第六十三話 失敗作と成功作

 ビエラが繰り出す魔法の弾幕にアルファルドが先陣を切って飛び込んだ。右手に込められた紫電が瞬く間に光の壁を作り出し、広範囲の攻撃を抑え込む盾として作用する。自在に形を変える壁を網のように柔らかく操り、四方八方から狙いをすました追尾砲弾を的確に撃ち落としていった。


 砲撃はビエラが瞬間加速を発動する一時の間だけ止まった。直後、守りに徹するアルファルドを追い越すようにスイが翼を羽ばたかせて加速を始める。


 地下空間を飛び回る彼女たちが斬撃と銃撃を交えながら素早く攻守を切り替えて戦っている。


 空を飛べないアルファルドがビエラへ入り込む隙はなく、同時にスイの助太刀もかえって邪魔になる。歯がゆい感情が前面に出てしまうのを抑え、今はいつ戦況が変わってもいいように集中して活動を維持するしかなかった。


 攻撃のために魔法を解除するビエラの隙を狙ってスイが襲い掛かる。その先を読んだビエラは再び発動して刃の当たらない距離まで間を取る……この繰り返しが続くかに思えた。


 しかし、俯瞰するアルファルドの目には、ビエラが徐々に押し込まれている姿が映っていた。スイの解毒が完璧ではなく、残留していた魔物の毒が今になって彼女の身体に響いていたのだ。


 攻撃の手を緩めないスイが力任せと言っていいほどに魔力の刃を振り下ろす。避けきれないと判断したビエラは数発の銃弾を撃ち込んで命中させ、斬撃の軌道を強引にはじき返した。


 スイはその先を読んで弾かれた反動そのままに空中でくるり身体を回転させ、刃を振り上げた勢いでビエラに切り傷を与えた。服をかすめるように当たったため威力そのものは弱い。だが、精神的な余裕を消すには十分なスイの反撃だった。


「くっ……《発動アクティベーション》」


 ビエラが堪らず瞬間加速で距離を置こうとすると、スイが魔物を追う上級ハンターのように追走する。物理法則を無視するような飛翔能力で空中を駆け回り続ける。

 敗色濃厚となった仮面の聖女が奥の手を出そうとしていた。スイの猛攻を猛然と逃げ続けながら、矛先をアルファルドへ切り替えていた。


 無論、アルファルドもそれを読んでいた。先ほどの戦闘によって力の差ではビエラと対等には戦えない。でも、今はスイという心強い弟子がいる。彼女の優勢によって追い込まれているのなら、焦りで浮足立った所を突くしか勝機はない。

 

 師匠は床の上で待ち構えていた。猛追する弟子に追われる仮面の聖女が真下に向かって弾倉に残っていた全弾を撃ち尽くす。


「《稲妻障壁ライトニング・ウォール》」


 ビエラの銃撃に合わせてアルファルドが雷を纏った魔力障壁を築き上げるが、銃弾は柔らかい布を突き破るように貫通し、速度の弱まったいくつかの弾が身体に命中した。


 決して軽くはない銃撃を受けたアルファルドは爆風で吹っ飛びながら吐血し、床へ自らの血液をまき散らしながら倒れる。


 しかし、やられっぱなしでは終わらなかった。


 痛みに耐えながら、アルファルドは襲い掛かろうとしていたビエラの方を見上げた。


 仮面の聖女は翼を失って墜落していた。


 仕掛けた魔力障壁には反撃用の罠が組み込まれていた。上方から降り注いできた銃弾が壁に触れるよりも早く見えない電気を流して放電を始めた。微弱な放電を使って人を殺めるまでには届かないが、反撃の対象者を麻痺させるのであれば十分な威力を発揮する。放電は撃ち込まれた弾丸を経由しながらビエラに当たり、一時的に彼女の魔力を封じた。


