第三十七話 過去/約束

 心身に痛みを伴いながらハダルの日々が過ぎた。

 

 ハンターギルドにおけるSランクの効力は絶大で、行動範囲が広がったことで未踏だった洞窟や遺跡に入っては魔石の収集に明け暮れた。意図的に忙しない生活を送っていたのだ。

 

 ハダルの心の奥底には失った者を忘れたくない一方で喪失感を忘れたいという矛盾を抱えていた。


 数日の休養を経た日の午後、外の空気を吸いたくなって草原を歩いていた。


 魔物が現れた時のために常時装甲衣アーマーを起動させ、周囲の警戒も怠らない――にも関わらず、それは突然現れた。


 真昼の流星に見えた光がハダルを目指して接近する。


 丸い形を成した魔導機だと理解するのに一瞬遅れた。


 魔導機に攻撃の意思がない事は見て取れる。


 武装した機体はたいてい出現した直後に搭載した魔導銃をぶっ放す例が後を絶たない。


 今回の目にした機体は寧ろ、友好的な態度をもって接してくれるようだった。


 魔導機は若干のホバリングを繰り返し、草の上に着地した。


『ハダル・オースティン様ですね?』


 機体から不愛想な男の声が聴こえてきた。


「何者だ?」


 名前を呼ばれたハダルは魔導機を睨み付けた。


『私の名前は卵運たまごはこび。自律型魔導機です』


「所属はどこだ?」


『明示できません。守秘義務があります』


 機械の意思らしくきっぱりと断られる。


「だんまりか。訳ありの様子だな」


『事情が事情なのです。折り入ってあなたにお願いがあります』


 一拍置いて魔導機は相談を持ち掛けた。


『私の中にいる子どもを保護していただけないでしょうか?』


「お前の中にいるだと?」


 卵運は自動でハッチを開くと、ベルトで拘束されている赤ん坊が姿を現した。


 赤ん坊は一定の呼吸を保ちながらすやすやと眠っている。


 一方で機体の放つホログラムが魔力のグラフを表示し、体内の魔力が減少している様子が見られた。


「この子は魔力不全を抱えている。そうだな?」


 頷くように機体は『はい』と答えた。


『そのために私はあなたを頼ります。私には限られた情報しか渡せません。ですが、あなたを信じています』


 迷っている場合ではなかった。仮に子どもの魔力不全が事実ならば一刻も早く治療院に向かわなくてはならない。


『あなたのことは知っています。魔力不全の患者に尽力してくれると聞きました。どうかお力を借りたいのです』


 卵運に自分を知るに至った理由を問いたかった。しかし、それがどうでもよくなっていた。


『彼のIDは付属の魔力書類にすべて記録されています。忘れずにお持ちください』


 赤子を守りたいという想いが先行し、後先を考えずに動き出していた。


 ミモザの願いを受け入れるべく、赤子を拘束していたベルトを外した。


 ハダルは彼と書類を抱えて「条件がある」と機体に告げた。


「この子は私の弟子にする。その代わり、これ以上お前との関わりは持たない。約束してくれるか?」


 またも魔導機は『はい』と答えた。


『了承しました。私は役割を終え、姿を消すことにします』


 魔導機は宇宙葬の光のように急上昇し、あっという間に高速で草原を飛び去って行った。


「……」


 ハダルは彼を抱えたまま、じっと機体を見送るだけだった。


 その後は自らの魔導機に乗り込み、卵運から受け取った魔力書類を確認する。


 用紙からは「アルファルド・アクロス」の名前と生年月日が浮かび上がった。


   *


 アルファルドという名の赤子を拾い、治療院に直行してから数時間が経過した。


 ハダルは治療室の前に置かれた椅子に座り、とある事情で装甲衣アーマーを脱いでいた。

 

