第21話頼みの綱
足早に変わり行く景色をぼーっと眺めていた。
視線を上に向けると太陽の光が視界へと入ってきて眩しい。
俺は今、昨日自分の記憶から呼び起こしたマーグネース関連のヒントと思しき場所に向かうため新幹線に乗っていた。
今の俺の家からそこまで片道三時間。とても長い距離を辿ることになる。とは言っても、ここ二、三日公共交通機関を使って、遠出をすることが何度もあったためそこまで苦ではなかった。
足早で変わっていった風景にふと既視感のようなものを感じた。
この街に来るのもの久しぶりだな。
二ヶ月前にいたにもかかわらず懐かしく感じるのは、この二ヶ月が俺にとっては濃いものだったからだろう。
その懐かしい風景はすぐに通り過ぎていった。また戻っていかないと思うとなんだかもどかしかった。どうせならここで降ろしてもらいたかった。
少し行った先で新幹線は止まる。乗客が数人降りて行くのに合わせて俺も降りた。
ここからは公共交通機関で行かなければならない。
時間削減のためICカードを使って、やりとりをしていく。
電車では座る場所がなかったためつり革を持って立つことにした。
走り出し、少ししたところで再び既視感のある風景が目に入って来る。今度はその場所に止まる。
改札口を抜け、照りつける太陽の光に視界を阻まれながらも街の様子に目をこらした。
ここは俺の故郷だ。
生まれて十数年ほどはこの街で育っていた。
今頃みんな何しているのかな。
小中高の友達に会いたくなった思いはあるが、ここに来た目的とは違うため気持ちを抑えることにした。
ひとまず、最初の目的地のある場所へと足を運んでいく。
数ヶ月前までは見慣れた風景だったにもかかわらず、今こうして見てみるととても新鮮に感じる。
あの料理店潰れたのか。結構美味しかったんだけどな。
街という存在は数ヶ月くらいの期間では変わらないものだと思っていたが、よく観察すると様々なところで変化が起こっているように思えた。
前まで行列ができていた店はいつのまにか客はまばらになっていたし、逆にあんまり繁盛していなかった店に行列ができているというのもあった。
こうして、変わった点を探していくのも案外楽しい。
気がつけば、俺は目的地へとたどり着いていた。
それにしても、ここに来るまでに誰一人として、知り合いに合わないのはありがたかったようなちょっぴり寂しいような。千代の言っていたみたいに友達少ないわけではないのだが。
何はともあれ目的地にたどり着いたのだ。ここから探索を始めていかなければならない。
俺は目の前の神社へと目を向けた。
この神社は俺の推察で行くならば、マーグネースの引き金となった神社ということになる。
高校一年生の夏。クラスの友達が企画した『肝試し』に半ば無理やり参加させられることとなった。男子の人数が足りないとかなんとかで。
肝試しのルールは男女ペアになり、神社奥に置いてきた紙に名前を書いて帰って来るというシンプルな肝試しだった。
当時、結衣に無視されていた俺は「彼女とうまくいっていないのに別の子とこんなことしてていいのかね」と思いながらも流れに乗って、肝試しをやっていた。
男女のペアはクジ引き制であり、俺の相手はクラスではあんまり話さない女子だった。
俺としてはこっちの方がある意味肝試しだったかもしれない。
どう話を盛り上げようものかと思案しながら歩いていた。向こうからは何も話をかけてこなかったので、雰囲気は徐々にどんよりしていった。
よく考えれば、この前のお化け屋敷での結衣の心情を汲み取れたのはこの出来事があったからかもしれない。
そう。彼女もまたお化けが大の苦手な部類に所属する一人だった。
多分、企画を立てた生徒が作ったリアルとはほど遠い、あからさまに「作りましたよ」
感満載のお化けを前にしても彼女は怖がって、進路とは全く違う方向へと逃げていった。
お化けよりも、俺としてはそちらの方が怖かった。女の子一人置いてけぼりにして、ゴールした時の周りの目はきっと恐怖を感させるものだと思った。
だから俺も進路を変え、彼女が逃げた方向へと歩いていった。
木々の中を懸命に歩いていく。そこで企画を立てた人物の優しさに気づかされた。
視界が暗く、足場が悪い。この場所を進路に変えたら、肝試しのレベルはより一層増すような、恐怖心を駆り立てられる場所であった。
こんなところに逃げ込んでしまう彼女も運が悪い。
早く探さないといけないと思っても足場が悪いため身動きが取りづらい。
そのうち誰かが助けに来るだろうとか楽観的になりながらも俺は木々を避けながら歩いていた。
