第七話 到着

 雲が混ざったホロスの空は陽が傾き始めていた。

  

 アルファルドたちは討伐依頼を終えた場所から中継地点の街を一つ挟んでホロス最西端の街、カリストへ到着した。

 

 カリストは港町で海の幸が多く、市場で出店している店の品は海産物で溢れている。気候も比較的温暖ではあるが、やはり海が近いため天候が大荒れの際にはしけが発生することも珍しくない。


 現在吹いている風は心地いいものの潮の匂いが何処からともなく人々の鼻孔を刺激する。


 二人は停留エリアで魔導機を降りて長い陸路の旅を終えると、購入した買い物袋を持ちながら、ハダルの自宅へと続く石畳で作られた道をさらに西へ歩き進めた。


「スイ。疲れてない?」


「わたしは大丈夫です。さっきの街で休憩も取りましたし、何というか、この街も初めてなので楽しみです」


 スイは退院したばかりだが、体力は持ってくれているようでアルファルドは一安心している。


 長旅というものは観光することよりも移動する時間の方が圧倒的に長く、それが苦になる者も多い。


 それでも、スイは見るものすべてが新鮮なのか暇になることは多々あるが、長距離移動をそれなりに楽しんでくれているようで何よりだった。


「師匠の家に行ったら早速装甲衣アーマーを用意してもらおう。明日は魔力通信機リンカーのIDに住所を登録する必要もある」

 

 ホロス国内は酒や煙草の類の購入、ハンターギルドからの報酬を受け取るための銀行口座の開設などに身分証として現住所付きのIDを提示される機会が存在する。


 現状では住所を提示される機会がなかったものの、仮に他国に行くことになれば出入国パスの発行に現住所の情報が必須なため、変更があった場合などはすぐに役所や銀行へ変更の届け出をしなければならない。


「そういえば、アルファルドさんの住所はどうしているんですか?」


「師匠の家が現住所だよ。今日は久々に帰るんだ」


 アルファルドがハンターを始めてからは初の帰省といったところだ。


「ここはアルファルドさんの故郷なんですね」


「正式なハンターになるまでは見習いとしてずっと住んでいた所だ。一か月だけ離れていたのに随分と懐かしい」


 テトラネテス大陸で正式なハンターとなるには青年となる十七歳を越えなければハンターギルドに登録することができない。


 これは十七歳になるまで子どもと定義される者は義務教育があり、決められた時間と日数分学校へ通う必要がある。


 大抵の学校は夏と冬の休暇を除いて一日五~六時間の学業を週に六日行う関係上、基本的に子どもの就業は認められていない。


 ただしハンターギルドや商業ギルド、輸送ギルドなど各ギルドへの見習い登録が存在し、一日三時間以内で且つ健康に支障のない範囲での活動は例外的に認められている。

 

 例えばアルファルドの場合、十七歳まで学業に努めながらハダルの指導の下、ハンターギルドに見習い登録を行い、低難易度の洞窟で薬草や素材の回収依頼を主に勤しんできた。


 依頼に慣れてきた頃にはハダルと共に討伐任務への参加や、簡単な洞窟に見習い同士で徒党を組んで依頼をこなすなど地道に活動していた。このように青年たちが正式なハンターとなったばかりでも比較的難易度が高めの依頼を選択できるようになっている仕組みが成立している。


「お師匠さんはどんな人なんですか?」


 アルファルドは考え込むように少しだけ唸った。


「強いて言うなら君によく似ているかな」


「わたし、ですか?」


 スイは人差し指を自分に向けて差した。


「美味しそうにごはんを食べるところなんかそっくりだよ」


「あ、あれはたまたまお腹が空いていただけで別にいつも食い意地を張っているわけじゃ……」


 やけに早口にスイが弁解する。


「でも美味しかったでしょ?」


「は、はい……」


 さすがに実食したときの絶品ぶりをごまかすことはできなかった。


 しばらく石畳を歩いていくと、カリストの街の門(ゲート)付近までやってきたところで足を止めた。夕陽が街を照らして影を伸ばし始めた時、ついに目的地であるハダルの自宅まで到着した。


 アルファルドの実家でもあるその家は木造の二階建てで、外から見る限りでは十部屋は存在するのではないかと錯覚する。


 周囲の家屋は同じ木造りでも部屋の数が少なく、たとえ多かったとしてもそれ一部屋ごとに用意された宿もしくは賃貸だ。


 要するにハダルの自宅は傍から見れば豪邸とまではいかないものの街の外れにある一軒家としては十分な広さで大人が四人住むことも余裕だと考えられる。


「ここだよ」


「とても広そうですね」


「なんでも泊まりに来る客人がいつ来てもいいように、広く作ってもらったらしい」


 広い住まいを持っていることからカリストでもハダルはそれなりに有名人だ。訪れる人々もそれなりに格式が高い者もいるだろうという配慮から作り出された自宅だった。


 アルファルドはドアへ近づくと、慣れた手つきで自動式施錠オートマティック・ロックの暗証番号を浮かび上がった立体コンソールで入力すると、カチッと音が鳴ってドアが開錠した。


「さ、入って」


 ドアノブを引いてドアを開けると、スイを家へと招き入れた。


「お邪魔します」


 玄関はすでに光魔石を使用した照明が点灯しており、客人が来ることがあらかじめ解っていたようにも思える。


 そのまま中へ入っていこうとしたスイだったが、すっきりとした外観に反して家の中はびっしりと配線と管が張り巡らされ、さらに迷路のように入り組んでおり、どこをどう進んでいいのか分からなかった。


