第十八話 夕陽の一戦
対峙するアルファルドは出方を伺うようにピタリと動きを止める。
ハレーもまた銃口を彼に向けたまま、彫刻のように動かなくなっていた。
そして一拍の間を置いて先に動いたのはハレーだった。
迷わずに対象者の心臓を撃ち抜かんとするわずかな挙動で弾丸を射出する。
アルファルドも引き金を動かす指の動きに注力して先読みし、横に跳んで避ける。
背後に立っていた木が爆裂し、焼け焦げる匂いと軋むような音を立てて崩壊する。
ハレーは立て続けに銃撃。避けられない地面への着地点を狙って放つ。
それも読んでいたアルファルドが身体を傾け、顔のそばを高速の弾丸が通り過ぎる。
地面へ直撃した後の乾いた爆発音を耳に入れつつ、両足を踏み込んで接近し呪文を唱えた。
「《
魔導銃には欠点がある。高威力の魔力の弾丸を放つために、撃っている間は身体強化を含めた一切の魔法を《発動》することができない。
攻撃中の動作は何の強化もされていない生身の人間と全く同じだ。
「《
ハレーは欠点を承知の上で射撃を中断し、撃たれた電撃の網を一時的に強化された肉体によって器用にかわし切る。
後ろに跳んで距離を取り「《
魔力の弾丸は確かにアルファルドを狙って射貫こうとしていた刹那——
「《
呪文の直後に撃ち出された弾に向かって高濃度の魔力を撃ち込み、強引に軌道を捻じ曲げて地へ撃ち落とした。
強力な魔力同士の衝突によって空間が歪み、ほんの僅かながら目に見えないブラックホールが周辺を包み込む。
――ゴゴゴゴゴッ!
戦場は地鳴りとともに、もくもくとした土煙が広く濃く舞い上がる。
「ぐっ……《
思わず服の袖に顔を隠したハレーは、土の香りと咳き込む作用を受け入れないためにすぐさま銃撃を止める。《発動》によって巻き起こる魔力の風が瞬く間に土煙を吹き飛ばした。
煙に紛れていたアルファルドが走り込んでハレーに肉薄し、彼の銃を持つ右手に向かって素早く右の手刀を振り下ろす。
「たあっ!!」
ハレーもその手刀を左腕で捌き、はじき返したところで展開した全力の回し蹴りがアルファルドの側頭部に当たろうとするが、すんでのところで身を伏せられる。
それも織り込み済みで、勢いそのままに全身をくるりと回転させて戻る瞬間を狙っていた。
反撃のためにイメージを加速させるアルファルドへの照準をずらさなかった。
無骨な銀色の得物に装填された弾丸に終止符を込めた。
だが、手段は異なるがアルファルドも同じだった。
「《
アルファルドは銃で撃たれるよりも速くイメージを完成させ、右手を伸ばして呪文を叫んだ。
今持てる力を、この一撃に注ぎ込む。
「《
ハレーもまた、体内にあるありったけの魔力を銃に注力し、すべてを決める右人差し指が一つの動作を終える。
相対するはハンターと仮面。
響くは雷鳴と銃声。
高速で衝突するは魔力と銃弾。
拮抗する力は互いを反発しあい、数秒間の鍔迫り合いが続いた時、一瞬にして広大な空間を覆う轟音と衝撃波を巻き起こした。
周辺は衝撃波の影響で大きく木々が揺れ、土埃が舞い、更には遠くの山にまで轟音がこだまする。
アルファルドは反動のあまり吹っ飛び、背後に立っていた木に背中と頭を強打する。
「がはっ!」
そのまま反発するように地面へうつぶせに落ちた。
頑丈な
激痛にひれ伏している時間はない。
立たなければ命はない。そうハンターの本能が呼びかけている。
「ぐっ……」
ズキズキと痛覚が万全に機能している身体に鞭を打って立ち上がる。
周囲は煙が立ち込めており、相対した者はまだ見えない。
十数秒は経過しただろうか。
うっすらと煙が消え、戦線をじっと見つめるアルファルドの目線の先には、無傷のハレーの姿があった。
