第十話 授業開始

 カリストの午後。


 しばらく食休みをしたアルファルドとスイは役所へ行き、スイの住所登録を行った。


 窓口にてホログラム上に浮かんだ魔力書類に本人の署名と魔力通信機リンカーのIDを入力し、最後に住所を書いてしばらく待つと登録が終わったことを受け付けの男性から告げられて完了した。

 

 次にハンターギルドへ行き、スイをハンター見習いとして登録しに行く。こちらも窓口で登録を完了させるのだが、こちらは住所登録を完了した魔力通信機リンカーのIDを本型の魔道具に入力するだけで登録が終わった。


 以降は魔力通信機リンカーに接続するだけでハンターギルドの依頼内容を確認することができるようになった。


 ハンター見習いが依頼をこなすには親や師匠となるハンターの許諾を得たうえで且つハンターと徒党を組む必要がある。スイの場合はアルファルドがハンターとして彼女の同伴者となることで問題は解消される。

 

 二つの情報登録を終えて二人は帰宅する。


 それから教科書となる本を持って二階の一番奥にある比較的広い部屋へ移動した。

 

 そこは客人用の寝室などではなく、黒板が壁に設置された学校の教室のような空間となっている。


 元々ここはハダルがアルファルドにハンターの基礎や心得を指導するために作られた部屋だった。


 教室と同様に生徒用の机と椅子がいくつか存在し、黒板の前には指導者用の教壇が備えられている。


「ここがフリースクール、ですか?」


「師匠が登録した内容が正しければね。ここで僕はハンターの仕事を教わった」


 ハンターとなる一か月前まで頻繁に使用していたこの部屋に差し込む窓の光、匂い、机の感触。思い出すだけで懐かしさをアルファルドは無意識に思い出していた。


「スイはあっちの真ん中の席に座って。僕は黒板の前に立つから」


「わかりました」


 スイが着席するのを確認し、アルファルドもかつてハダルが立っていた教壇の前に向かった。


「じゃあ早速授業といきたいところだけど、その前にこの家のルールを教えようと思う」


「はい。どんなルールなんですか?」


 スイが聞くとアルファルドは黒板に大陸共通の文字、テトラネテス文字で三つ文章を書きだした。スイがじっと黒板を見る限りで文字は理解できているようだ。


「一つ目、教室を含めた共用のスペースは常に清潔感を保つこと。二つ目、家事は交代制であること。そして三つ目。よく学んでよく遊ぶこと。以上だ」


 スイに伝えたこのルールは、幼いころのアルファルドがハダルから伝えられたことでもあった。


「アル師匠。三つ目のよく学ぶというのはわかるのですが、弟子が遊んでいいのかどうか……」


「正確には遊び心を持って過ごしてほしいということだ。師匠が本棚とクローゼットを合体させていたように、常にアイデアを持ちながら生活を豊かにしていこう、とか、そんな教えだよ」


「は、はぁ……」


「真面目に過ごすだけではハンターは務まらない。僕もやっていることだけど時々は思いっきり遊んで楽しむんだ。慣れればわかるよ」


「わかりました。師匠がそう言うのであれば、信じてみま——はっ!」


 思い出したようにスイが両目を見開くと、次の瞬間にはまたも不満気な顔をアルファルドに見せる。


「どうした?」


「アル師匠。もしかしてカリストに行く途中で依頼を受けたのは、ハンターとしての遊び心だったのですか?」


「そ、そそそれは……」


 アルファルドの明らかな動揺を見てスイはさらに問い詰めた。


「もう一度聞きますよ? あれは遊び心もあったってことなんですか? どうなんですか?」


 スイは笑顔だったが肝心の瞳がまったくもって笑ってなどいなかった。


「は、はい。それがあったことは、認め、ます」


 言い訳できるわけもなく途切れ途切れにアルファルドは白状した。


 スイは短く溜め息をついた。


「今のわたしは装甲衣アーマーがありますから許してあげますけど、それをあの時知ったらもっと怒ってましたからね」


「面目ない……」


 師弟関係になったばかりとはいえ、こうも年齢が近いとスイも思い切って言いたいことを言えるのだと痛感した。


 ハダルに比べてアルファルドが師匠というのはどこか頼りない気もするが、新たな師弟関係としては決して悪くないのかもしれない。

 

 アルファルドも反省したところで気を取り直して授業に入ることにした。

 

 黒板は黒板消しによってまっさらな一面に変わった。


「改めて、これから授業に入ろうと思う。まずは魔法の基礎についてだ。この本だと十三ページに書いてある」


 教壇の上で教科書代わりの分厚い本を開いたアルファルドは黒板に文字を書きだして簡単に内容を確認する。スイもそれに合わせて本を開く。


「基本的に魔法は人体に含まれる魔力を利用することで誰でも使えるような仕組みになっていて、学校でも生活に使う魔法は一通り覚えることができる。例えば暗い空間を明るくしたいときは光属性の魔法を手から発動して照明として使える。こんな風にね」


