第五話 師のいる地へ

 カレイドが東端の島国であれば、二つ国を跨いだ先にあるホロスは真逆の地ではるか西側の国だ。


 天候もまさに真逆で東が晴れれば西は曇りか雨の予報が出ることが多い。先ほどまで快晴だった空は灰色の雲で覆われ始めており、魔力通信機リンカーで調べた気象情報によれば、降雨する可能性と曇りのままの可能性が半々となっている。

 

 仮に外が雨粒で覆われたとしても、比較的音が大きい駆動音以外は魔導機の中は快適に過ごせるようになっていた。シートベルトは着用するものの、ゆったりとしたソファのような柔らかなシートの操縦席と助手席が据えられている。


 そして何よりアルファルドたちの搭乗する魔導機は自動操縦が可能で、あらかじめ指定した整備済みの高速移動用陸路を経由すれば、遠回りになるが魔物の群れと対峙することなく目的地まで運んでくれるのだ。


 陸路は周辺を魔力障壁に包まれており、都市と同様に魔物の侵入を防ぐ役割を持っている。個人で使う分には値は張る方なのでかなり奮発した。


 自分と彼女を運ぶのだ。アルファルドの身もスイの身も大切にしなければ道中事故を起こして命を落とすことは大いにある。だからこそ多少の金額を上乗せしてでも心地よい環境を整えるべきだという持論があった。

 

 今日の移動はアルファルドが宿を取っていた都市イオから西へおよそ五百キロ先にあるホロス最西端の地カリストへと足を踏み入れる予定だ。道中複数の中継地点となる街で休憩を挟みながら海岸に建てられたハダルの自宅へと向かう。

 

 現在アルファルドたちは草原の中に作られた陸路を通り魔導機の中で時折行き交う他の魔導機とすれ違いながら、二つほどの中継地点となった街を経由して移動を続けている。

 

 ちなみに二つ目の街ではバイキング形式の飲食店に入り昼食を取ったがスイは人並み以上に食欲があり、普段から食の細いアルファルドはかなり驚いた。

 

 メラクが推測した通りスイはカレイド出身なのか、カレイド産の白米を使用した大盛りの炒飯チャーハンを美味しそうに口いっぱい頬張っていた。おかげでスイは記憶を失って以降は初めてともいえる満腹感で満たされたようだ。


 一方大豆の入ったサラダの類を食べたアルファルドの食事量は少なく、八分目よりは七分目で抑えている様子だった。常人よりも少ない栄養の摂取だったが自身はそれで充分満たされている。


 食後の密閉された魔導機の空間ではレストランでのほのかな料理の匂いが広がっていた。特にスイは炒飯を食べたので胡麻油の香ばしい香りに包まれている。


「お昼ご飯、とても美味しかったです」


 スイは満足そうに笑みを浮かべている。病室で表情が曇っていた時と比べて格段に豊かになったことはアルファルドとっても喜ばしいことだ。


「あんなに食べるとは思わなかったよ」


 アルファルドは正直なところ、偶然入った食べ放題の飲食店に救われたと感じている。数日前に入った臨時収入の分が危うくスイの食費だけで消えてしまうところだった。魔力を大幅に消費する分、それらを保持する体力までごっそり持っていかれるのだろう。


 操縦席に座るアルファルドは非常時に備えて左右対称に作られた両腕で扱うハンドルを握っている。現在自動操縦ではあるがライセンスを所持したパイロット等が不測の事態にいつでも対応できるよう、この魔導機はハンドルに常時触れなければならない仕様となっている。


「とてもお腹が空いてしまって、気づいたらデザートもおかわりしてしまいました」


 ハダルといいスイといい、アルファルドの周囲には身近なところに大食らいが存在している。


「また同じようなお店があるといいなぁ……ははは……」


 アルファルドは苦笑していた。この調子で所持金が消えてしまうのはたまったものではない。今後は食事面においてスイが自重してくれることを信じたい。


 スイが魔導機のスクリーンに表示された位置情報をまじまじと見つめている。


「あと半分くらいですね」


「ああ、このまま何もなければいいんだけど」


 大抵は魔物に出くわすこともなく時が過ぎていくことが多い。アルファルドがハダルに会いに行くときも同様だった。


 十五分ほど移動を続けてスイが魔力通信機リンカーで新聞の記事を見尽くし退屈になりかけていた時、不意に操縦席の上に置いていたアルファルドの魔力通信機リンカーから着信が入った。

 

 浮かび上がったホログラムの文字を見ると、相手はカリストの中心地に拠点を構える、イオとは別のハンターギルドだった。


「《開錠オープン》」

 

 アルファルドが短く唱えると音声が認識され、通信相手との通話が始まった。


『こちらはカリストのハンターギルドの『飛燕ひえん』です。『遠雷』さんの魔力通信機リンカーで合っていますでしょうか?』


「こちら『遠雷』です。確かに合っています。どうしました?」


『近くの陸路周辺で緊急の魔物討伐依頼が出ました。既に動き出している徒党パーティに臨時で入っていただきたいのですが、どうかご協力いただけないでしょうか?』

 

