第二話 救出

 街の外れから避難しにきた初心者ハンターでごった返す、入退場可能な自動開閉機能付きのゲートまでアルファルドは人波を避けながらどうにか歩きを止めずに進んでいた。


 周囲では人々が門番代わりの高さ二メートルほどはある箱型魔道機に向かって魔力通信機リンカーに登録された個人番号記録であるIDを提示する光景が散見される、アルファルドにとっては飽きるほど見慣れた日常だった。


 とはいえ、毎度のことながらホロスの地方では真昼時に流星を観測後に退避するハンターが殺到する現象を少しでも改善した方がいいのではないかと役所に要望を伝えたいぐらいだ。それでも予算の都合を考えれば国にできることは限られてくるのだろう、一向に改善は見られない。現状維持ということで纏まっているようだ。


 アルファルドは例によって人の流れに逆らいながら町の出口を目指してひたすら突き進んだ。


 魔物に襲われる危険を恐れて大半のハンターは町に消えていく中、どのような人物か詳細の書かれていなかった依頼へ単身、飛び込む決意をした。傍から見れば、それは自らの生活のために命を賭す無謀な姿だ。

 

 実力を過信して魔物に立ち向かった結果死亡する事例は後を絶たない。特にアルファルドのような青年になりたてのハンターには当たり前のように起こる事例だ。

 

 このような事態を防止するためにもハンターギルドは登録を行ったハンターたちには積極的に徒党を組むように指導している。よほどの力を持っていない限りは単独での依頼の遂行はお勧めできない。それでもアルファルドは、わざわざ魔物の大量発生が宣告されている草原へと足を踏み入れようとした。


 箱型魔導機にIDを提示し、町の外へと繰り出した。何人かは驚きを隠せずアルファルドの方へ視線を移したが、特に気にしなかった。


 魔導機から人を救出する依頼をこなすのは初めてではない。寧ろ何度か遭遇してきたものだ。


 救出が困難な状況の中、アルファルドは少しでも生存者を救いたいと思えるだけの理由があった。


 十年ほど前、S-1ランクのハンターが依頼で一時的に徒党を組んで行動した際に魔物の討伐を終えたばかりにもかかわらず、不時着した魔導機を発見してメンバーに救助を促したことがある。最初はメンバーから「関わるとろくなことにならない」と呆れられたが、しぶしぶ救助を終えた後にかなりの額を助けた人間から個別に支払われたことがあった。

 

 それだけでなく、救助をしていなければ、時間差で危険な魔物と遭遇することになるとのちに判明して命拾いするに至った。それ以来、共に徒党を組んだメンバーたちが自主的にげん担ぎの意味も込めて魔導機からの人命救助依頼を進んで受け、それが広まったことがある。


 今では緊急依頼でこのような魔導機からの救助を行うと幸運が運び込まれるというハンターたちの言い伝えが残されている。

 

 アルファルド自身もげん担ぎの意味も込めて、ハダルからハンターの指導を受けて以降は積極的に依頼を受けるようになった。こうして際限なく依頼をこなせているのも、救助依頼を優先してきた幸運が味方しているのだと言い聞かせていた。

 

 今回の依頼は不時着した地点から町まではそう離れておらず、魔物に気を付ければ徒歩で行ける距離だった。無論万全を期すために空路移動用の魔導機を魔力通信機リンカーから呼び出して目的地まで移動しても良かったのだが、いかんせん収入の少ない新人ハンターには高額で往復の金額を払えば一泊分の宿代が飛ぶ。そのため徒党のメンバーで移動費を割ってしのぐ必要も出てくることから嫌でも徒党を組む利点はある。


 宿に泊まることができているとはいえ、アルファルドも新人ハンターの例に漏れず懐事情は心細く、しかも徒党も組まないため自分の足で依頼を遂行する必要があった。個人で魔導機を持つ人物は裕福な者も多く、緊急依頼に重ねて追加の報酬が払われるケースは少なくない。


 それでも最低限の生活防衛資金が底をついてしまわぬよう、アルファルドは金銭面でも細心の注意を払っていた。


 魔導機を呼ぶのは傷病者の可能性がある場合のみだが、こういった事故の際は高確率で負傷または身体に何らかの疾患を発症している例が後を絶たないため必然的に魔力通信機リンカーで呼び寄せることになる。


   *


 狼の姿をした魔物の群れが、一歩一歩と二人の人間を食い殺そうとよだれを垂らしながら近づいてくる。よりにもよってアルファルドより上のCランク相当の魔物の群れに遭遇することは想定外だった。


(ランクに差がありすぎる。これは逃げた方がいいな——)


 アルファルドは魔物との戦闘に巻き込まれるのは覚悟の上で救出を開始したが、単独でで、さらに意識がはっきりとしていない一人の少女を守りながら戦うというのは人生では初めての経験だ。本来であれば徒党を組み、協力しながら魔物を撃退して救助者を保護するというセオリーを通っているはずだ。


