第24話頼みの綱 2

「じゃあ、行ってきます」


 扉を開けるとまだ外は薄暗がりだった。思わずあくびが出てしまう。

 睡眠時間はほぼ皆無だった。帰ってからすぐ寝たところで夜の十二時近かった。


 今は三時半を過ぎたあたりだ。ただでさえ睡眠時間が少ないのに対し、いろいろ考えてたり、感慨ふけっていたら全く眠れなかった。


 それでも眠気を払い、歩き始める。

 当たり前だが、街は閑散としていた。みんなこの時間は寝ているので、物音すら全く聞こえない。大通りに出ても車が通るのは数十秒に一度の頻度だ。


 それでも、今日は平日。後三、四時間もすれば街は人で賑わい始める。

 静かな街の中をただひたすら歩いていく。

 徐々に太陽の光が出始めているのが見て取れる。同時に俺は駅に着いていた。


 改札口を通り、始発へと乗り込む。やはり人は全くいなかった。

 空きはたくさんあったが、座ると寝てしまうような気がしたのでつり革につかまった。

 明るくなっていく街を見ながら、俺は揺すられていた。


 今乗っているのは、学校のある方とは真逆の方向を走る電車だ。

 つまるところ、今日俺は学校をサボることにした。

 電車を降り、今度は新幹線のある方へ足を運んでいく。寝不足のためか体は言うことを聞いてくれず、足が重かった。


 途中、売店で朝食をとった。昨日は全く喉を通らなかった食べ物が今度は吸い込まれるように入って来る。

 エナジードリンクを飲んでおいた。脳がすっきりしていくのを感じたが、吐き気に襲われた。あまり勢いよく飲むものではないな。


 それ以外にも、ミントのガムや飴などを買っておいた。もしまた眠気が来たらすぐに覚ませるように。

 ガムを一つ口にして、新幹線に乗るホームへと再び歩き始める。電車の始発と新幹線の始発とでは、大きな時間的差異が出る。だからあまり急ぐ必要はなかった。


 大きな差異が出るにもかかわらず、始発電車に乗り込んだのはできるだけうちの生徒たちの出会わないようにするためだ。


 あまり顔は知れ渡っている方ではないが、朝練をやっているうちのクラスのやつとかと会ったらたまったものではない。


 ホームへと着いた。ここでも空き席を発見することができたが、時刻表に凭れながら立つことにした。

 さすがに新幹線に乗って、学校来ている者なんてほとんどいないだろうからここまでく

れば安心だろう。


 目を開けたまま、ぼーっとすることにする。これでも、多少は脳の疲労が和らぐ。だが、目を閉じそうになってしまったので、すぐにやめた。


 携帯を開き、今一度場所の確認をする。

 場所はここから結構離れていた。移動時間としては三、四時間くらいを目処に考えていた。

 新幹線に乗り、さらに向こうで一つ電車に乗るとたどり着く。


 目的地にたどり着くのは、一限が始まって、少し経ったくらいだろうか。それなら、余裕はもてる。

 やがて、新幹線がやって来る。それに乗り込み、自分の座席へとついた。

 結衣はこの時どういった気持ちだったのだろうか?


 足早に過ぎ去る景色を見ながら俺は思いにふけっていた。

 俺はこの前結衣がやっていたことと同じことをやろうとしている。家族に迷惑をかけ、先生に迷惑をかけ、友達にも迷惑をかけるかもしれない。


 向こうは数時間後大混乱になるだろう。

 帰ったら、絶対に怒られるんだろうな。結衣はまだしも、俺の場合前科もあるからさらに重い罰を受けそうだ。


 それでも、解呪できる喜びに比べれば罰なんて塵みたいなものなんだが。

 色々な確証がある分、今の俺はそこそこ気が楽な方なのだが、あの時の結衣はかなり困惑していたんではないだろうか。


 母の舞衣さんの言葉を振り切り、迷惑をかけ、それでも出ていった。

 その場所が自分を解呪してくれる場所だとは限らない。


 解呪できなければ、母と学校に問い詰められ、大変なことになっていたに違いない。

 現に学校では大きな問題になっている。サボって、鉄パイプに巻き込まれて重傷なんて黙っていられるような自体ではないだろう。


 舞衣さんはどう思っているのだろうか。梶川は舞衣さんに話してるのだろうか。

 仕事の関係か舞さんには一度も会えなかったから真意はわからない。だから伝えていると信じることにした。


 爽快に駆けていく新幹線はあっという間に俺を目的地へと運んでいってくれた。

 新幹線を出て、時刻を確認する。もう朝のSTが始まっている時間だった。


「今日のお休みは……絢辻か。連絡なんて来てなかったが、まあ戻れば入っているだろう」と何時ぞやか言っていたセリフをまた担任が言っているんだろうな。


 新幹線のホームを出て、再び電車を使う。

 体がそわそわしてきた。確証はあるが、目的地を目の前にすると途端に自信がなくなっ

て来る。もし解呪しなかったらと嫌な思考が頭をよぎってきた。


 ここ最近ずっと、行っては何も起こらないという現象を繰り返しているためか映像が脳裏に浮かぶような感覚に襲われる。


 深呼吸を一回。嫌な感情を吐き出す。

 またガムを一口噛んで、電車へと乗った。


 周りから感じる違和感ある視線はこの時間に高校生みたいな子が電車に乗っているからだろうか?

