第7話 藍色の悪魔と赤髪の天使④

 そろそろ本題に入ろう。

 元々はお金目当てで近づいたわけだが、相手がアスリアであれば話は別だ。

 彼女が何かを抱えているのなら、俺は助けてあげたい。

 俺はもう悪い人間だ。元より失うものは何もない。彼女が何に巻き込まれているとしても法に則って非情な判断をする必要が今の俺にはないのだ。きっと他の騎士には頼れないことも頼ることができるだろうと思う。

「なあ、なんで追われていたんだ?」

「なんで……?」

「お前、騎士に狙われてたんだろう。何か悪いことしたのか?」

 アスリアは少し悩んだ末、俺にその考えた末の答えを出す。

「分からない」

 はい?

 俺は訊き返そうとしてしまった。

 一度冷静になって思考を巡らせることにした。

 分からない。それはアスリアは狙われることについて、思い当たる節はないということになる。

 騎士見習いの世界はよく知らないが、正規の騎士が見習いを狙うことにそれほどメリットがあるとは思えない。新人は潰すより自分の味方に引き入れてパシリにでもなんでもする方が有益であることくらい、騎士となった聡明な人間が分からないはずもない。

 それに騎士という職業はすべての子供が目指す憧れだ。街の皆からは羨望の目を向けられ、福利厚生は法律でしっかりと定められていて、収入も世で一番あると言ってもいい。命の危険は伴うが、その分その職をしっかりとこなしていれば人生安泰と言ってもいい。

 もちろん人生に違った刺激が欲しいという理由で犯罪に手を出す愚か者もいないわけではないがそれを考え始めたらキリがないので、その可能性は除外しよう。

 俺が殺したあの騎士は武装をしていた。騎士と言っても人を己の武器で人を威嚇したり殺したりするときにはそれなりの理由が必要だ。それがない場合は事故と認められない限り死刑となる。

 個人的な理由でそのリスクを負うことは考えにくい。ここからは俺の個人的直観の話になるが、あの騎士は、どちらかと言うと己の義務を全うしているかのような振る舞いだった気がする。

 まるで上司である何者かに何かを指示され、それを遂行しているという騎士らしい感じがした。

「何か思い当たる節はないのか?」

 念のため、アスリアに尋ねてみる。

「さあ……でも、誰かの恨みを買った覚えはないけれど」

 やはり成果はなしだ。

 そうなるとアスリア自身も自覚がない要因で狙われているのかもしれない。

 アスリアはお姫様だった女の子だ。そして今まで誰かに隠し匿われていた状態だったが、今は騎士学校という表舞台に立っている。

 もしかすると、騎士学校のアスリアではなく、アルエルド王国の姫として認識している何者か、という可能性も考慮に入れるべきではないか。

 まあ、いずれにしても今の状態で分かっていることはほとんどない。これ以上は考えるだけ無駄だろう。

「これまで襲撃を受けたことは?」

「こんなあからさまに追われたのは初めて」

「これまでには何かあったのか?」

「誰かに監視されているような気がしてたけど……実際はどうか分からない」

 アスリアは明るくふるまっているが、その陰の不安を隠しきれていない様子だ。

「今まで騎士学校だから安全だって思ってたけど、なんかそこにいるのも危ないのかなって思うようになってきちゃった」

「そりゃそうだ。味方に敵が紛れているかもしれないからな」

 マスターを俺は手招きする。こんな事情がある以上そのまま帰すわけにはいかないのでとりあえず今日は酒場の2階、昔の仲間が使っていたところで寝てもらうのはどうかと考えたからだ。そのためには家主の許可がいる。

 家主は閉店後の処理をしながらも話をしっかりと聞いていたようで、俺が訊こうと思っていたことに対してジェスチャーで承諾を示す。

 俺はそれを見てアスリアに提案した。

「今日は2階に空き部屋があるからそこに泊まるか?」

「……ローグは?」

 俺?