 師匠は不意に彼女と初めて出会った時のことを思い出した。彼女も自分と同じように魔力不全を抱えながらも、不安定な状態ながら強力な範囲魔法で魔物の群れを一蹴した。幸いにも今の彼女は装甲衣アーマーのおかげで命の危険はない。しかし、不安定な状態から繰り出された非常に強烈な一撃を決して忘れなかった。装甲衣アーマーを着ない状態で放たれる不安定な魔力が大いに役に立つと、陰で確信していた。


 アルファルドはすぐに水魔石で応急処置を施すと、空中から舞い降りてきたスイを見つめた。すべてはこれから弟子に懸かっている。わずかな可能性を信じて次のイメージを創りあげた。


   *


 ビエラにとっては次々と思いがけないアクシデントに見舞われた。毒と感電が身体を回る中、落下しながら再び翼を展開して床への直撃を回避したが、これが大きな隙を生んでしまう。

 

 片膝で立って衝撃を吸収したが、予想していたよりも感電が強く残って身体の所々で痺れを引き起こしている。

 

どうにかして床に着地したビエラの前に立ったのはスイだった。しかも、命綱となる装甲衣アーマーを脱いで左手に持ち、上半身はインナーを着た姿で現れた。既にイメージを構築し終え、あとは右手の先から魔法を撃ち込むだけの態勢に入っている。


 麻痺の残る今の身体のままではスイの攻撃を避けながら銃弾を撃ち込むだけの時間がない。すぐさま強力な魔力障壁を繰り出せる特殊な弾丸に切り替えた。


「《解除リリース》!」


 前方の銃口から放たれた魔力障壁は半透明の光の壁となってビエラを守護する。ありとあらゆる魔法も弾丸もこれで防ぎきる、命を繋ぐ切り札だった。どんなに力強い大波も、繰り返し強固な岩礁に体当たりしては散っていく。それだけ強固な壁なのだという経験と自信を持っていた。


「《闇流発撃ダーク・ストリーム・シュート》!!」


 スイはビエラの壁に臆することなく、魔力の不安定な身体から闇魔法の一撃を繰り出した。遠く離れた的を射貫くように瞳が鋭く輝いている。


 災害を引き起こす濁流のような闇が勢いよくビエラの障壁と衝突する。


 ビエラは楽観的に捉えていた。この闇を受け続け、麻痺から完全に回復するまで耐え続ければいい。それ以前に装甲衣の無いスイの攻撃ならばあっという間に壁が吸収してくれる。反撃に移ってしまえば勝つのは自分だ。銃口をスイに向けたまま、イメージを維持してじっと耐え忍んでいた。

 

 しかし、闇魔法を放ち続けているスイの瞳はより輝きを増していた。寧ろ装甲衣アーマーを着ていた時よりもずっと、何倍にも威力が上がっているようにしか見えなかった。その証拠に、アルファルドの蹴りをいともたやすく防いだはずの障壁が、徐々に粒子へと分解され始めていたのだ。


 ありえない――この一言がビエラの頭をよぎった。


 このままでは破られてしまう。麻痺とムカデの毒が残った身体で魔力障壁を込めた銃弾をすべて放出する。何としてでも間に合わせなければ敗北を喫する。そう理解した時には遅かった。


 スイの闇魔法はすさまじい威力と勢いでビエラの創りあげた魔力障壁を次々と粒子状に分解し、遂に最後の壁を突破してビエラの身体を蝕むように魔力がなだれ込んだ。


 攻撃魔法の激痛に加え、ビエラの肉体に絡みついていた聖女の力が抜けていく感覚を全身で味わった。


 駄目だ。せっかく勝ち得た力なのに。どうか私から力を奪わないで。そのすべてがかつてない悲鳴に取って代わった。


 ビエラを取り巻く闇がすべて消えた頃には紫色の稲妻を目に捉えていた。仕留め損ねたアルファルドに、逆に仕留められてしまう運命にあるのだと勘づいた。


「《稲妻発撃ライトニング・シュート》!」


 己を突き刺す複数の強靭な刃として、凄まじい速度で目を眩ましては全身を激しい痛みと衝撃で包み込んだ。


 くっきりとした綺麗な視界が開けたと思えば、素顔を隠していた仮面が割れたことに気づいた。更に自分の身体が一歩先に見せる宇宙へと近づいたかのような虚脱感に見舞われる。そして、ビエラは心の中で認めてしまった。失敗作の身体を持つ師弟に勝てなかったのだと——。


