第3話 プロローグ:思い出の酒場
当時のアルエルド王国の王城城下街では、統一国家がなくなった後も人々が変わらず生活を営んでいる。
アルエルド崩壊の後に、この城下街および周辺地域を治めるのは、アルトエルド王国騎士団。
何故か、クーデターを起こした反王国勢力は、この地域を占領することなく大陸の西と南に渡り巨大な独立国家を形成した。そこで残された旧城下街は当時の親王国勢の騎士団が集って新しい国アルトエルドを作り、ここら一帯を治めることとなったのだ。王ではなく騎士団と貴族による会議の末の統治だったので、名前を
そのため、一般人から見れば当時の統一国家だったころとさほど法律の違いはなく、古くから街に住んでいた人々にとっては恐れていた政権交代による生活の変化はほとんど見られなかったので良かったのではないだろうか。
アルエルド、そして現アルトエルド国には伝統的な決まりがある。
それは、日が沈み、街灯に明かりが点いたら住民の外出は一切禁止される。
この世界の野生生物は一般的には夜に活動のピークを迎える。騎士団は夜になると街中をパトロールし、城塞都市の魔物避けの結界を越えてきた者がいないかどうかを騎士団がパトロールしているのだ。
夜に自分の住処で目を覚ました俺は、その規則を承知で、そんな夜に騎士の巡回の目を盗んでコソコソの街を徘徊している。
もちろん散歩ではない。
今から行く先は俺の第二の家であり、仕事場でもある酒場。
俺が捕まりそうになったあの日、俺を助けてくれたあの男が切り盛りする家に行くためだ。
この男の店は唯一夜に騎士を恐れずにやっている店がある。一階の普通の酒場なのだが、その地下には人には表立って言えない稼業で生計を立てている秘密の酒場あるのだ。
ここのマスターは昼から夜の一定時間までは特別な許可を得て通常の酒場をやっているが、そこからさらに深夜になると活動拠点を地下に移動し、モラルやマナーに反する行為やそもそも違法な行為で日々の生活の金を稼ぐ人々への仕事、情報交換の場を提供している。
そんなマスターの元で数年間育てられ、養われた俺が当然良い子になるはずもない。
結局俺も今は、地下に集まるような奴らと同じ穴の狢になっている。外見はただの15歳の子供なのだが、中身は立派な犯罪者だ。
酒場に入り、既に店じまいを終えているカウンターの裏、棚の横にずらすと現れる隠し階段を降下する。
その暗闇の先に見える木製の一枚ドアの前で合言葉を述べた。
「マスター、貴方は世界一美しい男です。どうか私に拝見の機会をお与えください」
「いいだろう」
なんともふざけている合言葉だ。何度も変えろと言っているのにも関わらず、この世界に歯
しかし、この街で後ろ暗い者たちが唯一心安らげる場所であるがゆえに、ここに来るものは皆、その訳の分からない合言葉を言ってこの部屋に入るのだ。
その店内は1階の酒場と同じ内装だ。三、四人掛けの丸机が三つとカウンターという狭さで、全体的にこげ茶色。少し根暗な印象だが、秘密の隠れ家で静かなひと時という方向性の商売ならば、これもまたありなのだろう。
入口から十歩、まっすぐカウンターに向かう。店にいる約九割は男だった。酒の匂いが充満し、うるさい男どもの喧騒に包まれる店内は、はっきり言ってうるさい。
はっきり言ってここは仕事の話よりもなんとないバカ騒ぎのことが多いので、周りに耳を傾けても大した成果はない。
特に知り合いもいなかったので真っすぐマスターが仕事をしているところまで行くことに。
カウンターには、端っこに男が一人だけ座っており、真ん中の二席が空いていたので、そこに座ることにした。
「よお、ローグ。昨日の仕事は終わったか」
「ああ。それにしてもいいかげんあの阿呆みたいな合言葉はどうにかしろ。言っている方が恥ずかしい」
「そうか、俺は恥ずかしくないがねぇ」
この男、やはりヤバイ店をやっているだけあって、迫力の塊みたいな外見をしているのだ。精悍な肉体、頭は光を反射する丸い形が露わになっていて、ものすごい目力もある、なんてあからさまに危ない人に逆らう人間はそんなにいないだろう。
「次の仕事が欲しい」
「たまには休んだらどうだ」
「どうした。昔はずいぶん俺をこき使ってたくせにさ。……暇なんだよ」
「俺も年を取って少し丸くなっちまったのさ。お前は俺の持つ最後の子供だからな。今までの子供の扱いの悪さの天罰だとも思えば、残っているお前には、少しは優しくなろうってもんさ」
「そうか。その割には我が儘なところが抜けてないと思うけどな。でもまあ、そうだな。確かに昔に比べて、あんたの周りは賑やかじゃなくなったよ」
マスターは俺を育ててくれた。
しかし、ここで育てられていた子供は俺だけではなかった。
ここには親を失った俺と同じ境遇になった子供たちが、かつて数多く集まって、この地で生活を共にしたのだ。
マスターはぶっきらぼうながらも俺を含め、子供たちを全力で育てていた。女の子には酒場の動かし方を教え、男の子には、マスターの得意分野である裏稼業ではあったが、将来大人になったとき稼ぐために必要な手練手管を多く教えていたのだ。
そうして共同生活を送っていた俺達は、まるで家族のように仲が良かったと思う。毎日厳しいマスターの元ではあったが、それでもみんなで人並みの不幸ではない生活を送っていたのだ。
あの日、余計な希望を抱かずに、遠国、アンスロッドにさえ皆で行かなければ、その生活が失われることはなかった。
ほとんどの同胞が死に、今、この酒場に残っているのはただ俺一人だ。
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