1-3 少女エイルの戦い②
もし私達のことを言っているとしたら、聞き捨てならない言葉だ。
「ごみ溜めって何?」
「お前たちのことだよ。そんな低い序列でアスリアと何馴れ馴れしく話しているんだ」
ムカつく!
「何よその言い方!」
私は声を荒げずにはいられない。
「はぁ?」
「はぁ、とか何、まるで私が変なこと言っているみたいに」
「何言っているんだ。事実だろう。お前みたいな落ちこぼれがアスリアと話すこと自体間違いだって言ってるんだよ。落ちこぼれは落ちこぼれらしく無様な姿晒して過ごしてればいいんだ。上の奴らから笑われながらさ」
「何、私たちは恥さらしだとでも言いたいの?」
「そうだ。分かったらお前らその下賤な口を閉じろよ」
「信じられない……レイ、ミリエル、二人からも何か言ってよ!」
と言い、私は二人の方を向く、しかし二人は何も言おうとしない。言いたそうにしているのに、その口を開こうとしない。
「二人はよくわかってるじゃないか」
「どうして……」
その瞬間顔面を強い衝撃が襲った。何が起こったかわからないまま、遅れてくる痛みと共にふっ飛ばされる。
無様に顔を地面につけながら、自分がいたはずの椅子を見ると、手をぶらぶらさせる男の姿が見えた。
「口を閉じろって言ったよな」
「ちょっとエリック!」
「アスリア、これに関して言えば君も僕を止める権利はないはずだ」
権利?
まさか、人を殴っていい権利なんて認められているとでも?
「おいおい、何でそんな目で見るんだ?」
そんな目でって、何で――
「序列十位以上の人間には、七十位以下の人間に、その人間の尊厳や生命を脅かさない限りの命令ができる。聞いたことがあるだろう?」
嘘だ。信じられない。そんな話は信じられない。
私の不信にとどめを刺したのは、まさかの味方だった。
「エイルちゃん。やめたほうがいいよ……」
「レイ?」
「命令に逆らった場合、罰を執行できますから……」
「ミリエルまで……」
先ほどまで見せていた顔は見られない。ただ、仕方ないことだとあきらめているように感じる。
序列が下だと、特別訓練と言うきつい訓練と、他の生徒からいじめにあうとは聞いていたが、まさか序列の高い人間の奴隷にならなければならないとは知らなかった。
学校が公に認めているということは、まともな方法でこれをはねのける手段はない。
しかし、引き下がっては私の負けだ。こんな理不尽に負けたくはない。
エリックを睨みつけながら、立ち上がった。
食堂を使用している多くの人間がこちらを見ている。いい見世物になっているのか。
頭がズキズキ痛みを放っている。殴られたところは熱を帯び、軽く腫れているように感じる。
「エリック!」
「アスリア。君はやさしすぎる」
「動くな」
アスリアが、腰に吊った剣の柄に手を添えた。
「これ以上やったら、首飛ヴァーン」
先ほどの穏やかな表情から一転、近くに寄っただけで殺されそうな雰囲気を場に漂わせている。
「やりたきゃやればいいさ。剣を抜けるものならね」
その言葉を聞くや否や、アスリアは剣を抜く動作を見せる。しかし、剣は抜けない。
「おお、凍ってる」
ローグが言った通りに、剣の鍔から鞘にかけて、凍り付いているのが見える。
「兄弟、ヒヤヒヤしたよ。ばれないか」
この混沌した状況に近づく二人の影。彼らも有名だ。青い髪をしたエリックと同じくらいの高さの男は、一年序列三位と思われるデリザードと言う名の男。エリックの炎に対して、氷の法理剣術を使う片手剣使い。もう一人はエステルと呼ばれる、序列第四位だろう女子。短剣使いで、毒に関する知識が豊富だそうだ。二人とも、エリック同様、アスリアの応援会に所属していて、エリック、デリザードが彼女を守る騎士的存在ならば、エステルは侍女的存在らしい。
「……不快」
「だよな。落ちこぼれどもがアスリアと対等にしゃべってるなんて」
「違う。エリック生意気」
「なんでだよエステル」
「アスリアがやめろと言ってるのに、それを無視してるから」
「これは俺に与えられた権利だ。序列が決まったらまず先に、アスリアに近づく汚物を処理しなきゃ、アスリアがかわいそうだ」
「……もう許す気もなくなった」
「アスリア、それは単なる気の迷いだ。こうして下の人間といると、君は本来の自分を発揮できなくなる」
「はいはい、そこまでー兄弟」
デリザードがエリックの肩に手をかけた。
「なんだよ」
「君はやりすぎ、言い過ぎのところあるからねー。これ以上やると、もっと過激なことを平気でやりそうだから。例えば、ここで、ミリエルちゃん、レイくん、エイルちゃん。ローグのクソ野郎」
「おい、何で俺だけクソ野郎なんだ」
「懲罰名義でボコボコに殴り倒しそうな気がするよね」
ローグだけなぜクソ野郎呼ばわりかは分からない。
「大丈夫だよ。アスリアも結構怒らせてしまっているみたいだし。ちゃんと正しい手順を取って排除するさ」
