エピソード1:騎士見習いたちの死神討伐戦
1-1 ローグの過去を知る少女
木製の使い込まれたカウンター。四人掛けの丸い机が3つと、椅子がいくつか。壁はいくらか補修した跡がいくつもある。ボロボロというべきか、風情があるというべきかわからない。しかしこの辺りでは珍しい木製の、屋根のあるおしゃれな家だと私は思っている。
なにより素敵なのは、ここでは色々な人に会えること。この家の前を石畳の道が通っている。アルトエルドの街に続くその道は、隣街まで続き、この辺り一帯を覆いつくす大きな森を貫くように敷かれている。この道は常に騎士が巡回して、通行者の安全を守っている安全な道なので、多くの人が隣街とアルトエルドを行き交う。森の真ん中にあるこの家には、休憩させてほしいと、多くの人が訪ねてくれる。
たとえば、長い長い旅の途中の人は、道中に訪れた私の知らない土地の話をしてくれる。この森を狩り場にしている、狩猟者は必要以上の成果を得たからと、私におすそわけをしてくれる。その日は夕食がごちそうになる。
毎日ここでいろいろな人と話ができる。たまに、その年で仕事なんて辛くないか、と疑問を投げかけられるのだが、私は特に不満じゃない。寂しくないから。
「姉ちゃん、どうしたの?」
不意に声をかけられて、びっくりしてしまった。つい足が動いてしまい、爪先を思い切りカウンターの下にぶつけてしまった。
「痛。うう……ごめん、何?」
「何、じゃないよ、リーシャ姉ちゃん、またぼーっとしてたよ」
「そう?」
「しっかりしてよ。姉ちゃんがいないと、俺たちだけじゃ、ここやっていけないよ」
「うう……ごめん」
本当にしっかりしたなぁ。と私は彼を見た。
彼を含め、今この家には五人の子供がいる。きょうだいではない。この子達は私と同じ孤児だ。歳は十歳から十二歳の間に集中している。どの子も私より年下だ。
特に先ほど話しかけてくれた彼、名をケルトと言うのだが、彼は最初にこの家に居候することになった子だ。二年前までは泣き虫だったのに、今では立派に私を支えてくれている。
「こないだ届いた手紙、また見てたのかよ」
「違うよ」
「どうだか、だって最近暇になったらすぐ見るじゃん」
「それは、そうだけど……」
「まあ、でも驚いたけどな。兄ちゃんがまさか、騎士学校入ったなんてね。やっぱ金に困ってたのかな」
「……知らない」
「姉ちゃん、そう怒るなよ」
別に怒っていない。
いや、怒ってるかもしれない。
ケルトの言う兄ちゃんとは、私にこの家をくれた人の事だった。
私にはもう他に家族がいない。七年前のアルトエルドで起こった聖杯事件。そのせいで、城で働いていた私のお母さんは死んでしまった。元々、お父さんは私が生まれたすぐ後死んでしまっていて、残ったのは私とお姉ちゃんだった。そのお姉ちゃんともその後、すぐに離ればなれになってしまった。私は親戚の叔母に預けられたが、叔母も貧しい暮らしをする人で、とても二人は養えない。それを知ったお姉ちゃんは置き手紙だけ残して、どこかへ消えてしまった。
それからしばらくして、叔母は病に倒れた。そしてちょうど同じ頃にその知らせは届いた。
私のお姉ちゃんが死んだ。
私はひとりぼっちになった。
お姉ちゃんのお葬式の日に、その人とは始めて会った。
私の一つ年上で、お姉ちゃんと同い年のその人は私を妹と知った途端に、急に頭を下げた。
『サーシャが死んだのは俺のせいだ』
と言って。その瞬間、今までの喪失感が嘘のように、心の中が怒り、憎しみ、数多の負の感情でいっぱいになった。私は言ったことのないようなひどい言葉を投げかけた。今自分で思い出すだけで、身の毛もよだつような、人が人に言って良い言葉でないものを、その人にずっと聞かせ続けた。その人は、その言葉をただただ聞き、涙を流していたのを覚えている。
お詫びにと、その人は森の中にある空き家を買ってくれた。そして維持費や生活費を一生払い続けると約束した。正直私はその言葉を信じていなかった。それでも憎きこの男をもう二度と見なくて良いのならと、当時の私はそれを了承した。
しかし、半年ほど経って私は後悔した。きっかけは街で、不幸にもあの人に再会してしまった時だった。私は無視しようと思っていたのだが、その男は小さな男の子を守りながら、貴族の護衛と必死に戦っていた。すでに血だらけで、もう見ていられなかった。
少し会話に聞き耳を立ててみると、どうやら男の子は貴族のものを勝手に盗んだらしく、偶然近くを通ったあの人が襲われている男の子を助けたらしい。
その男の子は私と同じひとりぼっちのようだった。
私はその子の力にどうしてもなってあげたくなって、憎き仇の前に自ら姿を現した。
私がその男の子を預かりたいと言うと、すぐに男の子を渡して、その子の分も払うから、とだけ言って、彼は姿を消した。
そのとき私はあの人が姉を殺したことに疑問を覚えた。何の関係もない小さな男の子のために捨て身で戦って助けるような人が、姉を殺すのだろうか、と。
