第六十二話 流星狩り

 命の器、装甲衣アーマー、充魔石——。


 スイは持っていたすべての力を解放して背中の翼を広げた。そうでなければビエラにもある聖女の力に気圧されてしまう。


 ビエラがスイを殺そうと改めて銃を握りなおすのと同様に、スイも右手にイメージを込めて新たに魔法の引き金を引いた。


「《闇流刃ダーク・ストリーム・ブレード》」


 ビエラの迫力ある一撃を打ち消してしまうほどに、スイもまた実体化した闇の刃を右の手刀に込めて彼女を斬り払おうと応戦する。


 仮面の聖女は大きく宙返りをしながらスイの刃を逃れていく。

 

 詰めていたビエラとの間に大きな距離が開いた。

 

 スイは白い床を一瞬だけ見下ろすと、命を散らした者たちと浅からぬ傷を負った者が目に映った。死体と生存者は一切の動きを見せずに蝋人形のように固まっている。

 

 おぞましい光景がわずかながら目の中に焼き付き、何としても時代の犠牲者を作り出す負の連鎖を止めなければいけない。スイは目まぐるしく変わる状況の中で気を引き締めた。


「《解除リリース》」


 ごくわずかな呪文を宣言するビエラの銃口からありったけの弾丸がスイを狙って撃ち込まれた。


 スイはきりきり舞いに宙の中を動いて銃弾を一発ずつ確実に射線から外していた。ビエラがどの方向に向けて撃ち放っているのかを手に取るように予測できた。思考の強化をも促す聖女の恩恵が活きて自分に作用しているかを瞬時に理解した。


 今の武器ではスイを撃ち落とせないと読んだビエラが、数多の魔導砲台を召喚して追尾砲弾での墜落を目論んだ。すぐさまイメージによる創造と言葉の一言による引き金を解除し、スイの命を枯らしにかかる。


 スイは鋭く研ぎ澄まされた勘によっていち早く察知した。何処までも追いかけてくる砲弾を右手に宿した長く鋭利な刃でスパッと斬り伏せた。


 次々と切られた砲弾は爆発を起こして消滅し、祭りの花火のように儚く散っていく。


 ビエラは湯水のごとく魔力を攻撃に注ぎ込んだ。無尽蔵の魔力を誇る聖女の力は、誰の手にも負えない災厄のような恐ろしさに身を包んでいた。


 それでもスイは恐れなかった。共に隣で戦った味方を相手にすることは本望ではないが、自分が持つ運命を信じようと決めた時に迷いを消し去った。


 互いに同じ力で拮抗した魔法の応酬が続き、それは一つの地獄絵図と言って差し支えない。浮かんでいた周囲の球体が破損し、瓦礫となって魔封じの空間の中に積み上がっていった。


 スイの盾となる球体がほとんど粉々になった頃には、防戦一方のスイが精彩を欠き始めていた。聖女の力は魔力こそ権利者の際限なしに放出できるが、イメージの維持には恩恵を受けられない。


 ビエラは発動と解除を繰り返してイメージへの負担を軽減しているが、スイは波状攻撃をひたすら防ぐために集中したイメージを継続しなければ命はなかった。


 一撃——たった一撃をビエラに当てられたら。


 空中で砲弾の雨を防ぎ続けるスイの表情は険しく、集中力が限界にまで達して汗が滴り落ちていた。それほどまで仮面の聖女に追い込まれていたのだ。


 もう一人の聖女は諦めなかった。意思だけは、シュウから受け継いだ自分の意思だけは絶対に曲げない。まっすぐに貫くたびに攻撃が激しくなる。砲弾を捌き切ってきた右手が追いつかなくなり、遂にビエラからの直撃を許した。


「ああっ……!」


 スイの全身に衝撃と痛みが走って集中が途切れ、彼女のダメージを引き受ける形で装甲衣アーマーが解除された。


 一時的に魔力が途絶えたスイの身体は途端に翼を失い、破片の散らばる床へと堕ちていく。何とかイメージを再構築して受け身を取る態勢を整えたが、それがビエラにとって格好の餌食だと気づいた時には遅かった。


「消えなさい!」


 逆さまの世界でビエラと目が合う。更なる目線の先には銃口——そして魔力の着火——撃鉄——銃声。


「——《装甲衣活動アーマー・アクティブ》!!」


 一言の呪文に賭けたが唱えた直後に間に合わないと悟った。ビエラの弾は既に落下速度を計算したうえでスイの心臓を狙って突き進んでおり、命中すればすべてが水の泡になる。


 その時だった。


「《反重力領域アンチ・グラビティ・フィールド》」


 突如として青年の声が呪文を唱えた。


 重力に則って落ちていたスイが突如としてふわりと身体が浮いた。そして浮いた彼女の身体のすぐ真下を弾丸が飛び去って壁に激突する。間一髪死を免れたようだ。生還した際に光の翼が復活していたものの、ビエラの一発を避けていなければあまりにも無意味な聖女の力だった。


