第4話 藍色の悪魔と赤髪の天使①

 いつもこの酒場に来て飲むのは酒ではなくハルフティーだ。茶葉を自分で持ってくればマスターが淹れてくれる。この男、荒くれ酒場の店主の割に、貴族が飲むようなハーブティーの淹れ方が上手なのだ。

 ハルフティーはアスリアが好きだったお茶だ。あの頃飲んだ時は上品な味すぎて体がかなりビビっていたが、今は飲むのが楽しみになっている。

「好きだなぁお前」

「いいだろう別に」

「お前なら酒の方が似合うとおもうぜ?」

「まだ飲める年じゃないし、そもそも、酒を飲む暇があるのなら寝てる」

「ガキだな」

「ほっとけ」

 あと少ししたら明け方になるだろうと思われる深夜。すでに周りの客も寝落ちしている奴らが増えてきた。

「何かいい仕事はないのか?」

「今日は必死だな」

「いつも必死だろう。仲間の分も稼いであんたに育ててもらった分を返したいんだよ。さっさと自由になるためにな」

「どうせ向こう十年返済できないんだ。そう焦ることはないだろう」

「十年かかったら困るから言ってるんだろう? 俺はさっさと自由になりたいんだよ」

 マスターは元々俺を将来的に自分のところで働かせるつもりで面倒を見ていた。そしてそれは当時一緒にいた他の仲間にも当てはまる。

 結局生き残った一人の俺は、この酒場で共に過ごした仲間の文のお金も返さないと自由にする気はないと、独り立ちができそうな頃に宣言されている。

 そのため、俺は今、言うなれば絶賛借金返済中なのだ。

 別に嫌なわけではない。男で一つでクソガキだらけだった俺達を育て続けたこの男に恨みは数多いがそれ以上の恩と思い出をもらった。

 俺はマスターが持ってくる仕事をこなしまくって、俺達の養育費として消費した分のお金を稼ぐまでは付き合うのもやぶさかではない。

「しかし、自由になって何をしたいんだよ」

「決まってるだろ。罪を償うよ」

「どうせ親父のいた城に忍び込んで、切腹でもするつもりだろ? ガキの癖に、いい子でなくてごめんなさい。死んでお詫びしますってな」

「別にそう決めたわけじゃない。ていうか、そもそも、あんたの持ってくる仕事が違法なことばかりのがいけないんだろうが」

「はははは、違いねえ」

「笑うところじゃねえぞそれ!」

 この商魂たくましいマスターとは違い、俺はいつも立派に世のため人のために働いていた親父と母さんへの罪悪感をぬぐえない。生きるためとは言え、俺は人を傷つけてばかりだ。

 そのためとにかく早く足を洗って、騎士団の本拠地である旧アルエルド王城にあるお墓へ謝りに行きたかった。そして罪を償いたいとは思っていた。

 まあ、いつのことになるかは分からない。もしかしたらどこかでやけになってその気持ちすらも忘れるかもしれない。それでも、今はそう勝手に思っているのだ。

「うーん。お前に任せたいって仕事はないな。しけた標的ばかりだ」

 依頼のリストを一通り確認したマスターがつまらなさそうに俺に返答した。

「別に雑魚の方が気が楽なんだけど」

「そんなの周りの奴にやらせておけばいいだろう。お前にはお前にしかできないことをやらせないとな。なんにせよ俺の弟子の中では最高傑作の稼ぎ手なんだから」

「俺はあまり、気が進まないんだけどな……」

 俺はいち早くお金を稼ぎたいので仕事を選ばずにやりたいところなのだが、そこは紹介役のマスターと意識の差異があるところだろう。

「お前さんに仕事ねぇ……だがそろそろ店じまいもしないといけないからな。すぐ見つかればいいんだが」

 確かに周りの連中を見てみると呑みまくったあげくべろべろで隙だらけの悪党ばかりだ。このまま寝落ちする前に店を見せて追い出すくらいのことは必要だろう。

「ローグ、お前、ちょっと外見て来い。外に騎士が居たら面倒だからな」

「俺が?」

「店じまいだ。さっさと行ってこい」

「はぁ? 仕方ねえな」

 生意気な口をたたきつつも、恩を感じている以上はできる限り言うことは聞くようにしている。俺はため息をつきながらも一度、この秘密の酒場の入り口をもう一度潜り抜け、外へと向かったのだった。

 1階。

 普通の酒場として使われているその場所に出る。

 そしていよいよ外に出ようとした瞬間に、まさかの扉が開いた。

「ん?」

 驚いて声をあげてしまったが、入ってきた人物がさらに意外だったと言える。

 紅くまっすぐに伸びた髪、小さな卵型の顔には藍色の瞳が輝き、すらりとした体を、黒の下地に白い線がいい感じに刻まれている騎士の礼服によく似たもので包んでいる。右腰には銀の剣帯とともに一本の剣が吊られていた。

 それぞれ体のパーツが良くできていて、一つの芸術をつくり上げている。その華麗な容姿には文句をつけるような場所は存在しない。

 あの顔でニコッとこっちを向いたら、心がときめくこと間違いなし。だが、悲しいかな、今の彼女にはその要素がなく、こちらを真顔よりちょっときつめのムッとした顔で見ている。

あれ……。

 目の前の女の顔を見て頭の奥底が不思議と疼く。初めて会うはずの奴に対して、今までに感じたことのないこの感覚。いったい何故起きたかは定かでない。

 酒場の扉を思いっきり閉めた彼女はこちらを向くと、驚いた後、少し泣きそうな顔をしてこちらを向いた。

「匿ってほしい……お願い。お金なら払うから……」

 見るからにこの酒場を知って来たという顔ではない。たまたま空き家と思われるこの場所に来たといった顔だ。

「どうした?」

 いくら人でなしの俺でも、俺には関係ないから消えろと冷めたことを言うつもりはない。

 償いを行う前に少しでも誰かにとっていいことをしようとは思っている。たとえ仕事によって犯した罪が多すぎても、俺は私生活までひねくれるつもりはない。

 尋ねると彼女は素直に答えてくれた。

「追われているの」

「お前には剣があるようだが」

「あ、これは、その……」

「自衛はできると思うが?」

 そう問う一方で、俺はこれからどうすべきかを考える。

 見たところ彼女はアルトエルド騎士団に関係のある一味のような気がしなくもない。そうなったら悪い子である俺は捕らえられ死刑だろう。秩序を乱す者に対して騎士団は容赦ない。

 しかし、目の前に女の子1人。助けてと頼りにされている以上見捨てるのは男としてどうなのか、と思うところはある。

 まあ、結局はなぜ追われているかにもよるだろうが。

 彼女から返答が来た。

「剣を抜くわけにはいきません。上位の騎士に剣を向けた事実があると、私は投獄されます。それはそれで向こうの思うツボです」

「つまりあんたは騎士に追われていると。そして上位の騎士に武器を向けたらということは、お前は騎士か騎士学校の人間なわけだ」

「はい……」

「敵は?」

「正規騎士ではありますが、上位騎士ではありません」

「そうか、なら、やりようによってはなんとかなるかもな。金を払う気があるのなら、助けてやってもいい。その代わり、ここから動くな」

 騎士学校の奴が相手というのはいささかまずい気がするし、そもそも騎士が騎士見習いを狙うということがヤバイ案件であることを示してはいる。

 しかしいい金稼ぎにはなるかもしれない。お金はいくらあってもいつ生活費が底を尽きるか分からないこの家業をやっている身としては、やれる時はやる、がベストだろう。

 俺は外へと出ることにした。

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