刹那、突如自分の体が浮遊するような感覚に襲われた。
でも、それほんの一瞬の出来事で。気づけばすぐに意識は戻っていた。少し違和感だったのは、歩いていたはずなのに立ち止まっていたということ。
体を見てもなんの異常はなかったためただの立ちくらみだと思って、再び探索を始め、ペアの子を見つけたわけなのだが。
多分あの感覚がマーグネースの呪いにかかった証拠なのだろうと今は理解できる。
梶川は言っていた。「マーグネース解呪の時は体になんらかの変化が起きる」と。
ならば、逆も然り。呪いにかかる時もなんらかの変化が起きて当然というわけだ。
つまり、この場所が俺にとっては最悪の相性を持つゼロ磁場スポット。
ここを起点として今日は探していこうと思った。
携帯の端末を開き、日本の断層がある場所を確認する。
すぐに切り替え、今度はゼロ磁場がある場所を確認していった。
この場所から断層を横切るようにして、ゼロ磁場を通っていく。そうすれば、いい結果が得られるのではないかと思った。
断層を軸として発生している磁場なら断層右側と左側で何か効果が変わったりするかもしれないと言った安易な考えだが、理には叶っていそうな気がした。
神社に背を向け、俺は再び歩き始めた。近場のゼロ磁場は全部で三つ。
今日回れるのはこの三つになるだろう。この中になければ……
あまり不安を呼ぶ思考はよくない。考えを消し、無心で歩いていった。
一つ目のゼロ磁場は先ほどの神社からそこまで遠くない距離にあった。
息を整え、神社の中へと入っていく。
体に変化が起きるというが一体どのような変化なのだろうか。何か変な感覚に襲われるといったところなのだろうか。
結衣は解呪したのだから聞いてみるという手もあるが、マーグネースという俺たちの仲を分かつことになった元凶について電話越しに話すのはなんだか気が引けた。
こういったことは結衣と面と向かって話したいという思いがあった。
でも、確かなのは一つ。
全てを歩き終えた。何を感じることもなく歩けたということは解呪されていないということなのだろう。
一つ目は失敗に終わった。
三つあるうちの一つが消えると少し心細くなる。それでも、まだ二つある。
気を取り直し、二つ目のゼロ磁場があるところへ向かった。
二つ目は先ほど来た道を逆に辿って行くのが近いが、気分をリフレッシュしたいがために先ほどとは違う風景を見てみたかった。
それに、商店街などお店の多いところに行くと知り合いに会う危険性が高い。今はそれだけは避けたいと感じた。
先ほどまではなかった感情が湧いて来るのは可能性の一つがなくなって張り詰めているということなのだろうか。
歩く場所には田んぼが連なっていた。遠くまで見える景色というのは視界を広くしてくれ、心が澄んでいく効果がある気がした。
街並みもいいけれど、こういった景色もなかなかいいものだ。
田んぼではおばあさんやおじいさんが苗を植えていた。この暑い季節に大変だと思われたが、二人仲良く作業している様子がなんだか羨ましかった。
そうしてたどり着いた二つ目。
先ほどよりも緊張が増す。あまり想像したくない考えが出てしまうのは前の影響か。
勇気を振り絞って、足を前に出す。ここは勢いに任せるしかない。
その場所は空気が澄んでいるような気がした。木々に囲まれているからだろうか。
これがいい兆候ならとてもありがたい。しばらく奥の方へと歩いていく。
歩きながら今までの出来事について考えていた。
結衣に無視された日。あの日から歯車が狂い始めていった。
何が起きたのかわからなかった俺は自暴自棄にかられていた。結衣の身に何が起きたのか知りたくて色々もがいていた。
今に思えば、俺が今までやって来たことが本当にどうしようもなく、意味がなかったと思う。なんせ、答えは全く別のものであったから。誰も想像できやしない。
世の中は未だわかっていないような事柄が多数存在する。
確認できても理解できないもの。
確認すらできていないもの。
この二つのどちらかに該当する。マーグネースは一般人にとっては後者に該当するものだ。
確認できていないものを想起するのは無理難題だった。梶川に言われなければ、俺は未だに答えにたどりつかないルートで足掻いていたんだろう。
ただ、そのルートがずれていたとしてもそれは真のルートになんらかの影響は及ぼしているとも思う。観覧車の出来事がなければ、結衣がマーグネースにかかっていたといういう事実に確証は持てなかった。あの時、勇気を出して、結衣に近づいたから成し得たものだ。
