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 今日の授業も長い、長い。 さらにアホほど長い。眠くて死にそうだ。  


 数学の教師には、「ツラを洗って来い!」と言われて、顔を洗いに行ったトイレの洗面台で寝てしまった。 昼も空腹よりも、眠気に負けてずっと寝ていた。何のために学校に来たのかよく解らない状況であった。とりあえず、一日の苦行をクリアして、正門に向かった。正門に神々しい人影が見えた。ただ、この後、待っているかもしれない苦行を考えると、俺の気持ちは少しだけ重くなった。

「お待たせして、すいません・・・・・・」俺は力ない声で謝罪した。

「いいえ、大丈夫です。 私も今来たところですから、さあ行きましょうか」正門の前で直美さんは微笑ながら、俺の手を握った。 俺の体の血流が少し激しくなった。


「えっと、今日もカラオケですか・・・・・・?」恐る恐る聞いてみた。

「今日は違います。 私と一緒に来てください」直美さんは軽く首を傾けた。 可愛い、河合過ぎる。あのカラオケ地獄で無いと、判ると俺の気持ちは、花火が弾けるように明るくなった。直美さんに握られた手に汗がにじみ出てくる。 西高の男子生徒達の視線が激しく突き刺さる感じがしたのは、錯覚ではないであろう。俺は直美さんに手を引かれるままに着いて行った。


「ちょ、ちょっと直美さん、ここは・・・・・・・ちょっと、まずいでしょ?」手を引いていく直美さんに、俺は聞いた。直美さんが俺を連れ込もうとする場所を見て、俺の顔が引きつった。

「なぜですか? 大丈夫ですよ! 私は平気ですから」また、その笑顔! 逆らえない・・・・・・情けない俺・・・・・・。貴方が平気でも、俺は・・・・・・。

 覇王女学院の正門、さすがに警備員に止められそうになる。 が、なにやら直美さんが説明をすると、いきなり警備員の態度が変わり校内に入ることを許された。 胸には来客用のプレートを着けるように指示された。 俺は初めて、覇王女学院の校内に入ることになった。覇王女学院の中は、緑が多く運動場も異常なほど広い。運動会が一度に、十高ほど出来るのではと思った。 校舎もまるで中世のお城を連想させる造りであった。直美さんに連れられて、運動場を横切り、校舎の中に入っていく。 女だらけの運動場を見ると、何故か神聖な、男が立ち入ってはならない場所に入ってしまったような罪悪感に襲われた。 女子生徒たちの視線が集中する。 まるで不審者を見るような目だ。直美さんは、ひと気の無い方向に進んでいき、突き当たりにある教室の前で立ち止まった。


「ここです」言いながら直美さんはドアを開けた。俺の目に入ってきたのは、何の変哲もない音楽室のような部屋であった。

「ちょっと、直美さん・・・・・・」俺が漏らした声を無視して、直美さんは教室の中に入り、俺に向かって中に入るように指示した。俺が教室の中に入ると、直美さんはゆっくりとドアを閉めて・・・・・・鍵を閉めた。

「ドキドキします?」また悪戯っぽい微笑みを見せる。直美さんは、俺の反応を見て面白がっているような感じだった。また、小悪魔バージョンの登場である。

「ええ、ちょっと・・・・・・」俺の鼓動は激しく脈打っていた。なんだか、いけない事をしているような錯覚に襲われる。

「こちらに来てください」直美さんに言われるままに、教室の中について行った。直美さんは教室の隅に行くと、ピアノの鍵盤を叩いた。 音楽の判らない俺が聴いても出鱈目な音であった。 聞いた事の無いようなメロディーが流れた後、背後の壁が音も無く開く。

「ここは、忍者屋敷ですか・・・・・・?」驚きのあまり、間の抜けた質問をしてしまった。ただ、これは小さい頃に行った、なんたら時代村の仕掛けのようであった。

「うふ、岬樹さんって面白いことを言うのですね」直美さんは、開いた壁の中に入っていく。全く警戒心も何も無いような様子であった。

「直美さん・・・・・・」俺は彼女の名前を呼びながら後を追いかけた。暗く長い通路を歩いていく。 突き当たりにドアがあった。 直美さんは、ドアの横に設置された機械の中に手を突っ込んだ。「ショウニンカンリョウイタシマシタ」機械の声が聞こえたと同時に、目の前のドアが開いた。 直美さんに続き中に入ると、およそ学校とは思えない光景が目の前に広がっていた。

「ここは、一体なんなんです?」目の前には、どこかの研究室かと思うような機器が、所狭しと、押し込められている。 あちらこちらにモニターがあり、なにかをモニタリングしているようであった。

「ここは、バーニの研究拠点です」直美さんが返答してくれる、

「バーニですか・・・・・・?」直美さんが何を言っているのか理解出来なかった。俺は、バーニというものを聞いたことがなかった。

「ちょっと、総持寺さん! 男子生徒を連れ込んで・・・・・・どういう事なのこれは?」白衣を着た女性がツカツカと歩いてきた。 なにか怒っている様子だ。もちろん、俺はこの女性とは初対面である。黒く長い髪、口には煙草をくわえている。 白衣の下は、シャツのボタンを外し、今にも胸がこぼれ出しそうな勢い、タイトスカートに黒いタイツにハイヒール。 年齢は三十前といったところだろうか。

