第十四話 仮面の素顔は

 湖の近くの草原にまた一人黒い仮面と白いローブを身に着けた人物がやってきた。

 

 佇むように湖を眺めると、懐から魔力通信機リンカーを取り出して通信を開始する。


「こちら『迅雷』。『閃光』に繋ぎます」


 機器に浮かび上がったホログラムにはフードを被った、主(あるじ)と崇める男性らしき人物がいた。


「『閃光』だ。エンケ。首尾はどうだ?」


 エンケは格好の的を見つけた興奮を抑えながら報告する。


「主様。例のハンターと少女に接触したステラ教の信者を発見しました。どういたしましょうか」


 見えない仮面の先の表情を理解しているとばかりに主は口の端を吊り上げた。


「お前個人の目的もあるだろう。好きにするがいい。わしにとってはあの青年と少女を生かしておくのみだ」


 主のことだから「様子を見ろ」という命令が下されると思っていたが、実際にはエンケに一任する形で指示が行われた。


「お心遣い感謝します。では通信を切ります」


 高揚を隠せないエンケは早く実行に移りたくてたまらない様子だ。


「うむ。期待しておるぞ」


 分かり切っていたかのようにホログラムの先にいる主は頷いた。


 通信が切れると、エンケはすぐさま標的としたリゲルの下へと移動を始めた。


(また一人、憎い信者を殺せる。これ程の悦びはない——)


 エンケはステラ教の信者が憎かった。


 自身は昔、親しい人間が信者からのいわれのない迫害を受けていたことを強く根に持っていた。


 最終的には翡翠色の目を持つ信者に殺され、エンケも危うく死に追いやられるところだった。


 その時を救ってくれた主に恩を返したく、現在は彼の下に就いて任務を遂行しつつ憎き信者を殺して回っている。

 

 そして今日もまた、餌食となる翡翠色の目を持ったステラ教の信者を探して回っている。


 復讐に燃え、怒り狂ったようにも見える殺意と行動——これがエンケの日常だった。


   *


「ふん。こんなもんか」

 

 草原で魔石の回収依頼のために行動していたリゲルは、流星を確認して数分後にCランク相当の獣の姿をした魔物の群れに襲われ、

 

 彼の周辺には血を流した獣たちの死骸が見るも無残な姿で息もせず横たわっている。

 

 アルファルドに比べて力の差は歴然としており、今にも自力での生還を果たそうとしていた。


 ハンターランクは今のアルファルドがD-3に対しリゲルはD-1と高く、このまま成功を重ねればさらに上位ランクとなるC-10へ届きそうな勢いだ。


 切羽詰まった声でアルファルドに応援を呼びかけたのにはそれなりの理由がある。


 あまりにも魔物を倒し過ぎてしまい、魔石の回収が一人では困難になるだろうと予測して通信を入れたものだ。


 明らかに無謀ともいえる単独での依頼をこなすリゲルもまた、ハダルのようにハンターギルドの職員の間では化け物のような存在として扱われている。

 

 誰もが将来、彼がSランクを取得する日を夢見ていることだろう。それだけ実力がある。


「さてさて、回収といこうかね」


 時折鼻歌で賛美歌を歌いながら、平和とは無縁の草原で魔物の死骸から一つずつ魔石を取り出し始めた。


「よくぞこれだけの魔物を殺したな」


 リゲルの背後からこの場には不自然な男の声が聞こえた。


「誰だ……なっ……!?」


 振り返った時には一瞬にして憎悪が表情に浮かび上がった。


 上層部から聞いていた、黒い仮面に白いローブの人物。


 熱心なステラ教の信者を殺めているという噂の男——エンケが目の間にいたのだ。


「その服装から見るにステラ教の者とお見受けする」


 怒りに湧き上がるリゲルをお構いなしに、エンケはキャソックを身に着けているハンターをまじまじと見ている。


「お前、信者を殺して回っているらしいな?」


 こみあげてくる怒りを抑えながらリゲルはエンケに問う。


「肯定する。しかし、それを聞いてどうする?」


 平然と答えた仮面の男を前にして握った拳がぶるぶると震える。


「俺がここで止める。どこかで張ってたみてぇだが、とっ捕まえて刑務所送りにしてやるよ!」


 叫ぶように宣言したリゲルが右手でエンケを差した。


「そうか。やってみるんだな」


 エンケはそう切り捨てた。


「《発動アクティベーション》!!」


 呪文を唱えたリゲルの周辺で魔力の粒子と大荒れの風が舞う。敵とみなす者を前にした明確な戦闘態勢だ。


「貴様の命、残さず貰っていくぞ——《発動アクティベーション》」


 エンケもまた呪文を唱え、相対する聖職者へと敵意を剥き出しにする。


 それは仮面の中にある素顔を見なくとも、周囲で巻き起こっている魔力の渦を展開した際に起きた威圧がすべてを物語っている。


 両者は同時に俊足で敵視する目標へと駆け出した。


 接近してから先に攻撃を繰り出したのはリゲルだった。


 走った勢いそのままに跳び蹴りをエンケに繰り出すが彼もまた左腕でいとも簡単に防ぐ。


 リゲルは反動で後ろに跳んで距離を取ろうとするが、踏ん張ったエンケが間合いを詰め、右拳で反撃に入る。

 

