第十三話 真意の行方

 真昼のイオ。


 スイは二台の高速移送魔導機リニアを乗り継いでイオの発着場に到着した。


 現在はその足で治療院へと赴き、メラクとの定期検診を行っていた。


 椅子に座る二人の周辺では消毒液の匂いが漂っている。

 

 診療室では宙に浮いた魔力カルテを見ながら、メラクがスイに説明していた。


「血液検査の結果だが、魔力量は正常値に戻っている。今着ている装甲衣アーマーの効果が大きいな。身に着けている以上、危険は脱したといってもいい」


 消耗していた魔力の数値が概ね改善したことにスイはホッと胸をなでおろした。


「良かったです。先生から直接お話を聞くことができて安心しました」


「通信診療が多かったからな。私も久しぶりに君の顔が見られて心が安らいだよ」


 魔力カルテを閉じたメラクは「そういえば」と、話題を変えた。


「アルファルドの弟子としてはどうだ? 彼はよくやっているか?」


「わたしは授業と訓練を受けていますが、アル師匠は別で依頼をこなしているようなのでとても大変そうです」


 スイの話を聞いたメラクは納得するように頷いていた。


「だろうな。宿の心配がない分生活費は安くなるが、それでも維持するためには依頼をこなさなければならないだろう」


「わたしも徒党パーティに参加することはありますが、D-10ランクの依頼にアル師匠が付き添う形で行っています」


「良い師匠だな。今は見習い同士で依頼をさせようとする保護者や師匠もいたりするのだが、アルファルドは随分と世話を焼いているようだ」


 一見すると過保護な気もするが、一歩間違えれば大量の魔物の襲撃など大事故にもつながるハンター見習いの育成に対する彼の判断に、メラクは相応の評価をしている。

 

「私はハンターではないが、君の保護者としての彼は然るべき対応をしていると思うぞ。あれでもあのハダルさんの弟子だ。信用していい」

 

 スイはアルファルドの師匠でもあるハダルの素性が気になっていた。


「ハダルさんはそんなに凄い人なんですか?」


 メラクは腕を組んでうんうんと頷いている。


「そうだ。『名もなき英雄』と呼ばれている」


「名もなき英雄、ですか?」


「表には出ていないが、親しい人たちからは聞くには幾度も世界を救っている。だが、ハダルさん自身は目立ちたくないからと公表されることを嫌っているんだ。そして本来なら弟子を取ることにも興味はなかった」


 メラクからの話を聞く限りではハダルがアルファルドを弟子にするとは考えづらい。


 自然とスイはメラクに疑問を投げかけた。


「それなら、どうしてアル師匠を弟子に?」


「話によるとハダルさんには恋人がいたが、若くして亡くなった。彼女が生前に遺言を残していてな、その遺志を継ぐ形でアルファルドを弟子にしたんだ」


 ハダルはそれだけ一途にその女性を愛していたということなのだろうか。言い伝えでしかわからないが、スイにはそう感じた。


「そうだったんですね」


 メラクが白衣から魔力通信機リンカーを取り出して時刻を確認すると両目を見開いた。


「おっと、話が長くなったな。今日の診察はここまでだ。来てくれてありがとう」


「はい。こちらこそありがとうございました」


 スイはペコリと頭を下げ、診察室を後にした


   *


「こんなに魚が高いなんて……」


 治療院で医療費の支払いを済ませ、薬を受け取ったスイは帰りがけに市場に寄っていた。


 港町のカリストとは異なり、イオの魚市場に並んでいる魚の金額がカリストの倍以上になっており、スイは驚きを隠せなかった。


 その代わりに野菜と果物が豊富で、青果市場の方に行けば割安で野菜を購入できることが分かった。


 それでも移動費や安全を考えるとやはり拠点であるカリストの市場で買う方がずっとコストは安い。


(書店にも行っておこうかな——)


 スイは市場の隣の通りにある書店へと赴いた。


 教科書や参考書となる本はハダルの部屋の本棚に所狭しに置いてあるが、小説やファッションなどに関わる娯楽の本が極めて少ない。


 せっかくなのでスイの部屋となっている客室の本棚を自分の本で埋めるべく街一番の大きな書店に立ち寄り、カリストには置いていなかった本や雑誌の類を探しに周った。


 技術革新の進むホロスといえども紙媒体の需要は根強く、印刷会社を保護するための法律が施行されているほどだ。


(ここだ——)


 入口の検索機で探している本の配置を特定し、魔力通信機リンカーにメモをして店内を歩き回っていると、新刊のコーナーにスイの求めている本が見つかった。


 数多の本の中から一冊の小さな恋愛小説を手に取ってゆっくりとページをめくると、事前に調べたあらすじの通りの内容であると確信し、幾人か並んでいるセルフレジに並ぶ。


 スイはアルファルドやメラクから「現金払いを絶対に選ぶこと」を命じられており、魔力払いを使わない疑問は残るものの、手持ちの現金で十分支払えるため大きな心配はない。

 

