楽しい引越し

 朝、騒々しい音に目が覚めた。窓を開けて外の様子を確認した。


「なんなんだ、これは? 」マンションの下には、目を疑う光景が広がっている。

 俺の住むマンションの前に大量の引越しのトラックが停車している。

「道路がトラックで埋まっている・・・・・・」引越しトラックの間を慌しく作業員が移動している。引越しをする作業員の中に見覚えのある顔が見えた。

「あれは、ナオミ・・・・・・?」直美さんから、ナオミの体の時は、さん付けしないで呼び捨てにして欲しいとの要望を頂戴した。

 そのほうがシックリ来るのだそうだ。

「あっ、岬樹さん! おはようございます!」ナオミは俺の視線に気づいて大きく手を振りながら叫んだ。 片手には大きな荷物を抱えたままだ。 引越屋さんの作業着も見事に決まっている。

「一体何をしているんですか?まさか、 アルバイトですか?」俺の頭の中にはそれしか思い浮かばなかった。

「岬樹さん面白い!引っ越してきたのです。このマンションに、私達皆で!」ナオミは大きな声で返事した。皆? 他の作業員を、よく見ると、シオリさん、ムツミさん、サツキさん、フタバさん、イツミ、そしてナオミ。バーニ勢ぞろいである。


「なに~!」俺の頭は混乱して爆発しそうだった。

「おい、榊 岬樹! 君も引越しを手伝え!」その声の主は、小林先生であった。

「先生? なぜ、先生まで・・・・・・」

「後で、説明するから、君も早く手伝え!」強制的に俺は労働にかり出された。


「君が、自由に覇王女学院に出入りするには、色々と問題があるので研究施設ごと、このマンションに引っ越してくることにした」作業終了後のお茶を啜りながら、小林先生は説明を始めた。先日、覇王女学院で見た機器を一階の店舗に、詰め込んだようだ。

 研究員の女性達が機器の設置、調整をしている。

「このマンションの一階店舗と、部屋が数室空いていたので、家主から一棟買いさせてもらった。 相場より高く買い上げたから、家主は大喜びだったぞ」小林先生は、お茶をズズズと口の中に流し込んだ。俺は突然の話に驚きが隠せない。 家主が変わったなど、全く聞いていない。


「喜べ、君の家賃も無料にしてやる」言いながら、小林先生は俺の肩をバチンと叩いた。

「でも、他にも数件、入居者がいたはずじゃ・・・・・・?」確かに空室の多いマンションではあったが、隣にむさ苦しい大学生と、夜働いている水商売系のお姉さんとかの住人がいたはずだ。

「ああ、彼らにも退去してもらった。 皆、快く出て行ったぞ、タンマリ立ち退き料を払ってやったからな」小林先生は得意げに、髪を掻き揚げた。すべて金ですか、あなたは・・・・・・。

「先生、引越しの作業が終了しました」ナオミの声がした。 バーニ達の引越しが終了したようだ。

「あっ、岬樹お兄ちゃんの部屋も模様替え終わったよ!」イツミちゃんがナオミの横から、ヒョイと顔を出した。

「ついでに、女の人の・・・・・・が写った、下品な写真集とDVDは処分しておいきましたので・・・・・・あしからず」シオリさんが、少し汚い物を見るような目で見た。

「写真集? DVD?・・・・・・写真集って! DVDって!えっ?」俺は慌てて、一号室(俺の部屋)へ飛び込んだ。

「なっ、なんだ、この部屋は?」部屋の中が模様替えされていた、俺の趣味を全く無視したような乙女チックな部屋。 秘蔵の写真集、DVDを探したが・・・・・・彼らは姿を消していた。

「どうして、こんな事に・・・・・・」俺は彼女に捨てられた男のように、部屋の中で頭を抱えていた。


「ちょっと、可哀想じゃないですか・・・・・・?」ナオミが俺の様子を見て呟いた。シオリさんはナオミのほうを見ながら呟いた。

「今後は私達と一緒に、このマンションで生活するのです。 あのような物を見て発情でもされたら・・・・・・ あぁ汚らわしい!」シオリさんは自分の両肩を抱きながら身震いした。

「なんなら、俺が女教えてやってもいいぜ!」フタバさんが自分の胸を持ち上げながらウインクした。 大きな二つの胸は、綺麗に波打った。

 その揺れる物体を見て、俺はゴクリと生唾を飲んだ後、大きく首を左右に振った。

「ちょっと、それは刺激が強すぎるわ。 男やねんから、エロ本ぐらい見てもええんとちゃうん? ・・・・・・それに、そんなに興味があるんやったら、ウチも・・・・・・」ムツミさんが色っぽい目でそこまで言った瞬間、イツミちゃんが鋭い眼力でムツミを睨み付けた。


