デジャビュ

 榊 岬樹は、人質の群れの中に押し込まれていた。


  逃げ出そうとも考えたが、銃を所持する男たちと戦うほどの根性はさすがに無かった。


 ゴン


 その時、何か金属が床に落ちたような小さな音が遠くから聞こえた。


「何か物音がしなかったか!」強盗の中の男が上の階の異常に気づく。 犯人達は異常な状況により神経が過敏になっているのであろう。 普通ではなかなか気づかない音だ。


「おい、上を見て来い! 二人組で行けよ!」リーダー格の男が叫んだ。「お、おう!」返事をしてから、二人が奥の階段を上っていった。

「まずい・・・・・・!」ナオミは通路の死角に隠れた。突き当りに見える階段をゆっくりと人影が上ってくる。 銃を構えた二人組みの男達の姿が見えた。


(なにあれ!拳銃を持っているじゃないの。そんなの聞いてないわよ)ナオミは小さな声で不満を漏らした。ナオミは息を潜めて男達の動向を見守る。


「おい、向こうを見ろ!俺は部屋を順番に確認する!」


「OK!」二手に分かれ男たちは歩きだした。

一人は、銃を構えながら、部屋のドアを順番に開けていく。

 もう一人の男がこちらに近づいてくる。一歩・二歩・三歩・・・・・・、男の前に飛び出し、声を発する瞬間に喉に突きを入れる。

 ナオミは声を出せずに苦しむ男の後頭部へキツイ手刀を一発入れる。

 意識を失い倒れる男を、気づかれぬように受け止める。

「おい、誰かいたのか?」もう一人が聞いてきた。

「大丈夫だ! そっちはどうだ」倒した男の喉に指2本を当て、声を発すると男の声を再現することができた。どうやら声紋を読むことが出来るようだ。男は構えていた銃を下ろし、こちらへ歩いてきた。


「こちらも、大丈夫だ! 持ち場に戻る・・・・・・」男が言い終わるのを待たずに、ナオミは男の前へ転がるように飛び出し、下から上に足を蹴りだした。蹴りだした足は、綺麗に男の鳩尾に食い込んだ。


「ぐへっ!」男が落とそうとした銃を手で受け止め、先ほどの男と同じく後頭部に手刀を食らわせた。

 男は意識を失いその場に倒れこむ。


「よしっ!」誰にも聞こえない小さな声でつぶやきながら、左手で軽くガッツポーズをしてみた。

 男達の体を屋上に引きずりだしてワイヤーで身動き出来ないように拘束する。ナオミは再び先ほどのドアから局内に侵入した。

 ドアの向こうに侵入者を録画する防犯カメラが見えた。

「あの防犯カメラのネットワークに侵入し店内の状況を把握するのよ」女の声が聞こえる。

ナオミは女の指示を聞いた後、特殊なサングラスを取り出して装着した。防犯カメラを凝視すると、ネットワークにリンクして、店内の様子が目の前に流れ込んでくる。

(一・二・三・四・・・・・・四人!拳銃を持った男が四人。人質は・・・・・・、大人・九人、子供・一人!)まるで、上から見下ろしているかのように鮮明に状況が把握できる。


「後々厄介だから、貴方の痕跡が残らないように、防犯カメラの映像に細工しておいてね」無茶な要望に聞こえたがネットワークに侵入したことにより、偽画像をカメラに流す事ができるのだ。

 目の前のカメラに誰もいない廊下の停止画像を流し込み、堂々とカメラの下を潜り抜ける。後で確認をしても、ナオミの姿は映っていないであろう。


階段を降り壁面に身を隠し店内の様子を再確認する。先ほど、カメラを通して確認した画像を横からみた状況だ、男達の死角になる通路を確認し、身を低くし移動する。


(あれ? あれは・・・・・・まさか・・・・・)ナオミは見覚えのある少年を見つけた。 少年は体育座りをして犯人達を睨みつけている。先日、女の子を助けようとして赤信号に飛び込み、危うく自動車に挟まれそうになったところを、ナオミが助けた少年であった。