 アルファルドは右掌を上にして瞳を瞑った。


「《極小光ミニマム・ライト》」


 呪文を唱えるとアルファルドの手の中で無数の小さな光球が浮かび上がった。


 部屋の中で影となっていた場所を明るく照らすと、心なしかスイはその光たちに温もりを感じた。


「おおーっ、綺麗ですね」


 魔道具でしか照明を見ていなかったので、魔法で純粋な光を見るのは初めてだった。


「《閉光クローズ・ライト》」


 アルファルドが呪文を唱えると掌の上で輝いていた光球は消え、元の部屋の明るさに戻った。


「すぐスイにも使えるようになる。やってみよう」


「え? いきなりですか?」


「そうだ。まずは僕のように手を差し出して、闇夜を照らすイメージをしながら目を瞑ってみて」


「は、はい……やってみます……」


 スイは試しに手を伸ばして目を閉じた。瞼を下ろせば真っ暗な空間と化しているその中へ、先ほどアルファルドの行使した魔法を思いだしながら、早朝の暁光を想像した。


「どう? 何が見える?」


「朝陽を感じます。やわらかくて、あたたかな光が、見えます」


「よし、イメージを崩さずに呪文を唱えよう。《極小光(ミニマム・ライト)》って言ってみて」


 両目を閉じたままのスイは意識を取り戻して以降は初めてとなる呪文を口に出した。


「《極小光ミニマム・ライト》」


 呪文を言い終えた途端に、網膜の先がまぶしくなるのが見えた。


「——っ!」


 ゆっくりと目を開けると、そこにはアルファルドが発動した時と同様に、複数の光球が七色に輝いてスイの掌の上を舞っていた。


「で、できました! アル師匠! わたし、やりました!」


 スイの表情は驚きとうれしさが混ざり合っていた。このままだと今にも子どものようにはしゃぎそうだ。


「一回でできたね。これは凄い」


「で、でも、どんな過程で魔法が発動するようになるんですか?」


「それは今から説明するよ。その前に「《閉光クローズ・ライト》」と言って光をしまおう」


 スイは頷くと「《閉光クローズ・ライト》」と呪文を唱えて七色の光を消灯した。


「魔法の発動条件については銃をイメージしてもらうとわかりやすい。六十一ページを開けばわかるはずだ」


 スイが本を開いている間に、アルファルドは自動式拳銃の絵を黒板に描き、次に魔法の用語を照合しながら書き込んでいった。


「アル師匠。どうして銃を例に出したんですか? 最近の武器のように思えるのですが……」


「確かに銃は魔法より後から出てきたものだ。でも、魔法を説明するには銃に例えるのが一番なんだ」


 銃は弾の形に加工した魔石を撃ち出す武器で、威力の高い種類のものはハンターの間でも対魔物用の切り札として使われている。


 遠距離から攻撃することのできるライフル型、普段から携帯するための拳銃型、巨大な魔物を倒すための大砲型などが存在する。


 使われ始めたのはここ五十年の話なので古くから存在する魔法よりも新しい。


「この世界では銃——巷では『魔導銃まどうじゅう』と呼ばれている武器がある。これを魔法に置き換えるとイメージは銃弾になって、呪文が引き金になるという構造だ。つまり僕たちはイメージという弾を込め、呪文という引き金トリガーを引く。そうやって魔物を殺す」


「魔物を。殺す……」


 スイはアルファルドが言ったその言葉を反芻する。


「当たり前の話ではあるけど、ハンターは魔物の命となる魔石を貰って生活する必要がある。そのために命を奪っているという事実から逃げることはできない」


 逃げてばかりだと自虐するアルファルドも、ハダルの指導によってこの事実を受け入れる必要があった。


「傍から見れば魔物は人々の生活を脅かす外敵のようにも見える。でも魔物にも命はあるから、魔石を手に入れると同時に感謝も大切なんだ」


「魔物に感謝なんて、そんな簡単にできるものなのですか?」


 スイもアルファルドと行動を共にして巨大な空魚に襲われた。現状ではあの魔物に有難みを感じることなど微塵も感じることなどできなかった。


「魔法は本来誰かを殺すために作られたものじゃない。人の生活を豊かにするため、そして、大切なものを守るために魔法は作られた。だから魔物を殺す時にはハンターギルドに指定された必要最低限の数を守る必要がある」


「それ以上の魔物が出てきたらどうするんですか?」


「今は魔力通信機リンカーでどこに出現するか管理されている。それでも想定外の事態が出た時は、全力で逃げる」


「に、逃げちゃっていいんですか?」


「こういう時の撤退は公式にハンターギルドから認められている。規定数を倒して報告すればその時点で依頼が成立するから、残りの魔物は無視して構わない」


「簡単に言わないでください……」


 魔物の襲撃から逃れられなかったスイの出来事もいずれは経験を積んで退避できるようなることをアルファルドはひそかに望んでいた。


「話が逸れてしまったけど、魔法は黒板に書いたような仕組みだと思ってもらっていい」


 気づけば、黒板にはアルファルドの書いた文字と図柄でいっぱいになっていた。


 このまま一時間ほど授業を続けていると、不意にアルファルドが魔力通信機リンカーを取り出して時刻を確認していた。


「今日の授業はこの辺にしようか。気分転換もかねてハンターギルドの修練場へ行くけど、どうする? 魔法の練習ができるよ」


「そうですね。魔法を発動する感覚を忘れたくないので行ってみたいです」


 本を閉じたスイは両手で拳を作ってやる気十分だった。初めて自分で操った魔法の感動が目に焼き付いているのだ。


「よし、使ってみようか。装甲衣アーマーを着て行こう」


 一度各々の部屋に戻ってそれぞれの装甲衣アーマーを着用したアルファルドとスイは、本と水魔石を持ち、ハンターギルドの隣に設けられた修練場へと足を運ぶことになった。

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