 真昼の流星が降る時間帯に単独で飛び込み、いつ止むかもわからぬ魔物の群れに抵抗しながら人を守護する——いくら修練を積んだハンターでも片方を、若しくは両方を捨てざるを得ない状況であることは明白だった。はっきりと言って無茶苦茶としか言いようがない。しかも、助けた少女から必ずしも報酬が支払われるという確証があるわけではない。自分の命を優先して見捨てることも残酷ではあるが不可能ではない。


 アルファルドは選択しなかった。自分だけが生き残ることも、少女に死を選択させることも。


 幼いころから師匠からハンターと魔導の指導を受け、一か月前に正式なハンターとなった。師匠に恩返しがしたいという一心と、高額の報酬を得られる千載一遇のチャンスを何としてでもつかみ取りたいという執念が今、この場を作り出している。


 紫電のように輝きを発した装甲衣アーマーを展開し、戦闘態勢をとっているアルファルドのコートはハンターとしての身なり以上に重要な武器でもあった。


 生まれつき体内の魔力が極端に不安定な状態に陥る先天性魔力不全症候群せんてんせいまりょくふぜんしょうこうぐんという疾患を患っており、外部から魔力を輸液して体内に定期的に流し込まなければ一定時間で死を迎え入れることになる、ホロスでも非常に稀な症例の病だ。


 しかし、アルファルドの身につけているコート——装甲衣アーマーには呪文によって空気中に存在する魔力を活発な状態にして体内に精製して送り、さながら生命維持装置の役割を担っている。


 それだけでなく、魔力が全身に行き渡った際には走力や跳躍力、腕力など人間が持つ元々の力を最大限に引き出すため能力が一気に向上し、生身では不可能に近い攻撃力や回避能力を以て魔物に対抗する力を用いることができる。

じりじりと近づく狼たちが体勢を屈め、跳びかかる直前の動きを取った。


 両腕にバチバチと光る紫色の電光が、アルファルドの周辺を支配するかのように全身がビリビリと電気を帯びている。


 それでも狼たちはひるまずにアルファルドの方向めがけて突撃してきた。

最も近づいた一匹が跳びかかってきた。

 

 アルファルドは逃げる様子もなく、かといって攻撃の動作をむやみに続けることもしなく、勢いよく右掌底を突き出しただけだった。周囲全体を、自らを捕捉する

 

 魔物たちを覆いつくすようなイメージを頭の中で思い浮かべながら——。

 

 ただ無防備に右手を差し出しただけなら、今頃は狼の牙の格好の的となるためちぎれていることはいうまでもない。だが、次の瞬間、アルファルドが早々に呪文を唱えた。


電撃麻痺領域エレクトロ・パラライズ・フィールド


 電撃を纏ったアルファルドの掌から衝撃波が広がった。それが周囲の空気を伝って広がった瞬間、狼の群れが感電したのか一気に動きが鈍くなって転倒し、動けなくなってしまった。前方だけではない。アルファルドたちの後方から襲おうとしてきた狼たちまで絶命したように活動を停止していた。この魔法の半径二メートルは領域の射程外となるため、背後で守る少女には影響が出ない。


 救出と脱出のための第一関門をクリアしたと言ってもいい——と思えるはずだった。


 魔物たちが電撃魔法で麻痺している隙に、アルファルドは装甲衣アーマーを展開して強化された状態の肉体で少女を抱き上げ、できる限り街の方向へと走った。街の領域に入ったところでゲートとその周辺を大きく囲む魔除けの魔力障壁が魔物たちを阻むため、それ以上は追ってこなくなる。おまけに魔導機の移動コストも下がり、請求される貸し出し費用も安上がりと一石二鳥だ。


 しかしながら、呼び出したはずの魔導機はまだ到着しておらず、少しでも魔物の群れから自分たちを引き離しておく必要があった。


 アルファルドは魔物たちを倒すという選択肢も頭の隅にはあったが、戦闘用の魔法は一方向のものばかりで、攻撃を繰り出しているうちに背後を狙われてしまう可能性の方がずっと高かった。


 非殺傷ではあるが範囲を全方位に広げられる魔法を繰り出し、足止めしている間に安全な場所まで避難ができてしまえばベストだが、現実はそう甘くはなかった。


 人を抱えたまま常人としては相当な速さで走っていたアルファルドだったが、麻痺状態から回復した狼の魔物たちが一気に距離を詰めてきた。さらに逃げ道を先回りされ、幾匹にも群れの数が増大しているのが目に見えて分かった。アルファルドは堪らず足を止めるほかない。


