第六話 魔物討伐

「《装甲衣活動アーマー・アクティブ》」


 魔導機から障壁をすり抜けて外に出たアルファルドは呪文を唱えて装甲衣アーマーを展開し、一気に走り出した。並大抵の脚力ではないはずなのに、呼吸を荒くすることなく表情はゆったりとしている。

 

 走り出してすぐに複数の人影を発見しそれが依頼を出した徒党だと分かった。おそろいのキャスケットを被ったアルファルドより年上の男女二人組のようだ。


 男性は長い杖を持っていることから魔導士系統のハンター、女性は短剣を差していることから剣士系統のハンターといったところか。


「お待たせしました。依頼でやってきましたアルファルドです。よろしくお願いします」


 臨時の徒党に合流し、軽く挨拶をするのはハンター稼業で身に着けた風習だ。


「カペラよ。よろしく頼むわ」


「フォーマルハウトだ。よろしくな」


 カペラはペコリと頭を下げ、フォーマルハウトはニッと白い歯を見せた。


 今回の依頼は空魚そらうおと呼ばれる空中を漂う胸ビレが羽に進化した魚型の魔物を五十三体討伐するというものだ。

 

 灰色の雲に混ざりながら遥か上空から地上に舞い降りてくるという習性を持つのが特徴で、大きさは胎児ほどのものから大人の二倍近い大きさまでさまざまだ。


 鋭い牙で古くからの言い伝えで生ける者から死体まで貪る悪食な魔物として伝わっている。


 魔物としての討伐難易度は単体でなら一番低いD-10ランクだが、群れの場合数が多いと最も高い時にはC-9ランクまで難易度が跳ね上がり、初心者ハンターですら雑魚な魔物と呼ばれる部類であっても油断できない相手だ。


 幸いなことに獰猛な歯に反して動きは緩慢ですぐに走って距離を取ることもできる。さらに接近戦でも胸ビレの隙間からエラの中へ刃物を一突きしてしまえば簡単に倒せてしまう相手のため、倒し方を知っていればそれほど恐れる必要はない。

 

 現代の技術であれば魔力通信機リンカーで事前に送られてきた情報によって明確な空魚の出現地点を予測することが可能で、あとはハンターが実際に出現した空魚を各個撃破するだけなので近年になってこれらの討伐難易度は大幅に下がっている。

 

 おかげで比較的高い報酬にも関わらず難易度が低く、空魚の討伐依頼に恩恵を受けるハンターは少なくない。勿論アルファルドや合流したカペラやフォーマルハウトも例に漏れなかった。

 

 空全体が灰色の雲に包まれ、無数の点が遥か遠くから浮かび上がり始めた。その点がすべて空魚の群れだった。


「そろそろ来るぞ。アルファルド君、装甲衣アーマーを着ているみたいだが囮を頼めるか?」


「任せてください」


 装甲衣アーマーはもともとテトラネテス大陸で広く使われている最新式の兵士の鎧で、防御力は今までの鎧と比べると圧倒的に高く頑丈だ。着心地も薄手のコートとほぼ変わらない。アルファルドやハダルはこれを魔力吸収などの機能を独自に改造したものを着てハンター稼業を営んでいる。


「ありがたいな。俺は魔法で空魚を弱らせることに徹するよ」


「あたしは優先的にトドメを刺していくから、そこのところよろしくね」


 役割が決まり、三人はすぐに討伐を開始した。


 アルファルドが先に空魚の群れに向かって走り出し、群れの進行方向をカペラたちから離してゆく。次にフォーマルハウトがイメージを開始し、全体攻撃が可能な魔法で空魚たちが背後を向いたところを一網打尽。最後に生き残った空魚をカペラが倒して殲滅を完了させるといった寸法だ。


 作戦は早速功を奏し、先行したアルファルドの方向へと空魚の群れが方向転換を始めていた。


「《灼熱発撃フレイミング・シュート》」

 