それから一ヶ月が過ぎた頃、家にある男が訪ねてきた。お姉ちゃんをよく知る、街の酒場の経営者らしい。その人から姉の死の真実を聞いた。あの人は決して悪い人間ではないと、ようやく分かったのだ。
あの人の事がよく知りたいと思った。もう一度会いたいと思った。お葬式の日のひどいことを謝りたいと思った。しかし、街をいくら探しても見つからなかった。
ならば家に来てもらおうと考えた。家に来てもらいやすいように、私は家を休憩所として、一階の数部屋を通行人に開放しておくことを考えた。
その人は、お姉ちゃんの命日に来た。再び私に頭を下げに来た。ケルトと共に私はその人を迎えた。そしてあの事を謝ることができた。そして話をした。
やっぱりいい人だった。
その日に私から、仲直りを申し込んだ。しかし、その人は断った。悪いのは自分で、許されるべきではないと。
私はまたその人がいなくなってしまう気がした。それが嫌で、私は、今度からお金は、こっそり置いていかないで、直接私に渡してくださいと言った。その人は了承した。それからは三十日に一回位で私の家に訪れてくれている。
それからさらに月日も経つが、いまもこの関係は崩れていない。いや、長い付き合いの中で、その人の事が私はだんだん好きになっていった。恋愛感情とかではなく、私のお兄ちゃんのような存在として。
「でも確かに姉ちゃん、兄ちゃんのこと大好きだもんな」
「それを言うならケルトもでしょ」
「いやいや、俺よりもっと。ここを宿屋にするのも、兄ちゃんの意見で、迷うことなく採用してたし」
「それは、この家の修理にどうしてもお金が足りなくて」
「兄ちゃん来る頃になると、いつもにやけながら待ってるだろ?」
「それは……」
「素直に、いなくならないでー、とか、一緒に暮らしてとか言えよ」
「言えるわけないでしょ!」
「ええ、なら俺から言おうかな……また来るか分からないけど」
ケルトは気づいていないからそんなことが言えるのだ。
私には分かる。あの人はまだ、私に償おうとしている。ありもしない罪に対して。何か私に遠慮しているところがある。
それがなくならない限りは、あの人は私と対等に話してくれない。一緒にもいてはくれないだろう。
「で、姉ちゃん、結局どうなんだよ」
「え?」
「兄ちゃんがもし二度と来てくれなかったら。それでもいいのか?」
「……それは……嫌だけど」
「やっぱり怒ってんじゃん」
「うう」
先日、その人から、騎士学校に入るため忙しくなるから、これから会いに行けなくなると書いてあった。
私は嫌だった。また知らないうちに、大好きな人が遠くに行ってしまう事が。そしてそのままいなくなってしまうことが。
だから、一緒にいてほしい。
それが叶わない今のこの状況に対して、私は憤りを感じていた。
「手紙に返事書こうぜ。学校に入ってもまたこの家に来いって」
「……そうだね」
私はカウンターの下から、手紙用の紙とペンを出した。
その時、扉がすごい勢いで開いた。チリンチリンという来客を知らせる鈴の音量が大きかったため、下を向いていても分かる。
入ってきたのは女の人だった。
きれいな黄色の髪に、澄んだ緑の瞳、身長は私より少し高いくらいで、年齢は十五歳くらいのように見える。服は見たことのないものを着ていた。黄緑の厚手の長衣で腰にベルトを巻いている。服の所々が破れていた。
「いらっしゃいませ」
私は笑顔で来客者を迎えた。
しかし、すぐに対応の仕方が不適切だったと反省した。来客者は恐怖と焦りの感情に顔が支配されていた。
「助けてください!」
「え、はい?」
「このままじゃ死んじゃう!」
言っていることが理解できない。
「あの、どういう事ですか?」
「お願い、助けて!」
ケルトがお客さんを落ち着かせようと試みる。
「おい、まずは深呼吸。しっかり」
「お願い、速く、速く、死んじゃう!」
とても落ち着かせられる状態でないことが分かった。
しかし、いったい何があったというのだろう。今はまだ昼になったばかりで、人を襲うような生物はまだいない。危険はないはず。
そこにまた来客があった。
水色の髪を後ろで束ね、胴と腕を金属製の鎧で覆い、背中には身長の二倍ほどの長い槍を背負っている。歳は隣の女の人と同じく十五くらいだろうか。
「アルトエルド騎士学校の者です。ここをお借りしても良いでしょうか?」
その人も、息が切れていた。
「はい……良いですけど……」
「ありがとうございます!」
水色の髪の人が一礼して、黄色の髪の人を家の中に入れる。
「何があったんだよ、そんな騎士様がいきなり」
ケルトの問いに、水色の髪の騎士が答える。
「……同じ騎士学校の……騎士学校二年リョウが瀕死の状態なんです。今すぐ治療しなければならなくて……、ごめんなさい」
「あ、謝るなって。それじゃしょうがないよ。必要な物あるか?」
「じゃあ、何か止血できる物を……おねが……い……します」
水色の髪の騎士は、そう言って外に出て行った。その人の顔にはすでに涙が流れていたのが見えた。
何があったのだろうか。
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