1-5 少女エイルの戦い④


「びっくりするほど無様だな」

 ローグが、倒れ込んでいるエリックの頭を踏みつけながら、そう告げた。

 一言で言えば、ローグが圧倒的に強かった。

 開始直後、エリックとデリザードは剣を輝かせた。エリックの剣には荒ぶる炎が、デリザードの剣には輝く冷気が纏われる。二人とも放つ剣技は同じだった。

 あれは見たことがある。

 アルトエルド流片手剣術、ロースクラッチ。

 斬り上げ、水平切り、斬り下げ、の三連続攻撃。二人は、わざとタイミングをずらし、まるで六連の連続斬りのように打ち出す。高速かつ重い剣は、確実にローグに襲い掛かる。

 リョウ先輩が驚きの顔を見せていた。法理剣術の連携はきっと難しいのだろう。それを実践でやってのける彼らの技術が感嘆を呼んだのだ。

 しかし、ローグは逃げない。それどころか、ローグも構えをとり、迎え撃つ様子だった。

 二人が放つ六の剣戟に対し、ローグも法理剣術を発動させ、それらをすべて力任せに弾いた。高速で襲い掛かる斬撃を的確に、涼しい顔で。

 それだけだはない。彼はさらに一撃多くの剣戟を放つ。先週の講演会で上位騎士が言っていたのだ。一回の剣技で七回の連続剣戟を放つのは高等技術が必要で、アルトエルドではたった一つ意外にありえない。アルトエルド流片手剣術奥義ヘルエンドグレイ。アルエルド流剣術の派生剣術らしい。ヘルエンドグレイは一撃の威力、剣戟と剣戟を繋ぐ速さ、美しさ、どれも兼ね備えており、さらに実戦でも使える最高の剣技として、片手剣術の奥義と設定されているらしい。

 まさか、ローグが放ったのはそれなのか。話では修得だけに七年かける人もいるほどだとも言っていたはずだが。

 六連撃を受け止めたうえで、さらに黄色に輝く光を宿し襲い掛かるもう一撃に、デリザードが反応しきれない。法理剣術は体に大きな負担をかけるため連続で使うことはできないらしい。ローグの剣は、そのまま青い光――先ほどリョウ先輩は鎧蒼法鱗と言っていたが――に激突し、甲高い炸裂音を響かせた。デリザードは吹き飛ばされて、部屋の壁に激突する。体に深い損傷を負ったのか、彼はその場にうずくまり、私と同じように痛みにこらえているようだった。

 エリックはそれに見向きもせず、険しい表情でローグを見ながら、距離をとる。ローグはそれを無理に追おうとはしなかった。

 エリックは再びローグに肉薄する。決して止まることなく放たれる斬撃を、呼吸一つ乱すことなく受け止めるローグ。エリックの流れるような剣捌きに完全に反応できている。

 二十から二十五ほど剣がぶつかりあった頃、エリックが剣を思い切り振りかぶった。再び法理剣術を使うのだろうとはすぐに予想がつく。それを目視したローグは構えをとらずして、斬り上げを放つ。その剣戟は一筋の光芒を描いていた。つまり、法理剣術なのだ。

 あとはデリザードと同じだ。剣は体に激突し、激しい炸裂音を放つとともに、エリックの体は宙を舞った。

 そして、無様に倒れ込んだ。エリックは立ち上がろうとするが、その前に、ローグは彼の頭を踏みつける。

 そして、

「びっくりするほど無様だな」

 と、エリックが私に吐いた言葉と同じ言葉を言い放ったのだった。

「お前の話じゃ、弱い奴は失せろだったよな。俺はこうしてお前らに勝った。しかも最高の有利を与えたうえで。これで文句ないだろう。命令は拒否だ。分かったらとっとと失せろよ」

「なぜ……」

「ああ?」

「……お前はそんなに強いのに何であんなクズの味方をするんだ。正義の味方のつもりか?」

「二割」

 なんと、私は彼の正義の味方ごっこによって助けられたらしい。

「三割はお前らが単純に嫌な奴だったから。敗者が蔑まれること自体に文句はないが、だからって、そいつの才能や未来を奪おうなんて気に入らないんだよ。そうやって奪うことをためらわない奴が嫌いなんだよ」

 ローグは徐々にエリックにかける足を加重していった。

「ぐあぁ」

「……惨めだろぉ? 自分が」

 ローグは笑みを浮かべながら、倒れている敗者をバカにするようにその言葉を向ける。

 デリザードが、何とか上半身を起こした。そしてローグに苦しそうな顔を向ける。

「すげえな、お前。完全に見直したぜ」

「あ?」

「お前、うちのチームに入れよ。うちは学年上位のみで構成されたチームだが、それほどの腕があれば」

「ずいぶんと手のひら返したな」

 ローグはニヤリと笑う。

 まさか裏切るつもりか。

 そんなことを一瞬考えたが、それは違うと自分に言い聞かせた。

 ローグは強い。本当だったらローグは、私たちのような落ちこぼれではないのだ。向こうに行っても文句を言う権利はない。

「バーカ」

「……え?」

「その程度の強さで俺を使おうなんて百年早いんだよ。お前らのチームに入るくらいなら、俺は自殺するね」

 ローグはそれだけ言って、部屋から出た。彼の元にはアスリアが駆け寄り、戦闘を終えた戦士を笑顔で迎えている。

 リョウ先輩は再び不可解な呪文を唱える。

 すると、痛みが治まり、体が動くようになった。

「応急処置だ。三十分もすれヴァーンぐにまた痛み始める。まっすぐおばちゃんのところに向かえ。おばちゃんなら杖が使える。お前らの傷もすぐ治してくれるはずだ」

 リョウ先輩はエリックとデリザードのところに向かい、

「エリック、デリザード、お前らはアスリアのことが何もわかっていない」

「な、なに?」

「どうしてアスリアがローグのような嫌われ者や、エイルのような自分に関係なさそうな落ちこぼれ、その他にもいろいろな人と話しているかをよく考えろ。お前たちのその行動は、アスリアにとっては自分の理想を追いかけるうえで邪魔でしかないと思うぞ」

「そんなことは……」

「上位騎士の権限にて命令する。アスリアの真意を感じ取れ。それができるまではアスリアの行動を阻害する一切の行動は禁ずる。……不服があるなら今ここで相手になるが?」

「……くっ」

 そして次に私の元に来た。

「エイル、だったか?」

「はい」

「……どうだった」

「え?」

「どうだったんだ、戦ってみて」

 いきなり感想を求められるとは思わず、一瞬言葉に詰まったが、返答の言葉を見つけるのは簡単だった。

「自分が……弱いことを感じました」

「他は?」

「他……?」

 そんな。

 この無様な戦いで他に何を感じ取れと言うのだ。

「思いつきません……」

「あそこの二人もお前と似たような状況だったな」

「え?」

「……後でまた訪ねる」

 リョウ先輩はそう言って、この場を立ち去った。

 その言葉の真意を全く察することはできない。

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