第12話 代わりに何か差し出さなくては
繭墨の暴走のあと、しばらく大きな出来事は起こらなかった。僕たち4人の人間関係は、平穏無事に流れているようだった。
僕ひとりだけクラスが別なので、あまり細かい事情まではわからない。百代と直路は普通に付き合いを続けていたし、繭墨は少し離れた友人の距離から、二人を静かに見守っていた。平穏無事というのは、僕からはそう見えていたというだけの話だ。
12月に入り、期末テストが近づいてきたある日、僕たちは四人で勉強会をおこなった。直路と百代はいくつかの科目で赤点の危険があるらしく、二人のほうから泣き付いてきたのだ。
「……それじゃあ、今日はここまでにしておきましょうか」
繭墨がぱたんと音を立てて教科書を閉じる。
「ふあー……、あたまがつかれたー……」
百代がばたんと埃を立てて机に突っ伏した。
「ふだん使っていない筋肉を使うと筋肉痛になるというわね」
教科書をしまいつつ、繭墨がそんなことを言う。
百代が顔を跳ね上げて反応した。
「うわ、ちょっとヒメ! ふだんあたしが頭使ってないって言いたいの?」
「大丈夫だよ百代さん、その皮肉に気づいた時点でちゃんと頭は回ってるから」
「阿山君まで! なんか辛口!」
びしりと百代が僕を指さすが、すぐにへにょりと腕を下ろす。
「でも、二人そろって息が合ってる感じもするから、許してあげる」
「そりゃどうも」
「何ひとつ合っていないわ、気のせいよ」
「ツンツンしちゃってぇ……、あ、そうそう」
百代はニヤニヤ笑いを引っ込めて、机の上に胸――もとい身を乗り出した。3人を順に見回して、
「ね、この4人でクリパしない?」
と大切な秘密を打ち明けるように、小声で言った。
「くりぱ?」
「クリスマスパーティの略。阿山君そんなことも知らないの?」
首をかしげる僕に、百代が呆れ顔をする。
そこに淡々と繭墨がフォローを入れる。
「知識というのは本人の興味や環境によって偏ってしまうものよ」
フォローではなく追い打ちだった。
「確かになぁ……」
直路が生温かい視線を向けながら、しみじみとうなずく。こいつ彼女がいる上に繭墨にも告白されて、ちょっと調子に乗ってるんじゃないか。
「めまぐるしく変化を続ける日本語について行けないだけだよ。あ、でもクリぼっちなら知ってる」
「自分のことには詳しいんですね」
繭墨の表情はいつもと変わらず平坦だった。今の言葉は皮肉ですらないのだろうか。僕は少し泣きたくなった。
「大丈夫、阿山君をクリぼっちにはさせないから」
百代が力強くうなずいて、僕の肩に手を置いた。
しかし僕はもう人のやさしさを信じられなくなっている。
「……そんなこと言って、僕の部屋をパーティ会場に使いたいだけなんじゃないの」
「えっと……」
ふいっと百代は目を泳がせる。
「いいじゃねえかキョウ、どうせ家族以外の女子を部屋に上げたことないんだろ」
直路が彼女をかばうような、あるいは僕を貶めるような発言をする。
反抗心が芽生えた。
うら寂しい僕の部屋にも女の子が足を踏み入れたことくらいある。誰とは言わないが、学年主席の――でもまあ、あまり言いふらすのも大人げないから、二人で意味深な視線を交わすだけにしておこう。
ところが繭墨の方に目を向けても、視線は交わらなかった。黒髪ロング眼鏡娘は、文庫本を開いて文学少女属性を追加している。何こっちを見ているんですか、わたしとあなたは無関係ですよね、と言わんばかりの態度だ。
あんまりな状況である。期末テストに向けての勉強会だと思っていたら、まさか僕という精神的サンドバッグの使い心地を確かめる体験会だったとは。
「わかったよ、クリぼっちにはクリスマスの予定なんて何もないし、好きに使えばいい」
「ホント? ありがと!」
諦め半分で了承する僕に、百代がにゅっと手を伸ばしてくる。
慌てて腕を引くと、すかっ、と百代の手が空を切った。やはり彼女は先ほどまで僕の手があった場所を狙っていた。
百代はジトッとした視線を向けてくる。
「なんで避けるの」
「いや、なんとなく……」
彼氏の前で異性とそういうスキンシップを取るのは、やめた方がいいと思うんですがね……。
こちらの配慮に気づいてほしいと思いつつ直路を横目で見たが、こいつはこいつで、百代と僕のやり取りに気を悪くしている様子はない。いちおう信用されているのだろうか。
「でも、ホントにいいの?」
「いいよ」
本音を言えば、あまり乗り気はしていない。
そもそも僕はリア充的なイベント全般が苦手だ。嫌悪していると言ってもいい。自分の部屋にキラキラした飾りつけが施されて、取って付けたようなクリスマスの色になってしまうのは、ひどい堕落のように思える。
だけど、これは百代への罪滅ぼしも兼ねているのだ。
繭墨の告白や、直路がそれに動揺していたことを、百代に話すことはできないから――せめて代わりに何か差し出さなくてはと、そう思ったのだ。
「ヒメも参加してくれるでしょ?」
と百代が問う。
繭墨は文庫本にしおりを挟みながら、小さくうなずいた。
「ええ、構わないわ」
「よかったぁ……」
百代は緊張が解けたようにため息をつく。直路に聞かなかったということは、二人の間ではもう話がまとまっているのだろう。
とはいえ、さすがに聞かないわけにはいかなかった。
「いちおう確認しておきたいんだけど、クリスマスなのに――」
彼氏と彼女、二人きりで過ごさなくてもかまわないのか。
その質問は繭墨によって
パタン、と音を立てて文庫本を閉じて、注目を集めてから、言った。
「阿山君、今からわたしと一緒に、クリスマスプレゼントを買いに行きませんか?」
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