 声の正体はスイをよく知る師匠のものだった。


「師匠より先に弟子が死なれては困る」


 両脚に力を込めて立ちながら右手を伸ばし、先ほどの魔法を放ったのだと誰が見ても認める姿でビエラと対峙している。


「あら貴方、生きていたのね?」


 ビエラはわざと軽い反応を示した。


「誰かさんが手加減したおかげでこの通りさ」


 アルファルドは自身の命が繋ぎ止められていることを示すようにビエラを笑った。


「そう。なら今度は木端微塵に原型を消してあげる」


 ビエラは鬱陶しそうな声と共に溜息を吐いた。


「アル師匠!」


 この間にスイは光の翼で飛翔しながらアルファルドの隣に着地し、改めて師弟で強大な仮面の聖女に挑もうと呼吸を整えた。


(君に聖女の力があるように、僕もハレーから託された魔力が残っている。まだ勝算はある)


 アルファルドがビエラに聞こえない声でスイに耳打ちした。


(ビエラさんには隙がありません。わたしでも攻撃を防ぐのが精一杯でした)


 スイはアルファルドへ囁くように伝えると、彼は軽く頷いた。


(確かに見当たらない。でも、スイのおかげで突破口が見えた)


(本当ですか?)


(ああ。広範囲の魔法攻撃を掻い潜った先には強固な魔力障壁がある。それを打ち破らないと。それに彼女は――)


 アルファルドからの耳打ちを受けたスイの表情は一変し、あまりの奇策に目が点になった。どうして今まで気づかなかったのだろう。師匠の発想は数手先を見据えているようにしか思えない。師匠は一つだけ年上の一七歳なのに、ハダルに負けないくらい聡明だ。彼から師匠に任命されたのも妙に納得できた。さっきの戦いを見た機転の利く師匠なら、自分が彼と一緒に戦えるのなら、きっとこの難題を解決できる。


「こそこそ作戦会議なんてしても無駄よ。さっさと負けなさい」


 ビエラは意図的にも見えるほどゆっくりと弾倉を交換していた。彼女自身は戦況が有利と考えるや否や、二人の会話が終わるまで待っていたようだ。見えない表情に移る余裕が自信のオーラとなって表れているように見える。


「ビエラさん。一つだけ教えてください」


 スイは背中の翼を輝かせながら一歩だけアルファルドの前に出た。


「何かしら?」


 ビエラは余裕の姿勢を見せながら師弟の前に立ちはだかる。


「研究施設で魔物に襲われた時、どうしてわたしを庇ったんですか?」


 記憶を取り戻す地へ乗り込んだスイにとっては今更な質問だ。しかし、アルファルドの策を聞いてスイは敢えて真意を問いたかった。


「魔物に殺されてはたまらなかったのよ。当然じゃない。貴女を気絶させなかったら私もステラ様との交信ができなかったもの。おかげさまで交信を横取りできたのは大きかった。感謝してるわ」


 改めて、スイはビエラのいいように利用されていたのだ。あの時自分の命が守られていたのも、すべてはホロスを支配するための礎として築き上げるために純粋さをも悪用していた。


 それでよかった。これが思わぬ誤算を生むと解っていたからだ。


「やっぱりそうだったんですね。助けられて、同時にビエラさんに騙されていました。でも、あなたが庇った時に受けた傷が癒えてないことも知っています」


 ここまでスイに対して完璧に振舞っていたビエラが意表を突かれたようにビクっと身体を震わせた。


「まさか、知っていたの?」


 信じたくないといった様相のビエラだったが、スイは構わず続けた。


「アル師匠の観察眼とわたしが見た事実から推察しました。ビエラさんは痛みを我慢して毒に侵されているはずです。わたしの解毒では不十分でしたから……」


 解毒に使った水魔石の力を借りてもスイの力不足は補えなかった。魔石を変換する解毒や回復魔法は調節が困難で、発現させるだけでも苦労する。今回はその苦労が世界の終末を決める大切な戦いを左右しようとしていた。


「でも、それだけで私が不利になると思ったら大間違いよ。これから貴女に宿った聖女の力も奪って、毒を消し去って、よりステラ様に近づくわ。もう誰も、私を止めることはできない」


 ビエラが銃を構える。スイの言葉を聞いて正直になったのか、身体の所々でわずかに震えが出ている。それでも銃身はピタリと動かず、射線をスイたちに向けていた。


「狩れるものなら狩り尽くしてみせなさい。今度こそ終わりよ」


 ビエラの背後では一面の魔導砲台が再三にわたって出現し、逃した獲物を確殺しようと覚悟を決めた。


 お互いに繰り出せる最後の、最大限の攻撃がこれから始まろうとしている。


 師弟は仮面の聖女が向けた狂気に少しも怯まなかった。それぞれの使命と魔力を、それぞれの掌に秘めながら、静けさを伴いながら、師匠が宣言した。


流星狩りハンターを……めるな……!」

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