「あっ、小林先生! こちらがお話していた、岬樹さんです」直美さんの唐突の紹介に驚きつつも、俺は軽く会釈した。先生・・・・・・もし、こんな女性が西高の先生なら、村上は卒倒するだろう。

「ミサキって、まさかコイツ、いやこの子の事・・・・・・・なんでまた、・・・・・・男の子じゃないの!」小林先生と呼ばれた女性が言う。俺の顔を見た途端に顔を強張らせながら、怒りが収まらない様子だ。

  ちなみに俺は、この『ミサキ』という名前で、いままでも散々性別を間違われ続けてきた。小学生の頃は、よく『ミサキちゃん』とからかわれたものだ。 中には、どんな可愛い女の子が来るのか期待していたのに・・・・・・男が来たと残念がられる時もある。俺の知ったことでは無い。 少なからず、この名前にはコンプレックスがあるのが、正直なところだ。

「私達、岬樹さんが女の子なんて、一言も言っていませんよ」直美さんは少しムッとした表情をした。ああ、この顔がまた、可愛くて俺の心をくすぐる。

「確かに、確認はしなかったが・・・・・・、イツミもそんなこと言わなかったから・・・・・・」小林先生は諦めたように天井を仰いだ。 イツミ・・・・・何処かで、聞いたことのある名前だなと、呆然と考えた。

「あの、状況が読めないのですが・・・・・・」俺を置いていかないで・・・・・・。 口を挟むのは申し訳ないような気がしたが、我慢出来なくて聞いた。

「ああ、ここはバーニの開発・研究をしている国家プロジェクト施設だ」小林先生は気を取り直して説明をした。さっきもそのバーニという言葉を聞いたが、何のことだかさっぱり判らない。

「世間的には公表されていないが、今・・・・・・、この国は危機に瀕している」

「なんですか・・・・・・、唐突に・・・・・・」話がいきなり大きくなり、意味が判らない。

「詳しいことは言えないが、ある場所で、古代の遺跡が見つかったのだ」小林先生の説明が続く。「発見された遺跡には、恐るべきテクノロジーが残されていた。 それは現在の科学では、実現出来ないと思われた技術、アイテムだ。 この遺跡をめぐって、様々な組織が攻撃を仕掛けてきている。 この敵から遺跡を守るのが、バーニの役目だ」更に、よく解らない話が続く。「バーニ適合者には、特殊な血流が必要なのだよ。 今まで確認出来た適合者は6名のみだ」俺は直美さんの顔を見る。 俺の視線に気づき、直美さんはニッコリ微笑んだ。

「先日、近くの銀行で強盗事件が発生した。 ちょうど良い機会だったのでバーニの稼働テストの為に利用させてもらったのだが、・・・・・・そこにいた人質の中に、適合者を見つけたと報告があったので、総持寺君にお願いして、その適合者の調査してもらったのだよ」その言葉でカラオケボックスでの採血を思い出した。まさか、適合者って・・・・・・俺のことか?

「もしかして・・・・・・あの、女の子は・・・・・・」言いながら俺は、強盗事件で遭遇した桃色の神の美女のことを思い出した。ついでに顔に当たった胸の感覚も少し思い出した。

「そう、あれは、ナオミ。 総持寺君がバーニに変身した姿だ。バーニに変身することにより、彼女は超人的な力を発揮することができるようになるのだ」言いながら、小林先生は直美さんを指差した。 当の本人は、キョトンとした顔で、俺たちのやり取りを眺めている。自分の話だと解っているのか・・・・・・この人は。

「もう一度、詳しく君の体を調査させてもらうよ」小林先生がそう言うと、助手と思われる女性達に無理やり椅子に座らされ、身動きが取れないように拘束具が装着された。

「ちょ、ちょっと待って・・・・・・、適合者って、やっぱり俺のことなんですか!」俺の言葉を無視するかのように、検査が始められたようだ。俺は無理やり椅子に座らされ、頭や腕、体中のあちらこちらに、コードのようなものを貼り付けられた。俺には、人権と拒否権はないのかと叫びたくなるような扱いであった。ただ、傍らいる直美さんの顔を見ると、言われるままに身を任せてしまった。いくつかのパソコンの前に、助手達が座り表示されるデータを検索している。動かないでと、研究員らしき女性に言われ、十分程度、椅子に座ったまま待機していた。 いつの間にか直美さんは、俺の目の前から姿を消していた。

「小林先生! これを見てください!」助手の一人が、モニターを確認しながら、慌てた口調で叫ぶ。 なにか異常な状況でも発生したのかと俺は少し不安になった。

「なんだ・・・・・・一体?」呆れたような口調で、小林先生がくわえ煙草のまま答え、助手のパソコンモニターを覗き込んだ。

(なんだ、俺の体に異常でもあったのか・・・・・)俺の顔が引きつる。 よく見ると、部屋の隅にある机に向かって直美さんが何か作業をしているようであった。 俺の事は放置して、なにやら宿題でもやっているような様子であった。 今更、気が付いたが・・・・・・・、もしかして、直美さん天然か?


「なんなのだ、この数値は? ありえない!」助手の一人が驚きの声を上げる。室内の女性達の視線が俺に集中する。その視線に俺は恐怖すら覚えた。


「バーニ適合率・・・・・・99.8パーセント!」小林先生が眉を歪めて呟いた。

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