな」
「お恥ずかしいです」
教師と生徒とは思えないやり取りであった。
繭墨が出ていくと、国沢先生が僕を呼んだ。
「阿山、ちょっと」
「あ、はい」
「繭墨の話、どう思った?」
僕は少し考えて、
「組織の〝
「そうだな。1人のエースピッチャーよりも、4人のローテーションピッチャーということだ。もちろん、ある程度の実務能力はほしいが、それ以上に、会長にはピッチャーではなく監督寄りの立場でいてもらいたいんだ」
国沢先生は僕が野球に詳しいことを知っているのか、生徒会の実情をそんな風に例えた。
「いろいろ指示を出す立場ってことですか?」
「繭墨はどうだ? お前から見て、そういうの得意そうか?」
得意かどうかと聞かれても、繭墨に人の上に立つ適性があるのかはわからない。
ただ僕がはっきり言えるのは――
「あいつ人嫌いですよたぶん。クラスが違うからはっきりとは言えませんけど、人づきあいがいいようには見えないし、孤立してるというか孤高を貫いてるというか」
「そうか……、だが、さっきの言葉を聞く限りでは、見込みはあると思うがなぁ」
「負担を分担しないと、なんのための組織なのかわからない――ってやつですか」
繭墨の言葉は、自分にも会長の仕事を回してくれと言っているようなものだ。自分が楽ならそれでいいという自己中心的な考えとは逆の、全体のことを考えた発言だ。
「そうだ。一部への負担が増えると不満も
「不公平感が止まりませんね」
「ああ、それに問題なのが、ほかの役員が経験を積めないってことだ」
国沢先生は肩をすくめる。
「会長と副会長以外の役員は全員が1年生だが、4月になればもう2年生だ。そして7月には代替わりする。彼らが業務に不慣れだと、次期の生徒会運営にも支障が出てしまうだろう」
今の代でやっておかないと次の代ででつまずいてしまう、という話。
そこには年長者の卓見と、経験者の先見があった。
僕たち生徒は3年で卒業してしまうけれど、先生は
「繭墨って次の生徒会長にされそうなんですか」
僕はふと、さっきの近森の話を思い出し、そう尋ねてみる。
国沢先生は否定も肯定もしなかった。代わりに少し口元を上げて、
「阿山、あの子の補佐とかやってみないか?」
「え、僕はちょっと、いろいろ忙しいので……。生徒会にも入ってないですし」
「繰り上がりじゃないといけないっていう規則はない。考えてみてくれないか」
「はあ……」
「同じ職場にいると距離も縮まるぞ」
「なんのアピールですかそれ……、教師が不純異性交遊を推進してもいいんですか」
「不純なのか?」
「ノーコメントで」
僕は目を逸らす。
ぐはは、と国沢先生は笑っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「とりあえず明日、会長と相談しようと思います」
繭墨と並んで下校しながら、生徒会のことを話し合う。
「1年にも仕事を回すようにしてくれって?」
「はい。あと、副会長のことは……、ご家庭の事情は伏せて、どうにか説明をしなければなりませんね」
「伏せて説明したらどうしても不自然になるんじゃないの。もうスルーでいい気もするけど」
「では生徒会長が理由にこだわるようでしたら、ただ家庭の事情だとだけ言えば」
「あの会長だったらそこで踏み止まってくれるんじゃない、察してくれるというか」
「わたしもそう思います」
そんなやり取りをしながら歩いていると、不意に足音が止んだ。
「……繭墨?」
二歩うしろで立ち止まって、あさっての方向を眺めている繭墨。その視線を辿っていくと、夕焼けの町に長い影を伸ばしながら歩く、親子連れの姿があった。
父母と両手をつなぎ、その手にぶら下がるように歩く子供。
両親は子供を大切そうに、心配そうに見下ろしているが、ときどき、その視線が水平になる瞬間がある。
互いを見つめ、照れくさそうな、幸せそうな表情を浮かべている。
「……あれ?」
幸せの縮図のようなその光景には、しかし圧倒的な違和感があった。
両親のポジションの二人が、伯鳴高校の制服を着ていたからだ。
というか会長と副会長だった。
そして、その二人に手をつながれた幼い子供。
「……わたし、わかりました。点と点がつながった、と言えばいいのでしょうか」
「奇遇だね、僕もだ」
繭墨のトーンを抑えた声に、僕もうなずいた。
そしてこの状況の〝答え合わせ〟を始める。
「会長の頑張りは、つまり一人で背負い込んでいるのではなく、副会長をかばっていたのですね」
「会長はたぶん副会長の家庭の事情を知っていたから、サボりを強く追及できなかったと」
「最初からあの二人はグルだったんですね」
繭墨の口ぶりは恨みがましかったが、今まさに目の当たりにしている夫婦めいた関係を知ってしまうと、グルと言うよりも絆のような優しげなものを感じる。
「あ、でも一つわからないことがある」
「なんですか?」
「近森たちを巻き込んでサボったのはどうしてだろう? わざと負担を上乗せしたようなものじゃないか」
「それは……、あくまでも、わたしの想像ですが」
繭墨はそう断ってから、副会長の――女子の心理を代弁する。
「副会長の不在による負担を、会長がまったく表に出さなかったので、それに嫉妬したのではないでしょうか」
「会長は会長で頑張ってたのに? ちょっと身勝手なんじゃないの」
「もちろん副会長も最初はさぼりを心苦しく思っていたはずです。しかし、会長はそれについて何も言ってこない。となると、そもそも自分は彼にとってどうでもいい存在なのではないか、それならもっと負担を増やして意識させてやる、振り向かせてやる――と、そういった情念が働いたのではないかと推測されます」
繭墨の長い解説を、僕はひと言にまとめた。
「ああ……、俗にいう面倒くさい女ってやつだね」
「知ったような口を利かないでくださいシスコン」
「え?」
ひどい暴言を聞いた気がして問い返すが、繭墨はすまし顔でスルー。
まあいいや。
問題が解決した後というのは、いろんなことに
徐々に日が長くなってきて、下校時の夕焼けがきれいで――それらが何かを解決するわけではないけれど、なんとなく前向きな気持ちにさせてくれる。
伯鳴高校生徒会慕情、これにて一件落着。
僕は胸中でそうつぶやくと、会長たちと
しかし繭墨の行動は違っていた。
いつの間にか生徒会長たちの前に立ちふさがり、事情の説明を求めている。
空気を読めないこと極まりない。
こいつが生徒会長とかやっぱり無理なんじゃないですか国沢先生。
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