第四章

第二十四話 過去/迷子捜し

 四星暦五一八年。昼前のイオ。


「ハダル・オースティンさんですね?」


 ハンターギルドのスーツを着た女性職員から神妙な面持ちと共に声を掛けられた。

 

 若き青年は水色の髪を持ち、同じ色の切れ長の双眸を光らせていた。


 服装は灰色の薄手のコートに見えるが、実際には騎士が扱う装甲衣アーマーを身に着けている。

 

 壁に貼られた複数の依頼書に対して顎を触りながら眺めているところだった。


「そうですけど、何か依頼ですか?」


「はい。急ぎで迷子を捜していただきたいのです」


 職員は右手に持っていた依頼書を差し出して彼に渡した。


 受け取ってまじまじと一枚の白くて新しい紙に印刷された文字を読む。


「迷子の捜索依頼? 推奨ランクは……A-4? かなり高いな」


 街中での捜索依頼はたまに見かけるが、徒党を組んで行えば大抵はDランクのハンターたちが優先的にこなしていくものだ。


 それがどういうわけか上級のハンターが必須の高難易度に設定されてしまっている。


「はい。どうやら街の外に出て行ってしまったらしく、強力な魔物に襲われる可能性も考慮しての難易度になりました」


 ちらっと施設内に備え付けられた掛け時計の時刻を見ると、あと一刻で真昼を迎える。


 流星が観測されるまで、あまり時間は残されていない。


「どうしても受けてくださる方の数が減ってしまう時間帯なのは承知の上です。依頼を受けていただけないでしょうか?」


 多くのハンターは魔物の群れが出るこの時間帯を嫌い、施設で休憩を取る者が多い。実際、現在のギルドにも早々と依頼を終えてぞろぞろと報告に来る人で増え始めている。


 ハダルの持つランクはA-3で、職員の中でも実績があることは知られていた。

 

 書類に添付された二人の子どもの画像を確認し、一瞬の熟考の末に答えを導き出した。


「——報酬も見合っている。よし、乗りましょう」


 ニッと口の端を吊り上げると、職員の表情もぱぁっとした笑顔に変わった。


「ありがとうございます。では、急いで手続きをお願いします」


「ああ。こちらこそ頼みます」


 受付でギルドカードを提示し、依頼の受諾を完了すると早足でドアベルを鳴らした。


 ハンターギルドを出てすぐに向かった発着場から所々錆びついた四人乗りの魔導機に乗りこんで街の外を目指す。


 目指すは修繕工事中の北門。老朽化によって崩落した壁のどこかから空いた穴から逃げ出したのだろうと睨む。


 周辺は大きな布で包まれており、これ以上の崩壊を防ぐための作業員による工事が急ピッチで進められていた。


 おそらくこのどこかの隙間を抜けて北へ向かったのではないのだろうか。


 北門に着くと、門番の役割を担う装甲衣アーマーを着た騎士の前で一度停止する。


『お疲れ様です。身分証の提示を』


 拡声器越しに機内で声が聞こえてきた。


「はいよ」


 スクリーンに向かって魔導機の免許証ライセンスを見せると、騎士は何も異常がないと見なして陸路の脇に移動する。


『確認しました。危険な時間帯です。どうかお気を付けて』


「どうも」


 捜索対象見つけたいという一心が急かすのか、思わず素っ気なく返事をして門を通過した。


 気にするほどでもないが、すべてはハンターギルドから受け取った依頼に専念するためだと割り切った。


 反対側の陸路で渋滞する魔導機たちを尻目に、一人のハンターを乗せた機体は速度を上げて北へと突き進む。

 


「カペラ・べリゼにフォーマルハウト・シャオ。共に七歳で栗色の髪の女の子と赤髪の男の子、か」


 職員からの話を聞く限りでは初等部の同級生といったところだろう。


 依頼書に書かれていた情報を反芻すると、山脈を背景にどこまでも進む草原のスクリーンを眺める。


 街からある程度離れたところで一度停止し、ハッチを空けて機体を飛び出すと小手をかざして周辺の状況を見やる。現状、目視では姿が見えない。


「強化魔法込みで移動したならこの辺りだろう」


 ハダルはスクリーン手前の操作盤に触れ、赤を基調としたレーダーから白い小さな靴底の形を持った魔力の道筋をたどる。


「反応がある」


 比較的小さな、それでも強い魔力の足跡が二人分、くっきりと見えた。


 非常に短時間であれば行方不明者を探すための手段の一つとして重宝されている『魔力検索』と呼ばれる機能だ。


 多くの人々が交流する街中ではほとんど意味をなさないが、街の外に消えた人物を追うハンターにとっては命綱となる。


「思っていたより早く見つかりそうだ」


 足跡の方向に進路を切り替えて発進した直後だった。


 音叉のような一つの音と共に非情な通知が舞い込んできた。


『流星を観測しました。直ちに警戒に当たってください』


 スクリーンの端に表示された時刻を確認すると、目が点になった。


「——冗談だろ!?」


 迂闊だった。まだ正午を過ぎていない。そして肝心の子どもたちを発見できていない。にもかかわらず、魔物の群れは待ったなしに空から降ってくる最悪の事態。


 迷うことなど許されなかった。


 魔導機を加速させ、スクリーンに流星の出現地点と足跡を照合して草原をひたすら進んでいくと、捜索依頼を受けている対象の子ども二人を発見した。


 半泣きで頭を抱える少年と、勇ましく右手のナイフ一本で魔物に立ち向かう少女が立っていた。


 それは単体でも討伐難易度はBランクを超える存在だった。


 人間大の黄色と黒のストライプに挟まれた蜂の魔物に四方八方を取り囲まれていたのだ。


 魔物の数は圧倒的に多く、巣をつついた時の反応のごとく攻撃的な蜂が集結している。

 