「岬樹お兄ちゃんに変なことしないで!」イツミは岬樹の腕にしがみついた。 腕にイツミの柔らかい胸が当たり岬樹の顔は真っ赤になった。

「なっ、なにやってんねんな! ウチのほうが大きいで!」ムツミさんは、そう言いながら大きな胸を岬樹の顔に押し付けてきた。 

「汚らわしい! 私は嫌です」言いながらシオリさんは部屋から出て行った。

「シオリは潔癖症だからにゃ、仕方無いにゃあ」サツキさんが猫のように呟く。 シオリさんのことを良く理解しているような口ぶりであった。

「まあ、次はシオリに見つからないように、どこかに隠すことにゃあ」サツキさんも部屋から姿を消した。


「そんなに女の体に興味があるなら、バーニになって自分の裸見たらいいじゃんか」フタバさんは頭を両手で抱えながら出て行った。

 なるほど、その手があったかって、おい!一人突っ込みしてみる。


「おい、ムツミ、イツミ! 手伝ってくれ!」小林先生の声が聞こえた。

「はーい!」ムツミさんと、イツミちゃんも部屋から姿を消した。


 部屋に残ったのは、俺とナオミだけであった。ナオミと二人きりになって俺は少し緊張した。

「あの・・・・・・」ナオミが口を開いた。

「はい・・・・・・!」緊張が解けないまま、俺は返答した。

「男の子だから、仕方無いけれど・・・・・・、そんな事ばかり考えていると、ちょっと気持ち悪いかな・・・・・・、じゃあ、私も行きます!」ナオミが可愛く手を振りながら部屋を出て行った。

「そんな事ばかりって・・・・・・」俺は、表現出来ない疎外感を胸に抱いていた。 この大奥のようなマンションの中で、生活していけるのであろうか。 大枚を叩いて購入した直美さん似アダルト女優のキワドイ写真集が、もう返って来ない事を考えると、俺は失意のどん底に落ちていく感覚に襲われた。


一階の店舗部分に集まるように連絡があった。 いつの間にか俺のスマホの番号を知られていたようで、ショートメールでの召集であった。 このマンションは大通りに面しておらず、店舗部分は長期空き店舗になっていた。 今回、表向きはカイロプラクティックの医院として開業するそうだ。

「お、榊君、やっと来たな!」医院のドアを開けると、小林先生の声がした。

「どうも・・・・・・」俺は、ゆっくりとドアを閉めながら院内に入った。


 院内の待合室の長椅子に、覇王女学院の制服を着た少女たちが座っていた。 端に座っているのは直美さんであった。 「バーニ・ナオミ」から、本来の姿に戻ったようである。 直美さんはニコリと笑って手を振った。

「あの・・・・・・この方達は?」俺は見慣れない少女達の素性を、小林先生に確認した。

「ん? 初めてだったか」小林先生は、少し天井を見て首を傾げた。

「バーニでない姿では、初めてですわ。 それでは順番に自己紹介をさせてもらいましょう。私は、神崎 詩織。 覇王女学院三年生です」黒い長い髪を掻き上げて、詩織という少女は名を名乗った。目が少し鋭く、俺のような庶民とは違う世界の住人。 言葉通りお嬢様という印象である。彼女の趣味は、ピアノかバイオリンだろうと俺は勝手に決め付けていた。


「前も自己紹介したけど改めて、ウチは、塚口 睦美。 大阪出身、直美ちゃんと一緒の二年や。 よろしくな! ホイ!」この人は見覚えがある。 先日、コンタクトレンズを落として泣きそうになっていた女の人だ。 睦美さんは、掛け声と同時に、何かを投げてきた。 それを受け取ってから掌を開き確認した。 飴玉であった。 今日も睦美さんの頬は赤く染まって見える。 頬にチークを多めに塗っているのだろうか。

「ありがとう・・・・・・ ございます」俺はアメ玉をポケットに放り込んだ。


「はい! はい! はい! お兄ちゃん! 次は、私ね! 三国 一美。 覇王女学院中等部三年です!」一美ちゃんは、二本指を額にあてながら、可愛く微笑んだ。 バーニの姿も可愛いいが、小柄で瞳が大きく、まるで昔放送していた乙女キャラ・アニメの主人公のようであった。


