第23話答えは君
「はあ……はあ……」
ほどなくして、駅へと辿り着いた。
山からの距離はあまりないように思われたが、汗だくだった。帰宅部に全力疾走は辛い。
改札口に入りながら、これからの計画を立てていく。
体は暑く、脳は冷静に。なんだか運動部の気分だ。
時刻は七時。この時間だと色々と行動に制限がかかって来る。でも、解ける制限はできる限り解いておかないと何もできない。
電車までの待ち時間数分。俺はある人物へと電話をすることにした。
「はい、綾辻くん。一体どうしたの?」
いきなり電話してきたことにびっくりしたのか若干声が上ずっているような気がした。
「あ、梶川か。少し頼みたいことがあるんだけど」
「ん……わかった。で、用件は何?」
何かを考える素ぶりを見せたが、すぐに承諾してくれた。
「実はだな……」
俺は梶川にあることを頼んだ。俺では絶対にできないことだが、梶川ならやってくれることを信じて。
「なるほど。でも、どうしてそんなことをするの?」
「もしかしたら、マーグネースの解呪ができるかもしれないんだ」
「え! ほんとなの!」
驚きの声が俺の耳に突き刺さる。急に大声を出すなよ。鼓膜が破れるかと思ったぜ。
「確証はないけどな。でも、第三者の意見っていうのは参考にしておかないとと思ってな」
「……そう。わかったわ。こちらで話を通してみる」
「ありがとう、助かる。あと今から電車に乗るから、返事はメッセージでもらえるか」
「了解。任せときなさい」
電話を切ったと同時に、アナウンスが聞こえて来る。電車の来る合図だ。
扉が開き、中へと入る。今日は祝日だからかこの時間帯に人はあまり見られなかった。
席に座り、再びこれからの予定を立てていく。
場合よって行動が変わっていくため考えられる範囲内で行動を固めることにした。
気づけば、電車は目的の場所に着こうとしていた。考え事をしていると時間が過ぎるのはあっという間だ。
でも、まだまだ先は長い。ここからは新幹線に乗ることになり、乗車時間は多大なものになる。
電車を降り、携帯を開くと梶川からメールが送られていた。
「許可取れたわよ!」
よし! 思わず、ガッツポーズしてしまう。
これで行動範囲内が一つ絞られた。
足早で歩き、新幹線へと向かう。掲示板を確認すると、ちょうど新幹線が来ようとしているところだった。
いい流れが来ているような気がした。
ほどなくして、すぐに新幹線はやってくる。中に入り、自分の座席を確認して座った。
行きは快晴、帰りは満天の星空。
新幹線から眺める夜景はとても綺麗なものだった。
澄んだ景色に同調するように思考も澄んでいく。
時速200超のスピードは瞬く間に、県を過ぎていく。
最初はどん底だった。故郷に行くべきではなかったと後悔していたが、和紗と出会えたことがその気持ちをかき消してくれた。
今度は結衣と一緒に行く。そのためにもマーグネースの呪いを解かなければならない。
焦る気持ちを深呼吸することで落ち着かせる。
とにかく今は目の前のことに集中することに決めた。
一時間ちょっと経過し、ようやく自分の住む街へと戻って来た。
俺は家のある方向の電車に乗る。というわけではなく、改札口の方面へと足を運んでいった。
携帯を取り出し、千代にLineを送る。
「今日はかなり遅れるかもしれない。夕飯はテーブルの上に置いておいてほしい。レンジでチンして食べるから」
端的に述べ、携帯をしまう。
ここから、目的地まではそうそう遠くないが、改札口を出ると俺はすぐに駆け出した。
一刻でも早く、目的地へとたどり着きたかったのだ。
****
夜九時のこの場所はとても閑散としていた。
それもそうだろう。この時間帯に人が来るのはかなり稀なケースだ。
だから俺は梶川に頼まなければならなかった。
静かな道を歩き、俺はその場所『病院』へと赴いた。
「すみません、絢辻です」
梶川の連絡から名前を名乗るように言われたで、誤解を招かないように先にもう名乗っておく。
