覚 醒

 ミサキはゆっくりと瞳を開く。

  そして、ゆっくりカトリーナを見つめる。


「思い出したよ・・・・・・カトリーナ」ミサキは全てを悟ったような表情をしていた。その表情を確認してカトリーナは、少し微笑みを浮かべて頷いた。


「ミサキちゃん! どういうこやねん、なにが起こってんねん?」ミツミが訳が解らず、顔に怒りを込めたような表情で叫んだ。

「俺とカトリーナは、兄妹。遠い昔、気の遠くなる昔に栄えた文明の人間なのです。突然の侵略により国が滅ぼされ、王子、皇女の俺達は遺跡の中に、避難させられたのです。 そして、長い眠りの末、目覚めた。・・・・・・いや、目覚めさせられた。 その女に!」ミサキは小林を指差した。


「ハハハハ! なにを言っている、まるで私が悪いことをしたような言い方だな。 反対に感謝して欲しいものだ。 あのままでは、君達は永遠に眠り続ける運命であったかもしれないのだ!」

「小林先生。 貴方が欲しかったのは、遺跡の力。この力で世を乱すこと、人々を支配することだった。 俺は、そんな事には協力はできない!」ミサキは激しい口調で小林に言い放った。そこにカトリーナが口を挟んだ。

「お兄様、あの女に関わらないで・・・・・・今の、この世界がどうなろうと、私達には関係ありません。・・・・・・私は、お兄様の記憶が戻ればそれで、・・・・・・それでよかった」言いながらカトリーナはミサキの胸の中に飛び込み、ミサキの体を抱きしめた。

 そしてミサキの唇に唇を重ねる。


「なんや? あいつら兄妹と違うんか!」ムツミは、上空で抱き合う二人の姿を見て嫉妬するように叫んだ。

「そういえば、昔の人達は血族を守る為に、近親者で婚姻を結ぶことが珍しくなかったって聞いたことがあるわ」シオリが呟いた。

「なに!」同時に叫んだのは、ムツミとイツミであった。

 上空で、ミサキはカトリーナの両肩を掴み、体を引き離した。 そして、彼女の髪の中に優しく手櫛を差込微笑んだ。


「カトリーナ・・・・・・、俺もお前が大好きだ・・・・・・・」ミサキは優しい微笑みで語りかけた。

「では・・・・・・・」カトリーナの顔が、花のツボミが開くように明るくなった。 同時に、ムツミとイツミが歯ぎしりしている音が響く。

「だけど、・・・・・・お前は俺の妹だ。 すまないが、それ以上それ以下の存在ではないんだ」ミサキは言い聞かせるように囁く。

「な、なぜ・・・・・・・、まさか、お兄様はあの女を!」カトリーナの表情は険しいものに変わり、暗黒のオーラに包まれたナオミの姿を睨みつけた。 黒い体に、獣のような黄色く釣りあがった目で、ナオミは獣のような雄叫びをあげる。 それは、すでに理性を無くした化け物のようであった。


「この世界に目覚めた時、俺は不安で胸を締め付けられて、自ら命を絶とうと何度も考えた・・・・・・、しかし、そんな俺を暖かく包んでくれたのが、直美さんだった。・・・・・・・彼女がいなければ、俺は今、生きていない。 今度は、俺が直美さんを助ける番なんだ!」言うとミサキはナオミであった化け物に向かって突進する。


「お兄様・・・・・・!」カトリーナの瞳から、滝のような涙が流れ落ちた。

化け物は、ミサキに襲い掛かる。

黒い五本の指が長い針のように変化して、ミサキの顔面に突き出される。 ミサキは顔を傾けてかわす。 しかし、完全にはかわしきれずに、頬に一筋の傷が現れる。 その傷から血が噴出す。


「どうゆう事なんや、コバヤン!」ムツミが小林に詰め寄る。

「ああ、君達にも説明が必要か・・・・・・。 もともとバーニ計画は、私の目的の為に継続してきたものだ。 君達や、お偉いさんを騙し続けるのは、苦労したがな」小林がコキコキと首の骨を鳴らす。

