第19話見つかる気持ち

「やっぱりジェットコースターも外せないよね」


 火曜日。今日は結衣の病室に赴いて一緒にアトラクションの話をしていた。

 この三日間、全く解呪の様子が見られず病んでいたが、ここに来るとやっぱり落ち着く。


「綾辻くんはどこに行きたい?」

「俺は、ゴーカートかな」

「なんか男の子って感じだね」

「かもしれない。でも、実際楽しいからな。こう車に乗って風を浴びるのがさ」

「ふふっ。将来は車に乗って色々ドライブとかしてそうだね」

「確かに色々な場所を回ってみたいとは思うかも」

「じゃあ、その時は私も乗せてもらおうかな」


 不意に来る彼女の言葉には毎回目を丸くさせられる。


「もちろん。六条さんはどんなところ行きたい?」

「私は沖縄とかかな。自然に触れ合って見たいなって思う」

「いや、沖縄まで車は無理だよ」

「あ、そっか。あはは、私馬鹿なこと言ってるね」


 照れ笑いを浮かべる。この天然っぽさは中学の結衣が持ち合わせていなかったものだ。だから新鮮味があって、とても可愛かった。


「でも、沖縄でレンタカー借りて現地を回ることならできるか」

「それいいね。風を感じながら綺麗な海を眺めるの素敵そう」

「じゃあ、将来は沖縄に旅行でもしようか」

「うん。ってそういえば、色々脱線しちゃったね」

「今は遊園地の話だったな。まさか遊園地で沖縄旅行まで飛躍していくなんてな」

「なんかおかしな話だね」


 そうして、俺たちは再び遊園地について自分の行きたいアトラクションを言い合いっこしていった。


「いっぱい出たけど、一日では全部回り切れそうにないね」

「別に一日で全部回ろうと思わなくてもいいんじゃないか?」

「えっ」

「時間はたくさんある。だから別に一日で周り切れなかったら、また今度行こう。そうすれば、きっと全部回れるさ」


 俺の言葉にハッとしながらも結衣はすぐににこやかな表情になる。


「そうだね。時間はたくさんあるもんね」

「ああ、まだまだ俺たち若いからな」

「ふふっ。そうだね」


 結衣の笑顔に思わず俺も笑顔になる。ここに来てよかった。心からそう思った。

 沈んでいた心は一気に晴れていった。モチベーションも上がってきた。


「それじゃあ、今日はこの辺で失礼させてもらうよ」


 一瞬時計の針に目を通したが、楽しい時間は早く過ぎていくものでそろそろ帰らなければいけない時間だと思った。

 なんせ今日は夜遅くならないようにゼロ磁場へ赴くことをやめたのだ。ここで長話すると本末転倒になってしまう。


「うん。今日もありがとうね」

「明後日の退院時間はいつなんだ?」

「お昼ごろになるかな」

「そっか。じゃあ、その日にまた来るよ」

「え! でも、その日学校じゃ」

「大丈夫、大丈夫。一日休んだところで何もないって」


 この前の件で目つけられているからな。これで学校サボったらさすがに学校からの俺の株は大暴落しそうだが。


「でも……」

「学校よりも今は六条さんの方が大切だからさ」


 せっかくまたこうして普通に会話ができるようになったんだ。ようやく彼女との仲をとりもつことができたんだ。だから今は彼女と一緒にいる時間を大切にしたい。


 本心から俺はそう口にした。

 でも、そんな言葉が意外だったのか何時ぞやの時みたいに泣いていた。

 今度は結衣の方が。


 俺は呆然として俺はただ彼女の様子を眺めてしまっていた。

 ほおを伝う涙は光に照らされて輝いていたように見えた。

 多分それは幻想だ。俺はそんなものが見えてしまうほど彼女の様子に見とれてしまっていた。


「ちか……ぜくん」


 泣いた彼女が開口一番に発した言葉に思わず息が止まった。背筋から鳥肌が立つような感覚に襲われる。

 遊園地の時にも一度聞いたが、今またこうして聞くと心が満たされていく。ずっと聞きたかった言葉だから。聞きたくて仕方のなかった言葉だったから。


「智風くんはそれでも私を大切にしてくれるの」


 一瞬なにを言っているのかわからなかった。


「私多分いっぱい智風くんに悪いことしたと思う。それなのに、智風くんはまだ私を大切だと思ってくれる?」


 ああ、そういうことか。確かに結衣の立場だったら俺も同じ感情を抱くと思った。

 散々無視して、心に傷を負わせるようなこと言った。


 もし自分が俺と同じ立場だったら絶対にもう近寄りたくはないと思うだろう。俺も一時はそういう感情が芽生えてたからわかる。


「六条さんはさ、俺のことどう思ってくれてる? 大切に思ってくれてるか」

「……うん、私は智風くんのこと大切に思ってる」

「そう。だったら多分それが答えなんだと思う」

「えっ」

「でもごめん。これ以上は、今は言えない。また今度、いつか俺の気持ちを伝えようと思う」

「あ、智風くん」


 俺はそうして、逃げるような足取りで結衣の元を去っていった。

 これ以上、結衣のあんな表情を見てしまったら今の自分には耐えられそうになかったから。


「ずっと、あんな気持ちでいたのかな」


 ふと思った言葉が口から漏れてしまった。

 自然と涙が出てしまうほど今まで感情を押し殺していた結衣を見ると少し心が痛んだ。

 あんな顔もう二度とさせない方がいいよな。


 息を吐き、頭の中をリフレッシュさせる。

 今日の一日はとても貴重なものになったと思う。

 それはいい意味でも、悪い意味でも。

 どちらに傾くかは俺次第だ。


 結衣とのこれからの日々を頭の中で思い起こしながら、俺は家までの帰路を辿っていった。

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