第四話 魔導機と魔力通信機(リンカー)

 治療院で合流したアルファルドとスイは、街の中心部に位置する煉瓦造りの服屋へ行き、スイの羽織っていたボロボロのロングコートを処分してもらうことにした。そして彼女の服も新調することになった。


 フィッティングルームでスイが上着として着ていたロングコートを脱ぐと、そこにはほの暗い光をも吸収する黒いインナーで華奢な身体が覆われていた。誰に授けられたわけでもなく、気が付いた時には身に着けていたものだ。


 何となく直感で選んだ服はカレイドの女性が近年着用している腰に帯の付いた身体の線を隠す長袖の青いワンピースだ。このような無国籍の服のことを和洋折衷と呼ぶらしい。


 特に拘るわけではないが、インナーの上からワンピースを着て、フィッティングルームを後にした。



 服の支払いはすべてアルファルドの手持ちの現金だ。女性の店主からは「今時現金なんて珍しいわね」などと言われるが、理由はよくわからなかった。この他にもフリルの付いた無地の寝間着や動きやすい普段着などを買い、両手に紙袋を引っ提げてスイは店を出た。


 店の外では魔力通信機リンカーでアルファルドが通信相手とやり取りしている。


「情報はメラク先生から伝えられた通りです。これからその子と一緒に向かいます。それではまた——」

 

 通信を切ったとき、買い物を終えたスイがやってきた。


「アルファルドさん。お待たせしました」


「荷物持つよ。それにしても似合っているんじゃないか? 今の季節に良い服装だ」


「ありがとうございます。その、変じゃないですか?」


 アルファルドに買い物袋を渡したスイは記憶を失ってから着たことのない服に戸惑いを見せている。


「全然そんなことはない。年頃の女の子らしくていいじゃないか」


「こういうの、よくわからなくて……」


魔力通信機リンカーで調べればいろいろ出てくるよ。使い方はわかる?」


「いえ——これがあると知ったのが昨日の事でしたから」


 アルファルドはスイに魔力通信機リンカーの操作を一通り教えた。声紋と虹彩で認証することや、魔力情報誌から今流行しているファッションのページを、立体コンソールを操作し検索して閲覧するなど、短時間ながらスイは呑み込みが早かった。記憶にはないだけで身体が覚えていたのかもしれない。


 だが肝心のIDに関する情報が何処にも見当たらなかった。

 判明しているのはやはり名前と生年月日、そして個人番号のみで、現住所はアルファルドが確認しても空欄となっていた。

 

 居所のはっきりしない人物を保護し続けて良いものなのだろうかと悩むが、すべてはスイの身体に合った装甲衣アーマーを身に着けてもらい、最低限の生命維持を彼女の手でできるようになること。今のアルファルドはそれだけを念頭に置いている。


 面倒ごとは好きではないが、経験上依頼を放棄した場合は高額な違約金が発生するうえ、発生さらに面倒になることをアルファルドは知っている。


「意外と簡単なんですね」


「そう最適化されている。これを作った技術者の人たちに敬意を払いたいくらいだ」


 魔力通信機リンカーが一気に普及した現在では恩恵を受けていると感じにくいが、頭角を現した当初はきっと大きな技術革新だったのだろう。直接ハンターギルドや大衆酒場に依頼を書いた紙を掲示板に張り付けていた時代から一気に指先の操作一つで依頼の受諾や完了の報告までをこなせるようになったのだから効率が各段に良くなったことは間違いない。すさまじく情報が速く行き交う時代に生まれたものだ、とアルファルドは思った。


「さて、操作も一通り覚えたところで行こうか。買い逃しはない?」


「はい。お金までありがとうございました」


「いいって。僕が使えるのは現金だけだし」


「そういえばどういう意味なんですか? お店の人が珍しがっていましたけど」


 店主の言葉が妙に引っ掛かっていた。どうしてお金を使うことがこんなにも不思議がられるのかよくわからなかった。


「あ、いや……うん。別にたいしたことじゃない。先に行こう」


 この時、アルファルドの言葉が詰まり何かを隠しているようにも思えたが、スイにはその理由を知るまでには至らなかった。


 二人は服屋から歩いて十五分ほどの場所にある移動用の魔導機の発着場に到着した。


 発着場というだけあって様々な魔導機が地面をすべるように行き交っては停留エリアにいる乗客を乗せて町の外まで運び出していく。


 労働を行っている平日とはいえ、観光に来たのか遠い地の民族衣装を身に着けた男女の集団や木製のコンテナを台座だけのシンプルな構造の魔導機に乗せて運ぶ商人などで随分と盛況している。


