第17話 メリークリスマス、良い夜を
繭墨とのコーヒーブレイクのあと、すぐに百代と直路がやってきて、クリスマスパーティは予定どおりに始まった。
ただ並べられた料理を食べながら雑談をするだけの集まり。
特別なことがあったとすれば、それはやはり手作りケーキのお披露目だろうか。
チキンやサラダ、握り寿司など――その多くは近所のスーパーで買ってきたものだ――を食べ終えると、百代は誇らしげに立ち上がった。
「ちょっと待っててね、いいモノ、持ってくるから」
冷蔵庫に潜ませておいた手づくりのブッシュドノエルを、トロフィーでも運んでくるみたいに、ゆっくり粛々と持ってくる。
「じゃーん! どうよこれ! すごいでしょ! ね?」
「……もしかして、手作りなのか、これ」
直路はまじまじとケーキを見つめ、次いで百代を見上げる。心の底から驚いている顔だった。
よかったね百代、と心の中で彼女をねぎらう。彼氏の驚く顔が見たくて昨日から準備を進めてきたのだから、これで目的の大半は達せられたわけだ。
「すごいじゃない、こんな手の込んだものが作れるなんて」
繭墨も感心した声で言う。部屋に上がった瞬間に気づいていたくせに、それをおくびにも出さずに驚いたふりをしてみせる。見事な役者っぷりだ。
「わかる!?」
と百代は嬉しそうに身を乗り出して、ケーキ作りの苦労を語り始める。
「スポンジのふんわり感を出すためにいっぱいかき混ぜたから、腕が痛くなっちゃった」
「チョコクリームのこの味を発見するまで、何度しこーさくごを繰り返したことか……」
「イチゴってすごい高くてびっくりした、これからはもっと味わって食べないと」
「後片付けとかホント面倒くさくて、もう二度と作りたくないなぁ」
後半は愚痴や弱音になっていた。
ちなみに、僕が協力したことは、事前に話し合って伏せておくことにした。
この部屋で二人きりで、しかも二日続けてケーキを作っていたという事情は、たとえやましいことが一切なかったとしても、明言するのは
繭墨は百代の自慢話を聞き流しながら、よどみない手つきでケーキを切り分けていった。ナイフの使い方や取り皿の配置などがスムーズで、日常的に家事をやっている人間らしい慣れを感じさせた。
直路がうまいうまいと言いながら口に放り込んでいくのを、百代は本当にうれしそうに眺めていた。口元をゆるませて、少し瞳が潤んでいるようだった。
誰かが誰かを想っている姿というのは、それだけで尊いものだなと、僕はガラにもない綺麗ごとを考えた。
ブッシュドノエルを完食したあとは、プレゼント交換である。
それぞれの個性が見られる面白い出し物だった。
繭墨のプレゼントは各人の好みや趣味に合わせたものだった。
直路にはスポーツタオル。
百代には好きなアーティストのCD。
僕には和風かつポップなセンスの栞を。
百代のプレゼントは意外にも実用性重視。
直路には贈り物っぽさを抑えた控えめな色のマフラー。
繭墨には眼の疲れが取れるという温熱シート。
僕にはダイヤル式のキッチンタイマーを。
直路のプレゼントは季節感があった。
百代には
繭墨にはクリスマスがテーマの小説を。
僕にはクリスマスツリーっぽい置物を。心の底から要らなかった。
僕のプレゼントは正直に言うと手抜きだった。
全員等しくお食事券――ただしメニューの注文は前日までに、というもの。
白い目を向けられたものの、パーティ会場を提供していることで大目に見てもらえた。
その後は健全にトランプなどをやっていたが、やがて繭墨が場を辞することになった。冬の夜は早い。見送りに出たとき、外はすでに真っ暗になっていた。
3人でしばらく大富豪に興じていたが、僕は革命を返してからの複数枚同時出しでイチ抜けすると、飲み物を買ってくるという理由で部屋を出た。ずっと狙っていたタイミングだった。
その間際に、百代と一瞬だけ視線を交わした。
約束を思い出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇
数時間前。
僕と百代のあいだで、こんなやりとりがあった。
「一生のお願いなの」
「……内容によるよ」
百代の真剣な表情と、まっすぐな言葉に
「あのね、パーティが終わって、たぶんヒメが最初に帰ると思うの」
「だろうね」
繭墨は家が遠いので、自然と帰りも早くなる。
「で、ヒメが抜けて3人になったら……」
百代はうつむいて、ためらうような間。
顔を上げた百代の頬は赤く染まっていた。
「3人になったら、あ、あたしとナオ君の2人きりに、してほしいの」
その頼みが何を意味しているのか、わからないほど察しが悪くはないつもりだ。
なぜ、とは聞かなかった。
自分の部屋も論外。
おなじ屋根の下に家族がいるのだから、落ち着けるわけがない。
そんな悩ましい状況であれば、1人暮らしの知人にダメ元で頼んでみようと考えても、不思議ではないのかもしれない。……いや、正直言ってムチャクチャな発想だとは思う。基本的に突飛な百代の依頼だから、ちょっと困惑する程度で済んでいるのだ。
それに、依頼を受け入れることは、僕の目的とも合致する。
百代と直路の仲を、確かなものにすること。
ちゃんと恋人同士になってもらうこと。
別にどうってことはない。ちょっと数時間ほど僕が席をはずすだけだ。ひとりきりで、クリスマスの夜風に吹かれるだけなのだ。
そう言い聞かせて、僕は首を縦に振った。
17時開始というのは、友達同士のパーティにしてはやや遅い時間設定だが、それも百代の策略のうちだったのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はそっとドアを閉める。
――メリークリスマス、良い夜を。
心の中で投げやりにつぶやくと、コートのポケットに手を突っ込んで、夜空の下に踏み出した。
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