第20話信じる可能性

 就寝の時刻。

 壁に背中を預け、ベッドに座りながら俺はゼロ磁場の表示されたマップから明日の行動について考えていた。

 残るは一日。


 またどこ吹く風のように行き当たりばったりでゼロ磁場を巡っていては、戦果は得られないだろう。

 ならば、ほんの少ない情報の中でも模索していくしかない。

 ゼロ磁場は断層で正の力と負の力がぶつかり合い、局地的にゼロになる空間のことを言うらしい。


 ならば、人間とゼロ磁場の相性って一体なんなんだ。ゼロの中でも、微量に正が強かったり、負が強かったりして異なっているのであろうか。

 そう仮定したとして、俺の相性がいいゼロ磁場を割り当てるにはどうすればいいんだ。


 頭の中の記憶を呼び起こす。相性のいいゼロ磁場を知るにはまず、相性の悪いゼロ磁場、マーグネースにかかったと思われる場所を探さなければならない。


「マーグネースにかかったとしたら……もしかしてあの時か」


 なんとなく記憶から探られたものを引き出してみる。あそこは神社だったから多分ゼロ磁場領域の可能性がある。

 マップで確認したらやはりそうだった。

 となるとあとはここを起点に考えていけばいいわけか。


「コンコンッ」


 自分の空間に入っていた俺はその音で現実世界へと呼び出される。

 一体誰だ?


「はーい」


 生返事で声をかけると扉はすぐに開いた。


「電気ついてたから、まだ起きてると思った」


 入ってきたのは千代だった。今日は水色を基調としたパジャマを着ていた。


「どうした? もうこんな時間だぞ」


 時刻は十二時を回っていた。中学生ならもうとっくに寝ている時間じゃないのか。最近の子は夜更かしが過ぎるなと半分、自分にも言っているような気がした。


「明日は何もないから別にいいのよ」


 あくびをしながら妹は俺の部屋へと入ってくる。


「そうか。家にずっといるなんてかわいそうなやつだな」

「うるさいわね。お兄ちゃんは明日どこか出かけるの?」

「ああ、少し遠い街にでも出かけてみようかなと思ってたりする」

「一人で?」

「友達と」


 嘘をついた。さすがに一人で遠くの街に行くなんて言えなかった。


「そっ。また帰りは遅くなるの?」

「あ、ああ。多分そうなるだろうな」


 俺の言葉に千代は訝しげば目をしてきた。

 なんだかんだ今日も、いや日付回ってるから昨日か、あんまり早い時間には帰れなかったので、こうなるのも仕方ないだろう。


「お母さん心配してるわよ。お兄ちゃんもしかしたら良からぬことしてるんじゃないかって」

「そんなことしてないって」

「お兄ちゃんグレたりしている?」


 誰がグレるか。まあ、病んではいるんだけど。


「千代は本気で俺がグレると思っているのか?」

「あんまり思わないかな。お兄ちゃんそう言うのには向いてなさそう。雰囲気的に」

「じゃあ、心配することはないだろ」


 俺の言葉で千代は何か気に障ったのかこちらをジロッと見てきた。


「それでも、最近帰るのが遅いから結構気になってるんだよ。友達と遊ぶ、友達と遊ぶって言ってるけど、本当は違うような気がする。だってお兄ちゃんそんなに友達いるように見えないから」

「さらっと、罵倒するのはやめてくれ! そんなにいないように見えるのか?」

「……多少は」

「多少はそう見えちゃうのか」


 何だろう、この悲しい気持ちは。中学、高校と帰宅部に所属していたのがいけなかったのだろうか。


「だから、夜遅くなるのはもっと他に理由があるのかもしれないと思って」

「結衣と遊んでるって言う選択肢は浮かばないのか?」

「結構夜遅いからあまりね」


 確かにたまに十時過ぎる時もあったりするからな。結衣とそんな時間まで遊ぶようなことはしないな。さすがに親が心配するだろう。


「まさかお兄ちゃん、結衣さんともうそんな仲まで……」


 妹は急に顔を赤らめる。さすがは純粋な中学生だな。でも、それを覚えてしまっているあたりもう純粋さはないだろうが。


「そんなことするわけないだろ」

「でも、いつかするんでしょ」

「……」


 なにそのリアクションに困るような発言。こう言う時なんて答えるのが正しいんだ?


