第5話 藍色の悪魔と赤髪の天使②

 街路は月明かりだけでなく、ところどころにおかれている灯りで柔らかに照らされていて、今が夜でも前が見えないということはない。しかしそれだけに目の前に広がる光景がはっきり見える。

 外に出てすぐにその存在に気が付いたのは決して勘ではなく視界が良好だったことが主な要因だろう。

 全身に鎧を装備した人型の塊。

「貴様、深夜は徘徊禁止だぞ。子供だな。すぐに帰るのであれば罪には問わない」

「ご親切にどうも」

 俺に早速騎士の職務を全うしているようだが、やや違和感がある。

 通常騎士が鎧を着るのは戦争のときか強力な野生生物と戦う時だけのはずだ。それはつまり騎士団長が騎士に、戦いを覚悟して出撃を命令するときのみ、夜の巡回で鎧を着ている者はいないはずだ。

 俺は深夜に歩き回ることも仕事柄多いため、最近の騎士もその例に漏れないことをよく知っている。

 つまりあの男は最初から標的がいて戦う予定があり、この地へと来ているということ。

「……いや待て、先ほどお前が出てきた酒場。そこに少女が一人紛れ込んだはずだ」

「さて、俺は知らないが」

「……ならば中を見せてもらう。君に関係のない場所であれば、見ても問題あるまい」

 それは問題ありそうだ。

 彼女にはここで待てと言ってしまった。そして中をくまなく探されれば俺だけでなくマスターや酔いどれたちも危険にさらす。

 別に関係ない連中の命は最悪くれてやってもいいとして、マスターと彼女を今失うわけにはいかない。

「それは問題あるな」

「ほう、やましいことがあると」

「客が来ているんでね。これ以上は遠慮してもらいたいんだ」

 俺は挑発をする一方、頭の中で念じる。

(ブラックコード!)

 それは俺の商売道具を呼び寄せる意思疎通。俺の住処から、きっと来てくれる。

 まあ、生き物ではないのだが。

 向こうの騎士様は俺の穏便にことを済まそうとする配慮をガン無視して俺に、

「ならば、力づくで入るとしよう。怪我をしたくなければ、黙ってそこに立ち尽くしているがいい」

 と警告をする。

 やはりこれ以上は話にならないようだ。

 そろそろ俺の商売道具も到着するころだ。

 宙を翔け、差し出した俺の手を狙い、飛来する。

 さすがにそれを見て騎士も驚いた様子だ。

「貴様、それは……」

 俺の商売道具。それは剣。

 親父の遺品の黒い刃に藍色の柄をもつ片手剣だ。

「悪いがこれも仕事だ。ここで引き返すのならともかく、俺は今護衛の仕事を引き受けている。もしもお前がここを無理やり通ると言うのなら、ただで通すわけにはいかない。命を置いていく覚悟をしてもらう」

 さすがに過激と人によっては思うだろう。

 しかし、先ほどの少女の鬼気迫った表情を見る限り、通したら彼女がヤバイことになる可能性が高い。具体的にどうなるかはまだ知らないが。

 俺は剣を鞘から抜く。

 親父の剣は一点ものの特別な剣であることは聞いた。それを一般人でありながら形見の品として剣を所有していた俺は、他のマスターの子供たちとは違い、剣で戦う術をマスターに叩き込まれた。

「騎士狩り……なのか」

「どうかな」

「ならば油断なく戦うとしよう」

 相手も己の武器を取り出す。背中に背負っていたのは大剣だったらしい。

 騎士が使う武器は一般的に使う金属器とはその材料から違う。竜や魔獣など、とんでもない相手にただ武器を振るっているのが騎士というわけではない。そもそもそんなんじゃ勝てない。

 騎士が身に着ける武器や防具は特別な鉱石で作られている。魔鉱石という、それ自体が膨大な魔力を保有して、それによってつくられた武具を身につけることで、人間が魔法のようなものを使えるようになる。

 例えば――。

(あぶ……!)

 頭上を大ぶりの剣が通り過ぎたのが分かった。大剣特有の風を斬る音が聞こえたからだ。しゃがんでいなければ、胴のあたりが真っ二つになっていただろう。

 こんな感じで、かなりの距離を一瞬で詰めるという人間離れの技も、魔鉱石を使ったと思われる大剣を使っているあの騎士には簡単にできるのだ。

 法理剣術。それは騎士の秘技であり、野生生物、特に竜類、巨獣類などと戦うときには必須の剣技である。

 騎士が使う剣の中には魔鉱石と呼ばれる特殊な鉱石を素材にした武器が使われており、その鉱石の中には魔力が宿っていると言われ、ある速さを超えて、運動をすると、その中の魔力が解き放たれるという逸話がある。

