1-4 少女エイルの戦い③


 屋外闘技場は、城から北に三十分歩いたところにある。幅広な石畳の道を歩くと到着する。新騎士長になってから、城の中に、許可を受けた店が出店できるようになったため、入学試験の時には歩いた石畳だけだったこの道も、露店が数多く存在して、毎日が祭りのように活気づいている。

 入学式の時に騎士長が言っていた言葉を思い出す。

『隣の村くらいにここ広いのに、あるのが城と騎士学校の施設で、それを繋ぐ道のわきには木と多少の休憩小屋。寂しい! 君達そんなんで青春できるの? 勉学や仕事も大事は大事だけど、もっと学校生活を充実させようじゃないか。と言うことで、明日からしばらくこの城の土地を大改造する。アルトエルドにはないような他の地方からの店を招待して盛り上げよう、もっと花を植えて、城の景色に彩を添えよう。後は……考えとくわ』

 騎士長は仕事が速く、たった三十日程度でここまで有言実行した。早速の大仕事がひと段落した騎士長は、西の方に出張に行っているらしい。

 要するに、騎士学校の土地がかなり活気づいた楽しいところになっていると言う話だが、今の私は全く楽しい気分になれない。

 特に、露店でクロンク芋を薄く切って揚げて、塩を振っただけの簡単なおやつを、うまいうまいと言いながら食べている、藍色のバカは本当に腹立たしい。

 目的地に着いた頃には少し疲れがたまってしまった。ここは講演会でよく使われるが、本城からの距離には全然慣れない。遠すぎる。

 しかし、近くしろとは誰も言わない。理由としては様々な環境が用意されていることが挙げられる。森、砂漠、ぬかるんだ地面、街、村、火山の中、様々な場面における戦闘ができるように、人工でその環境を作ってしまったらしい。ちなみにこれを作ったのはロルドレットとリオレインという二人の騎士らしく、これほどまでの環境を整えた訓練場はアルトエルドだけと言われる。一つ一つに十分な広さが必要なため、どうしても広大な土地が必要になる。

 さらに騎士が約五十人で戦う大規模戦闘が可能な訓練場も用意されているため、騎士学校の北側三分の一はこの訓練場になっている。

 そして屋外と言うが、一つ一つの環境によって訓練場は不思議なまじないによる結界で区切られている。そして入口以外からは物体は決して入れない。そのため、訓練の間は、基本的に外からの干渉はできない。しかし、破壊力のない空気の振動は通すので、声は届くようになっている。

 訓練場の使い方は、まず中央にいる受付のおばちゃんに使用許可をもらう。訓練が終わったら、使用終了の旨をおばちゃんに伝えればいい。それだけだ。特に学年によって使用の仕方に違いはないので、新参者の一年生でも遠慮なく使える。ちなみに使用のルールはいくつかあるのだが、それを破ると、おばちゃんが雷を落とすため決してやってはいけない。訓練場には焼け焦げた跡がいたるところに見つけられる。

 私が招待されたのは、地面が石畳で水平な、単純地形の場所だった。

 戦闘が行われる空間に入ったのは、私とエリック、そしてリョウ先輩の三人。どうやらエリックは邪魔者四人を一人ずつ始末していくらしい。

「エイルちゃん。無理しないでー」

「危なくなったら、すぐ降参してください!」

 レイとミリエルから声援が飛んでくるが、この言葉から二人がどうしようもないほど弱気であることが分かる。

「がんばれー」

 と呑気に手を振ってるのは、口に塩をつけているローグだ。こいつはこいつで呑気なものだ。

「さて、始めようか」

「ええ」

 エリックは、腰の剣を鞘から抜く。私は背中に括り付けていた槍を外し、両手に持った。

「立ち会いは俺、二年序列一位リョウが行う。双方、準備が良ければ武器を構えろ。最初に相手の体を薄く覆っている、守護の法理術を破壊した方の勝ちだ。……始めろ」

 その掛け声とともに私は相手を見る。

 エリックの決闘スタイルは盾無しの片手剣。なぜ盾なしなのかは分からないが、少なくとも攻撃速度が上がることは考えられる。

 私は長槍を両手で持つ。矛先を前にし、見てるだけで腹が立ってくるあの赤い髪がどちらに動くかを注視する。念のため、白兵戦用の鎧のなかでも機動力重視の薄手の鎧を見につけている。腰から上は金属に覆われる代わりに、脚の部分、特に膝から下が無防備だ。