「お兄ちゃん顔赤いよ」

「う、うるさい」


 まさか妹にコントロールされる日が来るとは。成長期って怖いな。


「で、本当に結衣さんと遊んでいるの」

「まあ、遊んでたり遊ばなかったりだな」

「なにそれ。でもやっぱり、違う日もあるってことでしょ」

「ああ、だからそれ以外は友達と」

「お兄ちゃん」


 急に顔を近づけてきた妹に驚いてしまう。やっぱ女性耐性まだ持ってないわ俺。


「どうした、急に?」


 顔を遠ざけた妹はそのまま隣に座り込む。俺と同じように壁に背中を預け形だった。


「違うでしょ。何となくわかるよ。兄妹だしさ。今お兄ちゃんは最悪のピンチを迎えている気がする」

「何だそりゃ?」

「あたりでしょ?」


 さすが兄妹。大正解だった。正直、心情を隠すので手一杯。つい無言になってしまった。


「大丈夫。誰にも言わない。だからその……妹にだけは教えて欲しいなって思う」


 こちらを真剣な目で見る千代になんて声をかけたらいいのかわからなかった。このまま自分の全てを語ってしまっていいのだろうか?


「なあ、千代」


 だから俺も少し真剣な顔になってしまう。千代は何かを感じ取ったのか急にモジモジし始めた。いや、そう言う展開にはならないから。

 俺はそっと、千代の頭に手を当て、なでなでしてやった。


「私もう子供じゃないんだけど」


 ジト目で俺を見て来る。でも、ほおは赤かった。


「まあまあ。千代、正直今はなにも話せない」


 最初に話したい人がいるから。


「でも、これだけは信じて欲しい。決して、お前や母さん、父さんには迷惑はかけないから」

「その言い方だとそれ以外には迷惑かけるような言い方だよ」


 ほんとこの子鋭い。なんて賢い子なんだ。


「わかった。誰にも迷惑はかけない。絶対に。だから今は温かく見守っててくれ」

「いつかは話してくれるのよね?」

「ああ、約束する」

「んじゃあ、待ってるね」


 妹は俺の言葉が聞けて納得したのかその場にすたっと立ち上がった。


「あ、あと俺の話も聞いてもらっていいか」

「ん、なに?」

「千代はさ、『奇跡』って信じるか?」


 俺の言葉を不思議に思ったのかぽかんとした顔をする。急にこんなこと聞いたらこうなるのも無理はないか。


「んーーーーーー」


 でも、千代は律儀に答えようとしてくれた。


「正直よくわからなけど、その言葉ができたってことはそう言うのもあるんだとは思うよ」


 思わず、千代の発言に感嘆してしまった。

 千代的考え方もあるかもしれない。すごく良い考えだと思った。

 この世界が存在して一度でも起きた出来事なんだ。なら、次は起こらないなんてことあるわけがない。


「そうか。ありがとう」


 自然と言葉が出た。


「だったらよかった。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 千代は扉を開けて出ていく。その様子が少し寂しかった。

 スマホを充電し、今日は寝ることに決めた。布団をかけ、目を瞑る。

 みんな成長しているな。


 いつか千代にも彼氏ができて、家から出て行ってしまうと思うと何だか嬉しいような寂しいような感覚に襲われた。あいつももしかするとこんな気持ちになってたりしたのかな。


 眠りにつこうとしたところで、携帯が振動した。

 こんな時間に誰だよ。

 ゆっくりと起き上がり、差出人を見る。


「信じてる」


 差出人は和紗だった。相変わらず、色々汲み取りすぎて意味のわからない文章だった。

 でも、その一言が多分、今俺が欲している言葉なような気がしていた。

 再び、布団をかけ、目をつぶる。


 残る最後の一日。

 きっと解呪する。そう信じて俺は気力、体力ともに自身を充電させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る