第6話 藍色の悪魔と赤髪の天使③
負け惜しみを丁寧に聞いてあげるつもりはない。
俺としてはなぜ彼女を狙うのかを吐かせなければならない。彼女を護るとは言ったが、事情に探りを入れる必要がある。本当にヤバイ案件に首を突っ込んで無様に死ぬことは避けたいからだ。
大剣使いの喉元に剣の刃先をあてがう。そして外套の胸のあたりにしまってあった紙きれを広げ中身を晒す。
「何故彼女を狙う」
しばらく返答を待ったが反応はなかった。
死んだか。
と思わなくもなかったが、目が微かに動いたのを俺は見逃さなかった。この男は間違いなくまだ生きている。
「答えろ、殺すぞ」
「……」
どうも死んだふりが通じていると思っているらしく、頑なに答えようとはしない。いつもなら言うまでじっくりとおもてなし――拷問とも言う――を差し上げるところなのだが、今はどうにもそんな悠長なことをしてあげるほど気分が良くなかった。
「……そうか」
俺は剣を奥に押し込み、抜いた。
先ほどから充満していた臭いを強く感じた。刃先を目の前に持ってくると、黒い刀身には似合わない赤い液体がついている。
「……はぁ」
手が震えているのに気付いた。
まあ、仕方ない。また一つ罪を犯したのは言うまでもないことだ。親父にこれからどう顔向けすればいいのだろうか。
「……チッ」
くだらない感情を押し殺し、剣につく不快なものを振り飛ばして、左腰に吊った鞘に剣を戻した。
死体はそのうち誰か巡回の騎士が気づき回収するだろう。
俺はそのままにして、酒場に戻ることにした。
「驚いた」
いつの間にか外に出てきた追われの身の彼女。
「今の、法理剣術よね。アルエルド片手剣術、ランベイジディスコード」
それが分かるということはやはり彼女は騎士か、騎士になるための専門学校生なのだろう。
「信じられない。騎士狩り、本当にいるんだ」
騎士狩り、その異名は本当にやめてほしい。誰が言い出したか知らないがいつしかマスターの元にその俺の評判は届き、いいように俺の宣伝文句として使われている。おかげで俺のところに届く仕事は大体が、兵士や一般の騎士の暗殺か、護衛という危険な仕事ばかりだ。
本当はもっと、盗みとかでもいいから、気が楽な仕事をしたい。
人の命を奪うことはいけないことだ。親父に何度も言われていたことを堂々破っていることが、お墓参りに行きたいという純粋な子供の気持ちに歯止めをかけている。
「それよりも一度酒場へ戻ろう。外に長居は無用だ。お前も見つかるとヤバいだろう」
「あ、その剣……」
俺の提案はスルーされた。
彼女が注目したのは俺の剣。親父が使っていた剣なのでいいものであることに違いはない。
「なんだよ、俺の剣が。言っておくがやる気も売る気もないからな」
という言葉に彼女は反応。
「そんなこと一言も言ってない!」
と、睨まれてしまった。なかなか強気な淑女だ。
彼女は一度ため息をついて、顔をもとに戻すと、
「ブラックコードだ。リオレイン様が使っていた、でしょ?」
と俺に問いかけて……。
なぬ?
