第10話 藍色の悪魔と赤髪の天使⑦

 アルトエルドの街は城塞都市で有名で、空でも飛ばない限り入口は大きな城門がある一番南の一か所しかない。騎士学校はそこから大通りを通って一番奥にある。とってもわかりやすい場所にあるので、たとえこの街に始めてきても迷うなんてことはあり得ない。

 万が一まっすぐという言葉が分からずとも、たどり着けないということにはならないだろう。何といっても、アルトエルド騎士学校はかつてのアルエルド王城であった建物をそのまま使っている。城は大きく街のどこに居ても見ることができる。

「アスリア、あの人彼氏?」

「そんなんじゃないけど……でも昔からの知り合いかな」

「え、かなり強力なボーイフレンドじゃん。狙ってないの?」

「乙女思考はやめて」

「またまた。照れちゃて。顔赤いよ?」

「うるさい」

 なんか穏やかではないことを話されている気がするが、抵抗は不可能だ。さすがにツッコみを入れる余裕はない。

 成人男性の平均体重よりも筋肉があるせいで少し重いくらいの俺を軽々と荷物を持ち運ぶかのように持ち歩くこの規格外の男に運ばれる状況。もはや反論の一つも思いつかないというものだ。

 ヴァーンは興味深く俺を見つめそして爆笑を耐えている。

 先ほど喧嘩を売ってしまったところ、今の無様な自分を見られるのは本当に心苦しいところだ。

 かつての城は今も健在で、見た感じ七年前と外観はほとんど変わっていない。そしてこの土地が一つの村にも劣らない広さを持つところ、城のほかにいろいろ建物があるところ、他諸々全く変わった様子はなかった。

 もちろん懐かしくはあるが、城門から入って周りより少し黒っぽい石畳の大きな一本道をしばらく歩いて、というなかなかに遠い場所に本城がある不便さも変わっていないようだった。

 城、と言っても豪華な装飾はなく四角い石を積み上げられて造られた姿はどちらかというと、砦のような印象を受ける。なんとか城と呼べるのは、四角錘のようなてっぺんに向けて小さくなっていく構造で、頂上に大きな赤い屋根があるからか。

 エイルとヴァーンはこれ以上ついてくることはできなかったようだ。俺は抱えられたまま、アスリアはその後ろをついて行くことで城の中に入った。

 内装はだいぶ変わっていた。城の一階は今、騎士団への問い合わせの入り口の窓口が数多く設置されている。ここまでは許可を得た一般人が来ることは可能だという話は聞いたことがある。

 しかし、そこから先も抱えられながら城を内見する限りかなり変わっている。

 かつての王城の部屋を大胆に改装し、教室、実験室、調理室、食堂等、本当にここは噂に訊く学校というにふさわしい教育施設がそろっている。今まで学校などという貴族が通うような場所にまともに行ったことのない俺からすれば、存在は知っていてもこうしてみるのは初めてなものばかり。異世界に迷い込んだかのようだ。正しくは誘拐と言った方がいいか?

 それはさておき、目的地は城のかなり高いところにあるらしく、階段をひたすらに上り続けてしばらく。もう十数階にまでたどり着いたのではないかと勘違いするほどに階層を上がった頃、

「さて、早速俺の部屋にご案内だ」

 扉があく音とともに、俺はその部屋へと投げ込まれた。

「ローグ!」

 雑に投げられた俺をアスリアが心配してくれた。

 マスターの酒場の二倍ほど広いこの部屋は、右側には結構な数の本が入っている本棚があり、左には大小様々な武器とぽちのえさと書かれた張り紙が貼られている木箱が見える。中から生肉のにおいがするのは気のせいだろうか。

 そして正面には、書による塔が何本かそびえ立っている大きな机。

「騎士長室。俺の執務室だ。話をするならここがいいだろう?」

「人を投げやがって……」

「その程度でけがをするほど柔な鍛え方はしていないだろう。騎士狩り」

 騎士長を名乗る男は自分の席に着くと、俺にそう語りかける。

「騎士長は知っていたんですね」

「もちろん。あの店に営業許可を出したのは俺だからな。ローグという少年を預かっているという話を聞き、元騎士のマスターにしばらく見逃してやるからその少年を育てて見せろと脅したのも俺だ。その代わりに、下の馬鹿どものたまり場も見逃してやると」

