第26話 そっと見守っていてほしいんです

「お願いというのは、生徒会についてです」


 繭墨はそう切り出した。


「副会長のことは知っていますか?」


「いや、何も」


 知っているのは性別くらいだ。名字すら覚えていなかったが、そもそも上級生の名前なんて部活にでも入っていない限り覚える機会がないだろう。


「実は副会長が業務を欠席しがちなんです」


 悩ましげな繭墨に、僕は「ああ」とだけ応じた。


 名前は知らないが、外見だけなら記憶がある。現在の副会長は気の強そうな女子の先輩だった。それとは対照的に、生徒会長は気の弱そうな男子の先輩なので、恐妻きょうさい生徒会なんて陰口をたたかれているのを聞いたことがある。


 だから、副会長が少しくらい不真面目であっても、そういうものだろうな、くらいにしか感じなかった。


「それは問題なの?」


「これまでは副会長が居ようが居まいが業務に支障はなかったのですが、今はさすがに困ります。二月末に後期の生徒総会があるので、そろそろ、きちんと出席してもらわないと……」


 本当に忙しいのか、繭墨の言葉や態度からは焦りが感じられた。

 こんな物言いは珍しいなと思う。

 言葉がきついのはいつものことだが、普段ならきつい中にも余裕が見えるのが繭墨のスタイルだ。具体的には、玉座に悠然ゆうぜんと腰かけて、下々の者をハイヒールで踏んづけているイメージなのに、今は相手と同じ高さにまで下りて、全力で平手打ちをしているような、切羽詰まった印象を受ける。


「忙しいのはわかったけど、それって僕にできることあるの?」


「欠席が多いのは副会長だけではありません。一年生のメンバーにも副会長に追従ついじゅうして欠席の多い者がいるので、彼女たちに話を聞きに行きたいんです」

「僕に女子から上手に話を聞いたり説得できる話術があると思う?」

「そういうものは期待していません」


 即答である。


「尋問はわたしがやります。阿山君はその後ろで、ぼんやりと突っ立っていてほしいんです」

「それって僕がいる意味あるの?」

「そっと見守っていてほしいんです」


 健気な感じに言い直したが、そもそも尋問とかいう物騒な単語せいでほとんど効果がない。


「一年生メンバーの居場所は見当がついています。さあ、行きましょう」


 繭墨はこちらの疑念を無視して生徒会室を出ていく。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 繭墨のあとを追って、一年一組の教室へとやってきた。

 西日が射しこむ教室内、二人の女子が窓辺の席で雑談に興じていた。

 一人は普通に椅子に座っているが、もう一人は机の上に座っていて、ちょっとスカートの中が見えそうだった。僕は気を使って彼女の方を見ないように顔を背ける。


「あれっ、繭墨じゃん、どうした?」


 僕たちが入ってきたのに気づくと、机に座っている女子が声をかけてきた。ショートカットでボーイッシュな印象のある子だ。名前は確か、近森ちかもりあずさ。


「副会長のことで、少しお聞きしたいことがあるのですが」


 さっそく繭墨が切り出す。


「副会長……、よくサボってるから、そのこと?」


 そう聞いてくるのは遠藤えんどうさやか。西日に透けて栗色に見える髪にはゆるやかウエーブがかかっている。髪だけではなく容姿も雰囲気も、しゃべり方もふわっとした、筋金入りのゆるふわガールだ。


「ねえ、サボってるのってこの二人も同罪なんじゃないの」


 僕は小声で繭墨に話しかける。


「今は彼女たちの追及より、副会長の方が先です」


「……あれぇ? まやまくん? どうして繭墨さんと一緒にいるの? 男女交際?」


 遅れて僕に気づいたのか、遠藤がそんなことを言う。

 同じクラスで1年近くいるというのに、この子はいまだに僕の名前を間違い続けている。こっちが訂正していないせいでもあるのだが、僕はどうやら彼女の忘却のツボにはまってしまっているらしい。