「構えだけはなってるじゃないか」

「全然誉めてる感じじゃないね」

「そりゃそうだ。皮肉だからな」

 エリックはそう言って、剣を地面と垂直になるように、自分の前に構える。

「どこからでも来いよ」

 挑発に乗るわけではないが、言う通りにするのが賢明だと私は判断した。

 私は、駆け出す。

長槍は振るのに時間がかかるため、基本的には突きでの勝負。しかし、その場合懐に入られると、柄での防御をするか、殴るかしかできない。柄が余程頑丈でない限り、法理剣術で容易く砕かれてしまう。そうなると武器が使い物にならなくなり、負けが確定する。

 長槍は私の伸長のほぼ二倍になる。射程のギリギリで足を踏み込み、勢いよく槍を突き出した。

 しかし、相手は序列二位。この程度では決して倒れないだろう。彼はそのまま右か左に大きく避ける。それを追撃するために、初めて槍を――。

 しかし、目の前に広がった光景は、私の思考にはないものだった。 

エリックは迫りくる槍を斬り上げで下から思い切りぶつけ、突きの軌道を大きく上に逸らした。そしてそのまままっすぐ距離を詰めてくる。

 次の対応に悩み私は一瞬迷った。いや、迷ってしまった。

 その間に相手の剣はついに私を捉えられる距離まで近づいていた。 

 槍を引き寄せるのが精いっぱいだ。両手で柄を持ち、迫りくる刃を受け止めようとする。

 その時。

 剣は光った。

 美しく輝く赤色の光彩はやがて、熱を帯び揺らぎ始める。

 剣はそのまま振られ、私に襲い掛かる。足をしっかり踏ん張り、力負けしないよう槍をしっかり握った。

 しかし。

 剣は鋼鉄でできているはずの柄を容易く切り裂き、私の体へと導かれた。

 灼熱が体を焼き、刃は体に食い込む。体を覆う薄く青い光が、炎の剣の浸食を止めているのが分かった。もしこれがなかったら。一瞬浮かんだその考えは、私を戦慄させる。

 炎は爆散し、その勢いで私は訓練場の端まで吹き飛ばされた。

 痛い。熱い。痛い。苦しい。

 空中を漂う何刻か。その間に数多の苦痛の言葉が私の脳を過ぎ去る。地面にたたきつけられ、斬られたところを見ると、先ほどまで私を守ってくれていた青い光が、すでに消えているのが分かった。それはある一つの現実を私に示していた。

「エイルの鎧蒼法鱗の破壊を確認。これまで! 勝者、エリック」

 負けた。

 私は一矢も報いることができずに負けた。

 私に近づくエリック。私をあざ笑うかのように唇の端が吊り上がっていた。

「びっくりするほど無様だな」

「な……」

 体の胴が痛む。妙に生々しい液体が私の体から出ているのを感じた。その途端、大きな痛みを感じた。それは私から反論する気力を奪う。

「これで分かったろ。お前と言う存在が、いかに無力で他人の足を引っ張ることしかできない究極の足手まといだってこと」

 認めない。認めたくない。

「失せろよ。弱い奴は失せろ。これで騎士になろうって言うなら、本当にここで死んだ方がいいぞ。その方が楽だぜ。何をやっても無力しか感じないままこの学校で生きるくらいならな」

 私は無力じゃない!

