1-2 少女エイルの戦い①
入学して一ヶ月半。残念ながら早速大きな壁にぶち当たった。
あまり後ろめたい感情は持たないように生きているのだが、今自分の目の前にある掲示を見たらさすがにそうも言っていられない。
一年生第一回中間試験
座学部門総合点
一位 アスリア 千百六十七点
二位 エリック 九百二十四点
三位 ヴァーン 九百十九点点
(中略)
九十七位 ミリエル 五百五十六点
九十八位 エイル 五百二点
九十九位 レイ 四百二十点
百位 ローグ 三百四点
戦闘技術試験部門
一位 アスリア 百点
二位 テリザード 九十五点
三位 アスリア 九十三点
(中略)
九十七位 エイル 三十八点
九十八位 レイ 二十九点
九十九位 ミリエル 十三点
百位 ローグ 零点
座学で九十八位、戦闘技術で九十七位、私はいわゆる落ちこぼれの部類だ。
認めたくはない。確かに戦闘訓練は、私はそこまで得意じゃないためしょうがないかもしれないが、座学は一週間前から試験対策を始めていた。少なくとも半分は絶対に取れると思っていた。
しかし、実際にはこの結果。私に突きつけられた現実は、かなり厳しいものだった。
アルトエルド騎士学校には毎年一年が過ぎた頃、実績のない生徒は退学となる慣例があった。今年は前騎士長が病により倒れたからと、前副騎士長が騎士長になっているため、この慣例が続くかはわからない。しかし、このままではまずいのは確かだ。
それはこの学校の序列制度にある。
アルトエルド騎士学校には、学年ごとの序列が一人一人に設定されて、学年ごとで個人の順位が公開される。もちろん、位という言葉が使われる以上、数が少ないほど良い。そして序列が高ければ高いほど、学校からは優遇される。特に序列十位以内の人は、上級騎士になるために特別訓練生として、様々な権利を与えられる羨望の的だ。
そしてこの順位は、試験の度に更新される。今回一年生初の試験で、一年生の最初の序列が決定される大事な試験だった。
そして私は、先ほど渡された通知書で、九十七位になったことが知らされた。
一年生は百人、その中で九十七位なのだからかなり下のほうだ。
「……どうしよう」
このままでは、これからの学園生活に支障がでる。もう目の前が真っ暗になりそうだ。
友達もでき、学校にも慣れ、ようやくいい感じになり始めた頃に起きた悲劇と言うべきか。
私はしばらくの間、九十七位の落ちこぼれとして、学校で暮らさなくてはいけない。
「……くぅ、やだぁ」
ついつぶやいてしまった。しかし、つぶやいたところで、自分の格付けは変わらない。
決めたではないか、騎士学校に入って強い人間になると。こんなことでいじけていることは許されない。
落ち込んでいてもしょうがない。
私は自分に何度も言い聞かせ、本城の三階に向かった。
本城の三階は食堂だ。とにかく広い。
この騎士学校は一学年百人、正規の騎士や、騎士ではない官僚を含めても、この城に出入りするのは、千人くらい。対して座席は千八百用意されている。ここが満員になったところを五年生でも見たことないらしい。
こんなにも広いのだから、食堂の中央を堂々と使えばいいのだが、私が向かったのは、正方形の部屋の隅っこ、四人掛けの机だった。
今はあまり目立ちたくはない。
机には四人が既に座っている。話で盛り上がっているみたいだ。
「納得いかねぇ」
なんか不機嫌そうな、頭が藍色の男。
「さっきからうるさい。言いたいことは分かったけど、試験官が失格にした以上仕方ないでしょ」
その隣には、学年一位の才色兼備な、私の憧れの同級生。
「いや、アスリア、いくら負けたからって、腹いせに失格とか」
「騎士長が、なんかウケるからって認めちゃったんだから、もうどうしようもないよ」
「そんなぁ、俺あそこでしか満点狙えなかったってのに」
「大丈夫だよ、ローグくんが凄いのは僕達がちゃんと見てたから」
文句でうるさい男を慰めるのは、薄い金髪で、ちょっと尖った三角耳が特徴の男の子。中性的な顔立ちで最初に会ったときは女と間違えてしまったことが、記憶に新しい。
「レイ、俺は慰めてほしいのではない。点がほしいのだ」
「うるさい!」
ローグが文句の言い過ぎたせいか、イラっとしてしまったアスリアが、ローグの肩を平手打ち。
バチン!