「はい、絢辻さんですね。お待ちしていました。他の患者さんたちの中に寝ている方もいらっしゃられるので、できる限り静かにお願いしますね」
「わかりました。勝手な頼みをしてしまってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
看護師さんの表情にはどこか曇っていたように思えた。
どうやら医師の人との間のみで交渉はされていたようだ。
面会時間は午後八時まで。時間はもう既に終わっている。俺が入室の許可をもらえたのは梶川のおかげだ。
やっぱり言ってみるものであった。
確実に時間は間に合わないと思っていたが、『マーグネースの解呪』と言う口実を使えばなんとかなるのではと梶川に相談してみた。
結果は大成功だった。ここの病院の医師もマーグネースという呪いに関わっているのだろうか。
看護師さんに言われた通り、足音をあまり立てず、病室を回っていく。
目的地である『結衣の病室』の前へとやって来た。
ここからパターンは二つへと分岐される。
頭の中であれこれ考えつつ、ゆっくりと扉を開けた。
ノックをしたら、甲高い音が周りに響いてしまうので控えておいた。
なるべく音を立てずに、入ってもなお結衣からの返事はなかった。
抜き足差し足の店舗で歩きつつ、結衣の様子をのぞいていく。
徐々にベッドの様子が見え、そこにいる彼女の様子も同時に見えて来た。
寝落ちしていた。
何かを書いてたのか寝ている顔の横には手帳のようなものが置かれている。ペンは手からこぼれ落ちるように机の隅に置いてあった。
ひとまず、ほっとする。
もし、起きていたのならば、長話になっていたに違いない。それだけは時間外面会をしている身からしたら避けたかった。
寝落ちしているならやるべきことは簡単。
俺はペンとは逆の隅にある『携帯電話』を手に取った。
スリープモードを解除し、パスワード画面に映る。
これが一番の難関だ。結衣がどんなパスワードにしているかなんて、知らない。
ひとまず、中学校の頃に使っていたメジャーな『結衣の誕生日』を押してみる。
画面が左右に揺れる。認証失敗。
次は『母親の誕生日』認証失敗。『父親の誕生日』認証失敗。
「じゃあ……」
『家電の下四桁』認証失敗。
ここで、一分間の使用禁止が出てしまった。
「やっぱダメだな。これ」
思わず小言を言ってしまう。
父親の誕生日とか結構自信あったんだがな。忘れないようにとパスワードにしてるとか結衣らしいし。
ほどなくして、スマホが使用できるようになる。
次引っかかれば、五分待機になる。それは避けたい。
頭をひねり、結衣の設定思想なパスワードを考える。
梶川……いや、違うな。すぐ……んなわけない。
だとすると俺とか……いやいや、ついこの間まで無視されてた身だしな。俺の誕生日をパスワードにしたらそれこそ俺がマーグネースの呪いの効果受けちゃうだろ。
となると携帯の下四桁。それはさすがに野暮じゃないか。忘れてもすぐ確認できるところとか良さそうだし。いや、でもな……
ひとまず、入力してみた。認証失敗。五分使用不可能になる。
ですよね。というより、下四桁がこれで合っていたのかが謎なわけだが。機種変した時に電話番号変えたりするとかもあるかもしれないし。
父親や母親の誕生日は結衣と一緒に誕生日プレゼントを買いに行ったことがあったので覚えていた。それに親二人の誕生日が一日違いだったことが、妙に頭に残っていたから。
五分は長いな。
俺はふと結衣の方へと視線を向けた。
熟睡しているのか呼吸で体が大きく動く。
やることもないので、ゆっくりと部屋の片隅にあった毛布を背中にかけた。
自然と顔を近づける形になったので思わず意識してしまった。
可愛い寝顔に無防備な状態に思わずそそられてしまう。
落ち着け。何を考えているんだ俺は。俺には今マーグネースが宿っているんだ。ここで過度に結衣に接しようとしてどうするんだよ。