ほんと世の中って、うまくできている。
全て歩き終えた。何もなかった。
結局空気が澄んでいるのはただ単に木々の影響か。それとも少し相性のいいゼロ磁場だったか。
神社を出ると空虚感に襲われた。
二つ目を失い、残すはあと一つ。
心臓の音が高鳴っていく。かなり張り詰めているような気がした。
それでも、兆しがないわけではない。さっきの仮説が正しいならば、俺にとって相性のいいゼロ磁場に近づきつつあるということだ。
ならば、次のゼロ磁場には期待していいのではないだろうか。
その場で大きく息を吸い、三つ目の磁場がある場所へと歩いていった。
ここからは目的地までは結構な距離がある。
公共交通機関を使う手もあるが、気分をリフレッシュさせたかったために歩いて行くことにした。
途中で、昼ごはんを済ませておいた。
歩く距離が長いために疲労感に襲われたが、それでも歩いた。
足の回転数がやや遅くなるのはそれの影響かはたまた恐怖にかられているからか。
不安と希望。二つの感情が混じり、無の感情に襲われていく。
きっとできる。約束は守らないといけない。
励ましてくた千代、和紗。そばにいてくれた梶川。
待ってくれる結衣。みんなの期待に応えなければいけない。応えたい。
三つ目の神社にたどり着いた。
これで最後。何があったとしても、これで終わり。
大きく息を吸い、周辺の雰囲気を簡易とる。正直まだよくわからない。
ここが俺にとって、良いのか悪いのか。
でも、行くしかない。行ってみなければわからない。
足を前へ出し、階段を登っていく。
何かが起こってほしい。その思いだけに身を任せて俺は歩いていく。
解呪したらまた結衣と二人で一緒に遊園地へ行くんだ。
他にも行きたい場所はたくさんある。夏祭りにも行きたいし、海にも行きたい。
一緒にカラオケ行って歌を歌ったり、スポーツもやってみたい。
三ヶ月にできたことは限られていた。本当はもっといっぱい遊びたかったし、何よりも一緒にいたかった。
引っ越しすることになったあの日。本当はとても寂しかった。
大好きな彼女がいなくなるなんてこれ以上の不幸はなかった。
連絡をとりあえば取り合うほど会いたいという思いは強まった。
向こうからの連絡が切れた時、とても辛かった。何も手がつかなくなるほど、苦しい思いでいっぱいだった。
直に会ったにもかかわらず、無視された時、正直死にたくなった。
でも、それは彼女の優しさから招かれた行為だと知った時そんな思いはすぐに失くなった。
今すぐにでも、彼女に会いに行きたい。抱きしめたい。
結衣への思いはどんどん募っていく。その思いから俺の中の正の感情が湧き出てくる。
絶対解呪してみせる。正の思いは強い思いを生んでくれた。
そして、そして……
視界は急に白くなった。
解呪。
それは違った。なぜならそれに襲われたのは神社を抜けた後だったから。
恐怖による目眩。呼吸は乱れていく。頭の中が真っ白になっていった。多分視界が白くなったのはそのせいだろう。
できなかった。解呪できなかった。
今まで湧いていた思いが一つ一つ砕けていく。頭が割れてしまいそうな思いだった。
叫びたかった。力一杯叫びたかった。でも、なぜか声が出ない。
不意にポケットに入れてあった携帯が鳴り出し、振動した。
そこで我に帰る。ポケットから携帯を取り出し、着信を見た。
梶川だった。着信を押そうと思ったが、なぜか『拒否』を押してしまっていた。
今は誰とも話したくないと無意識に思ってしまっていた。
自分が招いた失敗を受け止めたくなかった。
また振動する。でも次はメッセージだった。送り主はやはり梶川。
「綾辻くん。なんとなくだけど、今のあなたの状態は理解した。だから私から一つだけ言わせてもらいたいことがある。結衣を守るために」
それを見てハッとする。梶川は何かいい案を思いついたのだろうか。
すがるようにメッセージを待つ。まだ希望は無くなっていない。
文面が送られてきた。そのメッセージに思わず携帯を落とす。
少し考えればわかった。これは誤った行動をしないような釘差しなのだとわかった。
確かに今の自分ならそうしてしまいそうな気がしたから。
全身から崩れ落ちるようにして、その場に座る。
照りつける太陽は妙に鬱陶しかった。
「解呪するまで、結衣を無視し続けなさい」
梶川のメッセージによって湧き出た虚しさは俺の心の中を蝕んでいった。
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