第三十八話 三日前の三人
カリストの夜。
アルファルドの部屋で三人はハダルの手記を読み終えた。
反応も三者三葉で、妙に腑に落ちたアルファルド、謎が深まって黙り込むスイ、驚いたリゲルがいた。
特にリゲルはアルファルドが人工子宮から誕生した憶測に言及し、普通の生活を送れている時点で信じられないといった様相だった。
「——僕は根っからの強運持ちらしいな」
「改めてお前が生きていることが奇跡だと思ったぜ。ハダルさんが新しい装甲衣を作らなかったら生きられなかったはずだ」
「話が本当だとしたら、危ない綱渡りをしていたとしか言いようがないです」
スイの言う通り、すべてがギリギリのところで生命が維持され、今と言う時間を創出している。アルファルドはその最たる例だった。
「師匠にこんな過去があったとは思わなかった。今まで何も教えてくれなかった話だ」
アルファルドの心境には深い悲しみが溢れていた。
迷惑を掛けながら辛抱強く自分を育ててくれた師匠が隠していた過去。
普段から厭世的な考えを持っているハダルには、空に生きるミモザと一緒にいたいという悲痛な想いを隠していたのだ。
「こういう事態に陥るから、できるだけお前を巻き込みたくなかったんだろうな」
「いいんだ。この手記に僕が生きなければならない理由があった。それが見つかっただけでも十分価値があった」
すがすがしさを取り戻したアルファルドにスイが目を向ける。
「当然かもしれないですが、わたしに関する話は全く出てこなかったですね……」
スイにとって気がかりなのは自分のルーツが見つからず、人外の不良品という烙印が付いたまま生きることになるという不安だった。
「スイは僕よりも後に生まれたんだ。わからないことがあって当然だ」
太陽が隠れた空のように、彼女の顔は曇っていた。
「わたしは何者であっても、今までのわたしでい続けたいんです。でも、」
「今はそれでいい。ただ、記憶が戻った時に今までの考えが覆ることは覚悟しよう」
「はい。それは承知の上です。それまでわたしはアル師匠の弟子でいます」
三人の会話はアルファルドが乗せられていた魔導機に変わった。
「アル師匠の夢に出てきた
「敵なのか味方なのかはわからない。夢で僕を守ろうとした人は殺されたけど、機体自体はまだどこかに隠れているのかもしれない」
アルファルドは夢の中と現実の機体が共通の一台ではないかと仮定した。
「書いてある通りなら悪いヤツではなさそうだ。アルを守っていてくれたんだからな」
自律型魔導機の謎は解けそうにない。実際に会って直接聞くしかなさそうだが、居所はおろか見つける手段も確立されていない。
「根拠はないですけど、卵運にはまた会える気がします」
機体は「役割を終えた」と言って姿を消してしまったが、完全に消失したわけではない。
「どこかで見守ってくれていたら、その時はお礼を言いたいな」
彼をイオへ運んでくれた魔導機に関してはここで打ち切った。
今は最も相手にしなければならない存在に目を向ける。
「リゲル。敢えて聞くがシャウラは生きていると思うか?」
この質問を待っていたかのように大きく彼は大きく頷いた。
「計画が続いている以上、死んだと断定できたわけじゃねぇ」
リゲルは椅子に寄りかかりながら「むぅ……」と考え込んでいる。
聖女複製計画のリーダーが今も生きていると仮定できれば、研究がごく最近まで続いていたことになる。スイが誕生し育成が行われていたのなら、計画が現在も進行している可能性は高い。
「身体の損傷具合からして戦える状態ではなさそうだけどな。歳も取っているだろうし、荒事は仮面の野郎たちに依存していると言えるな」
リゲルの推測は決して飛躍せず現実に即した内容だった。
一方で手記には書かれていなかった内容についても話し合った。
「やつらの言う『命の器』に関してもまだ謎が多い。研究施設から逃がしたと思われるスイを呼び戻すような形でガニメデに誘うのはどこか引っ掛かる」
ビエラの話す単語が何を意味しているのか皆目見当がつかない。鍵を握るのはスイだが、身体的な問題は彼女の魔力不全を除いて不調や支障をきたすものは一切出てきていない。
「わたしにこれといった問題はないように思えます」
彼女の言うように魔力不全以外に異常と思える要素は見えない。
「でも、強いて言うなら……」
「「なら?」」
「一か月で装甲衣を使いこなせるようになったのは早いのかもしれません」
その指摘にアルファルドが即座に首を横に振った。
「そんなことはない。君は間違いなく努力している。その過程であっという間に僕を追い越しただけさ」
ハダル曰はく装甲衣を操るのに天性の才能を求めようとはしない。寧ろ装甲衣に時間をかけて馴染ませることに意義があるのはアルファルドもよく知っていた。
「でも、あっという間だった気がします。右も左も分からなかった装甲衣が、今は着ないと落ち着かない感じがして……」
「女の子としてそれはそれで問題じゃないか?」
同年代の子はもっと服にこだわりがあるはずだとリゲルは突っ込んだ。
