生配信3 電話
「もしもし、佐々木さんですか?」
長い夜が始まる。と言っても、説教するからではない。小言は言うかもしれないが、本題は明日の配信について。最後の確認といったところだろうか。
タバコを吸いながら、電話する。
「………はい。佐々木です」
電話に出た佐々木さんだが、明かに声のトーンが低い。なんていうか、今にも怒られそうな子供が出すトーンだ。
どうやら、説教する、って言葉を本気にしてしまったらしい。
「あのう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。説教はしない「本当ですか⁉︎」んで、はい。本当です」
言葉を遮るほど嬉しかったのか、電話越しだが「良かった。怒られずに済む」と小さな声で聞こえた。
さて、本題に入りますか。
「明日の配信についてなのですが」
話を切り出すと、佐々木さんは「ちょっと待ってください」と先ほどの可愛らしい声とは違い、凛とした声へと変わる。
この人、配信のことになると別人みたいになるな。
数十秒程待ち、彼女が電話に戻ってくる。
「お待たせしました。配信についてですね」
「はい、最後の確認をと思いまして」
今日の昼に話した内容を確認してもらう。
「明日の13時ごろ、配信を開始。配信するゲームは『マリオカート8』で宜しかったですよね?」
「はい、『マリオカート8』でお願いします」
お互いに持ってるゲームで配信をと考えてたため、『マリオカート8』になった。
「配信はリスナー参加型のレース形式。配信時間は3時間。ホストは俺で良いんですよね?」
「そうですね。そうしていただけると嬉しいです」
タバコの灰を灰皿に落とし、続ける。
「配信時間は3時間とのことですが、3時間きっちり終わらせますか? それとも」
「そこはやってみてですね。人が多ければ時間が伸びるし、少なければ短くしちゃって構いません」
3時間目一杯じゃなくても良い、と。
「了解です。ちなみに、佐々木さんのマリカー歴って長いですか?」
聡太さん曰く、弱いとの事。だが、あの人が上手いだけかもしれない。
「そうですね、結構長くやってますね。やってる時間も結構長いので、滝田さんには負けません」
「マジですか。俺、そこまで上手くないんで、手加減してもらえると嬉しいんですけど」
俺のマリカー歴は短い。配信でも2回しかやってないので、上手い方ではないと思う。
「手加減はしません。バリバリ負けてもらいます」
これはリスナーさん達に色々言われるな。
リスナーさん達のコメントは、まあ辛辣。仕方ないか、覚悟を決めよう。
「オーケイです。あとはお互いのアドリブで配信をしていく、で問題ないですか? 問題なければ、確認は以上です」
「はい、問題ないです」
じゃあ、確認はこれで終わり。
「分かりました。遅くに連絡してすみません。じゃあ、」
おやすみなさい、で電話を切るところなのだが、「あの」と佐々木さんが話しかけてくる。
「はい、何でしょうか?」
確認に漏れがあったのだろうかと心配する俺。しかし、話を聞くとそうではないと気づく。
「滝田さんってゲーム配信をする際、ジャンルとか決めていたりするんですか?」
どうやら明日のゲーム配信についてではなく、毎日行なっているゲーム配信についてだった。
「いいえ、ジャンルとかあまり気にしてないですね。気分によってやるゲームを決めてる感じです」
「そうですか。実は」
佐々木さんは、どうやらゲーム配信のゲームのジャンルに偏りがあることに気づいたらしい。もっとゲームの幅を増やしたいとの事。
「今までどんなゲームをやってたんですか? 俺も佐々木さんの配信見てましたけど、そんな偏りがあるようには思えませんでしたよ?」
俺が見た佐々木さんのゲーム配信は、ドラクエにファイナルファンタジー、ストリートファイター、あとポケモンだ。
「そう言って貰えるとありがたいんですけど、最近RPGの作品ばかりやっているんですよ。他にもやりたいジャンルがあるんですけど、ちょっと上手くなくて」
確かに上手くないゲームを配信しても、見てる側からしたら面白く感じない。得意な分野で配信している方が、リスナーさん達は喜ぶだろう。
佐々木さんほどのゲーマーが、上手くできないジャンルって………少し気になる。
「ちなみに、その興味のあるジャンルって何ですか?」
「FPS作品と死にゲー作品です」
ああ、なるほどね。つまり、
「動き方が分からなくて、いつの間にか死んじゃってる、ってやつですかね」
「っ! そうです! そうなんですよ!」
うん、分からなくもない。この2ジャンルの作品は動き方が分かってないとすぐに死んでしまう。やり込まないと上手くならない作品なのだ。
でも、やり込んだからと言って、絶対上手くなるわけでもない。24時間プレイしても上手くない奴は上手くならないし、逆に1時間程度で上手くなる奴もいる。
俺は幸いにも後者だった。
それから、佐々木さんの2ジャンルへの不満を聞き、配信の不安など相談され、最後には、
「もし、もしですよ? その動き方とか教えてください、と言ったら教えてくれますか?」
レクチャーを頼まれる。
30万人の配信者であるサキサキさんの頼み。断ることなどできるだろうか、いや、俺には無理だ。
「良いですよ。いつでも教えてあげます」
「っ、あ、ありがとうございます!」
結構喜んでいる佐々木さん。ここまで喜んでいただけるとは思ってもいなかった。相当苦手なんだな。
「と言っても、俺もあまり上手くないので期待しないでくださいね?」
「そんなことないです! 今日の配信見て、滝田さんのプレイを見て、滝田さんにお願いしようと決めてました。私、教えてもらっても上達しない可能性があります。それでも、見捨てないでください!」
これは、相当困っていた様子。力になれるのなら、力になろうと決心する。
「スパルタですけど、諦めないでくださいね」
「はい! がんばります!」
これで良いんだよな。教えられるほど上手くはないけど、俺の技術は全て教えてあげよう。
話は全て終わったと思った俺だったが、佐々木さんからもう1つお願いをされる。
「あの、その特訓なんですけど、明日から出来ませんか? 明日の夜配信で、コラボって形で」
「ええ⁉︎ 明日の夜配信で、ですか? 急ですね」
「い、いや、その思いつきで話してしまっただけで。………すみません、急でしたね。無理ですよね?」
んん、明日の夜配信からか。まあ、できなくはないな。
「うん、いいですよ。明日の夜配信でしたら」
「本当ですか! 私、結構無茶言ってましたけど!」
言ってる自覚はあるんだな。
「ええ、大丈夫です。『シージ』………今日俺がやってたゲームでいいですか? それとも『PUBG』にしますか? ってか何持ってますか、FPS作品は?」
「ええっと『PUBG』でお願いしたいです。『シージ』は持ってるには持ってるんですけど、ちょっと難しくて」
「分かりました。じゃあ、明日の昼配信後、軽く打ち合わせしましょう」
「はい、分かりました。ご迷惑お掛けして申し訳ありません」
「いえいえ。こちらもコラボ配信嬉しいですから、大丈夫です。では、また明日」
「はい! おやすみなさい」
「はい、おやすみです」
ツー、ツー。
電話が切れ、スマホを机の上に置く。
吸い途中だったタバコは、全て灰に変わっており、灰皿に捨てる。
もう1本吸おうか迷うが、やめておく。1つやることができたからだ。
Twitterを開き、明日の配信について書き込む。
『明日の昼配信並びに夜配信は、サキサキチャンネルのサキサキさんとコラボが決定! 昼も夜もサキサキさんとコラボです!嬉しいなぁ!』
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