祝祭を告げるデザート、カイロン

それなら、娘、ラヴィニア、溜息でそれを締附け、呻き声で押殺してしまうがいい、さもなくば小刀をその歯に銜へ、心臓を一突き、思切り抉りをくれてやれ、そうすれば、お前の目から滴り落ちる涙がその傷口から胸の内に流込み、悲歎に暮れる愚かな心臓を塩辛い涙の海に浸し溺れさせてくれるだらう。

~王都ラヴィニア建国物語 第三章第二節より~


 タモーラとヴァンダルは飲み屋に入っていった。大柄な男とローブを纏った女の二人組は冒険者風情としていた。現に二人は冒険者である。

 タモーラは店員を呼び止めて注文した。

「カイロンを1つと、ヴァンダルは何にする?」

「俺は海竜のデミートリアスとビール大で。」

 店員は注文を聞くと厨房へ下がった。

 タモーラは周りの席を見渡す。アルテミス祭りだからか、普段はお目にかけない料理が並んでいる。

「あそこ見て。オーガの頭焼きを出してるよ。」

「知らないのか。あれはオーガの村の郷土料理だ。オーガの料理人でもいるのかな。」

 ヴァンダルは笑いながら答えた。

「それにしてもバルトのやつ、何で来なかったんだよ。ノリがわりいな。」

「バルトは奥さんに会いに帰ったのよ。」

「だからなんだよ。連れてくればよいだろ。」

「本能だけで生きているオーガにはわからないことよ。」

「カイロンを頼んだお前に言われたくねえよ。」

 二人の会話に割って入るように店員が料理を運んできた。タモーラの前に置かれたカイロンからはリンゴ酒の香りが漂う。

 冬の間に仕込んでおいたリンゴ酒が出来上がるのとアルテミス祭りの時期は重なるため、リンゴ酒のことを祝祭を告げる酒だともいう。そして、この酒を用いたデザートの一種がカイロンである。


 カイロンの作り方は単純だ。幼児の脳味噌とリンゴ酒をクリーム状になるまでかき混ぜる。フロートグラスにコーンフレーク、作ったクリーム、果物を順番に入れて完成だ。これ意外にも肉を用いたものや野菜を使ったカイロン等があり、各店で独自の発展をしている。ただ、一般的にはデザートの類いだ。

 タモーラはスプーンでカイロンをすくい口に運んだ。

「これを食べないとアルテミス祭りって感じがしないよね。そう思うでしょ、ヴァンダル。」

 うっとりとした表情でタモーラは呟く。相手の返答は気にもしていないのか、慌ただしくスプーンを動かす。

「お前こそ本能に忠実だよ、タモーラ。」

 ヴァンダルは呆れた様子でタモーラを見つめていた。いくら翼人の好物が子供だとしてもここまでがっつく奴もいない。

「店員さん、次は肉のカイロンと海竜のカイロンをお願い。」

 ヴァンダルが料理に目を移した隙に店員を呼んだらしい。タモーラの頬が赤みを帯始めてきた。

(ああ、また介抱しなきゃならんのか。)

 ヴァンダルはこれまでの経験から今宵の展開を想像し肩を落とした。

 タモーラの前に置かれたフロートグラスは2つ目が空になっていた。

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