 フォーマルハウトが炎属性の広範囲魔法を杖から繰り出して呪文を唱えると、背を向けた空魚たちのいる空中では放射状に広がる炎の海に包まれた。炎は宙を舞っているため草原へ燃え広がることはなく、すべてが空魚を狙って放たれたものだ。背後を狙われた空魚たちはたまらず胸ビレから生えた羽を炎上させ、悲鳴を上げながら地上へと落下していった。


「《加速増大アクセル・ブースト》」

 

 カペラは炎の波を逃れた空魚に対し、呪文の身体強化魔法を駆使して高速移動し、勢いそのままに次々とエラへ短剣を突き刺していった。空魚の噴出する血液と断末魔が短剣を通して伝わってくるが、カペラは心を鬼にして撃破に全力を注いだ。


 そして追いかけられる立場にあったアルファルドが走りながらイメージを開始し、体の向きを空魚の方向へ転換すると、紫色に煌めく雷属性の渾身の一撃を呪文と共に群れの最も大きな空魚に向かって右掌から放出した。


「《稲妻発撃ライトニング・シュート》」

 

 一直線に放った電撃が巨大な空魚に直撃すると爆発を起こし、さらに電撃が伝染するように他の空魚へも派生して連続して爆発を増やしてゆく。


 三人は即席の徒党とはいえ瞬く間にその場を圧倒し、すさまじい速さで空魚たちを掃討していく様は急激に成長したすべてを飲み込む竜巻のようだった。


 特にアルファルドは昨日戦いを諦めていた姿からは想像もつかないほどの快勝を収めていた。討伐難易度が低いこともそうだが、組んだ徒党のメンバーにも恵まれた結果でもある。


 あっという間に周辺を制圧し終えた三人は倒した空魚の数を数えて依頼内容と確認を取り始めた。


「四十一……四十二……四十三……」


 アルファルドは空魚の死骸を集めながら魔力通信機の情報と照合している。


 討伐した空魚は血なまぐさかったり、逆に焼け焦げていたりと様々な見た目や色、臭気を漂わせている。


 カペラとフォーマルハウトは空魚から取り出した風属性の風魔石と水属性の水魔石を回収し、依頼の完了報告をハンターギルドに報告しようとしていた。


「協力に感謝するよ、アルファルド君。予定よりも早く終わることができた」


「ホント、応援を頼んでよかったわ。分け前を差し引いても十分な額よ」


「いや、終わるのはまだ早いです」


「そりゃどういうことだい?」


「死骸が全部で五十二……一体足りません……」


「全部倒したはずよ。数え間違いじゃないの?」


魔力通信機リンカーのカウンターで空魚の数を数えていましたが、どう数えても全部で五十二体です」

 

 空魚には稀に陸路に整備されている魔力障壁を食い破る個体がいるため、定期的にハンターが空魚の討伐を担っている。強力な個体は体長が大人二人分以上の者と推測されており、強靭な歯で停止している魔導機を破壊することも厭わない。


「まさか……」


 アルファルドが悪寒を感じる。


 もしも最初から魔導機の中にいる人間を狙って出現を目論んでいたのであれば、それはある一人の人間が危険な領域に侵入してしまっているということだ。


 アルファルドの心がざわつき始めたと同時に魔力通信機リンカーから通知音が鳴った。


『魔導機周辺に魔物が出現しています。すぐに対処してください』


 頭をよぎった。


「スイ!!」


 アルファルドは休む間もなく魔導機を停めていた場所まで一気に駆け出した。


 追随するようにカペラとフォーマルハウトも走り出していく。


   *


 不満を言ってしまったとはいえ、話す相手がいないとこんなにも退屈なのかとスイは感じていた。魔力障壁のおかげで気分転換にハッチを開いて魔導機から離れて外の空気を吸っても魔物に襲われる可能性は低いと信じている。


 静かな風が草原を揺らしつつ頬を撫でる、とても穏やかな風景だ。こんな場所で魔物討伐が行われているのが不思議なほど平和な世界だった。


 しかしながら突発的に訪れる突風が不安材料となって襲い掛かる。あまりの風の強さに咄嗟に右腕で両目を覆う。風が落ち着き、もう一度視界を取り戻した時には、灰色の雲をも飲み込むほどの絶望が広がり始めていた。


