第13話 何か、苦い経験をしたのですか?


「すごいじゃん阿山君! いつの間にそんな親密な関係になってたの? あーもーいろいろ気になる、話聞きたいけど、邪魔しちゃいけないよね……、がんばって! でも先走っていきなりエロいことしちゃダメだよ!」


 別れ際に詰め寄ってきた百代は、一人で勝手に盛り上がっていたが、最終的にはガッツポーズとともに送り出されてしまった。


 繭墨の誘いはまったくの予想外だったが、冷静になってみると、彼女の狙いが見えてきた。


 まずひとつ目の狙いは、僕の質問の妨害。


「余計なことを言わないでくださいね」


 二人きりになった途端、繭墨は目を細めてそう釘を刺してくる。


「直路と二人きりのクリスマスを過ごせないのなら、妥協して四人でのパーティでも構わない。そういう考えなわけだ」

「悪いですか」

「意外と健気けなげなんだね。聖なる夜に同じ場所で過ごせるのなら、二人が目の前でいちゃついていてもかまわないなんてさ」

「阿山君は意外と粘着質ねんちゃくしつですね。いちいちネチネチ口に出さないでください」

「僕の口がベトベトしてるみたいな言い方はやめて」


 ふたつ目の狙いは、僕と一緒にいるところを見せて、直路を戸惑わせること。


 自分に告白してきた女子が、別の男子と親しくしているのを見れば、この前の告白はなんだったのかと困惑するだろう。それは、告白によって直路に自分を意識させるという、後付けの理由とも一致している。


 繭墨の提案は一石二鳥を狙ったものだったのだ。

 あの場でとっさに考えたにしては見事だと思う。


「……じゃあ、目的は果たせたし、ここらで解散する?」


 阿山君は用済みです、と言われて深い心の傷を負う前に、こちらから問いかける。ところが繭墨は首を左右に振って否定した。


「いえ、まだですよ」

「え? ホントに二人きりでプレゼントを買いに?」

「進藤君はどういうものを喜ぶのか、わたしにはよくわかりませんから。同じ男子、そして野球経験者の視点を、ぜひ参考にさせてください」


 直路のプレゼントを選ぶ際のアドバイザーとして、僕を誘ったらしい。

 まさかの一石三鳥狙いだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 アパートの近所にある商店街へやってきた。

 プレゼント選びなら、本来は品ぞろえの豊富な大型店の方が適しているのだが、あいにく今日はショッピングモールまで足を伸ばす時間がなかったのだ。


 アーケード街の天井にはクリスマス用の電飾がつるされて、店の軒先にもツリーやのぼりが立ち並んでいる。地方都市のさびれた商店街ではあるが、どうにかクリスマスの雰囲気を出そうと努力している様子は見て取れた。


 やがて、繭墨がスポーツ用品店の前で立ち止まった。


「ここで選ぶの?」


 やめておいた方がいいんじゃないの、というニュアンスを込めて尋ねてみたが、


「こういう場所に掘り出し物が隠れているかもしれません」


 などと山師のようなことを言って中に入っていく。


 思ったとおり店内はせまく、通路は人ひとりとすれ違うのでやっとの幅しかない。なので当然、品ぞろえも少なく、バットにしてもグローブにしても、商品のバリエーションに乏しかった。