「なかなかやるな」
吹き飛ぶ直前に《発動》して難を逃れたようだ。
ハレーは目標を変えないまま銃を持った右手をアルファルドに向ける。
だが、その銃声が聞こえることはなかった。
「『命の器』の傍にいる資格を与え――る――」
突如として身体が寿命を迎えた廃墟のように膝から崩れ落ちた。
持ち手を支えていたはずの右手がだらりと下がり、するりと銃が抜ける。
「やっぱり……」
アルファルドは両目を閉じてわずかに嘆いた。
魔導銃を扱う上では常に代償が伴う。
質量を持った強力な魔力を扱う分、変換元となる身体にかかる負担は相当のものだ。
調整した威力にもよるが、撃ち過ぎれば途端に命に関わる。
目の前で眩暈の副作用を起こしたハレーも例に漏れなかった。
「あれだけの威力の弾を撃って平気なわけがない」
ハレーは片膝をついていたがそれもままならなくなり、吸い寄せられるように地面に倒れ込んで大の字になった。
「大丈夫か?」
「心配される筋合いなどない」
それを聞いて肩を竦めるが、話を続ける。
「一つ聞きたい。『命の器』は何を意味している?」
「質問には答えない。じきに解る」
頑なに返答するつもりはない様子だった。
「このままだと命が尽きる。洗いざらい教えてくれたら治療院まで連れていこう」
「断る」
「それじゃあ謎は解けないままだ。意地でも話を聞かせてもらう」
不意にハレーが「クククッ」っと、仮面の中で笑う。
「何が可笑しい?」
「
その一言の意味に気付くまでアルファルドは少々の時間を要した。
「まさか……」
無意識に察知して背後を振り返った時には遅かった。
複数の銃声と共に全身に五発の銃弾を受けてしまう。
貰ったのは両腕、両足、腹部——いずれも装甲衣や服を貫通していた。
一気に重い衝撃を吸収した身体はなすすべもなく仰向けに倒れた。
「……っ!」
痛みに悲鳴を上げるどころか、発声することすらできない。
隠匿の魔法を施していた本当のハレーはアルファルドにわざとらしく駆け寄る。
立場が完全に真逆となった。
近くにいた傀儡は黒い光の粒子となり、ハレーの左手に吸い込まれて消滅する。
「気分はどうだ?」
まったくもって最悪だと言いたい。
血は流れていないが、衣服の焼け焦げた匂いが広がる。
至る所で異常をきたすほどに力が入らず、返答どころではない。ましてや呪われたように発言することすらできない。
「主様はどういうわけか君たちを生かしたがる。君もスイという少女も、兵器になりそこなった不良品だというのに……」
「……!?」
兵器? 不良品? どういう意味だ? そうアルファルドは問い掛けたかった。
「本当のことを知りたければ神父の元を訪ねてみることだな」
ハレーは夕陽の反射を繰り返す銃をアルファルドに突き付けた。
「三日の猶予をやる。ガニメデまで来い。でなければ
薄れ始めた意識の中で答えられなかった。
今にも引き金は心臓を撃ち抜きたいと言わんばかりに飢えていた。
「アルファルドよ。また会おう」
込められた最後の一発が吠え、アルファルドの身体を少しばかり跳ねさせて役割を終える。
先ほどのダメージに加え、持っていた意識が更に遠のく。
直後、シャトル型の魔導機で飛び去っていった漆黒の仮面を目に焼き付けながら、まっすぐな瞳を閉じた。
遠くから何者かの足音が聴こえ、倒れていたアルファルドに呼びかけた。
「——アルファルド君! ――しっかりしろ!」
フォーマルハウトの声を耳が捉え、少し揺さぶられている感覚があったものの、それもすぐになくなり、完全に全身の機能を確認する手立てを失った。
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