 ガラスが割れたような音と共に魔力障壁を食い破り、羽を持つ巨大な魚がスイの目の前に現れたのだ。スイの周辺に障壁の破片が陸路へと飛び散ってゆく。


 空飛ぶ巨大魚はぱっくりと大きな口を開けて近づき、地面ごと噛みついてきそうなほどだ。


 スイは慌ててその場を離れ、全力疾走を図ったものの、つま先が草原の中に紛れていた小石に阻まれ転倒し、眼鏡も落としてしまう。立ち上がってもう一度走り出そうとするが、はっきりとした視界を確保できない恐怖で両足が震え、思うように動けない。


「い、嫌……こんなところで……」


 動け。


 動け。


 動け。


 そう念じたが一向に両足は動いてはくれない。


 隙を見逃さなかった巨大魚は一気に背中を見せているスイとの距離を詰め、ギザギザの鋭利な口ですべてを貪らんとしていた。


「《稲妻発撃ライトニング・シュート》」


 あと数センチというところで歯は届かなかった。その前にアルファルドの魔法による爆発で吹き飛んでいたからだ。


 呪文の有効射程範囲に入った瞬間、電撃を直線状に球を投げる挙動で右手から繰り出した。その一撃は巨大魚を倒すまでには至らなかったものの、動けなかったスイを救うには十分な威力だった。


「《炎刃発撃フレイム・エッジ・シュート》」

 

 アルファルドの電撃から悲鳴を上げる空魚を、今度は走りながら放たれるフォーマルハウトの火炎が強襲し、三日月の形をした炎の刃が空魚の身体を切り裂いてゆく。空を飛んでいた巨大魚は羽を燃やしながら地面に墜落する。


「《貫通斬撃ペネトレイト・スラッシュ》」

 

 最後にカペラがフォーマルハウトを追い越す俊足で堕ちた空魚へ一気に接近し、エラへ短剣を突き刺した。呪文を含んだ短剣の一撃は刀身の遥か遠くまで空魚の身体を貫き、地面を抉るほどだ。


 断末魔を上げた空魚が絶命し、ピクリとも動かなくなったことを確認して、三人は安堵の表情を浮かべた。


   *

 

「《装甲衣解除アーマー・リリース》」

 

 呪文で装甲衣アーマーを解いたアルファルドがスイに駆け寄った。


「スイ、大丈夫か?」


「は、はい……」


 転んでいたとみられるスイは呆然としていた。おそらくハッチから外を出歩いた途端に知らない魔物に襲われたのだから無理もない。多少のショックは受けているはずだ。

 

 アルファルドは近くに落ちていたスイの眼鏡を拾い、彼女に手渡した。

 

 スイは受け取った眼鏡をかけると、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。


「その、勝手に出歩いてしまって、ごめんなさい……」


 退屈しのぎに外へ出てしまったことを悔いているのか、スイはうなだれている。


 その言葉に対してアルファルドは首を横に振る。


「違う。僕のせいだ。あの時君を連れ出していれば、魔物に襲われなかったかもしれない」


「そんなことないです。あの魚はわたしを見つけて狙ってきたんですよ? どうしてアルファルドさんが……」


「倒したあいつは、魔導機ごと人を食う化け物だからだ。どちらにせよ、君の命は危なかった」


「そう、だったんですね……」


 二人の間に沈黙が広がっていた。


 討伐難易度は上がるものの、スイを守りながらでも空魚の討伐は不可能ではなかった。カペラが前衛になり後衛のフォーマルハウトが空魚にダメージを与えたところをアルファルドがその場から中間距離から動かずトドメを刺すという方法もあっただろう。


 アルファルドは、自分はミスをしてばかりだと自虐しそうになった。


 スイは自分の取り巻く環境がいかに脆弱なものかということを知った。一歩選択肢を間違えれば現在保護をしてもらっているアルファルドも自分の命もいつ何時危ぶまれるかわからない状態であると自覚し、しばらくの行動には気を付けようと決め込んだ。