 実際それは事実で、騎士はその性質を使用し、武器の中に秘められた大きな力を使い戦う。剣が炎をまとったり、冷気を帯び始めたりなど、現れる効果は、使われる魔鉱石によって様々だ。しかし、少なくとも通常時より遙かに高い攻撃力があるのは間違いない。

 しかし一番の問題点として、それを発現させる速さで武器を振るえるかどうかがある。故に、騎士の多くはその修行に大きく時間を費やされることになる。

 そこで騎士は、自分の武器種類によって、あらかじめ攻撃の型、つまり、どのように武器を振るかをあらかじめ決め、その動きをとにかく速くできるように修練を積む。そうして、発現できるまでに速くなったものを、法理剣術と呼び、名前が付けられている必殺の剣技だ。

 もちろん法理剣術は今作られているものもあれば、昔から語り継がれているものもある。どちらかと言えば、語り継がれた剣術を習って剣術を身につける人間が多いのではないかと思う。

 俺は、容赦なしに攻めてきた目の前の男の横を駆け抜け、十歩くらい離れたところで反転。右手に持った剣を握り直して前に構えた。

「……ぶねえ」

 思わず声を漏らしてしまった。

「粋がったわりには他愛ないか?」

「……どうかな」

 睨み合いを続けている間、聞こえてくるのはお互いの息遣いだけだった。夜はいつも静か、剣を交えても騒ぎを見る一般人は間違いなくいない。

 心配なのは、警護中の他の騎士に見つかることだが、そんなことをここで心配してもしょうがない。今俺は望まない形で殺されかけているのだから、まずは自衛を優先しないといけないだろう。

 俺は突進した。

 大剣の弱点は、振るときに必ず勢いが必要になることだ。そしてその勢いをつけるには、ふりかぶる、回転する等の予備動作が必ず要る。

 俺が突として走り始めたのを見ても、目の前の大剣使いは剣を振る素振りは見せなかった。鋼の巨体との距離はあっという間に縮まる。十分に近づくと、俺は左から横なぎに剣を振った。

「ぬっ!」

 という男の言葉とともに、刃が鎧を捉える直前、その行き先に肉厚の刃が現れる。激突の金属音とともに、二つの剣は激しくぶつかり合う。

 俺が一歩後ろに下がると、大剣は大きく振りかぶられていた。

 俺は右に飛ぶ。

 先ほどまで俺の居た場所に勢いよく太い刃は振り下ろされ、まだ終わらない。その刃は男の腰の右に振りきられると、再び襲い掛かってきた。横方向から来たため、俺はそれをバックステップで避ける

 追撃はまだ続いた。さらに今通った道をそのまま帰るかのように、大剣は先ほどと逆方向で振られてきた。

「っあぁ!」

 気合を入れるように声をあげ、迫りくる脅威に剣戟を撃つ。さっきとは違う激しい激突音が静寂を切り裂くがかのように響いた。

 大剣は、振り始めの威力が片手剣より弱いのも弱点の一つ。威力を殺すことができるのも道理であり、つばぜり合いの状態に持ち込こむことができた。

「ぐ……お」

 相手は得物を振りぬこうと手に力を入れる。予想通りだ。左の腕の袖に隠していたナイフを手に持ち、相手の手首に突き刺した。

「ぐぁ……!」

 悲鳴とともに、大剣に伝わっていた力はなくなり、得物の重みで相手は後ろによろめく。

 俺はむき出しになった腹のあたりに標準を定め、構えをとった。大剣使いには焦りの表情が浮き彫りになっていた。

「うおあ!」

 俺は掛け声とともに水平斬りを見舞った。感触で分かる。間違いなく鎧の中まで入った。

 しかし一撃では終わらない。右まで振りぬかれた刃は勢いを全く失わないまま軌道を真逆方向にして、再び大剣使いの腹を裂いた。

「ぐご……が!」

 激痛に耐えかねてか、男は後ろに倒れた。俺はその男の顔を見る。苦悶の表情の中に驚いている様子がとれる。

「バカ……そ、は」

 かろうじて口を動かしているが、ところどころ聞き取れない。しかし言いたいことは考えられる。

 本来であれば十分な重さを持っている剣を一度振れば、もう一度振る前に剣を減速させて方向転換をする必要がある。それを腕力と体の動きだけでやろうとすればいくら修練を積んだとしても、先ほど俺がやったように勢いそのままに剣を反転させることは不可能だ。

 しかし、親父の使っていたこの剣も魔鉱石でできている。そして俺はマスターに教えてもらってアルエルドで古来から伝わっている剣術。アルエルド流剣術を使うことができるのだ。

 しかしこれは本来騎士のみが使用を許される秘伝と言っていい。一般人が使える代物ではないのだ。だからこそこの騎士が驚くのも無理はない。

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