「俺は、服部 双葉、三年だ! 覚えとけよ!」双葉さんは、覇王女学院の制服を、腕を捲り上げてボーイッシュに着こなしていた。 綺麗だが格好いいという感想が正しいだろう。 ただ、ブラウスの胸元が大きく開いていて、俺は目のやり場に困った。


「茨木 五月です。私も三年生。ヨロシク」五月さんは、招き猫のような仕草をした。


「最後に私、総持寺 直美です。 二年生です」直美さんは、ニコリと微笑む。


「知っています・・・・・・」つれない返事をしてしまった。

「うっ・・・・・・」直美さんがウルウルと目を潤ましている。 それは、無視することにしておくことにした。

 バーニの姿に変身している彼女達も美しいが、この姿の彼女達も魅力的である。 あえて言うとバーニの美しさはレベルが高すぎるので、今の彼女達のほうが、正直俺には親しみが持てる感じがする。


「皆、それぞれ学校の近くで、住居を確保していたのだが、同じ場所に集中したほうが良いと前から考えていた。 今回、適合者が男だったので、女学院の中が本部では何かと不便になりそうだった、一階のこの店舗をバーニの拠点にすることにしたのだ。それで、このマンションにまとめて生活してもらうことにした。 いい考えだろう!」自慢げに、小林先生は胸を張った。 意外とツンと前に出た、綺麗なバストに目が釘付けになった。

「いい考えですか・・・・・・」俺は呆れ顔で誤魔化すように宙を見た。

「とりあえず、私達を一緒に生活をするのですから、それなりのルールは守ってもらいますので。そのつもりで宜しくて?」詩織さんが、真顔で呟いた。


「そんな堅苦しいこと言わんでもええのとちがう」睦美さんがフォローしてくれた。

「そうはまいりません、不純異性交遊の果てに・・・・・・妊娠なんてとんでもない!」詩織さんは机を叩いた。 バーニの時と性格は変わらないようだ。いや、もしかすると今の方がお堅い感じかもしれない。詩織さんの言動・行動を見て、一同に引いていた。


「まあ、この彼にそんな根性があれば見上げたものだが・・・・・・」小林先生がコーヒーを啜りながら言い放った。その顔はケタケタ笑っているようであった。

「俺だったら、いつでも相手してやってもいいぜ!」双葉さんが、ウインクしながら力瘤を見せた。意味がよく解らないのですが・・・・・・。

「け、けっこうです」意味がわかりませんから・・・・・・。

「とにかく、秩序は守っていただきます! 良いですね、岬樹さん!」詩織さんはもう一度机を叩いた。 勢いで小林先生のコーヒーが、こぼれそうになった。


「ここは、最年長の神埼が寮長としてまとめてもらうということで、良いな!」小林先生は、コーヒーを押さえながら皆に確認した。皆は、特に返答をすることも無く頷いた。


「岬樹さん」背後から声をかけられた。振り向くと、そこには直美さんの姿があった。

「はい、何でしょうか?」以前と比較すると自然に返答が出来るようになったものだと自分でも感心する。


「私、皆さんと一緒に生活するのが怖くて、不安だったのですが・・・・・・ 岬樹さんが一緒で嬉しいです。 一緒に頑張りましょう」直美さんが、いつもの可愛い笑顔を見せた。

「ええ・・・・・・」俺は、緩む表情を悟られないように、少し無愛想気味に返答した。 一体、なにを頑張るのかは、よく解らないが・・・・・・・。

「・・・・・・・もしかして、私と一緒は・・・・・・ 嫌ですか?」俺の無愛想な返答に傷ついたのか、直美さんの顔が少し悲しげな表情に変化した。

「い、いや、すいません! 直美さんと一緒で、俺も嬉しいです! 幸せですよ!」俺は、大げさなぐらい、喜んで見せた。

「本当ですか・・・・・・?」直美さんは上目遣いで俺の表情を窺った。

「当たり前じゃないですか!」

「・・・・・・良かった」直美さんは、瞳に溜まった少量の涙を拭い、笑顔に戻った。可愛すぎる。俺は思わず直美さんの肩を抱きそうになった。


「ええな、青春やな!」突然、睦美さんの声がした。

「睦美さん・・・・・・・」俺は顔が赤くなる。

「まあ、あんまりイチャイチャしていたら、万年彼氏無しのお姉さんに刺されるで」悪戯な表情で睦美さんが呟く。

「それは、私の事ですか?」殺気を含んだ声が聞こえる。

「ゲッ、詩織さん!」睦美さんが、詩織さんの姿を発見した。


「先ほども言いましたが、寮内での不純異性交遊は厳禁です。宜しくて、皆さん?」詩織さんは釘を刺した。

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