 遠くからでも聞こえる空気を揺らす低音が恐怖に陥れるようだった。


 骨にまで響きそうな低い羽音を響かせながら周囲を飛び回り、毒針にあたる産卵管を突き刺さんとする。


 すぐさま魔導機を急停止、のちにハッチを開け、跳ぶように降りて着地。目標に向かって一気に駆け出す。


「《装甲衣活動アーマーアクティブ》」


 素早く展開、間髪入れずにイメージを開始。


 眼前では数匹の蜂が子どもたちに対して容赦なく毒針を突出し、狙いを定めて突進していた。


 ハダルも右手に数多の巨大な氷の針を集約させ、魔法の構築を完了すると——


「《氷結針発撃フリーズ・ニードル・シュート》!」


言葉トリガーと同時に右手を突き出し、季節外れの鋭利な吹雪が魔物たちに向かって一斉に放たれた。


 少年と少女を確実に殺そうとした数匹を始め、周囲を飛び回っていた群れにも直撃する。


 氷の針は次々と魔物に突き刺さると患部から凍結が始まり、羽や腹部を始め全身を包み込んで機能を沈黙させた。


 おびただしく広がっていた羽音が消え、ボトボトと氷漬けになった魔物だけが地に落ちていく。


「無事か?」


 凍死した蜂を避けながら子どもたちに駆け寄った。


 目線の高さを合わせるように膝を折る。


「え……」


 ナイフを持った手をだらりと下げ、あっけらかんとしているのは少女。


 死の恐怖から解放されたのか、彼女の膝が笑っている。


 栗色の髪を垂らしている。この子がカペラだ。


「おれたち、たすかったの……?」


 少年の涙で潤う目に希望が宿ったことを微かに感じ取った。


 真っ赤な髪がはねている。フォーマルハウトだ。


「お騒がせなカペラとフォーマルハウトという二人組はお前たちか?」


「……」


 フォーマルハウトが黙って俯く。


 二人して黙るとは予想外だった。


 子どもには慣れているつもりだったが、魔物を殲滅したことがかえって恐怖を与えたのかもしれない。


「別に怒っているわけではない。ただ教えてくれるだけでいい。カペラちゃんとフォーマルハウト君だな?」


 救出した人物が本人であるかどうか、聞かなければそうでなかったときに取り返しがつかなくなる。もっともこの状況下で聞く意味は皆無かもしれない、と常々ハダルは思っている。


「……そうよ。おじさん」


「おじっ――!?」


 力なく答えたカペラの返答に、単純にショックを受けた。自分はそんなに老けて見えるのだろうかと疑ったが、きっと低い地声のせいだということにしておいた。


「ま、まぁいい。とにかく一緒に帰ろう。親御さんも心配している」


「ごめんなさい……」


「だから怒りなど持っていない。帰るだけだ」


 フォーマルハウトは素直に謝るが、自分が悪意を持って接したようで謝られること自体に慣れていない。


 二人を保護して無事に街へ戻ることが本来の目的だ。二人の親代わりに叱るのは依頼の内に入らない。


「お嬢ちゃんも、危ないから帰ろう。いいな?」


「——いやよ」


 カペラが首を横に振り、ギラリとナイフをハダルに向けて頑なに拒む。


「な、なぜだ? あと私は怪しいものじゃないから刃をしまってくれないか」


 傍から見ればおっかない雰囲気が満載の少女の異様さを物語る光景だ。


 すぐに素直にしまってくれたからいいものの、一瞬で魔物の群れを圧倒した不審者と思われているのではないだろうか。


「おねえちゃんに石をとどけたいの。あたしたちは遺跡に行く。これでもハンター見習いよ?」


 ここから最短の遺跡までは魔導機なら五分もかからないが、七歳の二人組が探索に行くには難易度が高い。

 

 それ以前にその年齢で遊びに行くような場所でもないので無謀ともいえる。


「二人ともそうなのか?」


 フォーマルハウトに目を向けると恐る恐るこくこくと頷いた。


「どうしても届けたいのか?」


 大切な人のために命を賭す決意をしたカペラは、並々ならぬ熱意を両目に秘めていた。


「どうしてもよ」


 素直に受け入れようとする少年とは真逆に、自らの意思を貫こうとする少女に頭を悩ませるが、ハダルはすぐさま閃いたようにパチンと指を鳴らして提案する。


「なら取引をしようじゃないか」


「とりひき……?」


 彼女は意図が解らないのか、首を傾げたまましばらく動かなかった。

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