 眼前で回避するものの、そこからは蹴りと殴打の応酬となって互いの腹の探り合いが続いた。

 

 何度か打ち合いになった後、リゲルがエンケの拳を防ぎつつ足払いを狙ったが、小さな跳躍で交わされてしまい、さらに空中で回転を加えたエンケの右掌底の一撃を腹部に喰らってしまう。


「がっ……!」


 無防備な部分に強烈な攻撃を受け、一瞬、呼吸ができなくなって思考が停止しかける。


 受けてしまったリゲルは身体を吹っ飛ばされながら地面へぶつかり、何度か転がって動かなくなった。


 好機到来とばかりにエンケは離れたところから右手に禍々しく凝縮された魔力をイメージし、リゲルに止めを刺そうと最終段階に入る。


「《闇流発撃ダーク・ストリーム・シュート》」


 呪文が放たれると同時に真っ黒な闇の流れを持つ光が、倒れて動けないリゲルに勢いよく命中した。


 その影響によって一気に植物が枯れた周囲は、鉱山の瘴気を彷彿とさせるような毒々しい雰囲気と魔力に溢れた。


「あっけないな」


 撃たれても何の反応もない様子に、エンケは用済みとばかりにその場から背を向けて立ち去ろうとしていた。


「——!?」



 自分のものではない高濃度の魔力に気付いて振り向くと、そこには確実に殺したであろう聖職者の姿が彼の前に出現していた。


 植物が彼の周辺だけは枯れておらず、攻撃をすんでのところで防ぎきっていたようだ。


 リゲルは自分の身長の半分ほどはある直径の黄色く光る光弾を浮遊さており、あと数秒後にはそれがエンケに襲い掛かることを予見していた。


「《神聖発撃セイクリッド・シュート》!!」


 光弾を勢いよく右足で蹴り飛ばすと無数の光に分裂し、陸上移動用の魔導機の初速を上回る速度で一斉に尾を引いてエンケを強襲した。

 

 頭上に降り注ぐ聖なる光が次々とエンケを狙って追尾する。

 

 エンケは自身の持つ魔力を総動員して走りながら回避を続けたが、どこまでも追ってくる光の一つをかわし切れず、直撃を受けてしまう。


 そこからは他に追尾していた光弾が連続で命中し、一気に形勢が逆転した。


「ぐあああっ——!!」


 大規模な爆発を起こしながらエンケの悲痛なる悲鳴が響き渡った。


 すべての光弾が命中したことを確認したリゲルは、毒に満ちた地面を飛び越えて安全な場所に着地する。


 溢れ出る自身の魔力を抑えるために元の状態に戻した。


「《解除リリース》」


 爆発による煙の中から、片膝立ちのエンケが肩から息をしていた。

 

 どうやら致命傷には至らなかったようだ。

 

 その代わり、エンケが身に着けていた仮面とローブに大きな被害が出ており、特に仮面は破壊された右目部分から素顔を覗かせていた。


 憎しみで金色の瞳が輝き、大きな痛手を与えたリゲルを睨み付けていた。


「オレに手を出したことがそもそもの間違いだ。諦めて捕まるんだな」


 そう言いながらリゲルは一歩一歩近づくが、それに抗うようにエンケは必死に立ち上がった。


「断る! 俺は間違ってなどいない……! 絶対に貴様を殺してやる……顔は覚えたからな……!!」


 残った力を振り絞ってエンケは後ろに大きく跳躍すると同時に、高速で移動してきた魔導機の上に着地して乗り込み、機体を急発進させてこの場を去ってゆく。


「待て!!」


 リゲルが叫んだ時には遅く、周囲には光魔法の爆発と闇魔法の瘴気によって抉れた地面が煙を上げるだけだった。


 依頼後すぐに魔導機を用意すべきだったと後悔したが、その判断を見誤った。


 教会の敵に回っている人物を取り逃して途方に暮れていると、別の魔導機がリゲルの下へやってきた。


 機体が停止してハッチが上がると、そこには連絡を入れていたアルファルドの姿があった。


「リゲル、大丈夫か!?」


 アルファルドが駆け寄ると、リゲルは安心したように白い歯を見せた。


「ああ。腹に一撃貰ったぐらいで何ともねぇ」


「一体何があった?」


 救援にきた彼が草原の惨状を見るに、真昼の流星以外の予想外の事態に遭遇したことは明白だった。


 アルファルドの問いに対して、リゲルは真顔になる。


「仮面を付けた野郎が来た。間違いねぇ。アイツが信者を殺して回っている」


「……」


 アルファルドは絶句した。彼の出会った仮面の男は、そんな殺意などまったくもって見せなかったからだ。


 その人物がリゲルの同胞殺しをたびたび行っているという事実に何をどう言葉にしたらいいか分からなかった。


「勘違いするなよ、アル。どうやら仮面の野郎は複数いるみたいだぜ。それが敵なのか味方なのかは置いといてな」


 表情から本心を汲み取ったのか、リゲルはアルファルドにフォローを入れる。


「あ、ああ。そうであってほしい」


 ひとまず二人はハンターギルドに依頼の報告を行い、そのまま街まで魔導機で戻ることにした。


 お互いに仮面の男たちに対しての真相が掴めず、もやもやとした感情が魔導機の内部では広がっていた。

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