「アルファルドさん。これは、どうすればいいのでしょうか……」


 玄関のドアを閉めたアルファルドはおろおろしているスイにしてやったりの顔でニッとしていた。


「驚いたでしょ? 使わなくなった魔導機を再利用しているから、所々そのまんま機械部分がむき出しになっているんだ。案内するよ」


 先行するアルファルドの後をついていくスイだったが内心は不安そうだった。本当にメラクが教えてくれた通りであれば運がよかったと言い切れるものであってほしい。今はそれを信じるしかなかった。


「師匠ー、ただいま戻りましたー」

 

 アルファルドにしては間延びした声とともに配線や管が極端に少ない部屋のドアをノックする。


「おう、入っていいぞ」


 ドアの向こう側から男性の低い声が聞こえてきた。


「し、失礼します」


 意気揚々としたアルファルドとやや緊張気味のスイが天井の広い部屋へ入ると、窓の近くに置かれていたベッドの上でハダルが胡坐あぐらをかいて読書をしていた。


「よくぞ戻った、わが弟子よ。そして遠いところをよく来たな、お嬢ちゃん」


「初めまして。スイです」


「ハダルだ。こいつの師匠をやっている。さぁさぁ、適当に椅子に座ってくれ」


 この部屋には装飾品が全くと言っていいほど存在しない。あるとすればぎっしりと本が詰まった木製の本棚ぐらいで、あとは客人を座らせるための複数の椅子や作業机、そして現在座っているハダルが睡眠をとるためのベッドがあるだけだった。


 ハダルに促されたアルファルドとスイが近くの壁に置いてあった椅子を持ってきて座った。


「相変わらず質素ですね。先月とまったく同じです」


「見飽きた風景かな?」


「そんなことはないです。おかげで宿でも物を散らかさずに過ごせましたし、この部屋には感謝しています」


「それでいい。部屋はシンプルなのが一番だ」


 他愛のない会話に割り込むようにスイが思い切って話を切り出した。


「あの、ハダルさん。わたし、そ、その、メラク先生に教えられてここに来たんですけど……」


「その件ならとうに準備はできている。その前に茶でも飲もうではないか。長旅で疲れているだろう」


「は、はい……」


「僕が用意します。師匠はレッドベリーでいいですか?」


「そうだ。よくわかっているじゃないか。お嬢ちゃんにも同じものを頼む」


「了解です」


 アルファルドがキッチンへと向かうべく椅子から立ち上がり部屋を出て行った。

 部屋には初対面のスイとハダルが向かい合って座っているだけとなった。


「お嬢ちゃん。名前はスイ、と言ったな?」


「は、はい!? な、何でしょうか?」


 スイは旅の疲れじんわりと出てきたところを不意打ちでいきなりハダルに質問され、素っ頓狂な声が出た。


「話は昨日メラクから聞いている。私とアルファルドを頼ってここまで来たらしいが、そのあとの行く当てはあるか?」


「い、いえ。わたしの身体が安定したら、アルファルドさんの請け負っていただいた依頼はそこまでとなります。そこからは、自分の足で生活をしていかなければなりませんから……」


 ハダルが手に持っていた本に栞を挟んでパタンと閉じた。


「ハンターギルドの契約上はそうなるな。しかしここで一つ提案がある」


「提案って、どういうことですか?」


「アルファルドが来たらまとめて話をしよう。なぁに、悪い条件ではない。今後一人で生きていくよりはずっと快適に過ごせるだろう」


「は、はい……」


 ニヤニヤしているハダルを前にスイは妙に不安になりながら頷いたがどうにも気になってしまい、自身でも驚くほど積極的にハダルに問いかけた。


「あのっ、どうか先に教えていただけませんか?」


 スイの反応を見たハダルがさらに笑い飛ばした。


「仕方がないな。特別だぞ?」


   *


 アルファルドは魔導機の操縦室だった場所に作られたキッチンでハダルとスイの紅茶と自分用のコーヒーを淹れようとしていた。レッドベリーの芳香に最初は不快感を持っていたが、今は不思議と慣れてしまっている。


 炎魔石を取り付けた三つのコンロのうち二つをケトルで占有している。ケトルの湯を沸かし、一方には茶葉を入れてティーカップに注ぎ、もう一方は何も入れず、マグカップに入れた粉末のコーヒーに注いだ。


客人が来たときに茶を用意する習慣は、アルファルドが五歳の時に就学したころから始めていたものだ。


 いつも依頼を受けては帰宅して疲弊しているハダルや客人を見て、少しでも疲れを和らげることができればと思い立ち、茶を振舞うようになった。


 今ではハダルの好みに合わせて渋さや風味を自在に調整することができるようになり、とても好評となっている。


「師匠、スイを困らせてなければいいんだけど……」


 いらぬ心配だとは思うがハダルは遊び心があるため、スイが困惑していないか気になっている。


 アルファルドはハダルに指導を受けていた時、女性とは対等でいるように心がけていたものの、スイから不満が出てしまっていたことを少し後悔している。


 最終的にはお互い様ということに落ち着いたが、道中に機会を見つけては謝っていた。スイはもう気にしてはいなかったが、アルファルドは一層発言に気を付けることにしている。

 

 トレーに三人分のマグカップを置き、ハダルの部屋へ移動する。足元の配線を避けながら足を進めるのも慣れたものだ。


「《開錠オープン》」

 

 両手がふさがってしまっているため呪文で部屋のドアを開けた。

 

 するとハダルは胡坐をかいたままだったが、スイが立ち上がってアルファルドの方を向いていた。

 

 そして彼女は毅然とした態度で言葉を発した。


「明日からあなたの弟子としてお世話になります、アルファルドさん。いえ——アル師匠」

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