驚いた。
いや、剣の銘を言い当てられたこともそうだが、親父の名前を言われたことに。
「なんで……」
「え?」
「なんで、知ってんだ……!」
親父は7年前にすでに死んでいる。さすがにこの藍色の剣を見て親父の名前がすぐに思い浮かぶのは、よほど親父を知っている人間だけだ。
などと思考を巡らせていると、彼女の顔は先ほどと違いほんわかとした笑みを浮かべている。
「もしかして、ローグ?」
「……うえ?」
言っておくが俺はこの女に名前を教えた覚えはない。
目の前の女は見事に俺の名前まで言い当てた。ここまでくると気味が悪く、久々に意味不明な返事をしてしまった。まるで超能力者だ。さすがに付き合いきれない。報酬はなしでもいいからこの場から逃げてしまった方がいいのではないか。こんな選択肢が脳内に発生するという、人生初の体験をしてしまった。
「お前……何者だよ。な……」
なぜ俺の名を知っているんだ、と言おうとした。しかしその瞬間頭ではある一つの仮説か誕生した。
まさか……。
決してあり得ない。あり得ないと思いたいが、そう考えればこの怪奇現象にも辻褄が合う。生きていれば彼女もちょうどそんな年だろう。逆にこの仮説が棄却された場合、それこそ彼女は超能力者となってしまうことになる。
この世にそんな薄気味悪い存在がいないことを信じ、この仮説を立証すべく、俺は言った。
「アスリア……なのか?」
彼女はほわわんと笑いながら、
「うん。久しぶり」
と、俺の目を見ながら答えてくれた。
これが、彼女との奇跡的な再会だった。
酒場に戻ったとき、女連れだったことは不幸の始まり。
酔いどれの周りの連中に徹底的に冷やかされた。
酒の匂いが充満するこの店に来るのは、彼女にとってあまり快いことではないのは重々承知だったが、俺の部屋に連れ込むのもおかしな話だ。仕方なくこの酒場で詳しい話を聞くことに。
「悪い、ここしか寒さを凌ぐところがないんだ」
「……分かってる」
戻ってもまだ真ん中の二席が空いていたので、そこに座ることにした。
「お、悪ガキぃ。なに大人の仲間にはいろうとしてんだあ?」
「おいおい、女かぁ。いいねえ」
「チビも生意気になったもんだなあ」
俺に向けての冷やかしがまだ送られてくる。
うるせえ馬鹿ども、と言いたいところではあるが今は機嫌の悪い隣の方をなだめるのが先だ。奥の暗がりからこの店の店主が姿を現した途端、ニヤリと意地悪い笑みを浮かべるのは今回は仕方ないか。嫌ではあるが。
「ん、彼女連れか?」
「いや、まあいろいろありまして……」
「よし、わかった」
店主は精悍な胸板を膨らませて、
「お前ら、今日は店じまいだあぁ!」
と、見た目で受ける迫力に勝るような大きさで叫んだ。
「えええ」
「なんでだよお」
などなど、文句を言う人間もいるが、客は次々と帰っていく。マスターに逆らうとこの街で同業者と騒げる居場所がなくなる。逆らえるヤツはいないだろう。
俺に冷やかしを浴びせた客がニヤニヤしながら帰っていくのを、ちらりと見ていると、先ほどまでものすごい顔をしていた彼女がようやく口を開いた。
今はすでに俺と彼女とマスターだけだ。声が聞こえないということはない。
「最初のこういうのもなんだけど、生きてたんだ……」
「まあ、な」
「でも、騎士狩りね……。残念」
「何がだ」
「本来なら私の敵だろうから。あなた」
それはまあ、そうだろう。騎士狩りと騎士見習いが仲良くできるはずもない。
しかし、開幕それを言われてしまったら俺は何て返事をすればいいんだ?
乙女と話すのは、マスターの元で一緒に住んだ同胞がいた頃以来だ。粋な返答を俺ができるわけがない。
迷っていると、助け船を出してくれたのはマスターだった。
「お嬢さん、何か飲むかい?」
ありがと、マスター!