 アルファルドがスイの救助に使用したシャトルの形を模した魔導機とは違って翼はなく、全体的に橙色の細長いフォルムをしていた。ボディの所々から真っ白な蒸気が噴出している。


「空を飛ぶんですか?」


 スイは治療中にアルファルドから空飛ぶ魔導機によって運ばれた話を聞き、今度もそれと同様の乗り物に乗るのではないかと問いかけた。


「正確には浮くだけだよ。地上を移動するならこいつが一番だ」


 魔導機の中にはいくつか種類が存在し、非常にコストがかかるがその分遠くまで空輸も可能なシャトル型や、今まさにアルファルドたちが乗ろうとしている地面ギリギリの低空飛行で悪路をも飛び越えて行ける陸上移動型などが存在する。


 アルファルドが初めてスイと出会った時の魔導機はどちらかといえばシャトル型だったが翼がなく形もずんぐりむっくりだったため、むしろそれは脱出装置に近いものだ。


 魔導機の構造としては魔石の一種である重力石じゅうりょくせきを動力源として組み込み、空中を波の上をすべるような感覚で移動することができる。多少の揺れはあるものの大半は乗り物酔いになることは稀でよほどの強風であおられない限りは無縁だ。


 今回は二人乗りの陸上移動型魔導機に乗り込み、師匠の待つ拠点へと向かう予定だ。


「カウンターでチケットを貰いに行こう。魔力通信機リンカーに魔力チケットを入れる必要がある」

「なんでもできるんですね、これ……」


 スイが魔力通信機を取り出しながら呟いた。


「もはや身体の一部だよ。これのない生活は考えられないほどだ」


 魔導機の停まっている停留エリアのすぐ近くにある魔力チケット発行カウンターに着くと、そこに担当する人の姿はおらず、高さ三メートルほどの武骨な四角柱の形をした魔導機が複数台存在していた。


 うち一台へアルファルドが魔力通信機リンカーの盤面にある時計の文字盤を魔導機の中央に搭載されたレンズにかざし、次に両目をレンズに照合させ虹彩認証を完了させる。すると音叉を鳴らしたような通知音が聴こえ、二人分のチケットを受け取ったことが通知された。


 その後スイの魔力通信機リンカーに一人分のチケットを送信し、先ほどと同様に通知音が鳴ったことで彼女のチケットの受け取りが完了した。


「よし、あとは乗るだけだ」


 あとはチケットを入れた状態で魔導機の中に入れば自動的に認証される。


 スイが先に魔導機の中に入り、その後アルファルドが乗り込もうとした時だった。


「そこのハンター、止まれ」


 背後から聞こえてきた低い声にアルファルドは一瞬だけ硬直する。


 振り向くと、黒い仮面を被った男らしき人物が目の前に立っていた。白いローブを羽織っており、内側の衣服はローブに隠れて見えない。スイ以上に謎に包まれているようにも思える。


「誰だ?」


 アルファルドはその姿に身に覚えはなく、今までハンターギルドで依頼した者の中にもこのような仮面の男に接触した記録はない。


「名乗りはしない。だが同業者ということだけは伝えておく」


 通常ハンター同士の交流は大衆の集う飲食店やハンターギルド内、もしくは仲間内の魔力通信機リンカーでやり取りを行うことがほとんどだ。今のように見ず知らずのハンターが声をかけるということは非常に稀だ。よほどの変わり者でしかない。しかも仮面を着用しているので圧倒的に怪しい人物としか言いようがない。


「目的は何だ?」


「警告を伝えに来た」


 少しの間を置いて仮面の男は告げた。


「少女に関わるな。狂わされるぞ」


「どういう意味だ? そしてなぜ彼女を知っている?」


「そのままの意味だ。後者には答えない。平和にハンター稼業を続けたければ依頼を放棄しろ。以上だ」


「おい、待てっ!」


 仮面の男は踵を返しあっという間に早歩きで混雑している停留エリアの雑踏の中へと消えていった。


 アルファルドは無意識に右手を伸ばしていたがそれは仮面の男には届かず、極めて無意味だった。


「なんなんだいったい……」


 他人に何かを言って去る変わり者はたまに見かけるが今回の人物は特に異質だった。自分の受けた依頼を他人にとやかく言われる筋合いなどない。今はただスイを師の元へと届けるために動くだけだ。


「どうかしましたか?」


 アルファルドが来ないことを不思議に思ったのか、スイが魔導機の出入り口からひょっこりと顔を出していた。


「いや、なんでもない。行こう」


 魔導機に乗り込む直前、アルファルドは男のいた方向をもう一度視認した。


 当然ながら、そこには人混みが見えるだけだった。

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