「内緒にしておいてくださいね」


 繭墨は唇の前で人さし指を立てる。そういう誤解を招く言い方はやめてほしい。


「こんな日に校内で逢引きとは、目立たないくせにやりますなぁ、しかもお相手は我らが来季の生徒会長サマとは」


 近森が僕の方を見ながらニヤニヤと口元を上げている。逢引きとはまた外見に似合わぬ古風な言葉を使うやつだ。しかし、それ以上にちょっと気になる単語があった。


「繭墨って生徒会長になるの?」

「うちらの中じゃ、一番それっぽいっしょ」


 僕の疑問に近森が答える。

 この場にいる三人は、現在の生徒会の1年生。つまり次代の生徒会を担う人材だ。

 この三人の選挙ポスターを並べたら、得票率1位は繭墨でまず間違いないだろう。近森のいうとおり、それっぽさが飛び抜けている。


「まやまくん、なんだか失礼なこと考えてる感じがする」

「そんなことないよ。僕のクラスでの振る舞いは知ってるだろ。僕ほど礼を失することのない男子はいない」

「うん、だからぁ、上っ面が真面目そうなぶん、中身は何考えてるかわかんないね、ってみんな言ってるよ」

「えっ」


 硬直する僕。

 繭墨の表情には同意の色。

 近森は大げさなリアクションで手を叩いて笑う。


「あーそれ容疑者の昔の知り合いのコメントでよくあるやつだ、おとなしくて礼儀正しいけど、何を考えてるのかよくわからないやつでした、っていうあれ!」


 僕は繭墨へ協力したことを早くも後悔し始めていた。厳密には、この二人に話を聞こうという提案をしてしまったことをだ。話が脱線しまくって先に進まない。


「阿山君、話が大きく逸れていますよ」


 繭墨が小声で指摘してくる。


「最初にルートを切り替えたのはそっちじゃないか」


 内緒にしてくださいね、というあのポイントが間違いだったと僕は思う。

 繭墨も人が少ないところだとそれなりに冗談を口にするのだ。


「……二人は、副会長のサボりの理由って知ってる?」


 強引に話を戻すと、近森と遠藤は顔を見合わせ、「ううん」「いんや」と否定した。


「では、副会長と同じタイミングで、何度か業務を欠席したのは?」


「あー、あれね。ちょっと、頼まれてなぁ」


 ばつが悪そうな口調で近森が言う。


「頼まれた? 副会長にですか?」


「そうなの、会長をちょっと困らせちゃえ、みたいなノリだったよ。今さらだけどごめんねぇ繭墨さん、迷惑かけちゃって」


 ゆるい口調で遠藤が言う。


「構いませんよ。わたしは負担なんて受けてませんから」

「副会長がいてもいなくても関係ないってことか」


 生徒会室での話を思い出してそう言ったのだが、繭墨は左右に首を振った。


「違いますよ。副会長の穴を会長が十二分に埋めているということです」

「へえ」副会長の穴を会長が埋める、ですか……。


 遠藤と目が合った。


「あー、まやまくん、今なんか変なこと考えてるー」

「な、ちが……」


 遠藤はニヤニヤと笑いながら口元を手のひらで隠す。

 繭墨は冷たい視線を僕に向けつつ1歩遠ざかった。

 近森はよくわからない様子で首をかしげている。


 まだ何も言ってないのに、ちょっと下世話な想像をしただけでこんな扱いをされるとは思わなかった。なんかもう……、何これ? このいたたまれない感じ。男女比のせいにしても居心地が悪すぎる。


「よし! 話はわかった! 参考になったよ、ありがとう。それじゃ!」


 僕は片手を上げて礼を言うと、回れ右して教室を脱出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 数分ほどして、メッセージアプリに繭墨からの着信があった。

 1階の昇降口で合流する。


「お待たせしました」

「ちょっと気になったんだけど、副会長のサボりに不満を訴えてるのは繭墨で、一番シワ寄せが来てるはずの生徒会長はサボりを黙認してるっていうのは、どういうことなんだろうね。会長はいい人だから、って説明だけで片づけていい話じゃないと思うけど」


 出会い頭に疑問をぶつけると、繭墨はこちらを値踏みするように、珍しくねちっこい視線を向けてくる。その視線にさらされること数秒、まあいいでしょう、許してあげましょう、という感じのため息で緊張を解く。


「そうですね……、問題なのは、会長の実務能力が高すぎて、副会長不在でも回せてしまうことです。周囲に負担が行かないから、わたしたち1年生はおかしいと思いつつも明確な不満を口に出せずにいました。実害がなかったからです」


「じゃあ繭墨が今になってこの話を出したのは、単純に忙しくなってきたからってことか」


「はい。生徒総会の準備は予算関係の計算が多く、裏方の負担が大きいですから。文化祭ほど周囲は盛り上がってくれませんので、協力が期待できないという事情もあります」


「ああ、確かにね」


 去年の7月に行われた、前期の生徒総会を思い出す。あのときの会場には、「こんなことをして何になるんだ」という白けた雰囲気が充満していた。そんなつまらないイベントに、生徒の協力を求めるのは難しいだろう。


「会長はおそらくデータを持ち帰って家で作業をしていると思います」


「すでに社畜の片鱗が……。じゃあ副会長がサボってる理由とか、あの二人はなんか知ってた?」


「いいえ、何も。阿山君が逃げ出したあとはただの雑談でしたから」


「僕がいたときもほぼ雑談だったような」

 

 1つの情報を得るために10の雑談を乗り越えなければならない。

 聞き込みという仕事のつらさの一端を垣間かいま見た気分だった。


「あとはもう明日にでも、会長と副会長にそれぞれお話を聞くしかないのでしょうか」


 メガネの位置を直しながら言う繭墨に、僕は首を振ってみせる。


「いや、まだ一人、話を聞ける相手がいるよ」

「えっ?」

「というか相談相手ということなら本来そっちが先だよねっていう」

「……誰ですか?」

「生徒会の顧問の、国沢先生だよ」

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