 それでも繭墨は、目に映る商品を一つ一つじっくりと吟味していた。真剣な表情だが、口元はかすかに上がっている。


「そわそわしてるね。クリスマスの雰囲気に乗っちゃったね」

「そうではありません。これを贈ったら、相手はどんな反応をしてくれるのか、どんな風に使ってくれるのか、色々と考えてしまうだけです」

「なるほど」

「やはり値段が張るのはグローブやバットなどですか……」


 繭墨は木製バットを見つめながら言う。


「一応言っとくけど、高校野球は基本、金属バットだからね」

「ですが、将来のことを考えると、プロでも使う道具に今から慣れておいた方が……」

「だからってそんな高価なもの贈るつもり?」

「お金ならあります」


 平然と語る繭墨。なんてうらやましい。


「とにかく、身に着ける道具類はプレゼントしない方がいいよ」

「なぜですか?」

「シューズにしろグローブにしろ、身体に合ったものじゃないと試合でのパフォーマンスに影響が出る。繭墨さんだって靴擦れとか経験あるでしょ」

「はい。なるほど……、確かに、そうですね」


 繭墨はゆっくりとうなずいた。

 少しの説明で理解してくれたようだ。


「ちょっとした違和感でプレーのバランスが崩れることもあるから」

「ピッチングなどは特に繊細ですよね……」

「そう、弘法は筆を選ばずっていうのは、高いレベルでは通用しない」


 近代スポーツでのパフォーマンスにおいて、道具の占める割合は高い、と思う。

 誰かにもらったものだからといって、無理に合わない道具を使って成績が落ちたのでは、贈った人、贈られた人、両方にとって不幸でしかない。


「わかりました。では、後日、進藤君を誘って一緒に購入を……」

「それはそれで異常だよね」

「やはり駄目でしょうか」

「彼女を差し置いてそれをやるのはさすがにちょっと……。あと、仲間内でのプレゼント交換なんだから、バカ高いものを贈られても困るだけだからね」

「馬鹿とはなんですか」

「金を積むのが気持ちの証明っていう発想のこと」


 繭墨は口をつぐむ。

 普段の繭墨ならこんなこと、言われるまでもなく理解しているはずだ。

 暴走気味になっているのは、たぶん――


「今まで、おおっぴらに贈り物をするチャンスがなかったから、ここぞとばかりに気合を入れてるのかも知れないけど……、逆効果だと思う」

「そんなこと、わかっています」


 悔しげに吐き捨てる繭墨。しかし続く言葉はない。

 うつむいて、黙り込んでしまう。

 野球に使う道具を贈るという案をバッサリ否定してしまったせいで、選択肢が潰えてしまったのだろう。


「……そういえば直路のやつ、タオルが足りないってぼやいてたな」


 繭墨が顔を上げた。

 アドバイスはしたくないけれど、落ち込みっぱなしでいられるのも精神衛生上よくない。

 だからこれは、僕の単なる独り言だ。


「個人用のスポーツタオルなんかは部費が落ちないから、自前で買うしかないんだけど、最近ちょっとボロくなってて……、でも小遣いから出すには厳しいとか言ってたような」


 発言の意図を確かめるかのように、繭墨がじっとこちらを見ていた。横から突き刺さる視線を無視し続けるのは疲れたが、なんとか耐え切った。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇



 スポーツ用品店を出て、散策を再開する。

 繭墨はプレゼント用に包装された紙袋を持って上機嫌だ。


「一応、お礼を言っておきます」

「あ、僕のプレゼントはいくら高くても平気だから」


 一転して繭墨の目が冷たくなる。


「先ほどの金言きんげんが台無しですね」

「やっぱりカネだよ。気持ちはカネに宿るよ」


 僕は親指と人差し指で輪を作って言う。


「では今の阿山君は買いですね。底値になっていますから」

「実は時短料理に凝ってるんだけど、圧力釜が便利らしいんだよね」

「まだ株を下げるのですか……」


 そんなやり取りをしつつ、商店街を歩いていく。

 僕はすでにプレゼントを決めていたので、特に見る店はなかった。

 繭墨はいくつかの店に寄っていたが、何かを買った様子はなかった。


 商店街の終端にたどり着くと、そこには石焼き芋の屋台があった。

 古めかしい軽トラックではなく、カラフルなペイントがされたワゴンである。そいつが周囲に甘い香りを撒き散らしていた。胃袋にガンガン来る、危険な匂いだ。


「少し待っていてください」


 繭墨は小走りにワゴンへ向かう。数分後、戻ってきた彼女は、底の浅い紙カップを両手に持っていた。焼き芋にアイスクリームが乗ったスイーツである。


「どうぞ。お代は結構です」

「え、いいの?」

「これで貸し借りなしということで。施しを受けたままでは気持ちが悪いですから」

「気持ちが悪い!?」

「早くしてください。アイスが溶けますよ」


 感謝の気持ちを表すためではなく、借りを素早く返したいから、という理由でおごるのが、なんとも繭墨らしい。


 僕たちは近くのベンチに並んで腰掛けて、焼き芋アイスを食べることにした。ただし、並んでといっても2人は1メートル以上も離れている。


 半ば流動食のようにとろとろの焼き芋はアイスよりも甘かった。アツアツの焼き芋と、さっぱりしたアイス。それを交互に食することで飽きの来ない味を延々と楽しめる、すばらしいスイーツだ。

 すぐに食べ終えてしまい、口の中に残る余韻よいんひたっていると、繭墨が話しかけてきた。


「阿山君はクリスマスのような行事が嫌いな人ですよね」

「決め付けはよくないと思う」

「現実世界を謳歌おうかする人たちが許せない性質たちですよね」

「そんなネガティブに見える?」


 繭墨は答えずに遠くを見つめる。

 視線の先には楽しそうな家族連れや友達らしきグループ、カップルなどが行き交っている。

「わたしは嫌いです、クリスマスも、バレンタインも、ハロウィンも、日本代表の試合でだけ騒ぐにわかサポーターも」

「大勢がワイワイやってるのが嫌いなんだね」

「わたしは本音を晒しましたよ。さあ、阿山君も本当の姿を見せてください」


 繭墨は一体、僕に何を求めているのだろう。

 というか、そんな人間嫌いがなぜ生徒会に入ろうと思ったのやら。


「僕は決して、赤の他人と騒げるような社交的な人間じゃないけど、たまにイベントでワイワイやるくらいはいいんじゃないかな」

「あなたはこちら側の人間だと思っていたのに……」


 繭墨はジトっとした恨みがましい視線を向けてくる。

 僕は何とかそれに耐えて、尋ね返す。


「騒ぐのが嫌なのに、パーティには来るんだね」

「嫌ですよ。だから、4人までが限界です」

「そんな小さな世界に、どうして波風を立てようとするのさ」


 繭墨は目をそらした。


「阿山君こそ、ずいぶん禁欲的というか道徳的というか……」

「百代のことならずっと否定してるけど」

「そこではありません。わたしたち4人って、せいぜい2ヶ月程度の関係じゃないですか。阿山君はその関係性を――秩序を乱すべきではないとかたくなになっていますね」

「人を頑固者みたいに言わないでほしいな。人間関係がとっ散らかるのは、誰だって嫌だと思うけど」

「何か、苦い経験をしたのですか?」

「入学してからはまだ、味を感じるほどの経験らしい経験をしていないからね」

「そうではなく、この学校に来る以前に――」


 繭墨がしゃべっている途中で、彼女はびくりと肩を震わせた。いったい何に驚いたのだろうか。繭墨はじっとこちらを見つめている。その目に、わずかではあるが、おびえの色を見た。

 僕はそっと顔を逸らす。


「誰にだって苦い失敗はあると思うよ。僕らみたいな子供であっても」


 声が乾いているのを自覚する。

 飲み込んだ唾液は甘ったるい。


「人は失敗から学び成長していく生き物だからさ、ほら、ああ、そういえばこないだ揚げ物に挑戦して派手なミスをしちゃったんだけど……」


 空々しいごまかしはクリスマスソングにかき消されていったが、この気まずい雰囲気は、放置しておいても修復されそうにない。


 かといって、こちらから謝罪する気にもなれず。


「じゃあ、また」


 何が〝じゃあ〟なんだよと心の中でツッコミを入れつつ、その場から立ち去った。

 背中にずっと視線を感じていたが、繭墨からの言葉はなかった。

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