第9話 藍色の悪魔と赤髪の天使⑥
男の方は大柄だ。そして顔がムカつく。どうも自信に満ち溢れて、まるで自分が常に正しいと言っているような貴族に多い顔。
そしてもう一人は普通の女の子だ。やや青に近い髪が特徴的で後は平均的な女子の一人だろう。
しかし、意外なものだ。騎士学校は男ばかりだと思っていたが女性もいなくはないらしい。アスリアが特別なのではなく本当にいろいろな人がいるのだと思う。
アスリアの様子を見ても昨日とは違ってその二人を見て警戒心を抱いている様子はない。彼女の味方と見ていいだろう。
「あ、アスリア!」
「エイル……もしかして」
女性の方はエイルという名前らしい。
「もしかしなくても探してたのよ! どこ行ってたの! 騎士長も心配してたんだから!」
「ごめんなさい」
「それで……そこの男は……?」
まあ、向こうからすれば俺は怪しさ万点だろう。
男の方が俺の方に駆け寄ってくる。どうも嫌な予感がする。特に背中に背負った大剣に手をかけている限り。
そしてその嫌な予感は大当たり。俺に向けて大剣を振り下ろす。単調な攻撃で簡単に躱すことができたのだが、その男もそれは分かっていたようだ。
「お前、騎士狩りだな?」
どうやら騎士の世界でも俺の話は届いているらしい。
あまり嬉しくない話だ。もしとんでもなく強い奴が興味本位で俺を殺しに来たらどうする。
それはさておき。
「だとしたら?」
挑発してみると。
「ぶっ殺してやる。俺様直々にな」
収穫があった。この男が自分のことを『俺様』と言う程度には自尊心が大きいこと。
そして俺はそんな奴を相手にすると、人生が充実している奴への妬みを自然に感じているのかとても喧嘩を売りたくなる。
「無理だな。まあ、出直してこい」
「……おいおいおい、本気でやっていいのかぁ?」
「お前が本気でやっても無理だ」
「てめえ、やる気か?」
「いいぜ? 俺は」
一触即発。
「ヴァーン、今調子に乗るのはやめて」
「おいおい、エイル。今から俺がこの犯罪者を討伐しようとしてるのになんで止めてんだ?」
「今はアスリアを連れて帰るのが先、ていうか、別にあんたがやらなくても、それはこの後に来る人がやってくれるでしょ。あんたがでしゃばるところじゃないわ」
「せっかくの手柄が目の前にあるってのに、なんで俺様が逃がすような愚行をしなきゃいけないんだ?」
「解ってないわね! 今は――」
やってきた二人で喧嘩が勃発する。その間にアスリアに訊いておこう。
「あの二人は?」
「アルトエルド騎士団、騎士学校一年生の二人。エイルは私の友達で、あの男はその……なにかと絡んでくる」
「不良?」
「に近いかも……」
ところどころから見えるのは貴族っぽい
本当にいろいろな人がいるようだ。
少し興味がわいてきたかもしれない。
まあ、元々興味は持っていた。騎士の息子として親父がどんな学び舎で学び戦ってきたのかは気になるところだ。そしてそこでは俺の知らない剣術や戦い方を学べるのならいつかは侵入して盗み聞きはしたいくらいには、とても興味ある。まあ、捕まったら死刑なのでそんな勇気は出ないのだが。
喧嘩を一通り終えたエイルが俺に向けて、言葉を放った。
「ねえ、あなたはその……アスリアを助けてくれたの?」
相手は騎士見習いとはいえ、騎士の仲間だ。いざと言うときに向けて逃げる準備はして、今はその質問に応え様子を見ることにした。
「まあな」
「剣を持ってる。……なんか、どこかで見たような気がするな……」
首を傾げてはいたもののエイルとやらとどこかで知り合った覚えはない。
「まあいいや。とりあえず、アスリアを助けてくれたありがとう。私はエイル、アルトエルド騎士学校所属の見習い騎士。そしてこっちの男がヴァーン。同じ所属で、クソムカつく物言いをする奴」
お口が大変悪い少女だ。まあ、態度を繕う奴に比べれば全然嫌いではない。
「自己紹介は取られたが、まあ、そういうことだな。さて俺の手柄になってもらおう」
ヴァーンとかいう男、どうも話が通じないタイプのようだ。
俺の中での話だが、あの手の男は貴族の中でも、権威を振りかざしやりたい放題するタイプだ。たまに俺はそんなやつのことを〈貴族賊〉という名前を名付け、害悪として扱っている。
おそらくヴァーンもそのタイプだろう。
しかしアスリアの味方っぽい存在が現れてくれたことは、これからどうしようか考えていた俺には暁光だ。
「どうする、アスリア? 一緒に戻るか?」
「それは……うーん」
「同級生も信用ならないと?」
「ええっと、そういうわけじゃないんだけど」
アスリアが小さな声で続きを言う。
「あの子たち、本当にまだ初心者だから……ちょっと頼りにできないというか」
ズバリ一言。
まあ、今のアスリアからすればその視点を持っていることは仕方のないことだ。
「ローグもついてきてほしい」
「いや、でも今から向かうのは騎士団本部だろ? 部外者が勝手について行ったらだめだろう」
「そこは何とかするから……」
こういってくれるアスリアには悪いが、たぶんできないと思う。騎士団本部、並びに騎士学校はアルトエルドの軍事機密が数多く収容されている場所だ。
勝手に部外者を出入りさせることは絶対にあってはならないし、そんなことをしたら俺が消される気がする。
「うーん……」
さてここから俺はどうすべきか。
そう思った次の瞬間だった。
酒場の方から大きな音がした。
破壊音。爆音?