 そこに、シオリ、イツミ、フタバ、サツキが終結する。

 小林の話が続く。「初めは、遺跡の中から発見した、あの少年を利用しようと目論んだが、・・・・・・岬樹君は、私に従おうとしなかった。

  今後の、障害になることも考え、抹殺しようとも考えたが、役に立つこともあるかと考えて、彼の記憶を消して普通の学生として生活させることにした。 記憶を消すまでに彼の世話役をしていたのが、直美だ」小林は何故か少し噴出すように笑った。


「年頃の男女を一緒にすると、案の定、二人は恋人のようになった。 だが、それは許されない恋だ。 岬樹君の記憶を消す時に、直美への思いも一緒に消した・・・・・・つもりだったのだが、消しきれなかったようだった。 彼の記憶には、直美は憧れの人として残っていた。 他の記憶を忘れても・・・・・・元々、私のあずかり知らぬ所で進められたバーニの二次計画でバーニとなっていた彼女の身体を解析して驚愕の事実が判明した。彼女は百戦鬼との抜群の適合率を弾きだした。 私は密かに歓喜したよ。・・・・・・・そして、私は六人のバーニ達をあるべき方向に導くために、北島を亡き者にして先導していくことにしたのだよ」小林がそこまで言ったところで、カトリーナが姿を見せた。


「この女は、ナオミの力を最大限に発揮させて、百戦鬼の最高のパートナーにする為に、私を利用したのよ。・・・・・・・兄上の記憶を人質にして・・・・・・」カトリーナは、補足するように言った。

 上空では、ミサキと化け物の戦いが続く。 それを見上げるバーニ達は、言葉をなくしていた。


「諦めろ! ナオミの体は俺のものだ! もう、元には戻らん!」百戦鬼の声が響きわたる。 ミサキは、百戦鬼の声を無視してナオミに話しかける。

「ナオミ! 思い出すんだ! 俺だ、岬樹だ! 元の君に戻ってくれ!」ミサキは化け物の攻撃を避け続けながら叫ぶ。 ナオミの体が傷つくことを恐れて彼は攻撃する事が出来ないでいた。「無駄だ! 無駄だ!」百戦鬼の叫びが聞こえる。


「私達は、そんな事の為に、・・・・・・貴方の私欲の為に、バーニに・・・・・・」シオリが悲痛な表情で呟く。他のバーニ達は、激しい表情で小林を睨みつけている。

「そうだ。 誤算だったのは、イツミが岬樹君をバーニ候補として推薦してきたことだ。 却下することは簡単だったが、君達に疑問を抱かせるのを恐れた。 そして、検査の結果は、案の定、君達と同等。それ以上の適合率をはじき出した。 あの時の、直美君の喜びようは半端じゃなかったな・・・・・・」言いながら小林は、卑劣な笑いを浮かべた。

「お、お前・・・・・・!」ムツミが今にも殴りかかりそうな勢いであった。 それをシオリは制止した。


「もう一つの誤算は、そのアプサスだ。 遺跡の中に、そんなものが眠っていたとは・・・・・・まあ、今の百戦鬼には敵わないだろうがな・・・・・・・・」空中を見上げる。 ミサキと化け物の戦いは続いている。 相変わらず、ミサキが一方的に攻撃を受けている状況であった。

「さあ、君達も用無しだ。 消えてもらおうかな」その言葉を吐いた後、小林はカプセルを口に含んだ。

「まさか、・・・・・・皆、引いて!」シオリが叫ぶ。 小林の体が、どす黒い灰色の煙を四散したかと思うと大きな球体をその体に吸収し、強烈な光を放った。そのあまりの眩しさに、シオリ達は目を細める。

「な、また、何か始まるの?」イツミが驚愕の声を上げる。

 光が収まると、そこには絶世の美女が現れた。しかし、その美しさは決して神々しいものではなく邪悪なものであった。

「あれは、バーニ・・・・・・なの?」イツミが呟く。小林は悪魔のような笑いを浮かべた。

「私は、お前達の能力を徹底的に研究して、最強の力を手に入れた。・・・・・・・後から思えば百戦鬼も必要ないほどにな!」そう言うと、小林の背中から黒い翼が現れ、空中に飛び上がった。「ちっ!」シオリは、小林の翼とは真逆の美しい翼を広げて、宙に舞い上がった。二人の空中戦が開始された。


 ミサキと化け物の戦いが続いている。 元ナオミだったその顔は耳元まで口が裂けて、まさに悪魔のような形相であった。

化け物が雄叫びをあげて、飛びついてきた。


ミサキは意を決して、化け物の体を受け止め・・・・・・そして、力の限り抱きしめた。


「離せ! 離すのだ!」叫びながら、ミサキの脇腹に化け物は攻撃を繰り返す。 ミサキは手を離す事無くその攻撃を受け続けた。

「ミサキちゃん! あかん、あのままじゃ・・・・・・!」ムツミが悲鳴にも似た声を上げた。

「どうして、攻撃しないんだ。 ミサキ!」フタバが歯がゆいように叫んだ。「お兄ちゃん、攻撃できないんだよ・・・・・・・そんなに、ナオミお姉ちゃんの事を・・・・・・」イツミは目に涙を浮かべながら二人を見つめ続けた。

「お兄様・・・・・・」カトリーナは、悲しみを体いっぱいで表現していた。



「なに!一体、なにが・・・・・・」唐突に百戦鬼の苦痛に満ちた声が聞こえる。

「ミサキさん・・・・・・!」ナオミの声がかすかに聞こえる。ミサキの耳元に、大好きなあの声が響き渡る。

「ナオミ・・・・・・、直美さん!」ミサキは、精一杯の力で抱き攻める。

「いやだ! いやだ! 俺は、消えたくない!」百戦鬼の悲痛な悲鳴が反響した。ナオミの体から黒い邪気が四方に飛び散る。代わりに桃色の綺麗なオーラが全身を包む。

「直美さん! ・・・・・・・良かった」ミサキは、ナオミの髪の中に顔を埋めた。 心地の良い香りに包まれミサキの変身が解かれ、岬樹の姿に戻った。

ナオミの体からは邪悪な気配は完全に消滅していた。

「岬樹さん・・・・・・、そんなに、締め付けると・・・・・・苦しいです」ナオミは顔を真っ赤に染めた。

「あっ、御免!」岬樹は慌てて、ナオミの体から離れようとした。

「いいえ・・・・・・有難う」言いながらナオミは岬樹に唇を重ねた。


二人の体は回転しながら地上に舞い降りた。


「一体、なにが! 」サツキは訳が分からずイツミの顔を見た。

「ナオミお姉ちゃんは、完全に百戦鬼がに取り込まれていたのだけれど、岬樹さんの愛で正常な姿に戻ったのよ。まさに愛は尊いものだわ」イツミが頬を真っ赤に染めて持論を展開する。

「なんだか、凄いけど・・・・・・まあ、終わりよければすべてよしか!」フタバが腕を組み安堵の声を上げた。そして、ムツミが抱き合う二人に声をかけた。

「お取り込みのところ、申し訳ないけど・・・・・・まだ、解決してないねんわ」ムツミは上空を指差した。

上空では、引き続き、激しくぶつかり合う二つの影があった。 シオリと小林が戦いを続けている。 明らかに小林が優勢で、シオリは劣勢を強いられていた。

「コバヤンは、ウチ達の能力を研究し尽くして、自分の体を調整してる。 ウチ達では歯がたたんわ・・・・・・・」ムツミが悔しそうに拳を握りしめた。


「いや、俺に任せてください。 カトリーナ!」岬樹はカトリーナに声をかけた。

その一言で、カトリーナは全て悟ったようだった。

「お兄様、・・・・・・解りました」 胸の谷間から、なにやら取り出して岬樹に放り投げた。 岬樹は受け取ると手の中を確認した。 そこには、見たことの無い色のカプセルが握られていた。