 当時はアルファルドに合わせた医療服が完成しておらず、急遽イザールがハダルの装甲衣を引っぺがして鋏で裁断し、貫頭衣を作って彼に着させた。


 そして今しがた治療室からイザールが扉を開けて出てきた。


「悪いな。医療服はお前のものを切って作らせてもらった」


「いえ、また作ればいいので。それよりもアルファルドの状態は?」


「容体は安定している。速やかな輸液と急造の医療服が間に合った。お前が発見したタイミングがすべてだった」


 イザールは彼なりに感謝の意を述べたが、どこか煮え切らない様子だった。


「ただ不可解な点はある。アルファルドの年齢だ」


 二人は半透明な壁を隔てて治療室の中にいる赤子を見やったが、中の様子は曇りガラスによってほとんど明かされない。


「IDの生年月日が正しいなら、彼はとうに一歳を過ぎたことになっている。普通の環境で育ったとは言い難い」


「私も確認しました。とても虚偽のようには見えません」


 卵運から受け取った魔力通信機を見ても、嘘の情報ではなかった。そもそも人には異なった声紋や指紋と同様に魔力紋が登録されている。登録から

逆算して生年月日を割り出すのだが、イザールによれば彼の年齢の計算が合わないのだという。


「これは推測の域を逃れないが、アルファルドは人工子宮の中で育てられたと考えられる」


「人工子宮?」


 ハダルには聞きなれない単語がイザールから飛び出した。


「生まれた時のデータではなく、創られた時のデータが刻みこまれているのであれば、一年という歳月が過ぎていても不思議ではない。ただ、その環境で育てられた子どもにどのようなリスクを孕んでいるかを確かめようがない。クローンの家畜で実証が進められたばかりで人間では実例が無いからな」


 つらつらと言うイザールの発言は飛躍的だった。


 子宮は医療の世界でも神聖な領域と見なしている医師は多い。その神聖な子宮を人の手で創りあげたとすればそれは正常な妊娠と言えるのか。今この技術が実現しているのであれば家族の体系は大きく変化してしまう驚異的な発明だ。


「俺は人工子宮に対して常に反対の意見を貫いていた。まさかこんな形で実例が出てくるとは思わなかったが……」


 イザールは頭を抱えながら廊下の壁に寄りかかって溜め息を吐いた。


「保護者として十分に気を付けろ。お前からの経緯を聞く限り裏がある。それでもこの子を弟子に取るつもりか?」


「はい。彼女との約束です」


「手紙のことか?」


 葬儀で手渡したイザールはミモザの書いた内容を知らない。ただ、ハダルは彼女の遺志に突き動かされていたように見えた。


「それもありますが、アルファルドが装甲衣の可能性を広げると考えています」


「——続けてくれ」


 少しの間が空いてハダルが口を開いた。


「最初から魔導の素質を持つ子どもを弟子に取り、装甲衣を操ることは可能です。ですが、それでは私のように暴走の一歩手前まで足を踏み入れ、泥沼のように抜け出せない危険もあります。それを防ぐために生命維持として装甲衣を普段から身に着け、身体の一部として扱えるようになるまで、時間をかけて使い方を学ばせたいのです」


 答えを聞いたイザールは楽観視するわけでもなく、かといって不安視するわけでもなかった。


「弟子の育成は苦労するぞ?」


 半ば納得したように医師はフッと笑った。


「だからこそ、この子に懸けるんです」


 すべてを見通しているかのように、Sランクのハンターは口の端を吊り上げた。


   *


 イオの発着場。


 見送りに来た制服姿のメラクがアルファルドを抱えたハダルと向き合っていた。


 本来であればイザールもこの場にいるはずだったが、多忙のため彼女に代役を務めさせた。


 ハダルはイオから遠く離れた海の見える西の都市・カリストへの移ることを決めた。IDの現住所が広い空き家となっており、二人で住むには十分な敷地を有している。アルファルドをハンターとして育てるため、そしてミモザとの約束のために移住する決断を下した。


「行っちゃうんですね……」


「会えないと決まったわけじゃないだろう」


 残念そうなメラクを前に、ハダルは留まっている大型魔導機を背にして立っていた。


 アルファルドは彼の腕の中ではしゃぐように笑っていた。


「落ち着いたらまたイオにも行くさ」


「絶対ですよ? そのうち父さんも会いたがると思います」


 彼女も医師としての研鑽を積む時期に差し掛かる。そうなれば何年も会えなくなるのは確実だった。


「二人にはたくさん世話になった。今度は弟子が世話を焼かれるかもしれないな」


「お任せください。その頃には私も医師ですから、アルファルド君が来ても手当できるように準備しておきます」


「はははっ。頼もしいな」


 メラクは笑顔で接したが、その裏には隠しきれない不安も露見していた。


「ハダルさんこそ、カリストでも元気でいてくださいね?」


「わかってる。依頼はほどほどにこなすさ」


 ハダルが魔力通信機リンカーでの操作を皮切りに、スクリーンが開いて運転席がお目見えする。アルファルドを魔導機に備え付けられた子ども席にしっかりとベルトで固定し、彼も乗り込んで機体を起動させた。


「またな」


 エンジンが作動し、キィィンという高音が周囲の空気を突き刺すように広がっていく。


 ゆっくりとスクリーンを閉じ、僅かながら機体を上昇させて発進。


 メラクの言葉は音にかき消されるためスクリーン越しに手を振って別れを示した。


 一切の埃が舞うことなく大型魔導機は発着場から姿を消した。


「私も頑張らないと……」


 深紅のポニーテールが今後の未来を占うように微かに揺れた。


 やがて彼女はイオでアルファルドと再会し、一時的に主治医となる運命が待ち受けていたのだが、それはまた別の話である。

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