「おいおい、兄弟。その言い方は傷つくだろう。別にここで死ぬ必要はない。少しは手伝ってやろうぜ、彼女の新しい学校選びとかさ。きっと彼女は騎士じゃない別の職業にきっと自分に合う転職があるはずだからなぁ」

 青髪の観戦者の言葉は決して私に対する優しさを向けたわけではないことは想像に難くない。むしろ私を軽蔑した物言いだ。

 私は騎士になる。

 そう決めてこの学校に入ったのだ。決してこんな屈辱を味わうためじゃない。

 これは偶然だ。

 しかし、今の戦いは圧倒的だった。たとえ百回やろうとも、勝てる気がしない。偶然なんかじゃない。

 私は弱くない。

 それならば、いまこのようにして、うずくまりながら痛み耐えるのが精いっぱいで、倒れ込んで悪口を吐かれてたりしない。

 認めたくない。

 認めない。

 でも――私は弱い。

 それは現実なのだ。

「アスリアには二度と近づくな。彼女が穢れてしまうからな」

 そう言って背中を向けるエリック。ハハハと思い切り笑うデリザード。

 ミリエルもレイも、彼らに何を言うこともなかった。ふざけんなとそろそろ怒鳴りたい頃だったが、もし二人がここで反論をしようものなら、今の私のように、激痛にもだえ苦しむことになる。それはあってはならない。

 結局このまま、私は無力を嘆くしかない。これから先も、こんな風に、勝手な命令をされて、それに抗う力のない私達は、どんどんと失っていくのだろう。いろいろなものを。

 私が強ければ……強くなりたい。

「おいおい、待てよ」

 ここでローグがこの部屋に入ってきた。

「なんだよ」

「エリック。まだ俺の決闘終わってないんだけど」

「は?」

 まさか、この場で彼に戦いを挑もうと言うのか。

「お前、今の見てなかったのか」

「見てたよ。それが?」

「怖じ気つかないか。まあいい。お前の力は認めるに値するが、戦闘技術試験で零点を取っている時点でたかが知れている。俺には勝てない。……まさか、あいつに同情して自分があいつを救うとでも思ってるのか?」

「いや、それはない」

 はっきりと私の仇討ちではないと宣告され、一瞬、違うのかい、と反論したが、それを口に出そうとは思わなかった。今はローグを止めるのが先。ローグまで無駄に戦い、このように無益な痛みに喘ぐ必要はない。

「やめとけ。お前まで恥をさらすことになるぞ」

「そういう偽善配慮は良いからさっさとやろうぜ。どうせ俺はお前の命令に従わないために戦わなきゃいけないんだからさ」

「自信過剰もここまでくるとバカだな。いいぞ。受けてやる」

 エリックは再び、先ほど自分が決闘の始まりに立っていた場所に立った。

 ローグの立ち位置はその反対側。先ほどまで私が立っていた場所だ。

 しかし、口元の塩をぺろりとなめとったローグはさらに信じられないことを言い始める。

「デリザード。お前も来いよー」

「……は?」

「どうせだから二人まとめての方が手っ取り早い」

 外から大きな笑いが聞こえた。

「おいおい、兄弟どうする? いまだかつてないバカがお前の相手だが?」

「こいデリザード。せめてもの慈悲に、彼の言う通りにしよう」

「おうよ。しょうがねえ」

 デリザードも戦場に足を踏み入れる。

 はっきり言って正気の沙汰じゃない。先ほど、落ちこぼれと天才の天と地ほどの差を見せつけられたばかりだ。さらに、それと同等と思われる男も追加し、一対二で戦おうというのだ。

「やめ……ぐっ……や、め」

 必死に制止の言葉を伝えようとするが、その言葉はどうしても彼まで届くことはなかった。

「悪いが、アスリアと離れるつもりはない」

「その言葉、二度と言えないようにしてやる」

「それについては全く同意だな兄弟。俺は特に、お前がアスリアに悪影響を与える一番害虫だと思ってるくらいだ」

「はっ、なら駆除してみろ。序列二位、三位」

 その時、リョウ先輩が謎の呪文を唱える。

 そして、ローグ、エリック、デリザードの三人の体に薄く青い光が覆った。

「これより、決闘を始める」

 ついに始まってしまう戦いを見て、アスリアがローグをみて微笑んでいたのは気のせいだろうか。


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