「ってえ!」
と、ローグは叫び声をあげる。その辺りで私は話に入った。
「アスリア怒らせるからでしょ」
「エイル、俺の何が悪いというんだ」
「当たり前でしょ。好きな男がブーブー言ってたら見苦しいわ」
と、アスリアの味方をしたが、ローグが肩を擦っているのを見ると相当痛そうに見える。
「ちょ、好きな男がって、それじゃ私がこいつのこと」
「えー、今さらそんなこと言う?」
「友達、友達だから」
明らかにそれだけとは思えないほどの仲だが、アスリアもローグも認めようとしない。私としては、その反応が見ていて面白いから構わないが、なぜ頑なに認めないかは分からない。
「お二人は本当に仲がよろしいですね。羨ましい。私にも仲の良い殿方がいればと思ってしまいます」
同級生にも丁寧な言葉遣いをする彼女の名はミリエル。一目で箱入り娘のお嬢様だと分かった。肩にかかるか、かからないかという長さの銀色の髪が特徴の私の親友だ。
「まあ、昔からの付き合いだから、仲が良いのは本当だけどな。でも実際結婚は考えていないから、恋人ではないな」
最後の、な、と同時にアスリアがローグの耳を思い切りつねる。
「恥ずかしいでしょバカ」
「ごめん、いたい、いたい、冗談、冗談、ごめーん」
「なるほど、それでアスリアさんは友達と言っているのですね」
「な、違」
「結婚を前提にお付き合いをしなければ恋人ではないということですね」
ただし、常識知らずで騙されやすい傾向にあるため、私としては、いつ変なことに巻き込まれてしまうか心配なところだ。
「あれエイルさん、ご飯はいいのですか?」
「今はそんなに食べる気がしないから」
「それはまずいです。今すぐ救護室に向かった方がよろしいのでは?」
「大丈夫、体がおかしい訳じゃないから」
むしろあなた達――アスリアは除くが――はよくこうして呑気にご飯を食べていられるな、と心のなかで思う。
ここにいる五人のうち四人は成績が悪い落ちこぼれ組。本当ならここで大反省会を開くべきなのだ。それなのに、部屋の端っことはいえ、こうしてペラペラおしゃべりできるとは、素晴らしい度胸を私以外の同胞達は持っているようだ。
しかし、それだけの精神力の持ち主たちなら、これから先のキツい生活にも耐えられるのかもしれない。そう思えば良い友達ができたと思う。
レイとミリエルと出会ったのは決して偶然ではない。騎士学校ではたまにチームを組むことがあるが、成績が関わるとやはり、才能のある人間とチームを組みたくなるのが、人情というものだ。それは良い成績がなかなか取れない私がなんども仲間はずれにされたことでよく分かった。仕方なく、私と同じく才能なしの烙印を押されたレイやミリエル、いつの間にか嫌われ者になったローグとよく余った者どうしでチームを組む羽目になる。それが何度も続けば可哀想な人間同士で仲良くなってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
こう悪く言うのは、別に新たな仲間が嫌いなわけではない。ただ、やはり、落ちこぼれという烙印が押されている集まりなのは、どうにも気に入らない。
私だって、レイだって、ミリエルだって、やればできるはずだ。
「そういや一位だよなお前。すごいなー」
ローグは口をもぐもぐさせている学年一位にテストの話を持ちかけた。
今ここでテストの話をするのはやめてほしい。
私はその事を言おうと、顎に力をいれたが、先に声が出たのはアスリアだった。
「そんなことないよ、満点とれなかったし」
「でも、十一の教科で満点なんですよね?」
「うーん、本当は千二百狙いたかったんだけどな」
それと同時にレイが苦しそうに咳をした。むせたように見える。
「アスリアちゃん、まだ満足じゃないの?」
「満足ではダメ。それじゃあ、私には足りないところもあるってことでしょ。どうせやるなら完璧に。そうしないと納得いかない」
これが優等生か。
絶対的な差だと思う。
私はとても彼女のように生きられない。ただでさえいま、この成績でも精一杯だ。完璧を目指そうなど考えられない。
「良い子だねぇ」
「ローグが悪い子過ぎるの」
「でも栄養学なら俺アスリアに勝ってる」
「料理さえできれば私満点だったもん」
「まあ確かに、最近は毒草を入れなくなっただけ成長しているとは思うけど、まだおいしいと自信を持っては言えない」
再びローグは叩かれる。
「イテテ……そうだ。お前ら何位だった?」
聞くな!
私は心の叫びを、彼を睨みつけることで伝えた。
「俺は百位だったよ。最下位。逆に清々しいくらいの順位じゃね?」
と笑顔で言ってくる。
対して、レイとミリエルからは急に笑顔が消えた。
「あれ、どしたの?」
原因となった本人はその自覚がないらしい。私は気付かせてあげることにする。
「あんたが変なこと言うからでしょ!」
「いや、ここでへらへら笑いながら反省会やるんじゃないの?」
「笑いながらなんてできるわけないでしょ!」
「いやぁ、だってみんな楽しそうだったから」
ローグは後頭部を思い切り叩かれる。
「痛い!」
「全く、少しは察しなさいよ」
アスリアの制裁が先ほどよりも強いのは、激突音で分かった。
「全く、配慮っていう言葉を知らないの?」
「ハイ……慮?」
「ローグみたいに精神たくましい人ばかりじゃないの」
「いやあ、照れるな。急に褒められたら」
「褒めてない!」
まさかここで夫婦漫才をここで見せられる羽目になるとは思わなかった。やり取りが面白くて、少しにやけてしまった。
「いや、まあ、それもいいかもね」
レイが再び唇の端を釣り上げて、笑って見せて言った。
「そうですね。あまりくよくよしてはせっかくのおいしいご飯がおいしくなくなってしまいます」
ミリエルもそれに引き続き、調子をもとに戻した。
「そうそう、あまり今回の結果引きずってもしょうがないんだし、しばらくは成績悪い同士、仲良くしようぜー」
先ほどから残念な感じを一切のぞかせない藍色の髪のバカは、本当に精神たくましいと思う。
皮肉を込めて褒めてあげようとした時。
「アスリア、ここに居たのか!」
「げ、見つかった」
赤い髪の人間がこちらにやってくるのに気付いた。今度はアスリアの表情が穏やかなものでなくなっていく。
「エリック、今日は一人にしてって言ったよね」
噂によると今日の結果で一年生序列二位になったそうでで、アスリアの次に一年の中では立場が高いということになる。存在は有名で、一年生ながら、すでに法理剣術を使うことができた天才だったが、アスリアに惨敗してからは、彼女を尊敬し、彼女の応援会を自ら設立。ちなみに現在の所属人数は百人前後で、会員には一年生だけでなく、上級生や正規の騎士もいて、アスリアは騎士学校の人気者だ
「そのつもりだったが、さすがにごみ溜めに居るのは見ていられない。行こう」
ごみ溜め。
急に放たれた一言が、場の空気を一瞬で冷たいものに変えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます