チューリップの花言葉
学校での戦いから、三日が経過した。
詩織さんの体が回復し、今は自分の部屋のベッドの上で眠っている。 背中の傷が治癒し、メディカル・カプセルから体を搬出した途端バーニの変身が解けたそうだ。
さすがに、俺はカプセルのある部屋への出入りは禁止されていた。
見舞いも兼ねて、詩織さんの様子を、直美さんと一緒に見に行くことにする。チューリップの花束を用意した。直美さんが、可愛いというのでこれをチョイスしたが、結構な打撃を俺のサイフに与えてくれた。
詩織さんの部屋のドアをノックしてから、ゆっくりと開いた。 直美さんが軽く頷いてから、先に室内に入っていった。 さすがに俺は、女の人の部屋へ、ズケズケと入ることは躊躇した。
「岬樹さん、大丈夫です・・・・・・・」直美さんの声がする。 大丈夫とは、なにが大丈夫なのかよくわからないが、小さく返事をしてから、玄関に靴を脱いで用意されていたスリッパを履き、室内にお邪魔した。
俺の部屋は、ワンルームの小さな部屋だが、詩織さんの部屋は、明らかに大きい2LDK位だろうか、確か以前は新婚の男女が生活していたと思う。
部屋の中を少し見回す。 上品な家具、カーテン、床はフワフワの絨毯。 かなり高級なものが揃っている様子だ。
「・・・・・・あまり室内を見ないでもらえるかしら、恥ずかしいから・・・・・・」
「あっ、すいません!」俺は精一杯頭を下げた。
「・・・・・・」詩織さんは無言で答えた。詩織さんは、ネグリジェのようなラフな格好をしている。 薄っすら体のラインが見えそうな素材であった。 一瞬、バーニの時のシオリさんの裸体が脳裏に浮かび、それを打ち消すように、俺は少し頭を左右に振った。
「具合は、いかがですか?」直美さんが心配そうに状態を確認した。 その言葉を聞いて、詩織さんは笑顔で答えた。 その表情はバーニの時には、見たことの無い優しい笑顔であった。
「心配させて、申し訳ないわ。 でも、睦美や五月達も順番に様子を見に来るから、寝ている暇もないわ」言いながら、詩織さんは黒く長い髪の毛を掻き揚げた。 その瞬間、花のような香りが漂って来る。
「すいません・・・・・・」俺は、もう一度謝った。
「貴方が謝る必要は無いわ。 むしろ、皆には感謝しないといけないわね」詩織さんは、ベッドの上で、布団の中に下半身を隠している。 詩織さんは嬉しそうな顔を見せた。
「いえ、・・・・・・今回の詩織さんの怪我は、俺のせいで・・・・・・」そこまで、言ったところで詩織さんが、少しきつい口調で、俺の言葉を制止した。
「自惚れては駄目よ。私が怪我をしたのは、私が未熟だったから・・・・・・。 貴方にどうこうできるものでは無くてよ」詩織さんは俺の顔を見つめた。
「でも・・・・・・」俺は、正直泣き出しそうなのを我慢していた。 詩織さんがどう言ってくれようが、今回の詩織さんの怪我は明らかに、俺のせいなのだから・・・・・・・。
「あっ、これチューリップです。 岬樹さんと私から・・・・・・」言いながら、直美さんは先ほど購入したチューリップの花束を詩織さんに差し出した。 お金は俺のサイフから払われたのだが・・・・・・。
「綺麗・・・・・・、有難う」詩織さんは、花束を受け取り、その匂いをかいだ。「良い香りね」気に入って頂いたみたいだ。俺は、詩織さんの様子を見て、少しだけ気持ちが楽になった。
「チューリップの花言葉・・・・・・知っている?」詩織さんは、俺の顔を見て問いかけてきた。
「いいえ ・・・・・・知りません」素直に答える。
「永遠の愛よ」詩織さんは、頬を赤くして教えてくれた。
「すいません! 俺、知らないで・・・・・・決して、そういうつもりでは・・・・・・」顔が真っ赤になっていることを自覚した。
「別に、謝らなくても良くてよ。 二人共、本当に有難う。 凄く嬉しいわ」チューリップの花の中で笑う詩織さんは、聖母様のように見えた。
俺の横で、直美さんが、詩織さんに笑顔で会釈した。 その後、俺の方を見て、直美さんの口元が少し歪んだような気がした。
「詩織さんの具合、良くなっていて良かったですね」俺は心底そう思っていた。 また、詩織さんの言葉で、救われた気持ちになっていた。
「そうですね・・・・・・」直美さんが、なんだか拗ねたような仕草を見せた。 なにを怒っているのか全く解らない。
「どうしたんですか? なにか直美さんが気に障る事を・・・・・・俺、しましたか」少し恐る恐る聞いてみた。 直美さんは、後ろに腕を組んで空を見上げていた。
俺と直美さんは、詩織さんを見舞ったあと、マンションの屋上に移動した。 特に理由はないのだが、なんとなくというのが正直な気持ちだ。
「別に・・・・・・、なんでも無いです」屋上に設置された手すりに両手をかけると直美さんは、腕を伸ばしたり、縮めたりして体を前後していた。 やはり、なにかいじけている様子であった。
「岬樹お兄ちゃん!」声が聞こえた。 振り返ると、一美ちゃんが立っていた。 今日の一美ちゃんは、少女向けの雑誌の読者モデルのような衣装を着ている。 可愛らしいが、一体いくつなのと聞きたいほど、幼い感じであった。
「探したんだよ! いっしょに買い物いこうよ。今日、夕飯の当番一美なんだ」俺の腕に、一美ちゃんが、ぶら下がるようにしがみついた。また、無防備に胸を押し付けてくる。
「ちょ、ちょっと、一美ちゃん・・・・・・・」言いながら、直美さんのほうを見る。 直美さんは、無視するように景色を見ていた。 何故か、口の辺りが引きつっているような感じがした。
「いっ、行ってらっしゃい! ・・・・・・・さっ、さあ、わ、私も、映画でも行こうかな」なんだか口調がたどたどしい感じだ。 直美さんは、少し下を見たまま、屋上から去っていった。
「へぇ・・・・・・」一美ちゃんが、下から見上げるように俺の顔を見た。 何か、意味ありげな微笑みを秘めていた。
「なに、どうしたの?」一美ちゃんの腕を解きながら聞いてみた。
「別に・・・・・・・、お兄ちゃんモテモテだね! 一美頑張らなくっちゃ!」再び、俺の腕に、胸を押し付けてくっついてきた。
「なにやっとんねん!」怒涛に満ちた関西弁が聞こえてきた。 振り返るとそこには、怒りに身を燃やす鬼子母神様が立っていた・・・・・・。
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