 先ほどまで死んだように麻痺していたとは思えないほどの回復力を見せアルファルドたちを猛追してきた狼たちは、再び追い詰めたとばかりに四方八方を包囲した。もう一度領域を作っても同じことの繰り返しになるだけだろう。随分と魔物たちは執念深い。このまま逃げ続けてもまた追いつかれるだけだ。


 手詰まりに陥った。

 

 街へと続く道であるとはいえ、草原の真っただ中で遮蔽物もない。

 

 当初隠れていた森林近くの茂みからも一気に離れてしまい、魔導機を呼びつつ少しでも町へと近づこうとした行動が完全に裏目に出てしまった。


 今から狼たちの群れをかいくぐり、森の中で撹乱しながら全力で逃げることも一人では難しくないだろう。


 だが、両腕に少女一人を抱えている中で単独時と同様に動くことはできない。いたずらに魔力と体力を消耗し、下手をすればほかの魔物に狙われて二人とも命を奪われる状況を作ってしまう。


 せめて上空に魔導機が到着していたならば一気に跳躍し、少女もろとも機内へ乗り込むことも考えた。


 頼みの綱の魔導機は来ない。


 逃げなければアルファルド自身の命も危ぶまれる。


 少女を見捨てるという選択肢はない。これだけは譲れない。


 ここで依頼を放棄すればハンターとして得られるはずだった報酬も水の泡だ。またとないチャンスを掴みかけているというのにそれを手放すとなれば、これまで積み重ねてきた実績を一瞬で失うこととなる。ハンター稼業というものはそれだけシビアな世界だ。


 前後左右どこを見ても四面楚歌。完全に魔物たちに囲まれていた。


 どうやら一人のハンターの命運がここで尽きかけているようだ。


 徒党を組んでもいなければ信頼できるハンターの助け船も来ない。単独で行動すれば当然の結果だった。

 

 二人とも助からないと悟ったアルファルドは、神に祈りを捧げるように無意識に目を閉じた。

 

 ホロスの民が信仰する聖女ステラの姿を思い浮かべた。祭服を纏い、誰にでも優しく、そして柔和な笑顔で民に接している様を想像した。このまま魔導機というただ一つの望みが来なければ、アルファルドの命は空から見守る聖女にとってもそれまでの命だったということだ。


 最後まで少女を捨てることを選ばず、ハンターとしての誇りと共に散ることを決め込んだ。


「終わりか……」


 アルファルドが呟いたその時。


闇流領域ダーク・ストリーム・フィールド

 

 意識を取り戻した少女が手を伸ばしながら声を発した。もっと言えばそれはいにしえから伝わる闇魔法の呪文だった。


「!?」


 突然の事象にアルファルドは思わず両目を見開いた。


 魔力をほとんど感じなかった少女の体にいきなり膨大な量の魔力が全身へと吸収されると、それらを一気に湯水のごとく放出した。アルファルドはその魔力の変化を全身で感じ、鳥肌が立った。


 全方位に広がる暗黒の衝撃波が少女の周囲から一気に拡散し、すさまじい速度で魔物たちへと襲い掛かる。


 闇の波に飲み込まれた狼たちの断末魔が一斉にアルファルドたちの耳の中へ入ってくる。


 真っ黒な物体に変化した後は死体になることもなく風に流されて粒子となり、最初から存在していなかったかのように跡形もなく消滅し、後には戦利品である魔石が多数転がっていた。


 少女の中に秘められていた力が発動したと同時に、現時点でアルファルドの積み重ねていた運が、不運の塊であった魔物たちに勝利したことを知らせる瞬間でもあった。その証拠に、呼び出していた自動操縦のシャトル型魔導機が、魔物たちが消えたと同時に駆動音を響かせながら翼を広げ、遥か上空からアルファルドたちのもとへ舞い降りてきた。


「遅かったじゃないか」


 着陸を終えた巨大な魔導機を眺めながらつぶやいた。一先ずは不毛な地上から魔導機の中に逃げ込めるので内心はホッとしている。


 窮地に追い込まれた自分を救ってくれた少女と目が合った。


「……」


 少女は言葉を発することもなく、ただただアルファルドを見つめている。


「さっきはありがとう。意識が戻ってくれて良かった——って、おいっ!?」


 唱えた少女は持てる力を使い果たしたためか、アルファルドの腕の中で再び眠るように意識を失っていた。その証拠に力なく腕がだらりと下がっている。


「——治療院で診てもらおう」


 アルファルドは不穏な草原を除けば驚くほど平和そうで真っ青な空を見上げた。


「逃げてばかりだな、僕は……」


 虚空に声を発した。


 アルファルドと意識を失った少女は一先ずは地面に着陸した魔導機の内部に入り、一時的な避難場所を確保することができた。ついでに狼たちから出てきた魔石も回収しておく。そして魔導機はそのまま町の中心部に位置する医療施設へと向かうため、シャトルの翼を広げながら離陸して上昇し、草原を後にした。

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