「いや、アスリアが不安で帰りたくないならって話なんだけど」

「ローグが一緒に居てくれるならいい」

 とんでもない話になってきた。

 さすがに年頃の男女が恋仲でもないのに寝室で一夜を共にするのはまずいだろう。それくらいの常識はあるつもりだ。

「でも、さすがにそれは」

「独りになりたくないの。お願い、貴方が一番信用できる」

 そんなことを言われちゃったら断れない……。

 俺を見てニヤニヤしてくるマスター。本当に性格悪い。どうせこのことをネタに俺を強請ろうとか考えているのだろう。

 しかし、先ほどアスリアの為ならできることはしてあげたいと思っていたばかりだ。こんなことで物怖じしていたら、この先ついて行けないような気がしなくもない。

「じゃあ、近くにいるよ」

 宣言。

 アスリアは嬉しそうに頷いてくれた。




 次の日。

 というのも昨日の夜の話をすると今でもとても恥ずかしく思える。

 朝起きて鏡を見たときは髪がボサボサで、とてもじゃないが人の前に出れない事態となっていたのは、明らかにアスリアと同じ部屋で一晩を過ごしたからだ。誓って変なことは何もしてない。

「ローグ、一緒に寝よ?」

 1つのベッドしかない部屋で。

「ほら、私端に寄るから一緒に。あの頃も良く隣で昼寝したじゃない」

 夜中に綺麗な女の子が誘惑してくるのだ。

 もう一度言うが誓って変なことはしていない。

 しかし、彼女の起源を損ねないように、言う通り寄ったがその時点で心臓バクバクだ。すぐにでも抜け出して床で寝たいところだった。

 しかし、すぐに寝てしまった彼女は俺の手を握り離してくれなかったのだ。起こすのも悪いと思い、しばらくはそのままだったのだが、それが逆効果。全く離してくれない。

 幸せそうにぐっすりの彼女。こんな酒場の2階の安いベッドでも彼女がしっかり休息をとれることには安心したが、逆に俺は全く寝られない。

 朝を迎え、街が徐々に活気を見せ始める朝の頃。

 彼女は快い目覚めを迎えたのに対して俺は見事に寝不足。徹夜は仕事によってはよくあることなので慣れてはいるのだが、やはり体に悪いことを実感はする。

「おはよ……」

「寝られたか?」

「うん。ばっちり。騎士学校の寮の布団に比べたら寝心地悪いけど」

「そりゃね」

「でも全然良かったよ。ごめんねワガママ言っちゃて」

 アスリアに感謝されるのはとても良い気分だ。

「アスリア早速で悪いが、今日からどうする。さすがにここにずっと居るわけにもいかない」

「そうね、マスターにも迷惑かかっちゃうし」

 だからと言ってこのままさよならーと帰すのも危ない気がする。

「騎士学校の中に信用できる人はいないのか?」

「いることはいるんだけど。今騎士学校の二年生以上と騎士の講師陣と本軍は遠征合宿でいなくなってるの。敷地にいるのは一年生と騎士団の中でも遠征に行かなかった残り組だけ。信用できる人はほとんど合宿に行ってて、私を匿ってくれた騎士、今はアルトエルド騎士団の騎士長をやってるんだけど、その人にずっと守ってもらうわけにもいかない」

 つまり、なかなか護衛を用意だてるのも難しいというわけだ。

 それでも目撃者の多い昼にアスリアに何かするとは思えないが、人が少なくなっている夜ではたとえ騎士学校内部でも危ないかもしれない。

 本当なら俺が騎士学校に入って傍にいてあげられればいいかもしれない。もちろん騎士相手に勝てると己惚うぬぼれるわけではないが、個人だけでは注意しきれないところまで注意できてもしもの時の囮くらいなら果たしてみせよう。

 それだけでも、力にはなれそうだが、生憎俺が騎士学校に入ってしまえば、アスリアを狙う何者かの代わりに俺が捕まり殺されそうな予感がしなくもない。

 これ以上俺にできることは何もないのか。

「とりあえず、マスターに挨拶はするか。一晩宿を貸してもらったからな」

「うん」

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