「いえ、戦わない時は色々着ていますよ?」
「ならいいんだ。アルのせいで服のセンスまで似てしまったら元も子もないからな」
「おい。君には僕がどう見えているんだ?」
あたかも感性が絶望的だと言いたげな顔をしていた。
「冗談だ。
「そうか……」
リゲルの口から出た「普通」という言葉にアルファルドは不思議と安心感を覚えた。
「——どうやら
ハダルが終わらせようとしていた聖女複製計画は弟子の時代までつながっていた。
一六年という間を置き、今度こそ本当の決着をつけるための機会を待って、ハダルはカリストから離れていった。
「アル師匠。やっぱりビエラさんと戦わなくてはいけないんですか? あの人はわたしを支えてくれています。敵意は感じません」
スイは決心がつかず、目を伏せながら両手で服の裾を握っている。アルファルドは彼女に「顔をあげて」と促した。
「そうと決まったわけじゃない。ただ、ハレーたちを放っておいたら内外を維持する教会、ハンターギルド双方の脅威になる」
「でも、そうだとしても、わたしはあの人と戦いたくないです……」
ホロスが創られた当時から教会は街の中を、ギルドは街の外を保ってきた。どちらかが欠けたらこの国は成り立たなくなる。
街の秩序を貫き、空より襲いかかる魔物から民を守ってきた世界が支配されることは避けたい。
仮面を被る相手は確認できているだけでは三人だが、複製技術を持つのであればそれ以上の数もあり得る。あっという間にホロスを制圧する力を持っている危険性は否定できない。
「わかってる。ここはスイの意見も汲まないといけない。あくまでも戦闘は最後の手段だ」
それを聞いたリゲルが不敵な笑みを浮かべた。
「ここはオレも参戦させてもらうぜ」
「無理だ」
「なんでだよ」
「なんでもだ」
「戦力は多い方がいいだろ」
「さっきの話聞いていたか?」
軽快な掛け合いを見せるが、二人の口調は真剣そのものだ。
「これは僕たちと師匠の持つ問題だ。君は教会からの指示もあるから自由には動けないはずだろう」
時に神父であり時にハンターでもあるリゲルは双方からの指示を受けやすい。特に教会は対策として上級ハンターにふさわしい強さの騎士を連れてくるはずだ。
「確かにアルの指摘はごもっともだ。でも、それが動けちゃうんだよなぁ」
「どうしてですか?」
「俺は実戦を想定した試合で教会の騎士団長と対戦して勝ったことがある。教会の一番強いヤツにな」
「君は何をしているんだよ……」
呆れたようにアルファルドが溜め息を吐く。
「オレは戦うことが大好きでね。オレより強いヤツを見ると燃えてくるんだよ」
リゲルは威張るように胸を反らせた。
「これが教会に関わる人の一般的な考え方なのですか……?」
「スイ。間違ってもリゲルを基準にしてはいけないぞ。こいつは神父としては例外中の例外だ」
「細けぇことはいいんだよ。大司教猊下も許してくれていることだしな」
「いつの間に許可取ったんだよ」
「それは秘密だ」
教会の長は寛容すぎるのではないかと思えたが、彼のような人物が現場にいないと成り立たない側面があるのかもしれない。
ホロス国民が信仰の対象としている教会は謎や秘密主義の多い機関だ。
真偽不明の都市伝説や陰謀論が飛び交っており、治安を維持する機能を司っていながらベールに包まれた存在感を守っている。ある意味で神秘性を保つ秘訣だとアルファルドは解釈している。
「オレが教会から対処に当たれと指示されたのは一人の仮面の野郎だけだ。それ以外にはなるべく関わらねぇ。そこはギルドと分担するだろうしな」
ホロスの異なる機関同士が協力する必要があるほど、始まりの終わり《リバース・ピリオド》は存在自体が国を脅かす組織の様子だ。ギルド側の数少ない実力者であるハダルの派遣は、事態が深刻さを極めている証拠と捉えてもいい。
「生きて帰って来いよ?」
「オレが死んだら結婚式と葬儀の儲けが消えちまう。だから絶対死なねぇよ」
神父はニッと笑った。
「つくづく君は神父らしくないな」
アルファルドは困ったように笑った。
付き合いの長い男同士のやり取りを、スイは不思議そうに見ていた、
「お前らは
アルファルドとスイが向かうべき地はガニメデ。
ハダルの手記が正しいなら、魔封じの領域を創造する魔封じの箱(プリベント・ボックス)が今も活動している。
領域が待ち構えているなら、現状の装甲衣でも耐えられる設計が施され、箱が破壊されても魔力の暴走に持ちこたえられる。しかし、大幅な魔力の消耗は避けられない。
「そのために師匠がこの石を置いていったんだ」
手記の中でミモザが形見の代わりに持っていた二つの充魔石。
この石たちがまさしく、今回の戦いに使われようとしている。
「わたし、何となくわかりました」
「察しがいいな。スイ。君の考えている通りだ」
師弟はお互いの考えがわかっているかのように意思が統一されていた。
「……?」
質問したリゲルが充魔石の効果を知るのは、当分先のことだった。
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