 支払いを終えて店を出て通りに戻ろうとした時、不意にスイを呼ぶ声が聞こえた。


「そこのあなた、止まりなさい」


 その声の主は女性で、スイの左側から声をかけてきた人物だ。


「え?」


 左を向くと、そこにはリゲルが話していた様相の人間がいた、


 黒い仮面に白いローブ。彼が噂で聞いた通りの存在だった。


 周囲の人々はその仮面をつけた女性という目立つ姿の人物に誰も見向きもしなかった。


 隠匿の魔法を施しているのか、その存在を認知しているのは、どうやらスイだけらしい。


「こっちへ来て。話があるの」


 すぐ近くの路地裏へと手招きをする仮面の女性には殺意が見られない。


 それはアルファルドが接触した仮面の男のように何かを告げたくてイオに来たようにも思える。


 得物も持っておらず、明確な攻撃の意思を持っていないことを見た目からも伝えているようであった。


「あなたを傷つけはしない。私を信じて」


 仮にアルファルドが遭遇した仮面の男と同様に何らかの警告を伝えようとしているのであれば、聞くだけ話を聞いてみるのも決して誤った選択ではないスイは考えた。


「わかりました。でも、話を聞くだけですよ?」


 スイは固唾を飲み、覚悟を決めてゆっくりと仮面の女性の前へと歩き出した。


「ありがとう。素直で助かるわ」


 仮面の女性はスイを路地裏の奥へと誘うと一定の地点で止まり、建物の壁に寄りかかった。


 スイは緊張したまま影の中をキョロキョロと周辺を見回る。


「落ち着いて。ここは比較的治安のいい場所よ。安心しなさい」


「は、はい……」


 スイが彼女を疑うのも無理はない。


 素顔の見られない仮面にリゲルは敵意を向け、対してアルファルドはそれを否定的に受け止めている。スイはどちらであるのか、もしくはどちらでもないのか、それを見極めたかった。


「その様子を見る限りでは、私たちに対して何らかの情報は掴んでいるようね」


「ある人から聞きました。あなたは……いえ、あなたたちは人を殺して回っているって」


「それは違うわ」


「ど、どういうことですか?」


「詳しくは言えないの。代わりにこれだけ聞いてちょうだい」


 仮面の女性は意識するように少しだけ声色を変えてスイに伝える。


「いずれあなたは私たちの主様と戦うことになる。それまでに少しでも力を付けなさい。そうしなければ、あなたは主様の『命の器』として使われてしまう。気を付けなさい」


「主様? 命の器? どういう意味ですか?」


「時間よ。これ以上はここにいられないわ」


「待ってください。お名前だけでもどうか——」


「ビエラよ。覚えておきなさい」


 仮面の女性——もとい、ビエラはそう言うとあっという間に跳躍して飛び去り、屋根を伝って路地裏から姿を消した。


「ちょ、ちょっと——!?」


 スイが思わず手を伸ばしたが、それは無意味だった。


 ゆっくりと手を下ろして呆然とした数秒後、思い出したように慌て始める。


「あ、アル師匠に伝えないと——」


 急いでポケットから魔力通信機(リンカー)を取り出して通信を開始する。


「こちら『暗夜あんや』。『遠雷』に繋ぎます。アル師匠。仮面を付けた人に会って話をしました。応答お願いします」


『こちら『遠雷』! それは本当か! 大丈夫か!? 襲われなかったか!?』

 

 驚きながら矢継ぎ早に質問を続けるアルファルドにスイも慌てた様子で早口で答える。


「わ、わたしは何も攻撃されていません! 大丈夫です!」


『とにかく早くカリストに戻るんだ。リゲルにもすぐに伝える』


「わかりました。気を付けて戻ります!」


 スイ通信を切り、再び魔力通信機リンカーをしまった。


「《装甲衣活動アーマー・アクティブ》」


 街中で装甲衣アーマーを使うことを一瞬だけ躊躇ったが、有事の際は例外的に使うようアルファルドから指示を受けており、今がその対象だと判断して発動した。


 スイは先ほどのビエラのように跳躍し、その後は建物の屋根を伝って一気に高速移送魔導機(リニア)の発着場を目指した。


   *


 魔力通信機リンカーを通して飛び込んできたスイの報告にアルファルドは思わずベッドから飛び起き、加えて心拍まで一気に上昇した。

 

 この一か月でスイは飛躍的に力を付けているとはいえ、依頼は低ランクのものに決めて行っている。敵対する人物や魔物に遭遇すれば実戦経験の不足から敗色濃厚となるのは目に見えている。


 すぐに装甲衣アーマーを身に着け、まずはリゲルへ通信をしようと試みるとそのリゲルから着信が入った。


「こちら『遠雷』。ちょうどいい時に来たな——」


『こちら『暁光ぎょうこう』! 『遠雷』に繋ぐ! 流星を観測したから今すぐ来い! 話はそれからだ!!』


 直ぐに通信が切れると、リゲルの位置情報が反映され、そこはカリストから東の方向にある草原で、街からはそれほど離れていなかった。最短距離であれば陸上移動用の魔導機を使えばすぐに駆け付けることができるものだった。


「ちっ、面倒なことになりそうだなっ……!!」


 リゲルが救援要請ともいえる通信を入れたということは、今現在単独で依頼を遂行している可能性が高い。


 最悪の場合はスイを救助したアルファルドと同じ状況を作りかねない事態に陥ることもありうる。


 ハンターとしてのリゲルはアルファルドよりも屈強でランクも幾分か高いが、真昼に流星が降れば何が起こるかわからないのが街の外だ。


 魔力通信機リンカーをしまい、普段より力強く家のドアを閉めて装甲衣(アーマー)を展開すると、急いでカリストの発着場へ向かった。


「持ちこたえてくれよ! リゲル!!」


 アルファルドは一人の聖職者の生還を誰よりも祈りながら走り出した。

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