気づいた俺は後ろを見ると、マスターが酒場から飛び出してきた。
そして、なぜか、マスターしかいないはずの場所から、もう一人の男が現れる。
「気づかれないように空から侵入したんだが、まさかバレるとは。衰えていないようで安心しましたよ。先輩」
「貴様……リオレインの……」
マスター?
俺はこの男に親父の名前を教えた覚えはない。いや、仮にどこかでしゃべっていたとしても、なぜその騎士を見て、なぜ親父の名前が出てきたのだ。
そして、マスターを追い詰めている様子のその男もまるでマスターを知っているかのような口ぶりだ。
余りに一気に、理解不能なことが起きすぎている。
酒場に空から侵入したという意味不明な男がアリシアを見ると、
「やはりここにいたか」
と笑みを浮かべる。
その男の正体は訊くまでもなくアスリアが言ってくれた。
「騎士長……」
騎士長。アルトエルド騎士団最強と謳われる存在であり、アルトエルド騎士団を統括する頂点の存在。
そんなやつがなぜここに。
ていうか若い。まだ見た目はまだ二十代だ。新人騎士と言われても信じるレベルで若い。こんな男が騎士の長を務めているのか。
それは初めて知った。
「おお、やっぱりここにいたか。アスリア。心配したぞ?」
「あの……」
「別に怒りはしないさ。まあ、部外者を立ち入らせようとしたことは問題発言だがそれは今は水に流すとしよう。状況が状況だからな」
敵か味方か。
アスリアにとっては味方であることを願いたいが、念のため警戒は解かないべきだろう。
俺は剣を構える。
しかし。
俺がその騎士長を睨んだ瞬間、存在が消えた。
そして剣を振るはずの右腕をすさまじい力で抑え込まれたのだ。
「な……?」
いつの間にか、俺の後ろに回り込み、騎士長が笑顔で俺を抑え込んでいたのだ。
「騎士狩りローグ……悪くない。さて、悪い子は捕まえてと。一緒に来てもらおうか?」
まさか。
酒場の悪たちはみな口をそろえて言っていたことを思い出す。
捕まるときはいつもあっけないものだと。
「ローグ!」
マスターは珍しく真剣な顔でこちらを見てくれたが、俺の喉元にナイフを突きつけられたのをみて委縮するしかなくなったようだ。
「マスター、この少年を預かっていく。そしてすべてを伝えよう。お前の正体も、俺が何者かも」
「貴様……、まだ早いように思えるが」
「いいや。時は満ちた。こいつはもうお前の元には帰らない。お前を見逃しておく契約は今日を持って終わりだ。こいつの身柄を回収してね」
「てめえ……
何を言ってる、そして何を勝手に決めてるんだ! と言おうと思ったのだが、その前に口をふさがれてしまった。もはや抵抗の使用もない。
人間とは思えないほどの力で体を抑え込まれている。脱出できる感じもしない。
やっぱり関わったのはまずかったか。
もう何もかも遅そうだが。
「騎士長やめてください、ローグは……!」
「アスリア。どうあろうとこいつは悪人だ。野放しにしておくわけにはいかない。未成年の悪ガキを預かって再教育するのも俺達大人の仕事だからな」
なんだかヤバイ。
俺は騎士長と呼ばれたその男に拘束されながら持ち運ばれていく。
徐々にマスターが遠くなっていくように見えた。
「ローグ。気張れよ!」
なぜかマスターは俺を助けようとはせず、むしろ頑張って来いというような目で俺を見ている。
まさか俺がすぐに逃げてこれるとでも思っているのか。
そんなはずないだろう。
「アスリア、エイル、ヴァーン。帰るぞ。せっかくだ。悪ガキがこの先どうなるのか知識だけでなく実践をして教えてやろう。課外授業だ」
「ええ、俺様」
「うるさい。騎士長命令だ」
大変嫌な予感がする中、俺はあまりにも唐突に捕まってしまった。
運のツキ。
これから俺はどうなってしまうのだろうか。
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