 どのみちもう二度と顔を見ることのない人たちなので気にすることはない。サボっているという確証もないのに警察を呼ぶのは変だろう。


 すぐに目的地最寄りの駅へと着き、そこで降りた。

 あとは歩くだけ。いつも行動している時間帯だからだろうか足は軽かった。

 少し視線を上げると目的地の神社の様子が見て取れた。あそこで間違いない。


 あの場所へ行けば、解呪できる。

 俺と結衣は似た者同士と言ってくれた和紗。

 昨日俺の思考と同じだったパスワード。


 二つを考慮すれば、解呪できる可能性がある場所が見えてきた気がした。


『結衣が解呪した場所』ならば、俺も解呪できるのではないかと。


 気づけば、足早になっていた。

 携帯は電源を消していた。今頃着信が多件に及んでいるだろう。


 目的地を見失わないよう寝る前にその場所までの簡略地図を書いておいたので、それに従う。

 もうすぐ解呪できる高揚感なのか、本当に解呪できるのだろうかという不安感なのかわからないが、鼓動は高鳴っていた。


 焦る心を押さえ込んで信号待つ。ここで交通事故とか起こったらたまったものではない。

 身長に歩を進めていくと目的地にたどり着いた。

 これでやっと終わる。


 再び一度深呼吸。よしっ! 心の中で喝を入れ、階段を登りだした。

 登り終えると澄んだ空気が体に流れて来る。いい調子に思えなかったのは、前例があったからだろう。

 気を落ち着かせ、再び歩き始める。


 平日のこの時間だからかやはり閑散としていた。体には何も起こらない。

 この神社は階段を上ると前にお参りする場所があり、左右には森のように木が連なって

いる。見た限りでは全体として円形状の形をしているようだった。


 一度神社でお参りしたのち、今度は右側の木が連なっている方へと足を運んでいった。

 今日も天気は快晴。木漏れ日は眩しかった。

 ゆっくりと歩んでいく。一つ一つ噛みしめるようにして歩いていく。


 マーグネースの発症時はある場所に行った時に起こった。つまりはその神社の中でも、局所的な部分に解呪できるスポットがると考えていいだろう。


 だから一つ一つ丁寧に回っていく。

 絶対にこの場所で間違いない。結衣が探してくれたこの場所に間違いはない。そう心に誓って。

 まだ解呪は起こらない。ある程度回ったが、傾向は見られない。


 ひたいに汗が垂れる。

 大丈夫。今度は左方向に足を止めていく。残る探索範囲が狭くなっていくにつれて足が重くなっていく。

 現実を受け止めるのが嫌だった。確証を得たはずなのに、それが間違っていたと思いたくなかった。


 いや、絶対に合っている。嫌な気分を吹きはらい、歩く。力強く歩いた。

 歩みを進めると見知っている風景を視界が捉えた。思わず目が丸くなる。

 そこで気づく。俺は一周してしまったのだと。


 何かが起こっただろうか。いや、体への変化は察知できなかった。

 視界が遠のいていく。前と全く同じ状況だ。これは自分の思い込み、受け入れたくないという感情が沸き起こした発作に過ぎない。


「ダメだったのか……」


 受け入れたくなかった。なんでなんだと思った。確証はあった。

 和紗は言ってくれた。似たもの同士って。

 それってつまり相性がいいってことじゃないのか?


 俺は再び森へと歩いていった。

 近くにあったベンチに腰をかける。

 木漏れ日が鬱陶しく感じた。何もかも鬱陶しく感じた。


 せっかく得られた確証。同じ思考のパスワードを設定したことからも似た者同士っていうことは読み取れた。

 ならば、なぜ!

 なんで、ここにきて解呪できないのか。不思議でたまらなかった。


 何がいけなかったんだろう。やっぱり数日で相性のいいゼロ磁場を見つけるできないのだろうか。

 途方にくれる。このままここにいたい気持ちになった。


 歯車が重なっていって、ようやく動き始めたと思ったのに、また止まった。

 動かなくなった。そして、動けなくなった。


「結衣は嫌いだ……結衣は嫌いだ……結衣は嫌いだ」


 いつのまにかそんな言葉が口から漏れていた。

 嫌いだ。嫌いだ。そう言い聞かせ、自分に語りかけることで暗示にかけようとしていた。


「結衣は嫌いだ……結衣は……」


 大好きに決まっている。

 暗示は失敗。代償として、たくさんの涙がほおを伝わった。

 視界が滲んでいく、目から出る雫で遮られそうになっていた。


 一緒にいたかった。いろんな場所へと行きたかった。

 昨日のあれはなんだったのか。ただの茶番だったのか。

 神を罵った。運命を罵った。散々自分をコケにしてくれたことを許せなかった。


「こんな人生なら……」


 いっそのこと……


『ジリリッ』


 不意に耳から雑音が聞こえた。


『ジリリッ。ジリリッ』


 雑音の音は次第に増していく。なんだこれ?

 鼓動が一回鳴る。大きく鳴る。破裂したかと思った。

 息が荒くなる。座っているのが辛く、つい横になってしまう。


「はあ、はあ……」


 激しくなる鼓動。荒くなる息。聞こえてくる雑音。

 曇って視界は徐々に暗くなっていく。

 解呪…………


 そう思った矢先、俺の意識は途絶えた。

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