「排除って、まるで私が」
「お前だけじゃない。俺はお前らと言ったんだよ。具体的には、レイ、ミリエル、ローグ、そしてお前だ」
エリックは一年生の制服の一つである、青が基調で白い装飾の入った薄い半袖の上着の内に手を入れる。そして広げた手のひらがすっぽり入るくらいの面積を持つ、四角い紙を手にした。
そこに何かを書き込むと、私に広げて見せた。
「今後二度とアスリアと関わるな。序列上位の特別権限を行使して、お前らに正式に命令する」
「何で……私が言うことを聞かなければならないの」
かなり強気の口調で言ってみせたが、向こうは怯まない。
「この紙に書いたことは、手続きを行えば騎士学校で正式に命令として認められて、法的効力を発揮する。法的効力を発揮すると言うことは、破った場合具体的な罰則もあるということだ。罰則も俺が自由に決められる。勿論命令違反した人間の尊厳と危険を冒さない限りではあるが」
私は差し出された紙の下の方を見た。
「退学……」
「つまりはこんなこともできるわけだ」
「なによそれ。そんなのおかしい!」
「おかしくないだろ。騎士学校では正しいことだ」
このまま認められるはずがない。しかし、紙をよく見てみると、アルトエルド騎士団の正式な印鑑が押されている。それは、間違いなくこの学校で認められている証だった。
私がいかに騒ごうとも、実際命令は実行されるだろう。
「エリック。エイルは私の友達なの。あなたにそれを引き裂く権利はない。今すぐそれをしまってここから立ち去って」
と、アスリアが言うが、
「心にもない事を言ってはいけないよ。君だって、こんなクズと付き合うのは疲れるだろ。ただでさえ上位騎士の特別訓練を毎日こなしているんだから、少しは心休まる時間を作らなくてはならない。もう一度言うが、これを友達と思うのは単なる気の迷いだ。君ほどの存在が騎士学校の恥さらしを気に掛ける必要は全くない」
「だから私は、それを勝手に決めるなって言いたいの!」
「応援会の理事として、君に不幸になるようなことはさせない。嫌われてでも命を懸けても君に不幸なことはさせない」
「……本気?」
「ああ」
この男の言葉には一言一言に怒りを覚える。暴力沙汰は起こしたくはないが、先ほど殴られたので。もうこちらも遠慮する必要はないと思う。
しかし、先に動いたのはアスリアだった。テーブルに置いてある皿を手にとり、投げようとしている。
いや、ちょっとそれは――。
と口に出す前に、ローグの手が投擲をしようとしている彼女の腕をつかむ。
「何するの!」
「いや……それはだめだって」
「じゃあ、このまま黙って見てろって?」
「そうじゃない」
彼女を静止している手を反対の手で、ローグは私の前に差し出された紙を指さす。
「その命令は拒否できるよな。たしか上位騎士か上位騎士見習いの
審判を呼んで、決闘だったっけ?」
「そうだな。不服申し立てという形をとって、命令者との決闘に勝てば命令は認められない。そのシステムがあるからこそ、わざわざこんなところまで来たんだ。手続きには必ず、命令者と被命令者の立ち会いが必要だからな」
つまり、勝てばこのムカつく男に一矢報いることができると言うことだろう。ならばとる行動は一つ。
「上等じゃん。あんたの命令なんて絶対聞かない」
「じゃあ、不服申し立てと言うことでいいな?」
「もちろん」
「なら早速決闘といこう。本城から北の道を進むと屋外訓練場がある。決闘はそこで行う決まりだ。審判はすでに手配済みだから、お前は来るだけでいい。今回の命令は、お前以外にも出したものだから、落ちこぼれ全員で来ることだ」
エリックはそう言って踵を返す。
私は拳を握りしめる。
「エイルさん。いいんですか……?」
「何が?」
「だって、納得いかないんだもん。絶対に。私たちがアスリアの迷惑になるかもとは……正直思うけどさ。でも私たちのことをクズ呼ばわりは絶対許さない」
そう、許せない。命令なんて絶対に聞いてやらない。上位の奴の奴隷になどなってたまるものか。
「ごめん。エイル」
アスリアが申し訳なさそうな顔をしていたので、
「大丈夫、全然!」
と、笑って見せた。
すると向こうを見ると私達を監視しているような人間が一人。
「おー、リョウ先輩じゃないっすかぁ」
「なんだ、また問題起こしたのか?」
「いやぁ、ケンカ売られちゃってぇ。先輩が審判なんですか?」
「まあ、この時間の担当だからな。ローグ、見たぞお前。進級大丈夫か?」
「ちょっと……不安っすね」
二年序列一位のリョウ先輩だ。そんな偉い人がまさか審判をしてくれるなんて思いもしなかった。
リョウ先輩は聡明な人だ。少なくとも人を序列の違いで差別したりはないだろう。
少なくとも、公正な審判はついてくれているようだ。
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