第2話 プロローグ:少年の背負う過去②
幸せというのは長く続かないものらしい。
城の中で過ごしていたあの頃は突如として終わりの時がきたのだ。
ある日の夜中のことだ。
俺は体がゆすられていることに気付き、睡眠状態から覚醒した。
「おきて、おきて!」
アスリアがいた。涙を流してした。
意識がはっきりしていく中で、子供ながら異変に気付く。城が騒がしい、焦げ臭い、異様な金属の音が連続的に聞こえてくる。
「なん……だろ?」
「ローグぅ」
「どうしたの?」
「こっち、きて!」
走り出した彼女を何も考えず追いかけた。彼女は一瞬も立ち止まることなく、俺を振り切る勢いで走っていた。
ついたのは謁見の間だった。城の中で最も広くて奥行きがあり、玉座までは距離があり、王族が偉ぶって歩く道は他の床の色と少し違う。さらにその道と他の場所を隔てるかのように、金色の装飾で彩られた柱が規則正しく並んでいた。
「ぱぱぁ!」
「おお、アスリア」
彼女は勢いよく駆け出し、玉座の前にいる男に向かって飛び込んだ。男は彼女を強く抱きしめていた。
近くには数名の騎士と共に、俺の父と母も居たので、その方向に歩いた。
「ローグ!」
母は嬉しそうに俺の肩に手をかけてくれた。それだけで少し安心した。
父は誰かと話している。
「王よ、親王派の騎士の戦線ももう持ちません。おそらくもうすぐ
突破されこの部屋に来るでしょう」
「……そうか」
王と呼ばれた男はアスリアから離れ、
「アルエルドも、もう終わりかもしれんな」
と、悲しそうな顔で言ったのが目に映る。
この時の俺は、事態の深刻さをまだ理解できていなかった。理解できたのは、アスリアが何者か。王と呼ばれる人間に、ぱぱと言って飛び込んだということから。
恥ずかしながら、俺はこの時初めて、アスリアがアルエルドのお姫様だということが分かった。
しかし、それを今彼女に言うほど馬鹿な真似はしなかった。周りの大人の難しい顔を見て、少なくとも今聞くべきことではないと分かった。
「なにをおっしゃいますか王。まだ我々がいます。十神将ある限りはまだ希望を捨てる必要はありません」
父は力強く王に言う。十神将とはその十人で騎士一万の戦力に匹敵するという王の近衛騎士だと学んだ。
父は我々と言っていた。つまり父も……。
そこまで考えた時に、大人数の足音がすぐ近くで聞こえてきた。
その方に向いてみると、鎧を着こんだ多くの騎士が謁見の間の半分より向こうに、殺気を孕み立っていたのが見えた。
その中で、一人だけ前にいる人間がいた。
「王、これが最後です。聖杯の場所と正しい使い方を教えていただけたなら、命だけはお助けしますが?」
王はその問いに答えることはない。
そこに父の声が、部屋全体を震わせるほど大きく響く。
「裏切者が。死の覚悟はできているんだろうな!」
「ははは、ずいぶんな言いようだなリオレイン。愉快だよ」
「何が」
「王権は終わりだ。ここで」
その男は後ろを振り向くと叫ぶ。
「皆殺しだあ!」
その号令とともに、殺意の濁流が押し寄せてきた。
その時、俺は父の最後の言葉を聞くことになる。
「ローグ、王女様を連れて逃げろ。ロルドレット、二人を頼む」
モルドレットと呼ばれる男はうなずき、俺を見る。俺は何も考えずアスリアの手をつかみ、走り出した騎士の背中を追いかけた。
それから先のことはよく覚えていない。それだけ必死だったのだろう。思い出せるのは、途中で転んだとき、前を走る騎士がアスリアを引き連れ、俺を置いていったこと。そしてアスリアが最後まで俺の名前を呼んでくれたことだけ。
幸運なことに、俺は逃げることができた。たった一人、俺は街の大通りから遠くなった城を眺める。先ほどまで自分がいた場所とは思えなかった。城は赤く光り、ところどころの窓からは炎がゆれているのが見えた。
後日、俺を訪ねてくれた何者かに、父と母の誇り高き抵抗空しく、王族は皆死んだ、という話を聞いた。剣はその時受け取った。
国家転覆が起こったその日から、一人になってしまった。
俺は当時復讐は考えなかった。
悔しくなかったわけではない。自分の父と母を殺した奴をいつかは殺したいとは思っていた。
しかし子供ながら今の自分が力不足なのは感じていた。
なにせまだ騎士の息子とは言え戦う術すら知らなかったのだから。
しかし、孤児院に行くことも当時はかなり危険だったと思う。
国が崩壊し本来国が運営する孤児院も、不安定になるだろうと思われた。まあ、実際にはそれほど運営に被害は出なかったようだが、当時独りになってしまった俺には慎重な行動が求められていたため、孤児院に行こうとは思わなかったのだ。
では俺はどうしたか。
最初は親戚のところにお願いするのが普通だろう。しかし親父は家族と仲が悪かったようで、親戚の存在を俺に全く言ってくれなかったのだ。なので俺はそのような存在がいることも知らない。
仕方ないので街で一人で暮らしていこうと思ったのだが、子供を雇ってくれる場所もなければ、むしろ通報されることばかりで俺は何も悪いことをしてないのに追われる身となった。
当時の国の情勢はよく知らなかった。俺が知っているのは統一国家は崩れ、大陸の各地で独立した国家ができたとか、それくらいだ。他のことに目を向けている余裕もなかった。
まあ、子供の逃亡などたかが知れていたものだ。結局追い詰められた時に、街の裏道沿いにある酒場の主人である、あの巨漢に助けられなかったら俺は捕まっていただろう。
「俺が五年面倒を見てやる。それまでに稼げるようになれ」
そこの店主はそれを口癖として、身寄りのない子どもを集めては、その通りに育った奴らから、金を巻き上げると言う阿漕な金儲けをしている奴だった。それなのに人望が厚いのは、この男が意外と良い人間味があるからだろう。少なくとも前に俺を飼っていた男より百倍くらいマシに俺を扱ってくれた。
巨漢には裏稼業の仲介というもう一つの仕事があり、子供たちはできる仕事に強制的に従事させられた。その道の先輩の指導の元、盗みの技術、密漁、密輸の技術、意思疎通の技術、暗殺の技術、などなど、商売に必要な技術を仕込まれた。
もちろんこの生活は命懸けだ。騎士に捕まることも、同業者に命を狙われることも、復讐されることも多々あり、それによって命を失う同胞も多かった。その中で俺は生き残った。いや、生かされたと言うべきだろう。父の剣術が、仲間という盾が、死ぬべきはずだった俺を幾度となく助けてくれた。
そう、あの時も。
俺と同年代の同胞は十人を超えていたが、現在までにほぼ命を落とし、俺ともう一人だけが生きている。一年前、俺は独立し、今は同法の分の借金をマスターに返しながら、来る日も来る日も罪を重ねては、醜く今日も心臓を動かしている。
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