第1話 「王国の闇」

「それって、どうゆう意味ですか?」



目の前に偉そうに座る司令官の口にした言葉を聞き、輝夜はふとそんな言葉を投げ掛ける。



「君たちも人々から受けただろう、心無き差別を……」



少し寂しそうで、そして微少の怒りの感情を感じさせる震えた低い声が、彼の口から吐き出される。


彼が漏らした悲痛の叫びは、先ほどまで静寂な雰囲気に包まれていた部屋全体を覆い隠す。そして、その嘆きが覆う範囲は彼女も例外ではなく、鼓膜を通じて輝夜の気持ちを暗くしていく。また、それと同時に脳裏に嫌な記憶が無意識に思い出される。



――こっちにくるなよ、クソ女ぁ!



幼き頃の自分に容赦なく浴びせられる罵倒の数々。逃げても家にいればゴミを投げつけられ、親が苦労して行かせて貰っていた学校でもいじめられる毎日。その事を先生に言っても無視され続ける。


そんな忘れたい昔の苦痛の日々が再び呼び起こされ、瞳に数滴の涙を溜めていると突然激しく肩を振るわせられる。


その瞬間、パッと悪夢が覚めたようたような感覚に襲われ、自身の額に冷や汗が付着しているのを感じとる。それから数秒間ぼーっした感情に囚われたのちに、自分の肩を揺すってきた相手を見ようと目線を動かすと、そこには心配そうな表情をしながら自分を見つめるコドリック指揮官が立ち尽くしていた。



「司令官、そういうことは言わないって言ったじゃないですか……」



過去のトラウマに怯える輝夜を見かねてか、隣に座っていたコドリック指揮官が司令官を諭すように話しかけると、司令官は胸ポケットから煙草を取り出しライターで火をつける。すると、それから数分もしない内に部屋中に匂いの癖の強い煙が蔓延する。



「時には真実と向き合いべきだと思うんだが……まぁいい」



司令官は窓の外に広がる景色をぼんやりと見つめながら、口から煙と一緒に言葉を吐き出す。



「今回君を選んだのにはこう言う理由も含まれている。我々の軍から人員を出せば中々教団の奥深くに入り込めないだろう」




「なるほど……。それで現在の教団の規模はどれ程なのですか?」



司令官の細々とした言葉を聞き、指揮官が書類を指差しながら言葉を呟く。



「教団の規模は未だに掴めていないが、少なくとも信者の数は二万は越えていると考えられている」



「二万ですか!? スラムの人々の五分の一を占めているじゃないですか」



司令官の言った言葉に、輝夜は大きな声をあげながら驚きを露にする。


そして、そんな輝夜の様子を見つめながら、指揮官は驚くのも無理はないなと心の中でボソリと呟く。


そして、それと同時に司令官は輝夜に向かって力強く頷き、肯定を表す。



「だからこそ、ここで食い止めなければならないのだ」



そう一息つくと、司令官は手元に置いてあったパソコンを操作しながら再び言葉を続ける。



「そして、教団を知るためにも今一度現状のイギリスの姿を知る必要がある。苦しいのは分かるが聞いてくれ」



そう呟くと、司令官は机に大きく書類を広げ、現状の英国の様子を今一度二人に向かって口を開くのであった。


また、それと同時に輝夜も現在の英国の様子を改めて知ろうと男の話に耳を澄まし、要点をまとめようと頭を回転させていく。


曰く、要点をまとめると崩壊後のイギリスは崩壊前に比べて人口が大きく減少し、一千万人程であるとされているそうだ。人々は主にロンドンで暮らしており、逆に最前線部隊とされている国境防衛隊は沿岸部に暮らしている。そして、先ほど人口は一千万人と大きく括ったが、実際には主に二種類の人種に分類されている。純国人と異国人である。


基本的に国民の大半は純国人なのだが、稀に私達のような異国人と呼ばれる人種の人間が存在している。そして、最初は両者ともそんな人種の概念などまず存在しておらず、互いに手を取り合っていた。ワクチンを開発し、再び世界を平和にするためにと……。