気を紛らわせるために視線を別の方向へと移す。すると書いていたノートの内容に思わず目がいってしまった。
『遊園地の行きたい場所』
そんな題名が書かれていた。
俺がいない間も考えていたんだな。無意識のうちに手が動き、いつのまにかノートを取ろうとして、思わず彼女に触れてしまった。
ふと結衣をのぞいてみたが、眠りが深いのか起きる気配はなかった。
一安心し、ノートの内容を凝視する。
行きたい場所はずっしりと書いてあった。特定の名前のアトラクションを書いてあったりもした。
ページをめくると今度は『行きたい県』についての内容が記されてあった。一位『沖縄』の後には有名なスポットの名
前が書いてある。多分行きたいスポットなのだろう。二位、三位、四位と続いていた。
行きたいところたくさんあったんだな。記された内容を脳内で記憶しておく。
それからさらにページをめくったが、何も記されてはいなかった。
特に理由はなかったが、ひとまず最後までページをめくっていると最後の方にまた記述が見られた。その内容を見て思わず、目を丸くしてしまう。
『人とうまく話す方法』
そう題目づけられていた。
何気ない話から始める。自分よがりになりすぎない。それでも、大切な話の時はきちんと自分の考えを明確にする。など、箇条書きにして色々と書かれていた。
俺もこの街に来て結衣と話そうとした時は、話し方を前もってネットで検索していた。普段は意識しなくてもできたのにあの時だけはなぜだか頼ってしまっていた。
結衣も同じ気持ちだったのかな。
マーグネースの呪いが解呪されたことによって、ようやく自由に身になることができた。それでも、俺を無視、拒絶したことによってお互いの関係にヒビを入れてしまった。
修復するためにはどうすれば良いか。思案する中で話し方に気を配る方法を見つけたの
だろうな。
思わず、また涙が溢れてきそうになった。なんかすごく愛されているようなして、同時に笑みも浮かびそうになり、よくわからない感情が押し寄せてきた。
さらに読み進めると最後にあるものが現れた。
それは俺に自然な笑みをもたせてくれた気がした。何よりも俺のことを忘れまいでいてくれたような証だった。
改めて彼女の頑張りを知ることができて俺の方もより一層好きになった。
「もしかして……」
ある一つのパスワードがふと頭をよぎった。
確かに前はできなかったけれど、今ならできるんじゃないだろうか?
視線をパスワードに移し、それを入力する。でも、最後の文字を打とうとしたところで指が止まった。
愚直な気がした。願望とはいえ、これはなさそうな気がした。となると……
結衣と俺は似た者同士。
ふと和紗の言葉が頭をよぎる。
俺なら直接、思ったパスワードを設定するのは恥ずかしい。でも、そのパスワードにするために一工夫加えて設定するようにはする。
なら、こうするんじゃないか。
俺はそのパスワードを打った。
画面は左右に揺れることなく、開いていく。認証が成功した。
達成感とともに喜びが溢れ出す。本当に同じ思考をしているような気がした。
普通はあまりやらないじゃないだろうか。『好きな人のパスワード』ではなく、『好きな人と自分の生月を合わせたパスワード』にするなんて。
開いた画面からあるアイコンを選択し、『それ』を写真で収めておいた。
すぐに携帯をスリープ状態へと戻す。
これでようやく、解呪に向けての準備ができた。
「行ってきます、結衣」
聞こえてはいないだろうが、静かに呟いた。
そして、預かってもらうように自分の携帯についていたストラップを取る。
半星型のストラップを先ほどのノートの最後に飾られていたものにつけ、俺は病室を後にした。
夜空に輝く満天の星と同様、病室の机で小さな星は輝いていた。
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