 ナオミは机の端から人質、犯人達の位置を再確認した時、人質の中にいた小さな女の子と目が合った。女の子は少しキョトンとした顔で、ナオミの顔を見つめた。


(シー!)指を唇に当てながら、ウインクで合図を試みた。女の子も真似して、唇に指を添えた。中学生位の可愛らしい子だ。赤毛の髪を2つに束ねている。目が大きくて、アニメの萌えキャラクターのようだ。 男達は、イライラした様子でキョロキョロ当たりを見回している。


「上の二人、電話に出ないぞ!なにか、あったんじゃないか・・・・・・!」男は焦っている気持ちを押し殺すように言った。その手には、通信端末が握られている。

「まさか、警察が・・・・・・!」その時、人質の中から、ゆっくり女の子が立ち上がり移動しようとした。「おい、そこのガキ!なにをしている!」犯人の男が激しく声を荒立てた。

「ちっ!」女の子が舌打ちをした。 犯人が銃を上に振り上げた。女の子が銃で殴られると誰もが思った瞬間、榊 岬樹は女の子の体を守るように覆いかぶさり、肩の辺りを殴打され顔を苦痛に歪めた。「キャー!」女性の悲鳴が局内を響く。

「お兄ちゃん!」先ほどの女の子が岬樹の体にしがみつく。その瞳は涙で潤んでいる。

「おい! 子供相手に手を出すな!お前達も余計な事をしないほうが身の為だぞ!」岬樹を殴った男を制止しながら、リーダーらしき男が大声で怒鳴りつけた。

「くそっ!」立ち上がろうとする岬樹の体を、女の子が制止する。

(お兄ちゃん、動かないで・・・・・・)女の子は先ほどまでとは違う凛々しい顔で、岬樹に指示した。

「おい、俺達が様子を見てくる! 人質の様子を監視していろ! 」


「おっ、おお・・・・・・!」男は少し、おどおどした様子で返答をした。一番格下なのだろうか、人数が減る事がかなり不安のようであった。

「お兄ちゃん・・・・・・、ありがとう・・・・・・」女の子が顔を赤くして、岬樹の腕にしがみついた。 女の子の小さな胸が腕に当たり、岬樹の体は少し硬直した。この状況では、女の子を引き剥がすよりは、このままにしておいたほうが、彼女も安心するかと思い、放置することにした。

「君・・・・・・、名前は?」岬樹は気まずい雰囲気を和らげるために、女の子の名前を聞いた。腕にしがみ続ける女の子からは、甘い花のような香りがした。

「えっ・・・・・・・イツミだよ」女の子は、少しためらいながら自分の名前を告げた。

「イツミちゃんか・・・・・・・、俺は、岬樹、榊 岬樹。 ヨロシクね」岬樹は、小さい子供に話しかけるように微笑みながら言った。 岬樹の微笑みを見て、イツミの顔は更に真っ赤になっていた。

「俺が、絶対に君を守るから安心して・・・・・・」岬樹は、優しくイツミの頭を撫でた。

「エヘヘヘヘ、有難う。 お兄ちゃん!」イツミの口元がだらしなく歪んだ。岬樹は、先ほど殴られた肩の辺りをさすった。骨は折れてないようであった。


リーダーの男とその部下が、先ほどの階段を使い屋上に向かって歩いて行った。男達の数が減ったことを確認してから、ナオミは唐突に立ち上がり平然を装いながら男達の前に姿を現した。

「わっ驚いた、一体なんの騒ぎですか?」ナオミは両手を後ろに組みとぼけた仕草で質問した。

「お前はどこに隠れていたのだ!」銃をナオミに向けて部下の男が吼える。岬樹は見覚えのある少女の姿を見て驚いた。(どうして、こんなところに彼女が・・・・・・)先日、岬樹と子犬を連れた女の子を助けてくれた少女。 名前は聞いていないが、あの美しい髪、顔、そして・・・・・・・ 顔を埋めた胸の感触は忘れない。