だが、その関係が維持されることはなかった。


その日は満月の夜であった。いつも通り人々はユーラシア大陸からの難民を受け入れ、疲れたのか直ぐに眠ってしまったそうだ。そんな日の真夜中、人々は女性の叫び声で目が覚めた。住民たちは何事かと思い、家から急いで出ると、そこには村人を喰らう化け物が立ち尽くしていた。


そこからは早かった。村は人々の抵抗も虚しく数時間で壊滅し、被害は隣の町にまで及んだ。幸い、軍隊が迅速に対応したため被害はそれ以上には及ばなかったが、それ以上に国民たちは彼らを恐れたのだ。もしかしたら自分や、家族が異国人によって殺されてしまうのではないかと……。



「そこからは君たちが知っている通りだ。純国人種は異国人種を徹底的に差別をおこない、時には不当な虐殺もされていた」



司令官は再び煙草を吸いながら、悲しそうにボソリと呟く。



「もちろん、今は虐殺などはされないが、今でも酷い差別が横行している。異国人がカルト教団にのめり込むのも無理はない」




確かに、と納得しそうに一瞬なるが、何を考えているんだと輝夜は首を横に数回振って思考を安定させる。


そして、そんな行動の一方、未だに続いている純国人による異国人への差別に悲しみを募らせていく。


そんな少し重い雰囲気の中、場の話題を変化させようと司令官がゴホンと大きな咳を吐き出す。



「少し遠回りになってしまったが、これから作戦概要を発表する。二度は言わないからよく聞いておけ」



そのような言葉を聞き、二人は男の言葉に耳を澄ませる。



「明日の午前十一時頃、ここロンドンで教団幹部が街頭演説をおこなうという情報を入手した。そこで、輝夜君が接近しろ」



司令官は、話を続けながら輝夜を指差すと「あともうひとつ」と言葉を紡ぎ、口を開く。



「そして、潜入するときは髪を染めて純国人に扮してほしい」



「すいません、司令官。カルト教団の信者は圧倒的に異国人の比率が高い筈なので、扮する必要は無いのではないですか?」



そんなふとした疑問を輝夜は司令官に投げ掛ける。


確かにそうだ。そう、隣で耳を澄ましていたコドリック指揮官は輝夜の疑問に同意する。


先ほどの内容の話を聞いていれば誰もが疑問に思うはずだ。教団に侵入するなら母数が多い異国人の状態の方が楽だし、バレにくいと考えられる。


そんな疑問を指揮官が膨らませていると、司令官はその疑問に応えるべく口を動かす。



「今回教団がロンドン市内で演説をするのは初めてだ。なぜだと思う?」



輝夜の疑問に対し、司令官はそのような言葉で応答をおこなう。



「信者を増やすためでは?」



そんな疑問に、輝夜の隣に座る指揮官は自分なりの言葉を捻り出す。



「いや、そうではない。奴等は"純国人"の信者が欲しいのだよ」



そう呟き、司令官は手持ちの書類を指で示す。



「見ての通り、教団の信者のほとんどが異国人だ。そして、このまま異国人をターゲットにしても精々十万人が限度……」



「では、司令官が考えるには、今回のロンドン演説の目的は純国人の信者の獲得ということですか?」



輝夜は司令官の言葉を聞き、考えを問う。



「その通りだ。そして、教団は権力をもつ純国人を恐れ、優遇する可能性も高い。そうすれば教団の全貌が分かるかもしれない」



そう言い切ると、司令官は再び窓の景色をチラリと見た後に大きなあくびをする。



「作戦の全貌は以上だ。明日は忙しくなるから今日は早く寝ておけ」



「はっ! 本日はありがとうございました」



そう呟き部屋から退出しようとする司令官に向けて、二人は頭を下ろし敬礼する。


司令官は二人の敬礼する姿を一瞬ジロリと見つめると、「君たちもな」と彼らに聞こえない程度の独り言を呟く。そして、男はドアを開け、二人の前から姿を消すのであった。

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夢見る少女は終末世界を駆け抜ける わさびマヨ @uKidaruma

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