「は……?」

「俺があそこを知っていることが意外か?」

 意外に決まっているだろう。あの悪の巣窟みたいなところの存在を知っているのなら、騎士であればすぐに検挙して潰すだろう。街の秩序を守ることも騎士の仕事なのだから。

「そんなの初耳です。知っているのなら、どうして彼を助けてあげなかったのですか!」

 アスリアが珍しく強めの声を張り上げ、騎士長を問い詰める。

「向こうの要望だった。どうか独りで稼げるようになる年齢までは面倒を見させてほしいと。孤児院に入れたくはないと」

「え……?」

「それはその願いを叶えてやることにしたんだよ。もはや立場はこちらが上でも、俺が見習いの頃にはお世話になった人だ。そこのローグ君が十五歳になるまでは待とうってね」

 そうだ。それだ。

 マスターがなぜ騎士長と知り合いなのか。

「不思議って顔だな」

 俺は素直に頷く。

「だが、それを今語ってやる必要はない」

「なんでだ。そこまで言われて気にならないはずがない。まるで俺がお前に生かされていたみたいな言われようじゃないか」

「事実だからな。騎士を舐めない方がいい。俺達は秩序の番人。悪を見過ごすほど甘い目を持つ者は、少なくとも上位騎士の間にはいない」

 別に怒りがあるわけではないが、これでも何度も命を駆けて生活していたという自負がある。自分で切り開いてきたつもりだ。

「俺は」

「七年前の王国転覆事件の被害者の一人。当時の上位騎士、リオレイン殿のご子息だ」

「あんたも親父を知っているのか」

「まあ、一般的な話をすれば騎士ならだれでも知っているだろうよ。リオレイン殿は当時十神将と筆頭と呼ばれた王国最強の双剣を扱う聖騎士。有名度では抜きんでている」

 いや。

 それだけでは先ほどのマスターの言っていた『貴様……リオレインの』という言葉と矛盾がある。関係がそれだけなら、仮にマスターとこの男が知り合いであっても、この男に対して『親父の』という言葉は出てこない。

 何らかの特別な関係が、この男と親父にはあったはずなのだ。

「さてそろそろ本題に入ろうじゃないか。悪い子への再教育の罰について話さなければな。これも仕事だ」

 騎士長はペンを持って何かを書くとアスリアを手招きする。

「彼に見せてあげなさい」

「そんな、こんな内容むちゃくちゃです!」

「まあまあ、彼はもしかしたらやる気になるかもしれないよ」

 アスリアは俺に法に妖しさ満点の用紙を見せに来た。

 その内容は、確かにアスリアがそのような反応になったのも無理はない内容だ。

「やっぱ死刑か」

 見せてきたのは罪状と公開処刑を示すチラシだった。

 俺の予想通りだ。まあ、無理もない。騎士狩りなどというように俺は騎士を殺しまくってきた。カネのためとはいえそれは許されざる行為だ。裁かれるのは当然だろう。

 しかし、今生ではまだやり残したことがないわけでもない。

「頼みがある。死刑になる前に」

「ははは、なんだ受ける気なのか。拍子抜けだな、まあ一応聞いておこう。可能であれば叶えてやる」

 ものすごい勢いで死刑が決まってしまったので、かねてから考えていたいつかはやりたいと思っていたことを前倒しにしなければならない。

 罪の償いは死刑で行われるとして――まあ、本当は親なのだが駄々をこねてももう分かっていたことだし決まったことは仕方ない――もう一つ。せめてすぐに会いに行くにしても父と母に謝ってからにしたい。実際あの世というのがあるのかは定かではないし、死んで会えるとは限らない。

「こんなふうに捕まって、あんたから逃げられるとは思えないだろう。受け入れるしかないじゃないか」

「で、望みは?」

「罪を償うのは死刑で行われるとしても、この意識があるうちに一度お墓を見たい。俺の親父の墓を」

「し、もとい、リオレインさんの墓に行きたいと?」

「そうだ、どうせ死ぬならそれくらい叶えてほしい。今までこの敷地内にあったせいで行くに行けなかったんだから」

「まあまあ、そう死に急ぐな」

 お前が死刑って言ったんだろ!

「それはあくまでチラシだ。民衆に『騎士狩り』は死んだと知らしめるためのな」

「は?」

「アスリアの顔を見ろ」

 俺は奴の言う通り、彼女の顔を見る。

 泣きそうな顔をしていた。

「お前、彼女にあんな顔をさせておいて死ぬ気か?」

「そうはいっても死刑なんだろ?」

「そう言うな。アスリアが悲しむぞ。お前にとってアスリアはただの他人じゃないはずだ」

「お前が知ったような口をきくな」

「知ったような口をきくなと言われても、七年前お前達を外へ逃がそうとして、その後アスリアをかくまっていたのは他でもない俺だ」

 何。

 アスリアの方を見て本当のことかどうかを確認する。

 アスリアは俺の視線に気が付いても、決して否定はしなかった。ならきっと本当のことだろう。

「アスリアは子供の頃は本当に、ローグはどこ、ローグはどこ、といってうるさかったからな。後から知った話だが、リオレインさんはお前に姫様の相手をさせていたそうだな。そこの元お姫様が騎士として働こうとしたのも、元々は各地に行ってお前の行方を捜したいってところだったんだぞ」

 アスリアが慌てふためき始める。

「騎士長……!」

「おっと、意地悪な言葉が過ぎたな。脱線はそろそろやめようか」

 騎士長はアスリアにニヤリと笑って、その後話を戻す。

「とまあ、君の死を望んでいない彼女は、今謎の存在に狙われている身だ。君が昨日殺した騎士も良く調べると、こことは別のところからのスパイだった。どうもアルトエルドも安全圏内ではなくなってきている」

「なんで彼女は狙われている」

「分からん。だが、アスリアでなければいけない理由はあるのだろう。昨日は不覚をとってしまったが、今後はアスリア周辺の警護は強化するとして、それとは別に彼女と不自然なく共に行動しやすい味方が一人でも多い方がいいと考えている。そんな折に君という存在とアスリアが出会ったのには何か運命を感じないか?」

「悪いは運命は信じない性格でね。もしも俺が何もかも失ってきたのが運命なら、神様であっても呪っている」

「怖いねぇ。まあいい。ともかく死刑になりたくなければ、俺に従ってもらいたい」

 アルトエルド騎士団騎士長スレイトは犯罪者の俺に対して、にわかには信じがたいことを口にする。

「君に騎士学校に入ってもらい、アスリアの味方になってもらいたい。彼女を一番近くで守ってほしいんだ。彼女もそれを望んでいる」

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