   *


 持てる力を使い果たしたスイががっくりと膝を折った。眠っていた聖女の力をもビエラを撃破するために失い、背中に浮き上がっていた光の翼は周囲の空気と混ざるように消滅していた。

 

 師弟となる前のスイはアルファルドを助けていた。あの時は領域魔法を発動した直後に記憶と気を失ってしまい、本当に現在の師を救っていたのかを自らの目では確かめられなかった。この空間で装甲衣アーマーを脱ぎ、魔法を放つまでは。

 

 先天性魔力不全症候群は体内の魔力が極めて不安定になる。それは魔物との戦闘を生業とする魔導系のハンターにとっては致命的な欠点だった。

 しかし、アルファルドのアドバイスを聞くと、魔力不全はすべてが諸悪の根源に繋がる病的変化ではないと知らされた。

 

 スイの身体の場合、攻撃魔法が大幅に強化される代わりに魔法防御はまるっきり役に立たなくなる。装甲衣アーマーを着れば魔法の攻撃力と防御力は安定する代わりに、絶大な威力を誇った攻撃魔法の減退を選ばざるを得ない。

 

 魔物の襲撃から救われた経験をアルファルドが伝え、スイが活かした。功を奏したのはたった一つだけの有効な策を実行できたからだ。

 

 スイの身体の魔力がほとんど失われた中で、布のような何かがばさっと覆いかぶさる感覚を覚えた。目の前では慌てた様子を見せる師匠が、何とかして装甲衣アーマーを自分に着せようとしていたのだ。されるがまま、さっきまで着ていた装甲衣に袖を通すと少しずつ全身に温度が戻るように魔力が戻ってきた。やはりこの服が無くては命が危ない。でも、時として武器を捨てなければ勝てない戦いもあるのだという教訓も得た。

 

 アルファルドの手を借りて立ち上がったスイは、師匠と共に立ち向かったビエラの変わり果てた姿を見て絶句した。

 

 なんと酷く似ていたのだろう。仮面を剥がされ、命の器も砕かれた末に倒れた、そのビエラの正体はスイだった。髪の色も顔立ちも同じで、掛けている眼鏡が無ければ瓜二つの双子の姉妹として周囲から認識されても遜色がなかった。


 自分で自分を殺したかのような衝撃を受けた。シュウ以外で家族のような絆を感じた存在は彼女だけだったからだ。せめてもの救いは、仮面の聖女を殺したのがアルファルドという事実だけだった。


「僕もハレーと同じ顔を持っていた。シャウラの目論んだ聖女複製計画は文字通り、特定の人物の遺伝子を組み替えては聖女と対等につながる存在を創り出そうとしていたんだろう」


 声を出せなかったスイの代わりにアルファルドが呟いた。


「でも、とんだ皮肉だな。失敗作なはずの僕たちの力が、成功作を上回るなんて……」


 寄り添うアルファルドの表情は、死者を弔うように悲しげだった。スイも目の前に鏡があったとするならばきっと同じ顔を師匠と共有していたに違いない。


 スイは今までの感傷に耽っていると、その状態がいくらも続かないことに気付いた。


 天井からパラパラと戦場の破片が降り注ぎ、床から血液を震わすような地響きが聴こえてきた。間もなく、この空間は何らかの形で均衡を崩し、やがて瓦礫の山となって地上の地盤を陥没させてしまうという結末に限りなく近づいている。


 生き残った師弟のいる魔封じの空間に雷が落ちるような天変地異が起き始めていた。

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