と心の中で感謝する。
「あの、お金持ってないんで」
「金は隣の奴が払ってくれるよ。なあ」
素敵な笑顔で俺を脅してくれる店主。そんなこと言われてもそんなお金はない。ないのだが、ここで彼女に払わせるのはそれこそ俺の価値が引き下げられるというものだ。
「お、おう……」
「じゃあ、赤のハルフティーを一つもらっていいですか」
「あいよ」
俺を横目で見ながらニヤリと笑い、注文を受けた。
高めのお茶を頼まれた俺は、心の中で泣くことに。
「そう言えば、その……君の」
「昔みたいにアスリアって言っていい」
「じゃあ、遠慮なく。アスリアは今、正しくはどういう身分なんだ」
その昔はお姫さまだが、当時の王権はもうない。となれば、さすがに今もお姫様ということはあり得ないだろう。
「アルトエルド騎士団所属、アルトエルド騎士学校一年生序列一位、アスリア上位騎士見習い。それが私の今の肩書よ」
驚いた。
お姫様が騎士という戦う者を務める。そんなの、酔狂な物語でしか聞いたことがない。
「騎士学校と言えば15歳から入学できるだろう。それまでは?」
「私を逃がしてくれた騎士に匿われていた。そうね……姪っ子扱いだったかな。あなたのお父様のお弟子さんだったそうで、私を軟禁する代わりに、前のクーデターで王族を皆殺しにしようって過激派から私を守り隠してくれていたの」
「そうか……親父の弟子……」
親父は自分の仕事については何も俺に言ったことはなかった。弟子がいたことも俺には初耳だ。
「ローグは?」
「え?」
「ローグは何をしてたの?」
遠慮のない質問だ。
偽るつもりはないが、それでドン引きされて嫌われることはしたくない。大切な数少ない、今も生きている友達なのだ。
「闇稼業だ」
いきなり店主が爆弾発言をかましてくれた。長い付き合いのくせに俺の気持ちを察してはくれなかったのだ。
「盗み、密漁、暗殺。金さえもらえればなんでもする。俺に拾われたこいつは俺のありがたい庇護を受けながら、そこで稼ぐ方法を身に着けた」
「おい! なんであんたが言うんだ」
悪ふざけにもほどがある。さすがにこれには怒りをあらわにせざるを得ない。こっちにだって心の準備とか、言葉を選ぶとかする時間が必要だったのに。
「マスター、あんたな、嫌われるタイプだぞ」
「いいじゃねえか。女に嘘つくことはないだろう?」
店主の気分は今までと同じく、陽気そのもの。俺の久々の怒りにも全く動じていない。
「だからってなあ!」
ここで言って気になったのは彼女の反応だった。恐る恐る見てみると、意外なことに彼女の顔は穏やかに見えた。
「……ねえ」
弁明の言葉も先ほど同様見つからない。こんな時、自分がいかに頭の悪い男かがよく分かる。
そんな俺に向けて、彼女が放った言葉は意外なものだった。
「もしかして、私に嫌われるとか思ってくれたの?」
「あいや、その……」
「大丈夫だよ。そのくらいじゃ嫌わない」
「本当か?」
「うん。だって孤児院にもいなかったし、仮に生きているとしたらあの頃と全然違う生き方をしてるだろうとは覚悟してた。まあ、ちょっと想像以上だったけどね。全然騎士学校は行ってもやってけそうなくらい強かったよ」
そう言われて悪い気はしないが、あまり嬉しくもない。
やはり後ろめたいことに身に着けた修練の成果を使っているからだろうか。
「でも、そうか。今口にして思ったけど、もうあれからずいぶん経つのね」
「国家がなくなった日か?」
「そう。お父さんもお母さんも死んじゃった。お互い」
「そうだな。あの頃は本当に幸せだった」
「今は幸せじゃない?」
「借金生活だよ。返済のために悪いことしまくってる」
その元凶に視線を向け、それとなく彼女に元凶の存在を伝える。マスターは悪びれるどころかにっこりと笑顔になった。人が悪いとはまさにこのことだ。
「そうなんだ……」
「でも、今日は良い日だな。アスリアにまた会えるなんて思わなかった」
「私も」
出されたお茶を飲む。
懐かしい。あの頃もアスリアと一緒に何度もお茶をしたものだ。そのたびに姿勢が悪いだの優雅じゃないだの言われた。瞳を横にいる彼女に向けると、あの頃と何も変わらない優雅な感じで、彼女は
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