「ほらほら、二人とも暗い顔しないの!」


 二人の沈黙を破ったのは、討伐依頼を共に遂行したカペラだった。


「依頼は成功したんだし、終わりよければすべてよしじゃない?」


 両手を腰に当て晴れやかな笑顔を見せる。


「障壁が壊れたからびっくりしたでしょ? 外は何があるかわからないから気を付けた方がいいわよ」


 カペラはスイに駆け寄り、彼女の片手を握りながら起こした。


「あの……ありがとう、ございます」


「良いってことよ!」


 カペラがにっこりと笑った。


 つられてスイも笑顔になる。


 スイはカペラに支えられながら、何とか自身の両足で立ち上がることができていた。


「これで五十三体目の個体だな。お連れさんも無事で何よりだ」


 空魚の死骸を見つめたフォーマルハウトは魔力通信機リンカーを取り出し、今度こそハンターギルドに報告を始める。


「しかし妙だな。空魚の個体が単独でここまで離れるなんて、魔力通信機リンカーの情報にあった空魚の習性からは逸脱しているぞ?」


 ハンターギルドへの報告を終えたフォーマルハウトが首を傾げていた。


「非常に稀な例だと思います。どこからか嗅ぎつけて群れから離れたところに一人勝ちを狙ったのかもしれませんね」


「ありうる話ではあるな。人間の世界だって意地汚い奴らは腐るほどいる。空魚も例外ではないってことか」


「そういうことになりますね。今後とも気を付けます」


 アルファルドとフォーマルハウトがやり取りをしていると、カペラがスイの両手をつないではしゃいでいる。


「ねぇ、せっかくだから連絡先交換しない? いい巡り合わせだと思うし、また時間の合うときにまた一緒に依頼をしたいわ。それにこの子スイちゃんっていうの? ものすごくカワイイ!」


「えっ、えっと……あの……」


 スイはカペラの過剰なスキンシップに混乱している。その証拠にカペラは過度ではないかと思えるほどスイをおさわりしていた。


「カペラ、あまり相手のお連れさんを困らせるな。アルファルド君、折角の機会だ。情報交換も兼ねて魔力通信機リンカーの連絡先を教えてはくれないだろうか」


「僕は構いません。ここで出会ったのも何かの縁ですし、是非また徒党を組ませてください」


「よし、決まりね!」


 カペラが素早く魔力通信機を取り出すとすぐにスイと連絡先の交換を始める。


 スイもカペラに教わりながら交換を進め、無事に終わると今度はフォーマルハウトと連絡先を取り合った。


 アルファルドも同様に徒党を組んだ二人と連絡先を交換して即席の徒党を正式に解散することになった。


 カペラたちの使う魔導機が自動操縦でやってくると見送りの時間となる。


「これは俺たちからの個人的な追加報酬だ。受け取ってくれ」


 アルファルドは皮袋に入った風魔石と水魔石を二十個ずつ、計四十個の魔石を手に入れる。


 基本報酬に加えこのような形で魔石を貰うことは珍しくなく、特に風魔石も水魔石も貴重といえるほどの希少性は薄いものだ。それでもアルファルドにとってはこの上なく嬉しい報酬だった。


「ありがとうございます。水魔石は欲しかったので助かります」


「売るなり使うなり好きにするといいわ。じゃああたしたちはこれで。スイちゃん、またね!」


「あ、ありがとうございました……」


 控えめに礼を言ったスイだったがこの短時間で一気にカペラと仲良くなったようだ。おそらく初めての同性の友達になったのだろう。次第に表情がにこやかになり内心はとても嬉しそうにしている。


「お二人ともお元気で!」


「じゃあな!」


 カペラとフォーマルハウトが乗り込んだ魔導機が発進し、陸路に合流して東の方へと加速しながら草原を去っていった。緩やかに吹く風だけが、後には残るのみだった。


「さて、僕たちも行こうか」


「そうしましょう」


 カペラたちを見送ったアルファルドも魔導機を発信させる準備を始める。


 アクシデントはあったものの、二人は満足げな表情を浮かべて魔導機へと乗り込んでいった。

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