「きゃ!玩具ですか?それ!カッコイイ!」興奮したように、男の構える銃を指差す。

「さっ触るな!危ない・・・・・・ほっ、本物だ!」改めて銃をナオミに突きつける。銃の先端がナオミの胸の辺りに当たる。

「いやーん、・・・・・・押し付けないでよ!」ナオミは、顔を赤らめ両手で胸を押さえながら、上目遣いで男を見た。まるで男を少し軽蔑するような目であった。

「えっ! いや御免・・・・・・じゃなくて!」男は顔を少し赤らめながら銃口をそらす。その瞬間にナオミに表情が一変し、男の懐に踏み込み肘関節を逆に極めて、動きを封じた。 ナオミは膝蹴りを男の股間にお見舞いする

「ぐおっ!」男は悶絶しその場に倒れる。

「なっ!なにを・・・・・・!」もう一人の男が、躊躇している。 そこに岬樹が飛び掛り馬乗りになった。

「この野郎!」岬樹は男の顔面を殴りつける。 その男は、先ほど岬樹を銃で殴りつけた男であった。

岬樹は仕返しだと言わんばかりに男の顔を殴り続ける。 ただし、屈強の男には、ひ弱な高校生のパンチはそんなに効果が無いようであった。 男は岬樹の両腕を握りしめた。「くそガキが!」男が上半身を起こして、岬樹の顔にパンチをお見舞いした。

その瞬間、岬樹の体から微妙な電流のようなものが発せられた。

「な、なんだ?!」男が一瞬たじろいだ。男が振りぬいたパンチ一発で岬樹の体は弧を描いて宙を舞った。ナオミがゆっくり近づき、男の顔を一発けりつけた。

「ピ、ピンク・・・・・・!」男はつぶやきながら、その場に倒れた。

「もう、エッチ!」ナオミは短いスカートの裾を押さえながら、頬を赤らめる。 ナオミは、岬樹の顔を見て軽く微笑んだ。


「お兄ちゃん、大丈夫!」イツミが岬樹の元に駆け寄っていく。少し心配そうに、岬樹の具合を確認していた。

「大丈夫?」そう言いながら、ナオミはポケットからハンカチを差し出した。 岬樹の口の辺りに血がにじんでいた。岬樹は、差し出されたハンカチを受け取ろうとして、ナオミの顔を見た瞬間、硬直した。


「女神様・・・・・・降臨だ・・・・・・」何処かで聞いたような言葉を口走っていた。 その様子を見てイツミが岬樹の肩をつねった。

「イテ!なにするんだ!」岬樹はつねられた肩をさすりながらイツミの顔を見た。

「知らない!」イツミはプイッと横を向いた。イツミの態度の意味が理解できずに岬樹は首をかしげた。

「怪我は痛まない・・・・・・・?」ナオミが再び、心配の声をかけてきた。 岬樹の目の前の少女は、桃色の長い髪に白く透き通るような肌。 大きな綺麗な瞳、筋の通った高い鼻、形の良い唇、見事なプロポーション。 先日顔を埋めた豊かなバスト、まさにパーフェクトだった。 「君は、あの時の・・・・・・・」 岬樹は彼女に釘付けになっていた。その後の言葉が続かなかった。自然と、ナオミの胸の辺りを見つめていた。ナオミは、岬樹の問いかけを無視するかのように、立ち上がった。

「今のうちに、皆さん一緒に逃げてください!」ナオミは、皆に逃げるように声をかけた。 呆気に取られた顔をしていた人質達は正気を取りもどし、次々にお礼を言いながら店外へ逃げていった。

「・・・・・・お兄ちゃん、私達も行こう!」イツミは、岬樹の手を引いた。

「えっ、ああ・・・・・・」岬樹はイツミに言われるままに後をついていった。 イツミは大きく手を振りひまわりのような笑顔を見せた。走りながらも、岬樹は、ナオミの姿を見つめていた。ナオミは微笑みながら、見送るように軽く手を振った。 皆が逃げ出した事を確認してから、屋上に向かった男達を追いかける。階段を上り、先ほどの屋上に出る扉の前で周りの様子を確認する。