 移動中に緊急依頼が入るのはたまにあることで、討伐依頼の場合大抵の魔物は雑魚の部類に入る動きがゆっくりで大人より小さいものが多い。


 強力な魔物は森林の奥深くや遺跡の内部にいることがほとんどのため、ランクの低いハンターでも案外遂行することができる。


 それでも単独で動けば命取りになるという危険は孕んだままなのでCランク以下のハンターは徒党を組むことをハンターギルドは強く推奨している。


 また、状況によって戦力が不十分だと徒党側が判断した場合には、ハンターギルドを通して臨時に徒党を組めるハンターを募集することもできる。メンバーとしては非正規で短時間限定ではあるが、徒党の命が脅かされる緊急依頼も少なくないため報酬はそれなりに高く、一泊分の風呂付の宿が取れるだけの臨時収入になる。


 ちなみに緊急依頼を出した徒党の報酬は元の依頼の報酬から緊急依頼提出分の料金を差し引いたものが総合的な金額になる。


 報酬自体は減額されるものの命と引き換えに高い報酬を得ることは諦めたほうがいい、そんなご時世だ。


「僕のハンターランクはD-5です。それに合う条件の依頼でしたらお受けします」


『緊急依頼の難易度はD-8です。問題ありません』


「ありがとうございます。受諾します。魔物の種類と数、合流する徒党パーティの位置情報を送ってください。すぐ魔導機に反映させます」


 直後アルファルドの魔力通信機に文字の羅列がホログラム上に浮かび上がり始めた。そこには受付係に頼んだ情報すべてが表示されていたのだ。そしてすぐさま操縦席前のスクリーンに同様の詳細が中心部分を除いて白く発光する文字で映し出されていた。


『依頼を受けていただきありがとうございます。たった今情報を送信しました。依頼の成功を聖女ステラ様と共に祈っています』


 音叉の鳴る音と共にホログラムが消えてハンターギルドの通信が終了した直後、アルファルドは非常に気分が高揚していた。


「よし、やってやろうじゃないか!!」


「アルファルドさん? さっきの通信って……」


「行き掛けの駄賃だよ。ひと稼ぎしていく」


「寄り道なんてして、わたしの身体は大丈夫なんですか?」


「病気の特性上あと丸一日以上は問題ないよ。もしも一日以上経過したらカリストの治療院に行って輸液をすればいい。これくらい大丈夫さ」


「今のアルファルドさんはお金の事しか頭にないんですか……」


 スイが初めて溜息を吐いた。


「いや、この報酬は君の治療費や装甲衣アーマーの費用に充て——」


「言ってるそばからお金の話じゃないですか!」

 

 しまったとばかりにアルファルドは口に手を当て、直後に何とか弁解しようと試みた。


「これは違うよ!? 誤解だ!! 君だって生活に必要な服を買ったんだから僕もこうして依頼をこなさないと生活に必要な資金を確保できなくなるんだよ! ハンターが路頭に迷うことは許されないんだからね!?」


「それとこれとは話が別です!!」


 逆効果だった。スイの心を知ることがアルファルドには難しかったようだ。

口には出さなかったが、スイはとても表情豊かな少女なのだということを痛切に感じた。


「もう、さっさと依頼を終わらせて下さい!!」


「わ、わかった。僕が悪かったから……ごめん……」


 アルファルドは素直に謝ったものの、スイはムスッとしながら景色の流れるスクリーンをじっと目で見つめるだけだった。


 ハンターギルドが指定した目的地に到着するまでの間、機内の二人には無言の空間が広がったまま時間が流れていた。 


 スイは自分の不安定とされている身体を蔑ろにされたような気がして怒りが収まらなかった。鋭い剣幕というよりは不満を含んだものが近い。


 この青年は自分のことが大切ではないのかと問いたかった。いや、大切にしてもらっていることは事実だが、いざお金がどうとか生活がどうとかの現実的な話を聞かされてしまうとどうにも二の次にされてしまっているような気がしてならない。


 記憶喪失で自分自身の何もかもが解らない中でアルファルドは理解を深めてくれる最も近い存在だと思っていた。


 しかし先ほどの言動で現金な部分を覗かせたことに幾分腹が立って仕方がなかった。それでもスイのIDに関する情報は不完全で怪しまれる対象にもなりかねないため、今は保護者の立場にいるアルファルドに感謝している。


 しばらくして、自分も言い過ぎたと魔導機の中で時間が過ぎていく度にスイには反省の色が濃くなってきた。


「あの、アルファルドさ——」


 無言の空間を何とか止めようと勇気を出してスイが呼んだ時だった。


 何かに引っ張られるように魔導機が一時停止した。依頼の目的地に到着したのだ。


「僕一人で出るよ。ちょっと留守番していて」


 アルファルドはシートベルトを外して魔導機のハッチを開けようと動いていた。


「あの、わたしまだ——」


 何とか引き留めようとするスイだが、アルファルドは首を横に振った。


「謝らなくていい。悪いのは僕だし」


 青年ハンターは少女を安心させようと笑顔を作った。


「は、はい……」


「じゃあ、行ってくるから」


「……」


 魔導機のハッチが外側から閉じられ、機内はスイ一人となった空間に沈黙が流れるだけだった。

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