岬樹はそのカプセルを飲み込むと、全身に気合を込める。 地が揺れるような衝撃の後、岬樹の体が金色に輝いた。


「なんだ、この輝きは! 凄い・・・・・・!」空中で戦う小林は驚きの表情で地面を見つめた。 シオリも同様に光に目を奪われて、動きを止めていた。

「えっ!」ナオミ達は、目の前のミサキの姿を見て驚いた。

 そこには、長身で均整の取れた体、整った顔。紫の長髪の男が立っていた。

 服装は、バーニと似ているが男性使用のようであった。 男が両拳を握り丹田に力を込める。 金色の輝きが男を包み、黄金の鎧アプサスが装着された。ミサキは、いつもの女型のバーニではなく、男の超人に変身していた。

「まさか・・・・・・ミサキさん?」ナオミが男の顔を見つめながら呟く。 その頬は真っ赤に染まっている。

「し、しびれる・・・・・・!」言いながら、ムツミとイツミはヘナヘナとその場に座り込んだ。ミサキは意味が解らず首を傾げ微笑んだ。 軽く屈伸してから、宙に舞い上がる。 そのスピードは瞬間移動のように、素早いものであった。 ミサキはシオリと小林の間に割って入る形になった。


「お前は、・・・・・・まさか、ミサキか!」小林の顔が引きつる。

「えっ?」小林の言葉を聞いて、シオリが驚きの声を上げた。回り込んでミサキの顔を確認して顔を真っ赤に染めた。「素敵・・・・・・・」どうやら、シオリも恋に落ちてしまったようだった。

「なぜ、なぜ男のバーニに変身しているのだ! 男型のバーニのカプセルを、私はあえて作らなかったのに・・・・・・」

「俺は、念の為、眠りにつく前、カトリーナにカプセルを数個渡しておいたんだ。 保険の意味を込めて・・・・・・、俺達の時代に使用されたカプセルは、性別を捻じ曲げるような効果は無かったのでね!」ミサキは凛々しい表情で返答した。


「畜生! 私の邪魔をするな!」叫ぶと小林は右手から衝撃波を放った。 その威力はムツミのそれより明らかに強力であった。ミサキは右手を顔の前まで引き上げると、ゆっくりとした動作で衝撃波をなぎ払った。強力なエネルギーはミサキの手に吸い込まれるように消えた。

「なっ!」小林は顔を引きつらせた。彼女にとって、その攻撃は全力に近いものであったのだ。


「小林先生・・・・・・・貴方の力を、無効化させてもらいます」ミサキは右手を小林の方向にかざした。 その手が光を帯びて、彼女の体に照射される。

「や、やめて、この力が無くなると私は・・・・・・・!」小林は悲痛な声を上げる。 光の中で小林の見事なプロポーションが、ゆっくりと崩れていく。 まるで、年老いていく人間の姿を早送りで見ているかのようだった。ミサキの手から光が消える。 さきほどまで、小林がいた場所には、異様に年老いた老婆の姿があった。


「コバヤン・・・・・・・あの、姿は・・・・・・?」見上げていたムツミは、変わり果てた小林の姿を見て驚きの声を上げた。

「あの女は、バーニの力を利用して、若さを保ち続けていたのよ・・・・・・・実際の年齢は、多分、二百五十歳以上。 とっくの昔に朽ち果てていたはずの体を、無理やり維持していたのよ・・・・・・・」カトリーナは解説するように呟いた。


 空中では、小林であった老婆の体が灰のように崩れ、風に舞って飛んでいった。 小林の力を吸収したミサキはゆっくりと地上へ着地したかと思うと、変身を解き榊 岬樹の姿へと戻った。 岬樹は軽く微笑んだかと思うと、目を閉じてその場に倒れた。 慌てて、ナオミが飛び込み岬樹の体を受け止める。 岬樹の顔は、ナオミの胸に埋もれる形になった。


「えらい、幸せそうな顔してるな・・・・・・岬樹ちゃん」ムツミは呆れ顔でその様子を見ていた。明らかに岬樹の口元はにやけていた。 よっぽど良い夢を見ているのであろう。

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