男達は、屋上で拘束されている二人を発見した様子だった。

「くっ、誰がやったんだ!」気絶している仲間の様子を確認している。とても、警察の仕業とは思えない倒され方であった。男達は銃を構えたまま、周りをキョロキョロと見回した。

「何かお探しですか?」ナオミは男達の背後に唐突に姿を見せてゆっくりと近づきながら微笑んだ。

「おっ、お前は何者だ! ポリッ・・・・・・いや、違う!」銃口を向けながら叫ぶ。

「通りすがりの美少女です」微笑みながら首を傾げ指で頬を掻く仕草をする。自分で美少女というところが、自分でも図々しいと少し思った。

「ふざけるな!」リーダー風の男が拳銃を発砲した。その行動は、全く躊躇していない様子であった。

「きゃ! 本当に撃った」ナオミは弾道を読みながら身をかわし非難用具の陰に飛び込む。男はナオミが隠れた辺りを狙って、更に数発の弾丸を発射する。しばらく続いた銃声が止んだ事を確認して、ナオミは男達の位置を再確認する。彼女は転がりながら男の前に姿を現して、手首のワイヤーを男の持つ拳銃に絡めた。 勢いよく手前にワイヤーを引き、銃を奪い取る。

「え・・・・・・!」男は状況が把握出来ずに絶句する。手から消えた拳銃を探しているのか足元を必死に見回していた。動転する男の背後に移動し、首を背後から羽交い絞めする。

「うぐっ!」男の頚動脈を圧迫しながら首を捻り一瞬にして落とす。男は項垂れその場に倒れる。

「貴様!」残されたリーダーは激高する。

「えっ、何っ!」ナオミは、男の様子が明らかに変わっていくことに驚いた。リーダーは持っていた銃をこちらに投げつけ同時に突進してくる。ナオミは闘牛と戦う闘牛士のようにリーダーをかわす。振り向きざまに、リーダーの猛烈な下段蹴りが私の下半身を襲いかかる。両足でジャンプして蹴りから逃げ、そのまま宙返りをした。着地の瞬間に、リーダーの顔めがけて後ろ飛びまわし蹴りを喰らわせる。リーダーは、蹴られた反動で転がる。

「よっし!」左手でガッツポーズを決めた。彼の顔面は血で真っ赤に染まっている。

「ちょ、ちょっとやり過ぎたかな・・・・・・」若干後悔の念にさいなまれた。

 

 少し休憩をしていると、先ほどの扉から数人の男たちが、屋上へ飛び出してくる。制服を着用した数人の警察官とそれを指揮する刑事のようだった。

「まずい・・・・・・!」思わず両手で口を塞ぐ。

「君は・・・・・・」先頭の刑事がナオミの姿を見つけた。刑事が、ナオミに向かって歩いてくる。

「君は、ナオミさん!」その手には拳銃を握っている。

「か、狩屋さん・・・・・・、お久しぶり・・・・・・です」笑いで誤魔化してからナオミは跳躍した。そして来た時と同じように隣のビルに飛び移った。

「えっ、あっ! ちょっと!」刑事の声は宙を切った。

「どうされましたか?狩屋さん」警察官が狩屋刑事に問いかける。ナオミの姿を確認出来たのは狩屋刑事だけだったようだ。

「えっ、今のは・・・・・・いや、いい」狩屋という刑事はうまく説明する言葉が思い浮かばず誤魔化した。

「犯人らしき男が二名倒れています、これは・・・・・・ 誰かにやられたようですね・・・・・・ 」警察官が倒れた男たちを調べている。

「しかし、急に人質が開放されたかと思ったら、店内で犯人達は気絶しているし・・・・・・、どうなっているのでしょうね」警察官が狩屋に問いかけるが、狩屋にも明確な返答は思い浮かばない。

「うーん、やっぱり正義の味方参上!だな」狩屋は頭をボリボリ掻きながら適当な返答でお茶を濁す。

「狩屋さん、人質は大人9人全員無事が確認できました」部下と思われる警察官が狩屋刑事へ報告した。


「なんだか前にも、こんなことあったような・・・・・・・」狩屋は苦笑いした。

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